表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/77

(始まりは突然に)12

 ならばと家康は、新たな書状に取り掛かった。

一通目はお初殿宛て。

浅井三姉妹の次女で、今は京極家の正室。

姉はお淀様。


 自分は、自分を敵視する大老中老奉行等により、

謂れのない罪に問われようとしている。

それがまかり通ればお江殿の娘、千姫殿の輿入れに障る。

そもそもこの輿入れは亡き太閤殿下のお声掛かり。

豊臣家と徳川家の結び付きを強め、

日ノ本に平安をもたらそうとするもの。

であるので、何としても冤罪から逃れたい。

ついては姉、お淀様に取り成して頂きたい。


 あざとい誘いも入れた。

亡き浅井長政の庶子が豊臣家に仕えていた。

直臣ではなく、増田長盛の家来なので、陪臣という形であった。

それでもお初殿にとっては大切な異母弟。

日頃から何くれとなく目を掛けていた。

それを知っていた家康は、自分が大老に返り咲けばその異母弟、

浅井井頼を豊臣家の直臣にすると約束した。


 二通目はねね様宛て。

亡き太閤殿下の正室、北政所様。

秀頼様の後見役の一人として今なお大坂城にあった。

その影響力は無視できない。


 自分は、自分を敵視する大老中老奉行等により、

謂れのない罪に問われようとしている。

それがまかり通れば太閤殿下の子飼い大名衆にも咎が及ぶ。

加藤清正、福島正則等の名を記し、自分の所領は削られても、

彼等を助けたい。

ついては大老中老奉行等に取り成して頂きたい。


 筆を走らせながら家康は笑みを浮かべた。

これはどちらかと言えば、自虐的な笑み。

本多正信や近習等には背を向けているので、本心を現せた。

三通目はと考えて、ある人物を思い浮かべた。

正信に尋ねた。

「正重は今も前田家と親しいのか」

 本多正重。

正信の弟で、かつての三河一向一揆の際には兄に従い、

家康に敵対した。

が、一揆が鎮圧されるや兄と別れて帰参した。

その正重、どういう訳か、一時期ではあるが徳川家を退去し、

織田家の大名衆を転々とした。

その一つが前田家であった。

正信が無表情で応じた。

「我が弟ながら、武辺一筋の男。

殿のご期待には添えないと思います」


 前田利家の病状を探りたかったのだが、あっさりと否定された。

その言い分はもっともだ。

別の手を考えようとすると、正信に諫められた。

「殿、殿は今、臥せておられるのです。

起きられぬ程に、そこはお分かりですよね。

ですから、書状は程々にお願いいたします。

それでもと申されるのでしたら、私共が走り回ります」

 正信が両手を着いて低頭した。

これに不寝番の近習達が倣った。

確かに正信の言い分は正しい。

臥せている者が次々と書状を送るのは不自然の極み。


 家康は指示した。

「ねね様とお淀様の周りの女共を切り崩せ。

手土産に金銀をばら撒け。

ばら撒いて味方に付けろ。

・・・。

次は内裏だ。

摂家にばら撒け。

ばら撒いて仲裁に入って貰え。

金銀を約束すればあの者等は目の色を変えて働く筈だ。

遠慮は一切無用。

・・・。

大老中老奉行連中の家中を粗探しし、付け入る隙があれば突け。

騒ぎを起こさせて大きくしろ」


 翌日も曽呂利新左衛門が見舞いに訪れた。

徳川家は三日続けての門前払いを喰らわせた。

それを見越して曽呂利は門前で又もや茶を点てた。

こうなると、どちらも慣れたもの。

言い争い一つもなかった。

ただ、今回の曽呂利側は早めに引き上げた。

すると、入れ替わるようにして、豊臣家から新たな使いが現れた。

「某はお上の御用で参った。

徳川様に言上申し上げたい。

が、徳川様は臥しておられると聞き申した。

そこで代人として重職の方にお取次ぎ願いたい」

 門番は事前に言い含められていたので、指示通りの応対をした。

「当家のお歴々はお出かけで御座います。

今、当屋敷には軽輩の者しか居りません。

失礼では御座いますが、お帰り下さい」

 豊臣家の使いは顔色一つ変えない。

「そうですか、それでは申し上げます。

明日、上様からのお沙汰を持って織田老犬斎様が来られます。

きちんとお迎えください、宜しいですな」


 その遣り取りを家康は正信から聞かされ、思わず首を捻った。

こちらもこちらだが、向こうも向こうだ。

いやにあっさりしていた。

「正信、どう見る」

「門前払いを承知の上での事かと」

「面子を潰されても怒らない、・・・実に作為的だな」

「門前で騒ぎになれば、下手すれば刃傷沙汰、

こちらより向こう様の方の威信に傷が付きます。

それを恐れての事ではないでしょうか」

「それは上辺だけではないのか」

「確かに。

・・・。

しかし、弱腰過ぎる気がしますな。

何らかの思惑があって・・・、の事かと」


 家康は城の大広間での言動は余すことなく入手していた。

上様大老中老奉行等は当然として、

居並んだ大名衆からの不規則な発言までもだ。

お沙汰の件はそこで決められたと知り、

侮りと熟慮の上で門前払いを続けた。

だが、だが、・・・だが。

その後、大老中老奉行衆によって謀議が為されたのではないのか。

大いに疑ってしまった。


 家康は織田老犬斎様を迎えるにあたり、手立てを一部修正し、

屋敷内の重職から小者に至るまでの全てに通告した。

明日は、用のある者は裏門を使うように。

関係者以外は決して表門に近づかぬように、と。

正信が危惧を口にした。

「武装した者共を長屋に隠し置きますか」

「突入まであると考えるか」

「はい」

「それは任せる。

表門の警備は近習と入れ替えろ。

ああ、それにだ、明日は儂も詰め所に入る」

「入られますか」

「危険は承知だ。

だがな、織田老犬斎との遣り取りを間近で見たい。

奴は顔色を隠すのが下手だ。

それで何か読み取れるかも知れん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ