(女子会)6
与太郎に随行して伊東一刀斎等が周りの状況に気付いた。
しかし、時遅し。
逃げようにも逃げられない。
各お茶席からそれぞれの局が迎えに来たからだ。
伊東一刀斎と曾呂利新左衛門は北政所様に。
片桐且元は淀ママに。
新免無二斎と佐々木小次郎はお初叔母様に。
それぞれ召集された。
与太郎は彼等の無事帰還を願いながら、
案内されたお茶席に上がった。
前田利家夫妻、甲斐姫、渡辺糺、来栖治久も続いて上がった。
この席の亭主は長岡藤孝。
にこやかに向かえくれた。
「上様、お忙しいところ恐縮です。
一同、感謝しております」
先客である池田輝政、浅野幸長、加藤嘉明、長岡忠興の四人が、
両手を着いて深く頭を下げた。
空気が重い。
悲壮感が漂っていた。
四人は立場を理解しているのだろう。
与太郎は藤孝に指示した。
「四人に気付け薬を」
藤孝は頷き、背後の木箱から南蛮酒を取り出した。
丼に注ぎ、四人に勧めた。
「お茶の前に、まずは上様からの気付け薬です。
慌てずとも良い、ゆっくり頂きなさい。
ただし一杯だけですよ」
南蛮酒の度数は知らぬが、酒独特の香りが辺りに漂った。
四人は手を出さず、まず与太郎を窺った。
与太郎は大きく頷いた。
四人はそれでも心配のよう。
次に利家を見遣った。
利家も大仰に頷いた。
ようやく一人の手が伸びた。
加藤嘉明。
「それでは頂きます」
遅れじと残りが続いた。
与太郎は甲斐姫の挙動に気付いた。
何やら南蛮酒に誘われたように、やや前傾姿勢になっていた。
悪戯心に火が点いた。
「藤孝殿、甲斐姫殿にも気付け薬を」
甲斐姫の顔が赤くなった。
「いやいや、私には上様の警護がありますので」
固辞しようとするが、そこは藤孝、手早い。
南蛮酒を丼に注ぎ、甲斐姫の方へスッと差し出した。
困った甲斐姫、丼と与太郎を見比べた。
与太郎の火は当分、消えそうもない。
「隣の利家殿が飲みたそうな顔をしている。
でもご存知のように、今は酒を控えているんだ。
身体が第一だからね。
甲斐姫殿、利家殿を助けると思って、さっさと飲んで上げなさい」
甲斐姫、渋々頷く風情だが、内心の喜びだけは隠せない。
口元が緩んでいた。
「それでは」
思わぬ出来事に皆の視線が甲斐姫に集まった。
しかし、甲斐姫は丼以外、目に入らぬ模様。
南蛮酒が入った丼を取り上げ、匂いを嗅ぎながらまず軽く一口。
口内を巡らせる仕草。
深く頷き、二口目、三口目、そして四口目で飲み干した。
手元に丼を下ろした。
「おいしゅうございました」
与太郎はこの四人とのお茶席に、内心では困った。
否という意味ではない。
何を話題にすれば良いのか、さっぱり分らなかったからだ。
冷静に考えれば上司と部下。
さりとて共通の話題がない。
年齢差が弊害になっていた。
話の取っ掛かりが・・・、見当もつかない。
それに彼等に謝罪や釈明をさせるつもりも毛頭なかった。
そこで考えた末、藤孝に南蛮酒の入手を頼んだ。
南蛮酒だけではなかった。
甲斐姫参入も効果があった。
酒をきっかけに四人は甲斐姫に何のかのと話し掛けた。
特に甲斐姫の武勇伝をせがんだ。
それに甲斐姫は応じるのを渋った。
与太郎が無視された恰好だからだ。
そこで与太郎は甲斐姫に勧めた。
「甲斐姫殿、この四人は戦働きで功を上げた者達だ。
これまでは太閤殿下の為に、陰日向なく汗をかいてくれた。
その太閤殿下亡き今、これからは私と共に汗をかいてくれる。
だから、どうか仲良くしてくれると助かる」
甲斐姫が与太郎の言葉に大きく頷いた。
「承知いたしました」
ここでも加藤嘉明が早かった。
与太郎に正対すると、姿勢を正した。
「上様、ただ今のお言葉、この身に沁みました。
太閤殿下へのご奉公と同様、大いに励むこと、お誓い申します」
身体を二つに折るようにして深々とお辞儀した。
これに残り三人が慌てた。
競うように同意の言葉を並べた。
与太郎にとっては予想外の展開であった。
でも嬉しい。
ここで笑いを・・・。
理解してくれるだろう。
「あっ、それぞれの奥方様に怒られぬ範囲で、な」
一同、キョトンとしたので、外したかと思った。
間を置いて一斉に大爆笑。
与太郎を馬鹿にした笑いではない。
心安らぐ笑いだった。
甲斐姫は武蔵国の忍城で生まれた。
この忍城は利根川と荒川に挟まれた要害で、
一度として落城した事がなかった。
天正十八年、豊臣秀吉が小田原征伐に乗り出した。
その為、城主である父、成田氏長は小田原城に詰める事になった。
留守を預かったのは城代、成田泰季。
兵は五百余、避難民を含めても四千足らず。
忍城攻略へ現われたのは征伐軍の別動隊。
石田三成率いる二万余。
彼等は城を見て驚いた。
湿地を活かして建てられた城とは知っていたが、
折からの雨で余計に攻め寄せ難くなっていたのだ。
それでも敢えて攻めた。
落城させねば、肝心の小田原城攻めに間に合わないからだ。
地の利は忍城方にあった。
雨のお陰で一帯が湿地になっていても、
地元民である彼等は仮の湿地が分かった。
そこを選んで迎撃、或いは誘引した。
甲斐姫もそう。
巧みな騎乗で征伐軍を悩ませた。




