(与太郎と鶏舎と牛舎)4
忌憚のない意見、と言ったは良いが、聞き終えて驚いた。
温度差があるだけで、全員が徳川家征伐を口にした。
強硬な者は、速やかに兵を進め、伊豆相模だけでなく、
ついでに徳川家を潰しましょう、と言う。
温厚な者でも、最後通牒を突き付けて伊豆相模を接収すべし、と。
失敗した。
これまでは、徳川家処理を大人達に委ねていた。
取り敢えず、伊豆相模を取り上げれば良し。
それを機に徳川家を徐々に弱体化させる、との判断からだ。
その本音を隠して大人達に委ねた。
それが悪かったのだろう。
大人達は大いに策を弄した。
ついには、このように与太郎に決断を迫る始末。
迫るのは良いが、その態度がいささか問題だ。
子供と侮っている気配がした。
特に石田三成。
あかんやろ。
図に乗ってへんか。
なあ、三成よ。
忠義心は認めっけんど、そったらあかんやろ。
最終的に兵馬の権は与太郎にあった。
所謂、統帥権。
ここで頷けば、速やかに全土に公布され、大名の軍が集められる。
今回は戦場が関東なので、先の小田原討伐が活かされる。
各攻め口から一斉に関東へ雪崩れ込む。
与太郎は言葉を選んでいるうちに・・・、閃いた。
これなら。
「徳川家討伐は下剋上を終わらせる戦になる。
そして私の初陣はまだだ」
皆が一斉にハッと息を飲んだ。
姿勢を正して次の言葉を待つ。
与太郎は間を置いて続けた。
「私の初陣の相手は家康殿だ。
この我儘に皆も付き合って欲しい。
・・・。
討伐は先に延ばす。
その前に諸々を片付け、徳川家を丸裸にする。
籠城を諦めさせ、野戦に持ち込む。
一気呵成に決める。
方々、宜しく頼めるか」
大人達が嬉しそうに平伏した。
問題は三成だ。
忠義心は買うが、和を乱すのは困る。
本来であれば左遷が相当。
しかし、目を離せば離したで余計に危うい。
野放しではなく、手元で飼い殺しにするか。
与太郎は大人達に告げた。
「ここまでの話と、これよりの話は決して外に漏らすな。
良いな」
皆の頷きを待って続けた。
「輝元殿には九州への目配りを任せたい」
「承知しました。
特に御掟破りの家ですな」
徳川家縁者となった黒田家と加藤家が九州にあった。
「少々面倒も知れん。
国元の誰に委ねる」
「堅田元慶が宜しいかと」
秀パパから豊臣姓を下賜された一人。
武だけでなく、文にも才覚があった。
「あれか、良かろう。
与力は必要か」
「出来ますならば立花殿が」
筑後国柳川の大名、立花宗茂。
南端の薩摩から北伐して来た島津軍を孤軍奮闘で阻止し、
秀パパの九州平定軍が来るまで持ち堪えた人物。
北九州にてはその地縁血縁も申し分なし。
「良いだろう」
「景勝殿には東北への目配りを任せたい」
「喜んで。
気になるのは伊達家の動向ですな」
徳川家縁者となった伊達家は東北のかつての雄。
地縁血縁の者共が多く、油断ならなかった。
中でも親しいのは最上家。
「国元の誰に委ねる」
「・・・大国実頼が宜しいかと」
「もしかして直江兼続の弟か」
兼続と実頼は共に樋口家の長男と次男。
それぞれ望まれて直江家、大国家に入った。
仲の良い兄弟なので情報共有には事欠かないだろう。
与力は誰の段となると、奥の席の大谷吉継が挙手をした。
「宜しいですか」
「聞かせてくれ」
「最上義康では如何でしょうか」
最上家の嫡男だ。
昨年までは与太郎の近習でもあった。
「訳は」
「彼の者は根が善であります」
「それは分っている。
しかし、伊達家と親しい最上家だ」
「二つあります。
一つは最上家の取り込み。
二つ目は最上家を通して伊達家の動向が知れます。
ついでに伊達家が最上家を疑いでもすれば、それもまた良し」
面白い。
良き献策だ。
吉継、お主も悪よのう。
与太郎は景勝に目をくれた。
すると景勝、久方ぶりに表情を崩した。
「義康殿は嫡男ですが、今だ若く、領地を持ちません。
そこでものは相談です。
ついでに与力の役手当てとして領地を与えては如何ですか」
景勝、お主ものう。
「良き地に心当たりでも」
上杉領と最上領は接していて、よく揉めていた。
「二三あります」
「任せた」
与太郎は宇喜多秀家に視線を転じた。
「秀家殿には四国と瀬戸内への目配りを任せたい」
「こちらにも御掟破りの家が有りましたな。
喜んでお引き受けします」
四国には蜂須賀家があった。
となると、国元で受け持つのは。
「明石全登か」
「はい、全登に委ねる所存です」
明石全登は宇喜多家の家老の一人だが、
秀パパによって豊臣家の家老をも兼ねていた。
ここで石田三成が口を挟んだ。
「与力には長宗我部家では如何ですか」
長曾我部家では嫡男、信親の戦死で後継争いが勃発した。
紆余曲折あり、当主が剛腕で粛清したのと、
秀パパが四男、盛親の拝謁を許した事で表向き鎮火した。
しかし、埋火が残っているのも事実。
与太郎は三成の献策の裏を読んだ。
一つ、長曾我部家に恩を売りたい。
二つ、大谷吉継の献策への対抗心。
そして、ここに石田三成あり、と主張したいのだろう。
面倒臭い奴や。