(島津騒動)8
徳川家康は本多正信をジッと見た。
「で、首尾は」
正信は相変わらずだ。
表情は無愛想だが、説明はきちんとしていた。
それによると、養子当人への接触が難しいので、
代わりに近習達に接触。
毛利輝元に不満を持つ者数名を籠絡した。
更には、養子の実家の重臣にも手を伸ばしている最中、とか。
大老四家の内情は分かった。
家康は正信を労った。
「大変だったろう、良くやってくれた」
大坂屋敷で受け持ったのは大老四家ともう一つ。
もう一つの方の騒動を耳にしながらも臥せてしまった。
以来、詳しくは聞いていない。
正信が家康の心労を慮り、耳に入れさせぬように計らったのだ。
家康は単刀直入にそれを尋ねた。
「島津家と伊集院家はどうなった」
正信は感情を露わにしない。
「まだ始末はついておりません」
島津家当主、忠恒が巻き起こした騒動。
家中の筆頭家老、伊集院忠真を誅殺した、と公儀に届け出た。
これがややこしい事態になった。
伊集院家が太閤殿下から朱印を与えられていたからだ。
ただの家来なら島津家の家中統制問題なのだが、
伊集院家は朱印を与えられていたので、公儀も巻き込まれた。
困り抜いた公儀は当事者双方を召喚した。
ところが島津家の実質的な指導者、島津義久が応じない。
伊集院家に不穏な動きあり、として国人衆地侍衆を召集し、
領境を封鎖する始末。
島津家の兵が領境に詰めかけたので、
当然ながら危惧した伊集院家も応じない。
事態を危ぶんだ大老中老奉行を含めた豊臣家の大人衆が、
お節介にも仲介に乗り出した。
仲介に乗り出したは良いが、如何せん、距離があった。
島津家当主、島津忠恒は京都にて謹慎中。
実際に権力を掌握したままの先代当主、島津義久は自領の薩摩。
伊集院家の嫡男は日向の自領、都城。
仲介は船便の遣り取りなので時だけを費やした。
その様子は、公儀が醜態を晒しているように映った。
家康は喜びの声音。
「豊臣家の大人達は手をこまねいているだけか。
ふっふ、面白い。
正信、良くやってくれた」
家康は、正信が島津家へ仕掛けた、そう確信した。
島津家がいくら厳しい家中統制を敷いても、穴はあるもの。
武や文は不得手でも、面従腹背だけは得意という有象無象な輩。
そんな者達を正信は唆した。
島津家へではなく、伊集院家への不満を煽った。
その結果がこれ。
上出来を超えていた。
しかし、こうまで正信の術中に嵌るとは思わなかった。
当の正信に手柄を誇る色はない。
家康は正信が喜色を表さないので話題を変えた。
関東の者共に任せた案件だ。
徳川家の背後の大名衆に手を入れよ、と指示していた。
上杉家のみは大坂屋敷で引き取ったが、他は全て任せていた。
☆
島津義久は居館の桜島が間近に望める座敷に向かった。
大広間ではなく、離れの座敷。
長い渡り廊下があるだけで周りには庭木や庭石は一つとしてない。
見ているのは桜島だけ。
密議には持って来い。
同伴したのは近習二名、重臣四名。
先に離れで待機していた五名が、義久を低頭で迎えた。
三名は義久の近習。
二名は大坂屋敷に詰めている馬廻り衆。
当主、島津忠恒が京都にて謹慎中なので、暇を持て余した彼等は、
今現在、使番として国元と上方の連絡役を務めていた。
義久としても知らぬ二名ではない。
お茶を勧め、軽く雑談。
船旅の様子を尋ねた。
立ち寄った港や、見聞きした事柄を。
あくまでも雑談だが、義久にとってはそうでもない。
気軽に外歩き出来ない義久には、それらも貴重な情報なのだ。
聞いた限りでは薩摩以外は平穏な様子。
二名の口が軽くなったところで本題に入った。
上方から託された書状は三通。
それが近習の手を経て義久に上げられた。
当主、島津忠恒から。
実弟、島津義弘から。
甥で日向国佐土原領主、島津豊久から。
忠恒は相変わらずだ。
自分は公儀からの処分は覚悟しているので、
伊集院家を早く討ち滅ぼせと急かしていた。
まったく・・・。
簡単に言う。
伊集院家の嫡男、忠真には島津義弘の娘が嫁していた。
忠恒にとっては実妹だ。
気にならないのか、それとも島津家当主としての判断か、
実妹の名前は書状のどこにもない。
義弘も相変わらずだ。
豊臣家、否、公儀か、その公儀を過大に評価していた。
傍目には、島津家と伊集院家の仲介に苦慮しているが、
島津軍が伊集院領に侵攻すれば、
公儀にて第二次島津家討伐が論じられる恐れありと。
それは困る、・・・。
しかし、難しく考えると隘路に迷い込む。
それだと自縄自縛の道しかない。
義久は、実弟の言い分を頭の片隅に置くことにした。
豊久は冒頭から謝罪で入って来た。
伊集院家問題で薩摩が混乱している時に、
上方を離れられない事をしきりに詫びていた。
この甥は実父、島津家久に似ていた。
武威はあるのだが、島津家から常に一歩引いた姿勢を貫いていた。
義久義弘歳久の三兄弟が正室腹で、
家久一人が側室腹であった影響からだろう。




