表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/77

(島津騒動)1

 馬場の一角に陣幕が張られていた。

その入り口に甲斐姫が馬を寄せた。

与太郎は小姓達の手を借りて馬から降りた。

馬上で長く抱えられていたので、地に足を着けた瞬間、フラフラ。

それを小姓達が支えてくれた。

後から降りた甲斐姫が片桐且元に言う。

「詳しくは中で伺いましょう」


 陣幕内でも人払いが徹底された。

与太郎、片桐且元の他は、甲斐姫と来栖治久のみ。

与太郎と且元が床几に腰を下ろした。

甲斐姫と治久は護衛として、与太郎の背後に控えた。

「且元殿、何事だ」

 且元は視線を与太郎に合わせた。

「島津家よりの使者が参りました。

伏見の島津大坂屋敷で、家老、伊集院忠棟を討ったそうです」

 それがどうした。

家中の争いだろう、違うのか。

与太郎は疑問を飲み込んだ。

黙って甲斐姫に視線をくれた。

甲斐姫が代わって且元に尋ねた。

「且元殿、ただの家中の刃傷沙汰でしょう」


 この一件、今朝、取り次ぎ役方の所に届けられたばかり。

誅殺に驚いた役方の者が規定に従って奉行衆へ上げた。

同時に、これはと思い、内密に片桐且元の手元へも上げたられた。


 且元の説明で、只事ではないのが判明した。

討たれた伊集院忠棟は島津家の筆頭家老にして、

太閤殿下よりの朱印により都城八万石を与えられた人物。

これを討ったのが島津忠恒。

島津の家督を継いだばかりの若き当主。

家臣を手討ちにするのは当主としては正道であったが、

討たれた伊集院が太閤殿下から朱印を与えられていたので、

事態が複雑になった。

 当主と家老との間で何が起きた・・・。

当主が暴君なのか、家老に何らかの落ち度か。

討つほどの落ち度とは・・・。

秀パパが亡くなったから忠恒は安心して誅したのか。

それとも、ただの偶発的な出来事なのか。

疑問が尽きない。

 与太郎は頭を捻った。

関ケ原は教科書に載るほどなので、常識として知っていた。

その前年となると、虫食いだらけの知識しか持ち合わせていない。

ただ、不随した様々な争いがあったのは事実。

これもその一つ・・・なのか。


 再び甲斐姫が且元に尋ねた。

「伊集院殿は島津家躍進に尽くした功臣でしたわよね」

「ええそうです。

薩摩大隅の統一、伊東氏、大友氏、龍造寺氏それぞれとの戦い、

その殆どに従軍しています。

太閤殿下の島津征伐の折には、島津家の生き残りに奔走され、

交渉の為に自ら人質となられた方です」


 与太郎は慎重に口にした。

「私の手元に来る案件だな」

「はい、それでこうしてお知らせに参りました。

横槍が入る前に、とば口のお知らせに」

「横槍とは、妙な事を言う」

「はい、某も苦々しく思っています。

あの島津ですから、内裏から手を回すかも知れません。

それでこうしてご報告に参ったのです」

「内裏から」

「島津家は古くから近衛家の荘園を預かっておりました。

その関係で今も昵懇なのです」

「近衛家か、なる程な。

今回も奥へ嘆願とか釈明が舞い込むのか、回り回って迷惑だな」

 奥へ届けられた御掟破りの嘆願釈明の、文の山を思い起こした。

それの精査が済んだばかり、そこへコレ、か。

困っていると甲斐姫から助け船。

「上様、奥へは私が参ります。

けっして騒ぎ立てぬように、そう皆様方に根回しいたします」

 これに且元の表情が崩れた。

「甲斐姫殿、上様のご身辺が少々騒がしくなるかも知れません。

宜しくお頼み申しますぞ」


 それにしても、と与太郎は疑問が湧いた。

「太閤殿下は近衛家の猶子であったはず、違うか」

 且元が嬉しそうに頷いた。

「ええ、確かに猶子でした」

「そういう関係なのに、太閤殿下は島津征伐を為されたのか」

 且元が優しい眼差しで与太郎に頭を下げた。

「太閤殿下は仲介者を入れ、島津家と幾度も交渉を行われました。

ですが、全く折り合えませんでした。

互いの面子が邪魔をしたのです。

・・・。

こちらも向こうも大勢の家来を持つ身ですので、

その家来の手前、簡単には引き下がれないのです。

結局、刀槍で語る事になりました」


 島津の動きは早かった。

伯父、島津義久より譲られて島津家当主になった島津忠恒を、

実父、島津義弘が謹慎させる一方、事件の鎮静化に奔走した。

大老中老奉行の大人衆の元を訪れ、必死に弁明した。

「お騒がせして申し訳ございません。

実に嘆かわしい事なのですが、当家の恥を申し上げます。

筆頭家老、伊集院忠棟は奸物でありました。

密かに、島津家を我が物にせんとしておったのです。

当主交代の時期にそれが露見いたしました。

そこで新たな当主となった島津忠恒が成敗したのです」


 伊集院忠棟の遺族は島津家の襲撃を恐れ、

大坂の伊集院家屋敷に立て籠もった。

しかし、泣き寝入りはしない。

嫡男が領地にいるので、未亡人が中心となり、伝手を頼りに、

豊臣家の大人衆への直訴に及んだ。

「伊集院忠棟は島津家の忠臣であります。

へこの頃より島津家の為に粉骨砕身、励んで参りました。

その働き抜群により、太閤殿下より朱印も頂きました。

恥じる行為は一切ございません」

 未亡人の御朱印衆に目を付けた。

伊集院忠棟と同様に、太閤殿下の朱印により領地を賜った者達だ。

彼等は両属の立場にあった。

大名の家臣でありながら、豊臣にも属していた。

仕える大名と豊臣家を繋ぐ役目を負っていた。

所謂、取り次ぎ役方。

仕事柄、皆、大坂に屋敷を構えていた。

為に他の家臣達からは羨望と嫉妬が入り混じった、

実に複雑に視線を向けられた。


 多くの御朱印衆は立場が微妙だった。

仕える大名の全幅の信頼があれば問題ないのだが、

常に妬み悪評増悪がついて回った。

そうなると大名も流される。

疑惑の目を向けられる事もしばしば。

誰もが不安を抱えるようになった。

伊集院忠棟の件は、明日は我が身かも知れない。

何かの切っ掛け一つで我が身に降り掛かるかも知れない、

戦々恐々としていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ