(始まりは突然に)3
片桐且元の声が聞こえた。
「淀の方様、宜しいでしょうか」
騒がしかった大広間が波が引くように静まって行く。
論戦を繰り広げていた五大老三中老五奉行も姿勢を正した。
全ての視線がこちらに向けられた。
淀ママは慣れているようだが、与太郎は困惑した。
思わず淀ママを盗み見した。
淀ママが片桐に尋ねた。
「どうしました」
目の前の遣り取りを聞いてなかったのか、
それとも判断に苦しんでいるのか。
たぶん、苦しんでいるのだろうな。
淀ママの実妹が家康の後継者、秀忠に嫁いでいた。
その辺りが影響して・・・、の苦渋・・・かな。
片桐且元が淀ママに言う。
「皆様方がお方様のご裁断をお待ちです」
それでも淀ママは表情には表さない。
平然として見えた。
やおら傍らの大蔵卿局を振り向いた。
「そなたはどう思う」
かつて自分の乳母であった小母はんに投げた。
小母はんは慣れたもの。
「これは男衆で片付ける問題です」
ごもっとも。
奥の者が口出しする案件ではない。
が、扱いに困ったからこうなったんや。
あかんわ、こいつら。
このままでは足が痺れる。
【生活魔法(治癒)】起動。
【身体強化初級】と連動させ、身体全体を癒す。
ああ、休まるー。
「上様、宜しいですか」
徳川家康の声。
落ち着いた中に威嚇を含ませていた。
何て器用な奴。
与太郎は辺りを見回した。
皆が与太郎と家康を注視していた。
困った事に秀頼の人柄も事績も知らない。
いや、残される程の人ではなかったか。
周囲に流された人生を送った彼。
そして担がれるまま、滅びた。
一分でも、そこに彼の意志があったのだろうか。
納得の上の滅びとはとても思えない。
そんな人物を演じるには材料が少なすぎる。
どうせぇちゅねん。
与太郎は立ち上がった。
МPを見るに、減りが少ない。
たぶん、攻撃魔法ではないからだろう。
上から見下ろす姿勢で家康に正対した。
淀ママから注意された。
「立ってはいけません、座りなさい」
犬やないんやから、淀ママ、ステイはないわ。
無視して家康に尋ねた。
「徳川殿、なにかな」
「皆が、上様のご裁断を仰ぎたいと待っております」
見上げる姿勢のまま、眼光で威嚇して来た。
それあかん、子供に向けるものやないやろ。
普通の子ならそれで死ねるわ。
与太郎は覚悟を決めた。
関ケ原で動くことを想定し、色々と案を練っていた。
こしあん、つぶあん。
しかし、こうなった。
前倒しや。
やるしかあらへん、いてもうたる。
与太郎は家康から前田利家に視線を転じた。
「前田殿、答えは短くな。
御掟を破った、破っていない、この何れだ」
重役に逃げ言葉は許さない。
二者択一。
家康が抗議の声を上げたが無視した。
利家は即答した。
「御掟を破っております」
残りの大老にも尋ねた。
毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家。
全員が、御掟を破ってると答えた。
前田家、毛利家、上杉家、宇喜多家、合わせた石高は、
四百万石には少し足りない。
それでも連合すれば徳川家を凌駕した。
思わぬ展開に動揺したのか、家康の声が途絶えた。
与太郎は、川に落ちた犬は棒で叩く主義。
三中老にも尋ねた。
生駒親正、堀尾吉晴、中村一氏。
揃って、御掟を破っていると答えた。
横目で家康が悄然としているのが見て取れた。
それでも与太郎は手を緩めない。
最後の五奉行に尋ねた。
浅野長政、前田玄以、石田三成、増田長盛、長束正家。
元々の家康嫌いであった面々。
御掟を破っていると答えた。
与太郎が大広間を見回すと、空気が一変していた。
誰一人、言葉を発しない。
固まったまま身動ぎ一つしない。
先程までヒートアップしていた五大老三中老五奉行もだ。
淀ママや小姓を見遣ると、同様であった。
記録係の右筆達までが筆を止めている始末。
記録は大事なので空咳払いして再起動させた。
彼等の手が動くのを見て、与太郎は利家に尋ねた。
「前田殿の御年は」
「六十になりました」
「そろそろ悠々自適に暮らす時期か」
その言葉に利家が反応した。
思わず与太郎を凝視した。
意味を計り兼ねたのだろう。
与太郎は足りぬ言葉を補った。
「周りの者達から、利家様は心労で幾度か臥せられた、そう聞いた。
利家殿は私の親父殿も同然、是非とも長生きして欲しいのだ」
利家が目を瞠った。
肩を震わせ、両手を着き、低頭した。
この遣り取りに大広間の空気が温くなった。
あちこちから、ひそひそと聞こえて来た。
「「「利家様はお喜びでしょうな」」」
「「「上様はお優しいですな」」」