(女子会)4
にじり口がお訪いの声もなく開けられた。
「お呼びでしょうか。
私の名前が聞こえましたけれど」
そこには、あの組頭らしき姿の女武者があった。
見間違えではなかった。
秀パパの側室であった甲斐姫様ご本人。
彼女は呼ばれるのを前提にして、控えていたのだろう。
与太郎を見てニコリと会釈した。
いやいや、呼んでない。
呼んでないよ。
困惑の与太郎に代わって北政所様が声をかけられた。
「お入りなさい」
甲斐姫は二つ返事で臆面もなく入って来た。
当然、腰に大小はない。
事前に外していたようだ。
用意周到な奴。
感心してしまった。
側室として生きて来ただけに、一つ一つの所作が美しい。
居並ぶ面々への挨拶にも抜かりがない。
序列を見極め、きちんと行った。
そして最後に北政所様に尋ねた。
「決まったのでしょうか」
「ええ、喜びなさい。
近習待遇だそうよ」
北政所様に感謝した甲斐姫が与太郎に正対した。
「上様、お側で末長くお仕えします」
深々と頭を下げた甲斐姫。
ええっ、末長くって。
与太郎は思わず唸った。
「末長く、末長くって、嫁いで来るように聞こえるが」
一斉に皆が噴き出した。
「「「ぷっふっふふ」」」
真っ先に、甲斐姫が笑みを残したままで口を開いた。
「嬉しいですわ、こんな年増に。
ですけど淀様に怒られますわよね」
その淀ママが甲斐姫を手招きした。
「こちらへ」
甲斐姫を側に呼び寄せ、小声で何やら打ち合わせ。
これに他の方々も加わり、不穏な単語が聞こえて来る始末。
融通が利かない、親の威を笠に着て、職権を振り回す、
上に弱く下を虐める、等々。
徳川家の内情かと思いきや、違った。
豊臣家の、それも与太郎周辺の大人の為体であった。
流石に個人名は出さない。
隠語か符丁、あるいは給地名で、誰それなのかを暗示していた。
与太郎はようやく理解した。
女子会が親切にも甲斐姫に、
与太郎周辺の大人の取り扱い方を教えていた。
お節介・・・。
まあ、目を瞑ろう。
否、耳を塞ごう。
当人達を見て、表情に出すのは拙いだろう。
女子会からの評価は納得できた。
そもそもが皆が満場一致で認める人材なんてのは存在しないのだ。
そんな人間は絵空事でしかない。
何処かが欠けているからこその人間なのだ。
一長一短あって然るべし。
それぞれの特性を見抜いて役職に就けるべし。
上に立つ者の仕事はそこにあった。
彼等は女子会に受けが悪くても、与太郎にとっては忠臣なのだ。
甲斐姫の動きは軽やかだった。
翌日、与太郎が午前中の座学を終えるや、
当然のように書院に入って来た。
「上様、お迎えに参りました。
早速ですが、これからお馬のお時間です」
甲斐姫の後ろには従者が二人付いていた。
こちらも女武者。
実家からの家人だそうだ。
「お馬・・・、頭が疲れた。
甲斐姫、少し休まないか」
「お馬にお乗りになれば、気が晴れます。
さあ参りましょう、お馬さんが上様を待っています」
供回りの小姓は誰一人、甲斐姫に異を唱えない。
それを確認して甲斐姫はニコリ。
与太郎を拉致するように馬場へ案内した。
「ねえ甲斐姫、人の話を聞いてる」
「ええ、それは人として、とても大事な事ですものね。
さあ、おみ足を前に、おいち、にい、おいち、にい」
馬場の周囲は厳重に警戒が為されていた。
上番の近習衆が出張っていて、覗き見さえ許さぬ態勢。
その中を与太郎は甲斐姫と並んで歩いた。
「ねえ甲斐姫、警戒が大袈裟すぎない」
「そんな事はありません。
実を申しますと、このところ徳川家の大坂屋敷の動きが怪しい、
との知らせがありました。
その為に、このようになっているのです」
へえ、聞いてないよ。
与太郎が側の小姓の一人に目をくれると、その者が深く頷いた。
そうなんだ。
キムが隣に並んだ。
「上様のお耳に入れる事ではありません。
我等で対処します」
同年齢のキムに言われても、なあああ。
キム以外に期待しよう。
与太郎は敢えて甲斐姫に尋ねた。
「どのように怪しいんだ」
「無駄に他家の者と会っているのです」
「無駄にか」
「ええ、無駄に、です。
表向きは、家康殿の赦免を頼んでいるようですが、
それにしても会う数が多過ぎます」
赦免うんぬんは陽動か。
意図を隠す為に態とそうしてる。
では、その真の目的とは・・・、那辺にありや。
与太郎は考える事を放棄した。
些事は大人達に丸投げだ。
大人達もそのつもりのようだし。
そのうちに下から上がって来るだろう。
意図を掴んだ報告書が。
改めて前を、現実を見た。
馬場は関係者以外は立ち入り禁止のようで、静まり返っていた。
聞こえるのは複数の馬の嘶きと蹄の音。
木々の枝に止まっている鳥達の囀り。
緩い坂を上がった先に馬場が広がっていた。
そこで女武者四名が騎乗して何やら競っていた。
障害物だ。
水堀を飛び越し、藪を幾つか迂回し、低木の枝を幾つか潜り、
低い階段を巧みに上がって行く。
声が聞こえた。
「まだまだ」
「こちらこそですわ」
徒士の女武者の一人が与太郎一向に気付いた。
「上様がお出でになりました」
武者姿でも声は女性。
その甲高い声が馬場全体に響いた。




