(与太郎と鶏舎と牛舎)2
来栖田吾作が良い仕事をした。
前田利家の次の言葉を遮るように、厚焼き卵を運ばせた。
「本日の厚焼き卵は甘辛味噌添えになります」
与太郎は小皿を見た。
表面を軽く炙られた卵焼きの左右に味噌が添えられていた。
白っぽいのが甘味噌、濃い方が辛味噌。
個人それぞれ好みがあるから、甘い辛い両方を添えたのだろう。
巧いと言うべきか、面倒臭がりと・・・。
与太郎は箸先で両方の味を確かめた。
あっ、どちらも甲乙つけがたい。
うちの厨方頭は大角与左衛門。
長年仕えているので頭が固いかと思いきや、好奇心の塊。
与太郎の注文を快く受け入れ、それ以上の逸品に仕上げた。
これは褒めるしかないな。
お給金を上げちゃる。
与太郎は利家が卵焼きを食べるのを見て安心した。
柔らかい表情だ。
【第三の目上級】をそっと起動した。
サーチ、解析。
利家の健康診断。
健康上限は百。
七十以上で青色。
三十以下で赤色。
黄色はその中間。
仔細に視た。
利家は、青色少なく、黄色多し。
気に掛かるのは赤色。
内蔵系に多く視られた。
これは加齢と心労による疲弊のお知らせ。
与太郎は利家が死亡した年月は知らない。
だが、関ケ原から推測できる。
関ケ原の戦いは来年。
その時、利家はいない。
つまり今年中に亡くなる。
豊臣政権を漬物に例えれば、利家はその蓋の上の漬物石。
カオスな豊臣政権をただ一人、人徳で収めていた。
その漬物石が除かれて急転直下、カオスが噴出した。
ご存知、関ケ原へ突き進んだ。
与太郎は利家にちょっとだけ長生きして貰う事にした。
サーチしながら、【生活魔法(治癒)】を重ね掛け。
微力な生活魔法だが、豊富なMP666で数撃った。
心臓の赤色のみを狙った。
イメージは、数撃ちで赤色を薄め、黄色に近付けて行く。
仕切り役が来栖田吾作から長岡藤孝に代わった。
「これよりは某が蘇らせた品々になります。
牛の乳から取り敢えず三つの物が出来ました。
かつての本物を知らないので、ものの本を頼りに造り上げました」
そして嬉しそうに皆を見回して言い切った。
「酪、蘇、醍醐です」
自信に溢れていた。
これまで知っていた藤孝と表情が違う。
たぶん、これが彼の本質なのかも知れない。
蓋付きの湯飲みが配られた。
触ると冷たい。
藤孝が与太郎の様子を見て説明した。
「まずは酪です。
氷室にて三日寝かせました。
安心してお飲みください」
与太郎は蓋を開けて中身を見た。
白い、ドロドロ。
舐めるように一口。
うっ、美味い。
間違いなくヨーグルト。
甘味は砂糖。
「「「不思議な飲み物ですな」」」
「「「如何にも如何にも」」」
「次は蘇です。
同じく氷室からです」
配られた小皿に親指ほどの黄色い塊。
与太郎は箸で摘まんで、臭いを嗅いだ。
悪くはない。
端を口にした。
あっ、バター。
こうなるとパンが欲しい。
伴天連に頼むか。
残った塊を口にした。
熱いご飯の上に乗せても良いか。
醤油も必要だな。
厨方頭の大角与左衛門に知恵を付けるか。
「「「これは美味いですな」」」
「「「うちでも牛や鶏を飼うぞ」」」
「次が醍醐です。
こちらも氷室からです」
同じく小皿に親指ほどの塊。
これも摘まんで臭いを嗅いだ。
ちょっと臭うが厭な感じはしない。
端を口にした。
チーズだ。
表面を炙るのも有りだな。
「「「酒のあてに宜しいですな」」」
「「「藤孝殿に牛の飼い方を伝授して頂くか」」」
藤孝は皆の様子を見て嬉しそう。
表情を隠そうともしない。
「御口直しにお茶を運ばせます。
まずはお試しを」
蓋付きの湯飲みが運ばれた。
あっ、これは温い。
与太郎は蓋を開けた。
色が、緑と白。
抹茶ミルクティーか・・・。
藤孝が与太郎の様子を見て説明した。
「これまでのお茶とはちょっと違います。
酪、蘇、醍醐は、その前段階で加熱します。
これはその加熱した牛の乳をお茶に混ぜてみました。
お茶を点て、それに牛の乳、少しの砂糖。
面白い一点に仕上がりました」
与太郎はまず一口。
本当に面白い。
茶とミルクが喧嘩していない。
砂糖も控え目。
ああ、大人の味だ。
プリーズ、もう少し砂糖。
ついでにビスケット。
利家が漏らした。
「生き返るようです」
まだ死んでへんから。
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これからも宜しくお願いします。