(女子会)3
女子会は与太郎の頼みを了承した。
まずは北政所様が口を開いた。
それによると家康は、秀パパを通してだけでなく、
個人的な接触もあったそうだ。
部外者には漏らしてないが、色恋沙汰に思える口説くような言葉と、
季節の折々に贈り物も為されて大いに困惑したと。
推測するに、将を射んとする者はまず馬を射よ、ではないかとも。
するとこれに、お母様、叔母様、乳母様の三人も同意した。
「そうですわね」
「良い人なんですけどね」
「肚の内が分らぬ人ですわよね」
「そうそう、顔は笑っても、目が笑ってなくてね」
「「「腹黒い狸よね」」」
与太郎を無視して女子会が盛り上がった。
あること、ないこと、ないことが臆面もなく流された。
けれど与太郎は止めない。
口も差し挟まない。
前のめりになって頷きながら聞いた。
その姿勢が功を奏した。
溢れんばかりの情報を手に入れた。
真偽の程が分らぬ情報も多いが、後で近習を集めて丸投げし、
取捨選択させれば事は済む話。
話半分に聞置いても、女子会の凄みには驚かされた。
奥に居るだけと思ったのに、精度に大いに問題はあるが。
桁外れな情報収集能力であった。
女子会は、局や侍女奥女中等に囲まれているだけではなかった。
彼女達の会話の端々から出入りの商人や、
親しくしている大名衆の正室側室の名前が出た。
頻繁に文や贈り物の遣り取りをしているという。
これだよね。
情報に飢えてる戦国女子特有の噂ネットワーク。
全ては実家や嫁ぎ先を案じてのこと。
目くじらを立てるつもりは毛頭ない。
与太郎が感心していると淀ママに尋ねられた。
「秀頼殿、そなたはどうしたいの」
ど直球だ。
困った。
迂闊な言葉は発せられない。
彼女達の口の軽さが怖い。
んっ・・・、ネットワークに漏れる前提で毒を垂らすか。
「ご存知のように、御掟破りとして朱印状を発しました。
これは取り消せません。
取り消せば豊臣家の面子が潰れます。
そこは皆様、お分かりですよね」
皆が頷く中、北政所様が口にされた。
「戦になって家康殿に勝てるの」
秀パパの傍らで長く戦を見て来た彼女らしい疑念。
家康の二つ名、街道一の弓取り、それが頭にあるのだろう。
「ごもっともです、ですがご心配は無用です。
その訳を話します。
最初の海道一の弓取りは桶狭間で討たれました。
尾張の小さな大名にです。
第二の、海道一の弓取りが相手にせねば為らぬのは、気の毒に、
日ノ本そのものです。
毛利家、上杉家、前田家、宇喜多家、この四家が中核となって、
日ノ本全ての大名衆を率いて一斉に関東に押し寄せます。
それに徳川家は抵抗できるでしょうか」
家康の赦免を求める文を内々に送った大名衆の立場は分かる。
かつては叔父、豊臣秀長が大名衆と秀パパの間にあり、
豊臣政権安定の為に色々と心を砕いて奔走した。
その彼は秀パパより先に亡くなった。
叔父の代わりになった一人が家康。
彼は叔父を真似て心を砕き奔走し、大名衆に様々な恩を売った。
それが形になって表れたのが、今回の赦免を求める文。
しかしだ、お付き合いもそこまでだろう。
大名衆の多くは、今回の文で借りを返した、そう理解しているはず。
小さな懸念も有るにはある。
それでも徳川と心中したいと思う奇特な大名の存在だ。
無いとは断言できない。
まあ、そこいらは大人達に丸投げだ。
淀ママが心配そうな表情をした。
「秀忠殿はどうなります」
秀忠殿ねえ・・・。
淀ママの本音は妹と姪の安否にあり、秀忠はその添え物。
関心の埒外と言っても差し支えないだろう。
さあ、もっと毒を垂らそうか。
「秀忠殿の心一つです。
このまま家康殿に従うのか、それとも別の道を行くのか」
「別の道・・・」
「かつて甲斐の武田信玄公は実父を駿河に追放して、
甲斐を掌握しました。
その先例に倣い、家康殿を大坂に追放する、そう宣言して、
手切れして貰うと助かります。
幸い、家康殿はここ大坂屋敷に居ります。
出来ない話では無いでしょう」
女子が納得したのか、しないのか、それは分からない。
与太郎を一人にして、四人寄り集まって小声で協議を始めた。
古田織部が気を利かせた。
「上様、お茶でございます」
局の一人から抹茶ミルクティーを差し出された。
「ありがとう、ところでカステラは」
別の局からカステラも差し出された。
優しいミルクティーを飲みながら、カステラを頬張る。
ああ、子供で良かった。
面倒事は全部大人に丸投げだ。
北政所様から声をかけられた。
「上様、失礼いたしました。
こちらの話は恙なく終わりました。
全ては上様の良きように」
「ん、ありがとう」
「ところで上様、女武者をご所望とか」
話題が変わった。
まあ、良いか。
「片桐から聞いたのか」
「ええ、相談がありました。
それで、女武者は奥から出す事になりました。
奥の女武者は身元も腕も確かな者ばかりです。
数は如何ほど必要ですか」
「男ばかりだから、用心を兼ねて五人は欲しいな」
「そうですね、分りました。
騎乗できる者五名に、その従者をそれぞれ二名と致しましょう。
それで彼女達の身分はどうなるのですか」
「近習として側に置く。
扶持も近習待遇とする。
色々と物入りだろう。
支度金も渡す」
「ありがとうございます。
ただ一つ問題があります」
北政所様が笑みを浮かべた。
怖い怖い。
聞くのが怖い。
「なにかな」
「この話が漏れまして」
「漏れまして」
「側室であった一人が名乗りを挙げました」
秀パパの側室は、秀パパの死去により役割を終えた。
そこで所謂、解放となった。
手切れ金を渡すので実家へ戻っても構わぬ、と。
ところがこれに、何故か側室達が抵抗した。
実家へ戻らされても自分達の居場所はない。
邪魔物扱いされずとも、直ぐに他家へ嫁がされる、と。
そこで彼女達は女子会メンバーに泣き付いた。
結果、多くが大坂城に残留した。
その一人が名乗りを挙げた、か。
あっ、あれだ。
茶室の周囲に女武者達が群れていた。
その中の一人、組頭らしき女に与太郎は声をかけられた。
「もしかして、外に甲斐姫らしき女子を見掛けたが、それかな」




