⑦帰還
7.帰還
土のやや柔軟な部分に落ちたと皆思った。かつて聞いた十姉妹の声、碧い空。近くに高い塀。御館は十人娘を作るつもりかしら。
桜の木の下に五人は現れた。帰蝶がまず立ち上がり、まず自分を確認。錫色ドレスを再生し、靴はハイヒールに構築した。ピクニック用から御所用にモードチェンジしたのだ。
マツは鎖帷子に陣羽織を付けている。緑はオレンジと濃い赤の格子、フォーマルな侍女小袖である。緑がおっとりゆっくり手鏡を帰蝶に向けた。左に顔を振り、次に右に振り、前髪を少し掻きあげる。顔も再構築済み、錫髪も錫鞠に使った為ベリーショートだが、リフレッシュした。埃を払って洗髪した直後の綺麗な髪になったけど、伸ばすまではできないのね、ドット不足かしら。ほくろ忘れた。ま、いいか。次に点呼。
「皆いるわね。…公方はショーツきちんと捲く。」
地べたに胡坐かいていた義輝は帰蝶に貰ったショーツを腰に巻いていたが、それを緩めようとしている。
「いや、ちゃんと付いてっかなと思ってよ。男なら誰でも確認するだろ。」
「男になった事ないからわかんないわよ。」
帰蝶、髪の毛逆立てて怒っている。
「んなもの、確認するほどでかい玉つけてねえだろ。」
「誰でありんすか。」
と六尺超えのマツがひるむ程の金髪ロング、大柄ゲルマン姫の鶴の筈だが、思い切り目が座って、右唇が不満気にめくり上がっている。
「あたいはカタリナつう、なんだ伯爵の姫つうことになってる。」
ゲルマン姫が素に戻っている。鶴の魂魄がブラックホールに入った所で抜けてしまってる。内向的で、何事にも興味を示さないって綴書だったけど。
「どうして、あなたスラングなジャパニーズ話してるのよ。」
帰蝶は思わず聞いている。
ゲルマンの地と鶴がカタリナの体に召喚させる前持ってきた知識が交わったのだろう。
つまりカタリナは姫育ちでありながら、普段スラングを使っていた。鶴を誰に召喚するとなったら、カタリナだろう。あば擦れな言葉遣いで、プリンセスとは客も思えないからだ。
カタリナは桜の枝をブチと折り口に銜えた。
公方は地べたで胡坐かいたまま腰のショールを締め直している。そして、やっぱ御所の尻心地はいいわなんて言っている。マツが手を叩いて受けている。帰蝶は半ば苛立っている。
「あのどう見えているか知らないけど、公方のケツの下は木乃伊の山だからね。勿論私は避けているけど、緑やマツも木乃伊の頭やケツふんずけているから。それからカタリナが折った枝。桜の枝だったら真剣怒っているけど、それ、木の枝からぶら下がっているミイラの…だから。」
プウウウウとカタリナが枝を吹き出している。
「ジパングってマジ、マジミニサイズなのか。」
そんな話に付き合っている暇はない。帰蝶は先を急いだ。緑やマツ、公方も立ち上がり、最後にカタリナが面倒くさそうに後に続く。
帰蝶がイメージしたのは、御所の裏門内側だったのだ。帰蝶の早歩き、本来先導すべきマツや緑が追いつかない。建物の角を曲がった所で例の能舞台が見える位置に出た。地謡座が見える松の木の奥に身を隠した。
「ブラックボックスに入る前の時間をイメージしたから、そこに出た筈よ。」
「所でさ、パイプ用意してくんない。ああ、銀は駄目よ毒だから、出来たら金…。イテ、」
「調達前提って何。あるわけないでしょ。」
帰蝶はヘレンから貰ったヒールの底でカタリナの足踏んだのだ。
「あ、そっち、あたいが金って言ったらから下ネタ走るの止めたのかと思っちまったよ。この国には未だねえのか。バーバリアンか。」
「妄想、肺活量で風船から気球にするのやめてくんない。(自分で言って風船とか気球とか何処で学んだのかしら。ブラックホールで知識とか浮かんでそれ巻き込んだのかしら、それともヘレンの店のエア。)」
それより、御伽衆が晴元を介抱し本舞台を横切る姿が目に入った。公方も藤孝も狩衣烏帽子姿でいる。
「しめた。丁度インブラックボックス前に戻れた。ブラックホールに感謝。ブラックボックスじゃ時間遡れない。」
赤襦袢姿の帰蝶が居る。帰蝶がハナに引っ張られて、地謡座の方へ行く。その時、地謡座が突如ブラック化した。木調が真っ暗闇になったのだ。その闇からハットを被った松永弾正が姿を現し、帰蝶の赤襦袢の袖を引きこみ三人同時に落ちて行く。驚いた公方とマツ、緑、ネネが追いかける。公方とマツ、緑が飛びこむ。恐怖感が先だったが、ネネだけ躊躇した。躊躇して公方の狩衣をグリップした。狩衣に引っ張られてネネも落ちるかと思いきや、狩衣が抜け、公方が全裸のまま飛び込んでいった。
「入る時から、裸だったのかい。」
と帰蝶は額を抑えツッコミを入れざるを得ない。マツは声を出さず音を出さず手を叩いて受けている。緑だけは真剣だった。帰蝶がこのタイミングで飛び出したのを見逃さず追った。
ネネさんを助けるためにこの御所、この時間にしたのですね。
狩衣を手にしたネネはまさに今飛びこもうとしている。
「ネネ待って。今飛びこんでも、あなたは公方や緑、マツと同じ場所に行けない。支流に外れどの時代かどの場所かどの天体か分からない不毛の場所に飛び出し、瞬間冷却か瞬時蒸発、又はドット化したまま永久に宇宙外で漂うことになるの。」
帰蝶は、瀕死の晴元に肩を貸す御伽衆を突きとばし、白州に這わせると、ネネを危機一髪のタイミングで後ろから抱きとめた。
「私はマツ、緑、公方と一周廻って帰って来たの。でもそこにはネネがいなかった。このまま行かせるわけにはいかないの。」
「つまり、うちを助けに来てくれたってことなん。手で振って別れ言う事もできたのに。うちは姫はんを浚い、その上身代わりに磔にしようとしたんやで。」
「それが何、あなたが生きるため、そこに悪気はないでしょ。磔から助けようとしてくれたんじゃないの。十兵衛の店であなたの存在が私を魂魄ごとドット化する寸前、この世に留まらせた。」
ネネは反転し、帰蝶に手を引っ張られて舞台に戻って来た。地謡座に消えたと思った義輝が白州から階段を上がって来たので陰陽師の心得が御有りじゃったかと不思議がっている。藤孝達にとっては一瞬なのだ。
帰蝶はネネから狩衣を受け取ると義輝に押し付けている。
「藤孝が思うより余程下品な陰陽師よ。どうして背中抓んだだけで全部脱げるのよ。しかも下帯すらないって。」
義輝が狩衣の袖に腕を通しながら白い歯を見せている。
「これで終わりじゃないよ。この能舞台見て分かるように、三好との戦があったままなのよ。遺体の埋葬すら全く行われいない。御蔭で白骨とミイラの湖よ。(海、見たことないもんね。)」
皆が極自然な動きで帰蝶に注目する。衆目を集めるオーラを持っている。緑は自分にない特徴を持ち、それを惜しげもなく晒し活用する帰蝶を誇らしげに思い、その片の侍女である自分のステイタスがこの上なく嬉しかった。
「この御所は、能舞台ではなく御所全体がこのありさま、戦直後のあばら家のまま。御所改築を請け負ったのは松永弾正久秀。妖術系“とりわけ人”の松永弾正は己の空薫術の特技を生かし、斎藤家や波多野、赤松、山名の上納金を横領した。これは式目違反である。だな兵部。」
「ああ、そうじゃ。管領様にも化けて公方や我らを欺いた松永は何処じゃ。それより帰蝶のその召し物はなんじゃ。何時着替えた。」
「そうなんや。それつっこもうと思ってたんや。何時の間にやら早変わり、舞台の下に仕掛けでもあんのか。」
舞台の下にとんでもない世界が広がってたんだけど、説明するの思い切り面倒、しても分からないでしょ。百聞は一見に如かずとは良く言ったものよ。
「ドレスって言う美濃じゃ当たり前の姫恰好。それより、寄進金横領の狼藉者松永はもうすぐ地謡座から出てくる、ここに注目よ。(ブラックボックスを破壊した弾正は三十四年は帰らない十三代を良い事に。その死を発表しし、十四代を立てようとする筈。後、ハナは私の死を光安とともに美濃に報告に。いや、千の兵でまず御所占拠も考えられるわね。)」
流石、六姫様、ネネさんを助けるだけでなく、謀反人松永様の捕縛をも視野にいれていたのですね。と緑は感心する。
「弾正捕縛よ兵部、これを斎藤帰蝶、将軍御世話役第一歩と致す。」
と帰蝶は締めた。廻りから拍手が自然と起こった。藤孝は御伽衆五人連れて槍を持ち地謡座に注目する。公方は西洋流に帰蝶に握手を求め、帰蝶も応えマツや緑とも握手している・
一通り握手した後沈黙が流れた。
「弾正捕縛よ兵部、これを斎藤帰蝶、将軍御世話役第一歩と致す。」
又拍手が起こり、握手の渦。一通り終わったあと又沈黙。兵部達は槍を持ちひたすら地謡座を注視している。
「弾正捕縛よ兵部…ゴホなにこの煙。」
帰蝶の前にカタリナ、御伽衆衆を脅して調達させた黒の煙管をふかしている。
「デジャブ何回繰り返すんだよ。さっさと時計の針進ませなよ。」
カタリナが右唇をめくり上げ、右目だけを血走らせ、険しい視線を帰蝶の視線にスパークさせる。
「魂魄が変わるとこれだけ表情や態度や嗜好って変るのね。その煙、吸いこんて体には良くないとだけ言っておくわ。なんか遅れているみたいだから、兵部頼むわ。決して人、絶やさないように、いつ飛び出してくるか分からないから。ハナと言う狸顔した私の侍女頭と逢引してるの。仮に顔が違っても捕まえるように、それは狸が化かしている振りして弾正自身が化けているから。」
帰蝶はそう言ってカタリナの脇をすり抜け舞台を下りていった。緑、マツ、ネネが後に続いて行く。
マツ、緑が先導し、斎藤六姫帰蝶、初めて将軍御世話役として姫部屋に入る。その頃にはネネが姿を消していた。
マツ、緑とは違う絵が帰蝶には見えている。
「こんなあばら家に居たら病になってしまう。早速弾正めを締めあげ横領金返却させて修理しないとね。でも三十四年帰らないと思っているから本当に何処かで逢引楽しんでるのかしら。まあハナも狸とはいえ女だからね。」
「誰が狸で女ですって。」
懐かしい声が聞こえてきた。いや流石の帰蝶も驚き諸手を挙げた。
「お化け屋敷に狸の御化け。流石妖しの都。」
「誰が御化けですか。このハナ、侍女頭として、これからも務め上げて参りますのでよろしくお願い致します。」
とオレンジと赤のフォーマル侍女小袖、片膝立てた姿勢で恭しく頭を下げた。三人の侍女も左に並んでおり、緊張した面持ちで続いて頭を下げた。ハナは帰っていた。私が驚いてどうするのよ、驚く筈のハナが冷静って。織り込み済みってこと、コエ。ハナが帰ってるって事は松永弾正も都に帰っているってことになる。
「弾正何処ハナ。」
ハナは表を上げた。笑顔が逆に毒々しい。
「利害関係はないので、隠しだてする必要がないのでお伝えします。既に御所を去られました。何処に行ったか存じません。ブラックボックスの入り口と出口は同じ御所でも別々だったって事が分かりました。場所は言っても仕方ありませんね。尤も既に破壊されましたので、もうあの街には行き来できませんが。それより六姫様は、どうやってお帰りになられたのですか。」
「錫鞠が我が身に換え、私や公方や無数の現代の生命。未来の生命を助け、さらに私と緑、マツそれに公方をこの御所に帰してくれた。すべきことをやれと錫鞠は遺した。私は小見様いや斎藤家や明智家の風下には立たぬ。ハナ、策を巡らせながらも私が今ここに立っている意味を知り、心して身の振りかたを決めい。まだ分からぬなら、まず手始めに私の恐ろしさを知るとよい。マツ。兵部。松永は勝ったつもりだろうが、逆襲はここから。」
姫武者言葉になった帰蝶の背中から藤孝が顔を出した。
帰蝶はドレスのポケットから拳大という小さな錫鞠を取りだした。帰蝶はマット以外客を取ることがなく待機時間に自髪を切り網上げたのだ。だが、それはハナも知っている。
錫鞠の表面が指の跡に四か所荘厳な光を発している。他人が触れば触った脂が光沢を暫くの間放つと言う。
「これは松永弾正の跡だ。」
マツが秘術で雉を捕らえ肩に呼び込んだ。
「都って公家屋敷から逃げた野生雉が多いでありんす。」
マツに操られた雉が啼くと犬がやって来た。この犬は雉の仲間らしい。犬は指跡の臭いを頭に入れた。
帰蝶は鞠を浮かせた。
「念という電磁波を使って錫鞠に命を下す。指跡の主、松永弾正に衝突せよ。」
と言うなり庭から西に向かって蹴り上げた。光沢は西を向いていたのである。雉が錫鞠を追っかけ飛び立った。犬が臭いを追い掛け走り出した。
「わしは猿か。」
「なぜ桃太郎を引かぬ。」
「う、つい自虐手札切ってしまった。」
そこへ屋根上からネネの声。
「ハナさんの足の臭さいや足跡の匂い辿ったら、厠やった。適当に怪談流して開かずの扉化していた所がブラックボックスの出口やったんや。厠のハナさんや。その足跡の数と姫部屋着いてから今までの時間、侍女はんに聞いて西言うたら祇園当たりやろ。」
「また不入の権犯すんかい。」
「一回犯したら、もう壊れたも同然。さ、雉が早いか犬が早いか猿が早いか競争よ。鬼は角や金棒持ってないからこそ真の鬼。鬼公方退治といこうかね。跡で首拝ませれもらうよ。」
「やっぱわし猿かい。」
藤孝は御伽衆連れ、雉、犬を追っかけた。喩え幻術で化けても錫鞠が当たった者が弾正。錫鞠を追って雉捕まえた者が弾正、匂いを追って犬が捕まえた者が弾正。錫鞠が当たり雉が摘まみ、犬が噛んだ者を藤孝ら御部屋衆が捕まえればいいのである。二重三重の作戦である。小一時間すれば松永弾正は捕縛されるであろう。
後日譚になるが、捕縛された松永から返金されたのは結局半分であった。残りは三好家に上納されていてアンタッチャブル、戦でもしない限り無理と言う事だった。
藤孝は周辺国に三好討伐令をと主張したが、帰蝶が戦に及ばすと遮った。替りにメタルポーカーを松永弾正相手に所望した。帰蝶は、新錫鞠を持ち、松永は自家製の銅剣を持った。藤孝は反対したが、義輝は金属武芸者同志の果たし合いと興味を示した。
結果は一瞬にして付いた。帰蝶が蹴った錫鞠を弾正が銅剣で打ったのだが、銅剣が粉々に砕け、弾正の赤銅髪は白髪化し、以降、空薫術を使えなくなった。メタルポーカーとはお互いの金属属性を掛けた“とりわけ人”のみが知る戦いだっのだ。この時代の科学レベルでは、この戦いは勝負不明なポーカーとなる。しかし帰蝶は勝利を確信していたため、このバトルを持ち出したのだ。クレパスプリンセスでのティータイムでなぜ帰蝶に松永の空薫術が利かなかったが話題になった。金属属性が関係している事は明らかだったか、三色髪姫には効いてなぜ帰蝶に効かなかったか。マットの未来知識を持つ鶴が結論付けたのは原子番号であった。原子番号とは原子核にある陽子の数で、多い方が優位に立つというものである。帰蝶の錫は50、松永の銅は29で帰蝶の勝ち。因みに香のアルミニウムは13、赤松のクロムは24、山名の炭化水素は8プラス1で9。いずれも松永に及ばないのだ。
恐らくそれが理由であろうと鶴は断言した。そして、属性金属で創った武器を使いメタルバトルをすると、原子番号が多い方が勝ち、少ない方は負け、属性が失われるとまで言い切った。
その記憶が帰蝶をしてメタルポーカーへ向かわしたのだった。帰蝶は空薫術を使えない松永は丘に上がった河童と斬首を主張する藤孝そして管領を退けた。義輝も御世話役が言うのならと納得したと言う。ヘレンとの付き合い、帰蝶に空薫術が利かなかったことなら松永も負けは察していたものの、命が助かるのならと甘んじて受けたのだ。
さて、話は御所に戻る。
「わたくしはいつでも六姫様の味方でございます。六姫様の侍女頭なのですから。」
とハナは丁寧に頭を下げた。
「これからも宜しくなんて言うと思うハナ。」
表を上げよと言われないので下げたままだ。
「私が御所に戻ったって事は私を”死に札化“する為に動くのであろう。」
間を置くが頭を下げたまま返答はない。
「侍女頭が載舟覆舟じゃ困るのよ。武芸者じゃないんだから、夜くらい無防備に寝かせてよ。ハナの監視に割く人も居ない。マツが寝られなくなる。侍女は自家薬篭が一番。私の侍女頭は今後、緑にやってもらう。ハナには暇を出す。明智の郷に帰るがいい。そして、明智光安も先手侍大将を解雇とする。光安始め、明智の者は、この遠征軍から全て外す。将軍家に対する謀反が明らかになった以上当然であろう。御所に裁定を仰がない分有難いと思え。」
「いかに、六姫様が御世話役とはいえ、かのような勝手なことはできかねると思うのですが。」
と言うハナの肩が震えている。
「知らぬのか、私は御館様よりこの遠征軍の大将を仰せつかっている。大将は明智光安に非ず、この私だ。」
ハナの肩から汗の匂いがウワと沸いてきて帰蝶の鼻を付いた。パニックに陥っている。遠征軍の大将を六姫様に命ずるなんてわたくしきいたことありませんと全身で言っていた。
斎藤利政が帰蝶に命じたのは将軍御世話役だけである。では明智光安に命じたのは、軍の仕切りと御所への先導、故に“先手”侍大将である。侍大将たる身分では千の軍勢を持てるはずがない。よって大将は、斎藤家の血筋たる帰蝶になるのである。
侍女の道しか極めていないハナは武家の論理を理解していなかった。
帰蝶は、マツのとりわけ術によって呼び寄せられた鳩に、伝言を喋った。ハナの暇と明智光安以下明智兵の遠征軍解雇と帰国である。そして、最後に
「きょうきょうきんげん おろく」
と独特の抑揚を付けて話した。これが声紋花押であり、帰蝶が喋った証拠である。
鳩はマツの命令により斎藤道三の元に飛んでいった。利政の元に飛んでくるなり、伝言を喋り、声紋花押を帰蝶そっくりに模写するだろう。
ハナと明智光安以下十名の明智兵は、この一刻後、御所を去り、都を抜け山科の宿へ向かう事になる。
二十日後、利政は軍目付として深芳野の息がかかる稲葉一鉄以下稲葉兵を十四人派遣してきた。ハナへの目付でもあるため姫武将が半分占めていた。自分に好意的な深芳野側の兵が居る方が帰蝶にとっては安心だった。
三人の侍女が視線の杯を交しながら、不安な味の酒を呷っている。
残りの三人の侍女も明智の流れを汲む者だが、思い切り傍流である。童の頃より実家から離れ帰蝶付きになっているため、血縁に拘りもない。
「あなた達三人は留任よ。御所を立ち去る迄ハナが勝手は動きしないよう見張ってて。厠まで付いていくのよ。」
そう言い残し、立ちあがると、新侍女頭緑とハナを連れ、ドレス姿のまま堂々と優雅に公方書院に向かったのである。
あたしが侍女頭って、ハナさんお暇って。わかりました。やり遂げます。敢えて触れないようにしてましたが、いみじく邪魔な先輩が消え、あたしが最側近になりました。これほど嬉しい瞬間はありません。やったわ。
心の中は喜びで一杯だったが、外見からは無表情で淡々と帰蝶を先導して公方書院に向かう緑がそこにいた。
流石緑、人が出来ているでありんすな。大役が回ってきたにも拘わらず、泰然自若として普段と変わらない。
嬉しいのか哀しいのか分からない、ポーカーなのが緑なのよ。
「さあ、公方。御世話役特権、“推参”カード切らせてもらうわよ。いいから緑襖開けるのよ。断りもなしに入っていけるのが、推参カードなんだから。」
ところが書院の襖を開けた所先客がいた。カタリナだ。もわっと煙って来て帰蝶は咳込んでしまった。マツと緑が手を払って煙を分散させている。
「目覚草の煙と思ったらどうしてゲルマン姫連れ込んでんのよ公方。」
「いや勝手に押しかけ御世話役してきたんだ。」
「わっちが世話してるんじゃない。公方が私の世話をしてんのよ。そこんとこ間違えたら困んだけどぉ。」
と常軌を逸したかと思う眼と煙管でめくれ上がった唇が帰蝶に覆いかぶさって来た。
なんか、姉姫とその生母、侍女達まとめてゲルマン姫になったって感じね。
「いいわ受けて立ってあげるわ。」
と言うや否やカタリナの黄金ドレスのほつれをピと指で抜き去った。するとゲルマン姫のドレス他アンダーウエアまで衣と言う衣が全て脱げ畳に落ちてしまった。義輝の表情は帰蝶からはカタリナの肉体で見えないが、ネイキッドな後ろ姿に張り付けになってるのは外郭と動かない胡坐の膝で直ぐ分かる。帰蝶、得意の悪戯。
「信頼していた鶴相手にこんな仕込みをしてたなんてね。あの鶴って娘知ったらどう思うか。」
「レンタルしているだけで、自分でない素ッ裸を大衆の中で晒されたらどう反応するか興味あってね。」
カタリナは右手で金髪を掻きあげ、左手を腰、足を交差させ股間は隠すが、そのエロさに百合好みのマツは鼻を抑え出血の危機に備えていた。
「それを今やったって。災い、この通り、わっちは自分の体に自信あってね。寧ろ、望む所なんだよ。相手がわっちを世話する公方となれば。」
「震える胸元から“虚構(ほんとうは、はずい)”カードが見え隠れしているわよ。(悔しいけど梨?デカいわね、カード挟むに余裕じゃない。)」
「きちょおおお。カタリナの巨大なヒップ越しで悪いがYESだ。」
「何のYESよ。ひょっとして、あのウエスタンの坂道の答え。六代が目指した天下睥睨を狙うって言うの。」
斎藤帰蝶の血が湧き肉躍った。そんな公方に飛び付きたい。でも、間に晒し全裸に仁王立ち、あまつさえ煙吐いてガン飛ばしているカタリナって何よ。
こうして斎藤六姫帰蝶、前途多難な将軍御世話役がスタートしたのである。