(与太郎と鶏舎と牛舎)5
与太郎は宇喜多秀家に尋ねた。
「長宗我部家にするか」
秀家は三成に向けていた視線を慌てて戻した。
「はい、結構です」
素直な返事。
しかし、目色だけは隠せない。
秀家が三成よりも役職も石高も上なのだが、遠慮が透けて見えた。
それは秀家が幼い頃より秀パパに養われていた事に起因していた。
秀家の世話していたのが秀パパの近習衆であった。
三成も含まれていた。
たぶん、その時に苦手意識が刷り込まれたのだろう。
与太郎は秀家に面と向かって注意したい気持ちを押さえた。
この場で行えば、面子を潰す。
秀家だけでなく三成も。
代わりに前田利家を見遣った。
意味が分かったのだろう。
他に知られぬように、軽く頷いた。
秀家の正室は利家の娘。
大老、前田利長の妹。
そして子のなかった秀パパが前田夫妻に頭を下げて養女とし、
大いに可愛がり、年頃になるや秀家と縁付けた。
このように後ろ盾が太いのだ。
秀家には是非とも苦手を克服して貰いたい。
与太郎は前田利長に視線を転じた。
「利長殿には北陸道と信濃口の目配りを任せたい」
「相分かりました。
国元の奥村栄明に命じます」
家老、奥村永福の嫡男だ。
「小荷駄が通い易いように、街道の整備も頼むぞ」
関東への重要な兵站路の一つだ。
東北へ延ばせば、伊達家への牽制にもなる。
「お任せください。
与力には信濃の真田家が欲しいですな」
「分かった、異存はない」
与太郎は片桐且元に視線を転じた。
「且元殿、東海関東を当家が受け持つ。
当然だが甲斐口と駿河口もな。
橋が必要なら遠慮なく架けても構わぬ。
港の拡張もだ」
且元り表情が緩んだ。
「喜んで」
尾張に福島家があった。
且元の表情から、それを理解している事が分かった。
「且元殿は手元に置きたい。
それで誰が相応しい」
「家中からではなく、織田様では」
「織田、・・・秀信殿か」
「ええ、そろそろ大役を与えられてはどうですか」
織田秀信。
織田信長家直系、幼名は三法師、美濃国岐阜城主。
そろそろ彼も二十歳に間近い。
子供の自分が言うのも何だが、大人への階段を用意してやるか。
「相分かった。
それで与力は」
且元は考えてから一人の名を挙げた。
「当家から出します。
新庄直定では如何でしょうか。
新庄直頼の嫡男で、分知されて領地も持っています」
直頼と直定の親子は、親子揃って切れ者との評判。
次男もそこを買われて堀家へ養子入りする。
「分かった、異存はない。
しかし、もう一人欲しいな。
港を任せられる者が」
「それでしたら九鬼家でしょうか」
九鬼家。
本貫地の志摩国に本拠を置き、
戦国の大波を乗り切った水軍大名だ。
一昨年、その当主、九鬼嘉隆が隠居し、九鬼守隆が家督を継いだ。
凪のような相続だったそうで、安心して海の兵站を任せられる。
良し、海は丸投げだ。
しっかり働いてくれや、たのむやで。
順調に終わった。
ホッと一息。
すかさず手元の茶が替えられた。
伊東一刀斎だった。
小さな声で注意された。
「上様、肩に力が入り過ぎですよ」
こちらも小さな声で返した。
「そうだな、子供なのに働き過ぎだよな。
一刀斎にも仕事を少し分けてやるか」
一刀斎は替えた茶碗を持ち、黙って下がった。
与太郎は長岡藤孝を手招きした。
「済まない、先の話だ。
褒美とは別に、何か望みはないかと聞いたが」
「でしたら・・・」
藤孝は一旦、頭を傾げたのち姿勢を正した。
「お忙しいとは思いますが、某のお茶席にご臨席賜りたいのです」
「藤孝殿が茶を点ててくれるのか」
「はい、勿論です」
「それは嬉しいな、是非とも参加したい。
日時に関しては且元と調整してくれ」
必殺技、丸投げ。
委細は且元に委ねた。
その且元、笑顔ののち藤孝に提案した。
「藤孝どの、お茶席の場所は城内では如何ですかな。
城内なら日時がどのようにでも調整できますが」
「城内でか、それは助かるが」
「城内の方がかえって宜しいかと。
場所の選定も、設営もお任せになりますが」
「それは願ってもない、宜しくお頼み申す」
与太郎は口添えした。
「城内の鶏舎も牛舎も藤孝の管理下にある。
お茶席も同じように好きにしてよい」
「ありがたき幸せ」
ついで来栖田吾作を探した。
いたいた。
控え目に、陰にいた。
「田吾作殿、引き続きお茶席の与力も頼む」
「承知しました」
且元が藤孝に尋ねた。
「ところで藤孝殿、他に招かれる方は」
「四名ほどを考えています。
池田輝政殿、浅野幸長殿、加藤嘉明殿、そして息子の忠興」
言い終えた藤孝は且元に微笑んだ。
予期せぬ答えに且元は言葉を飲み込んだ。
それでも家老を務める器量人。
やおら与太郎に正対した。
「宜しいかと」
居合わせた者達の様子がおかしい。
揺れる視線が、引き締まる口元が、それを表していた。
四名は、石田三成に代表される文治派とは対立する武功派。
武功派は豊臣政権内にて文治派と事あるごとに対立した。
政権内基盤の弱い彼等が擦り寄ったのが家康。
後ろ盾にするつもりであった。
そんな彼等は地獄に突き落とされた。
家康が大老職を罷免されたからだ。
理由は御掟破り。
家康という後ろ盾を失い、武功派は窮地に陥った。
特に悲惨なのは御掟破りに加担し、徳川家の縁者となった四家。
加藤家、黒田家、蜂須賀家、福島家。
比べて藤孝がお茶席に招く四家は傷が小さい。
縁者にならなかった事にホッと胸を撫で下ろした事だろう。
御伽衆から事情を聞いていた与太郎。
直ぐに事情を察した。
だけでなく、ふと思い付いた。
考えるより先に藤孝に言葉をかけた。
「輝政殿に伝えて欲しい。
輝政殿の継室は太閤殿下の斡旋によるもの。
家康殿の姫ではあるが、今回の御掟破りとは事情が違う。
気になさることはない、とな」
これが楔になれば良し。
文治派と武功派は豊臣家の両輪。
片方を失うのは痛い。
与太郎はバランサーに徹する事にした。




