(島津家と伊達家を仕置き)1
与太郎の供回りは片桐且元と渡辺糺、そして大谷吉継。
お茶席は女子会と合わせて都合八名。
個性の強い面々ばかり。
亭主、甲斐姫がそれらにお茶をふるまう。
多いのは抹茶ミルクティー、次にただのミルクティー、
そして同じくただの抹茶。
与太郎の前には抹茶ミルクティー。
子供の舌に優しい味。
ゆっくり飲んだ。
甲斐姫が控えていた局達に指示してお茶菓子を配らせた。
お茶菓子もそれぞれの好みに合わせた物。
和菓子にバター、チーズ、カステラ。
それらが陶器の皿に乗せられていた。
今日はカステラ派が多い。
配られたのは一品だけではなかった。
内緒で用意されたもう一品。
それぞれに蓋付きのお菓子入れが添えられた。
白磁の逸品。
みんなの目がそれに注がれた。
甲斐姫が説明した。
「上様が大角与左衛門に申し付けられた物です。
丹波から取り寄せた小豆で作られました。
お楽しみ下さい」
厨方頭、大角与左衛門に無理を言って作らせたもの。
試食は渡辺糺の道場で度々おこなった。
食いしん坊なあの面々とだ。
その結果が目の前に置かれた。
蓋を開けるとそれがあった。
厚い形状の、鍔に似せた黒いもの。
蓋を開けた皆が息を飲んだ。
初見だから致し方ない。
甲斐姫が付け加えた。
「上様が、きんつば、そう名付けられました。
これは甘さ控え目にしております。
さあ、お召し上がれ」
与太郎より先に渡辺糺の手が動いた。
きんつばを手掴みすると、少し食べて言う。
「甘さ控え目でも、美味しいですね」
行儀が悪いかも知れないが、場を暖めてくれた。
感謝感謝感謝。
お替りの注文は甲斐姫と局達が無難に捌いてくれた。
様子から、材料にはかなり余裕があるらしい。
流石は奥で鍛えられた者達、手抜かりがない。
それを横目に、女子会の面々が主役になってのお喋りが始まった。
聞き役は片桐、渡辺、大谷の三名。
話を振られる度に頷くか、説明、釈明に追われていた。
そんな中、与太郎一人は別枠。
無垢な子供だから大人達の会話には付いて行けない。
それでも笑顔で耳を傾けた。
大人達の言葉の端々から、それが何であるか把握に努めた。
きんつばの二個目を頬張りながら。
傍目には無為に見えるかも知れない。
でもそれが大事なのだ。
与太郎は、この時間を潤滑油、と思った。
人は機械ではないが、他者との間には潤滑油が必要なのだ。
飾らない言葉で思いを口にする。
口論に及んでも、その後にギスギスしない為に。
まあ、この面子だと気心が知れてるから必要ないかも知れないが。
甲斐姫が与太郎を見た。
さっきまでと目色が違った。
頃合いと判断したのだろう。
まったく、世話をかけてゴメン。
与太郎は甲斐姫に頷いて、居住まいを正した。
それに気付いた片桐が軽く咳払いした。
全員が手を止めた。
飲み物を、お茶菓子を置いて正対した。
与太郎は全員を見回して頭を軽く下げた。
「此度は皆に助けて貰った、礼を申す」
端緒は島津と伊集院の一連の騒ぎであった。
徳川家への仕置きがままならぬところに、これ。
口にはしないが、僥倖であった。
予想していたように公儀の機能が鈍化した。
秀パパのような司令塔不在が大きく響いた。
大老筆頭の毛利は決断力に欠け、
上杉を始めとした三家は毛利に遠慮気味。
その様子を見て与太郎は釣れる、と感じた。
通常、秀頼名義で書状を発するとなると、それは公文書で、
公儀の大人衆の副状が必要になる。
そうなると関わる人間が多いので、どこかの段階で漏れしまう。
お漏らしは困りまっせ、ほんまに。
与太郎は知恵を絞った。
思い付いたのは、女子会ネットワーク。
大名家や御用商家等との文や進物の遣り取りだ。
その中に書状を入れ、正妻より当主に内々に手渡して貰う。
その前に片桐を説得した。
渡辺の道場に帯同し、奥にて仕掛けの全体像を説明した。
最後に腹蔵なく述べた。
「徳川家が連動するかも知れんが、あちらは随分と力を落とした。
当家単体でも負けるとは思わん」
すると片桐、苦い表情で頷いてくれた。
「なんともはや、徳川家が・・・ですか。
・・・にしても釣るのですな、不埒な大名を、分りました。
甲斐姫殿だけでは心許ないので、大谷殿にもご相談下さい」
幸い、大谷吉継は座学の指南役の一人。
片桐のように度々呼び出しても、誰も不審には思わないだろう。
早速大谷を招いてこれまた説き、片桐の言葉も伝えた。
「某であれば、喜んで」
白頭巾の奥の目が笑っていた。
女子会をお茶席に招いた。
片桐と大谷、甲斐姫の三人同席の上で大名釣りを説明し、
協力して欲しいと頭を下げた。
頭を下げるのを見た四人は呆れながらも喜んで承諾してくれた。
一人目は五奉行筆頭、浅野長政。
彼には、島津と伊集院の一連の取り扱いを遅滞させるよう、
はっきりと指示した。
二人目は小西行長。
彼の領地は南肥後で、東側が伊集院家と接していた。
その彼に、豊臣家が一切の費用を持つので、
伊集院家が必要とする武器食糧等の物資を輸送すること、
肥後の浪人衆を雇い入れて伊集院家へ送り込むこと、
その二つを指示した。
三人目は伊東祐兵。
伊集院家と同じ日向の大名で、これまた領地を接していた。
彼にも、伊集院家が必要とする物資の輸送を指示した。
当然、資金提供も約束した。




