⑥ピクニック
6,ピクニック
今宵は23時に閉店、次の日、昼前に出立。天気は雲は少し出ているものの晴れである。二十四人の遊女と其々のメイド達がぞろぞろと街を行脚している。ワイヤー入りパニエの上に小洒落れたシルクのドレスを着用している。ヘレンが全員に用意した革靴は茶色だが、ドレスに関しては髪と見事に連動している。帰蝶もようやく間に合った錫色の荘厳なドレスを着込み皆から羨望の眼差しを浴びている。ハナは、黒のスカートに白衣というメイド姿である。白のカチューシャも付けている。ハナ、押し出した方が客取れるんじゃないのと帰蝶は思っているが、黒髪は当たり前過ぎて色髪に数えられていない。
八百屋、果物屋、雑貨屋、飲食店の店主達は何事かと皆通りに出てきた。
「ピクニックだよ。」
ヘレンが女輩の低音イガリ声で宣言すること数回。帰蝶は、ハナに錫色の日傘を持たせている、他のプリンセス達もメイドに髪とコラボした日傘を持たせている。
スモッグ越しにお天道さまが二つ。又大きくなっている。街人も華やかな衣装のプリンセスに目を奪われながらも少し飽きが来ると天を見上げている。隣のマダムや商売仇にあれ何って聞いているが、聞かれた方が首を傾げるか“Idunno”と困惑して両手を広げるのみ。
皆不安よね、帰蝶は知識豊富な鶴に声をかけた。右手で天体をザと指さし、
「あれ、でかくなってない?お日様越えちゃいそう。越えたら何かなるの。」
「あたしも不安だったのですよ。天体が大きくなっているってことは巨大化しているのではなく近付いているってことなのですよ。」
「え、そうなの。」
「月やお日様が廻っているのではなく、この世界がお日様を廻り、月がこの世界を廻っているのですよ。そして、この世界も月やお日様同様丸い、つまり姫さんの鞠そのものなのですよ。」
「え、世界が鞠…・。」
「月やお日様が同形不変なのは同じ道を廻っているから。だからこの世界とはぶつからないのですよ。あと月、ムーンは、この世界、アースより小さく、お日様サンは地球より百三十万倍の大きさなのですよ。遠すぎて小さく見えているだけなのですよ。」
「万倍って想像もつかないわね。」
「因みにお月様の満ち欠けは、お日様と…。」
「いや、月やお日様はどうてもいいの。アレよ、Are!巨大化じゃなく近付いてるってなったらもっと大問題じゃない。何処まで近づくのよ。アレって実際どれくらいの大きさなの。」
鶴は敢えてアレから視線をそむけた。
時を同じくして、ヘレンの大音響が響いた。皆に聞こえる声、ちょっと大き過ぎないかこの声。
「ここから馬車しばき廻して山に殴りこみかけっぞおお。」
とか超スラングに言っている。この時代にない拡声器を密かに使ったのは明らかだ。
プリンセスたちはオーパーツを指摘する余裕などなく、ワワアアと大喜び。滅多に外を歩くことなどないプリンセス達、ヘレンが今朝用意した革靴とはいえ歩き疲れたのだろう。
大層広い駅で、幌馬車が幾台も用意されている。数え切れたわけではないが、十台は超えている。主に物資や鉱石の移動に使うのだろうが、今日はプリンセス達のピクニックに使う。そういえば、今日は祝日でマイナーの大半は休みだと何処かのプリンセスが言っていた。
「仕事振りを見るわけじゃないの?。」
「水銀の煙とか有害物質を湧き立たせているので、採掘中は近付かない方がいいのですよ。」
鶴は灰色のプラスチック性マスクで口を覆った。ゲルマン姫の肺は埃に弱いらしい。
馬車には六人づつ乗っていく。駅でもトラブルが。なんと馬が暴れ出した。
「ったくこの種馬は。何時もと違ってプリンセス達が来たから興奮したのかい。獣でも、ちょっとは慎め。」
と言うヘレンにプリンセス達は大受け。馬借はプリンセス達が怪我しないよう大変だったが、プリンセスやメイド達はトラブルに慣れているのかパニックになる者はなかった。唯一ハナを除いて。日傘を帰蝶に渡しぶるぶる震え、しがみついてきた。頭を撫でる帰蝶の方が半分年下とは誰も思わないだろう。
例の暴れていた白馬が車をひっぱって帰蝶達の元にきた。それだけで、“ヒイイイ選りによって”と成りハナは帰蝶の背中に隠れている。帰蝶は白馬の鼻を撫でると、大人しくなり帰蝶の顔を舐め始めた。白馬は鞠に舌を這わせようとした。その時、波多野香の品良く通る声が耳に届いた。
「やだ、あのお馬はん、先だっての晩も暴れとったえ。」
「あ、そやなんか白かったもんな。」
「暴れ馬、馬車に使うって呆れ果てるわ、あて、あん幌には乗らんで。」
とかいう赤松、山名の姫達の声も続報で入ってくる。
帰蝶は思わず鞠を持ったまま三色髪姫の方へ顔を向ける。その時、日光が当たり鞠の光沢が目に入った。例の指の跡が光っている。光沢の度合い、大きさにより三種類ある。これが公方やマツ、緑がこの街に来た証拠。このウエスタンの何処かに居る筈よ、帰蝶は見渡す。
「この駄馬、姫が気に入ったようだぜ。」
飛ばされそうになるハットを左手でおさえ右手で手綱を握ったジーパン・ジーシャツのカウボーイ姿。ハットから赤銅色の髪をのぞかせた松永弾正久秀が白馬の馬借をやっていた。
胸倉掴んで吐かせてやろうかしらって気を萎えさせる程、不惑のナイスガイね。
「あなたのグッドラックのおまじないが利いたようね。あなたに又会えたわ。」
「え、公方から俺に鞍替えしたか。美濃で会った時と比べたら、急に女に…テテテ。」
白馬が又嘶いたのを弾正が手綱で必死に抑えようとしている。
「鞍替えも何も最初から公方に乗ってないし。」
と帰蝶が答えた所、白馬は大人しく、嘶いた頭を下げた。
「俺の力を思い知ったか。ったく世話の焼ける馬だ。」
「グッドラックって言ったのは、弾正。あなたに是非聞きたい事があったからなのよ。ね、公方とマツと緑何処に居るか知らない?この街に来てるのは、この鞠が示しているんだけど。」
鞠の光沢が松永弾正の目にも入った。驚かせてくれるぜプリンセスとその錫鞠、結局は公方なんだな、だが俺も二番手キャバリアーの位置には付けてるようだぜ。
「やん、帰蝶さんと鶴さん、暴れ白馬に松永が馬借って最悪え。」
「うわ、マッツンやん。管領はんに能舞台案内してやるって付いて行ったら、落とし穴に嵌って、いきなりトロッコに乗ってたんやんか。流石、都、ドッキリのスケールがちゃうってワーキャー叫んでたら、隣に赤銅色の頭したマッツンがニヤと笑とったんや。キモイし。ヤナ事思い出してもうたわ。」
「その経緯あても同じや。どの面下げて、此処来とんのや。あてらが、今、文化成熟度の高いウエスタンの生活謳歌してるからって、キャバリアー気取りしとんのとちゃうか。人、物扱いしてヘレンに売った罪は消えへんで、呆れ果てるわ。」
三色髪姫の悪口など、松永には耳に入らない。帰蝶の眼をじっと見つめ、ウエスタンへの入りを今一度詳細に説明する。
「御所のブラックボックスは言わば脱宇宙の入り口だ。完全遮光のブラックボックスに入ると人体は体裁を保てなくなり、ドット化し、ドットは魂魄を周回し始める。マクロ的には太陽系、ミクロ的には原子と同じだ。脱宇宙して、その状態に陥ると時空を逸脱し、次、入宇宙する時に何処に出るかどの時代に出るかフリーになる。だが、それでは迷子になるので、ヘレン時代のテクノロジーを使って、この街へ繫ぐ道を造っている。川の流れのようなものだ。流れに乗ってこの時間軸この街に着くようになっている。脱宇宙が、帰蝶達の三秒後なら、入宇宙も三秒後になる。」
帰蝶は小首傾げて、松永から視線を外している。
「殆どわかんないけど、この街に必ず着くようになってるってことね。じゃあ、やっぱ公方もマツも緑もいるってことよね。後ろのトロッコに乗ってたんだよね。一般がどうのこうの苦しく言い繕ってたけど。」
松永弾正は幌馬車に白馬を繫いでいる。弾正が馬借となり、帰蝶と可愛いメイド姿のハナ、鶴とその金髪碧眼メイドが幌に乗り込んでいく。
「だが、そう公式通りにいかねえ。完全遮光のブラックボックスシチュエイションはナチュラルに起こり得るってことだ。酒が人の手で造るだけでなく、自然発生するのと同じだ。」
「弾正、あなた声渋いわね。」
「エ、何言ってるんだテメ。おえ。(俺はあくまでキャバリアーだ、それ以上は望めねえ。いや望んでいいのか。いや駄目だって。)」
白馬までもが帰蝶の一瞬色気トークに反応し前足を上げたり嘶いたり振り返ったりしている。弾正がなだめているが無理。帰蝶が、
「冗談よ、なに間に受けて動揺して馬怒らせてんのよ。ちゃんとなさい。」
と言うと白馬は大人しくなった。
「そう、その通り私の一言二言に惑わされないで仕事なさい。話続けて。」
いや俺は何もしてないんだがな。
「偶然完全遮光になりナチュラル発生したブラックボックスに生命体が偶然入ると、脱宇宙域を通り、御所のブラックボックスからウエスタンへの川に紛れ込んでくる事がある。稀にしかないが、宇宙規模と宇宙発生から百億年規模になると、恐ろしい数になっている。 俺は、何度も通ううち、自分以外のドットつまりDNAを払う技術を見に付けた。」
幌馬車が次々駅を出発していく。三色髪姫とメイド六人乗りの幌の後に帰蝶達四人の“りの幌”も無事出立した。出の時の推進力でハットが飛びそうになり、それを左手で抑えている。赤銅髪と妙にマッチして粋ねと帰蝶は思った。弾正もウエスタンに居るってことは、天下より此処が良いってことじゃない。天下に帰れば寄進金横領の罪に問われるわけだし、兵部が手ぐすね引いて待ってるわ。
「じゃあ、初心者は他人のDNA纏う可能性があるってこと。」
思考とは裏腹に、口では公方やマツ、緑の消息を探っている。
「多分にある。ハナや帰蝶が今あるのは俺が異分子を払った結果だ。その上帰蝶の場合は肌の大敵となっていた蛭の毒を除外してやった。」
「はん、“脂肪脱衣”でお肌ツルツルになったのよ。」
「残ってたぜ。蛭の毒は結構奥まで入りこむ、真皮所か、皮下組織まで行っちまう。十兵衛って奴は、ったく“とりわけ人”としても亭主としても外道だぜ。女子は肌が命だって言うのによ。それを俺が手はドットになって使えないが意思の力で払ったんだ。」
松永は肩越に振り返り白い歯とビルドアップ。
宇宙が出来て物質ができたって事、宇宙が出来る前は意思と言う形は無いけど存在している力が宇宙を含めた、この世を支配していたってことなの。つまりは意思が分割して物質でできた生き物の魂魄になってるってことかしらね。
その意思って即ち“神”じゃない。神が、物質を作り、生物として活動したくなって創造したのが、私たちが生きている、この世じゃないの。形はないけど存在している“神”を分割して、生物に分け与えたのが魂魄?
「この気障。」
思考とは裏腹に口では松永を揶揄している怒り顔を見せている。だが、直ぐ自然と笑顔になっている。
「てことは何、公方、マツ、緑は他人化してこの街に存在してるってこと。」
俺に気を注ぎながらも、心では公方か。女心は複雑怪奇とは良くいったもの。まあいい、俺はキャバリアーで十分。十分だ。立場、身分を弁えよ、俺。
「ああ、他人と融合してる可能性大だ。俺も最初は、変なDNAが纏わりついて苦労した。意思をしっかり持つ事が肝心だ。
生き抜くと言った生存欲で負けた場合は、完全に自分のDNAが内包されることもありうる。その者はDNA上二人でも、生存欲で負けると、他人のDNAのスイッチばかりがオンになり、自分のDNAが全てオフになる。見かけ上は他人同然、その他人の中で忸怩たる思い、しかしどうしたらいいか分からぬ状態になっている。」
「あの三人がそんなに生存欲が弱いとは思わないけど。いや生まれながらの公方は、天衣無縫で、流されるままってとこもあるかもね。」
「しかも規模が想像を絶するレベルだ。空間で宇宙規模、時間では、百億年か、二百億年、未来まで入るから、何処まで行くのか無限大だ。ヘレンはブラックボックス内で出所不明のDNAを無数に発見している。だが専門外なので調べたりはしないがな。」
帰蝶は視線を鞠に落とした。指跡の輝きが濃淡三種ある、誰がどれなのか分からない。ただムラメカス帰蝶との蹴鞠で三人が触れたから公方、マツ、緑の三人と勝手に決めているだけなのだが。
「ね、この街以外に流れる事ってあんの。」
「なきにしも非ずだ。きちんと俺達の背中を追っかける気持ちで入っていれば本流たる、この街だ。いずれにしても魂魄の意思の強さが左右する。鞠が示しているんなら、三人とも来てるんじゃねえか。」
「他人言ね。私は錫鞠を信じるわ。私の髪を捲いてるだもの。私が私を信じなくてどうするのよ。」
いや、本気で心配したつもりなのだが、深層心理を抉られたか。俺は何処かで公方がウエスタンに来ていないことを望んでいるのか。俺はキャバリアー相応だろ。
「仮に他人にDNA上インクルードされてた、としてだよ。そのスイッチを切り換えるにはどうするの、カードをターンナップ(自分色に揃)する(える)ってことよ。」
「あくまで、意思の力だ。魂魄力、他人を滅してでも自分が生き抜く力があればカードは味方に付きターンナップする。」
馬車は山道をぐるぐる廻り上がっていく。木の枝に赤い生物が居るのを鶴は気付いていたが、帰蝶が弾正の背中に話しかけているので、挟めないでいる。
「弾正さ、御所に帰ったのかと思ったら、まだ居たのよね。ひょっとして一度でも帰った。」
「いや帰ってねえ。」
だよね、兵部に即捕縛だもんね。
「まだ滞在するんだったら。調べてくれる。調べきれるものかどうかしらないけど。」
暫く間が開いた。ま、難しいわね。外見上は他人で内面見るって、そんなDNA透視グラスでもあれば。
「すまん、ちょっとカーブきつかったからな。ヘレンに頼めばDNA鑑定、入店する客位はできるかもしれんなあ。なあ帰蝶…。」
キャバリアー(婦人に付き添う男。)を越えてもいいか。
だが帰蝶は話題を変えた。
「さっきからさ、木に所々赤い生き物が止まっているんだけど。あれカメレオンよね。保護色じゃなかったっけ。どうして木に止まっているのに茶色や緑じゃなく赤なのよ。」
答えたのは、渋い不惑の声でなく、若いゲルマン人少女の声だった。
「カメレオンはある鉱物に反応するのですよ。採掘場を探すためにヘレンさんが大量に動物商から買い入れたのですよ。用済みで全部返却したのですが、そこから逃げた種が繁殖しているのですよ。」
鶴は、カメレオンの意味を知っていた。淡々と語る鶴に帰蝶がピンポイントに噛みついた。
「その鉱物って何よ鶴。」
「それよりもよ!」
松永弾正が思いつめたように叫んだ。鶴が、弾正の息継ぎに言葉を滑りこませた。
「カメレオンはチーズケーキが好き。」
「は、何それ、意味わかんないんだけど。」
鶴は自分で言って自分で驚き口を抑え目を左右にクリクリ動かしている。ゲルマン娘の知識を鶴の魂魄が処理しきれていない。
それよりもだ。と松永弾正が落ち着きを取り戻して話の主導権を悠然と握った。
「御所のブラックボックスとこちら(ウエス)側のブラックボックスを繫ぐキーを持っているのは俺とヘレンだけだ。解放可能時間が決まっていて、その時間にキーを開けると一定時間解放され、自然と閉まる仕組みになっている。なぜなら入った瞬間ドット化するから自分では閉められない、後誰でも彼でも誤飲しないためだ。」
「で、その鉱物って何、知ってるの弾正あなた。」
「いま突っ走れば解放時間に間にあう。俺と一緒に、そう平安京華やかなりし十世紀の都へ高飛びしないか。源氏物語の世界が待ってるぜ。オイオイ、どうして暴れんだよ。」
白馬が嘶き前足を上げたのだ。帰蝶は幌の窓越し、馬の頭に視線を送る。
「お馬さん、落ち着いて。弾正、馬が滑るような歌詠まないでよ。」
帰蝶が語りかけると、白馬は落ち着きを取り戻した。
「姫さんが松永様の話に乗り気がないのに安心したようなのですよ。」
「違う、馬は人の話をヘレンの時代になっても脳弄らない限り理解できねえ。突然ダチョウが割り込んできたんだ。そのダチョウにビビって馬が防御態勢に入った。なんか、この鳥、いつの間にか街で出没するようになってよぉ。誰が付けたか、ダチョウって呼ばれてんだよ。」
白馬と並んでダチョウが走っている。マアとハナが驚いているが感嘆だけで次の言葉がでない。危機に弱いはそのまま初物に弱い、少し幌酔いしてきてるのだ。帰蝶はそのダチョウを一目見てすぐ思い出した。
「ああ、決起宴会で私が付けたのよダサイ鳥でダチョウって。しっかもあの時のダチョウだし。」
白の毛並みに羽根を含めた上部が黒くなっている。忘れるわけないわ、新手の妖しかと思ったんだもの。
「ダチョウはいい。いまこの幌馬車は最後尾走っていると言う意味知れよ。このままUターンしてブラックボックス飛びこんで、飛びこみ際破壊すればヘレンは追尾できねえ。(ステイションの北欧系ガードから買い上げた手榴弾が役に立つ。)実は何度か入ってるうちに川から外れて十六世紀の御所以外の場所に行けるんじゃないかって手ごたえを得てる、実際行っちまえば戻れねえからやらないだけでよぉ。馬毎、鶴毎ハナ毎高飛びしねえか。」
松永弾正はデジタルテレポレーション(追跡ほぼ不能)” “エターナルサービス(永久御世話役)”カード(身受け)と言った禁則カードを切ると言っている。これは元締めヘレンを裏切り帰蝶にプロポーズして夜逃げしようと言っているのだ。
「わたくしも指示します。(これ以上話すとリバースしそうでできませんが。)」
「プロポーズする時と場所ってもんがあるでしょ。どうして過去なの。だから、何度目かしらね私はネガティブに小見様から“巣立ち”たくないのよ。それは逃げであって、“巣立ち”じゃないのよ。弾正、あなたも武家なら分かるでしょって、分からないか、娘じゃないものね。武家の姫は、“巣立ち”したあと、実家に忠孝梯するの。嫁入りするわけいかないの。いい所、婿入りよ。でも私はまず、公方を婿入りさす“将軍御世話役”という役目が残ってるの。無視したら、忠孝梯に反するのよ。」
木々は消え、既に赤茶けた山肌になってきた。頂上、到着は近い。
「二言はないか。」
「ない。所でどうして過去。未来じゃなぜだめなの。」
マットの姿が脳裏に横切った。なぜ魂魄だけ要求したのかしら、単にあのホログラムに魂魄注入したいだけ?
「獣も草木も進化する。口にする物も変化し、俺達の十六世紀の胃じゃ受け付けなくなる。過去なら大丈夫の筈だ。俺達は先人が克服したDNAを受け継いでいるからだ。」
「いく野の道は遠すぎて、逢坂の関は許さじよ(飛べないわ)。さっきの続き話すわ。遠征軍大将としてやらなければならない事が一つ。“移木の信”たる鬼公方討ちと三色髪姫の救出。“全軍前に宣言しちゃったからね。でもこちらの方は、真実が明らかになるに従って、変態していったけどね。まず、香や赤松、山名の姫の将来が担保される事。そして、公方を都に返す“御世話”をする事。公方は天下に在ってこそ公方、それを世話することで、遠征の目的“将軍御世話役”を果たした事とする。この二点を達成する事を以って鬼公方退治コンプリートとする。私が決めたの。誰にも文句を言わせないわ。」
帰蝶は遠征軍の大将と自覚していた。そして“将軍御世話役”も忘れてはいない。松永はハットを下げ、ハートブレイクしたナイスガイの笑みのみ陽光に晒した。
姫身分だな、自分が決めた事が絶対だと思ってやがる。揺るぎなき意思の力か。
その後、松永は二度と誘おうとはしなかった。帰蝶も口を開かず、ひたすら、ハナの背中をさすってリバースを避けていた。鶴の金髪メイドが、マスターがメイドの世話をしていることに目を丸くして驚いていた。インクリディブルなんて言っていた。
「あなたも、あたしに口をきいていいのですよ。Englishに謙譲語はありませんが。あたしが話すような丁寧語で良いのですよ。」
そして、遂に頂上に到着した。頂上にも全天候型の平屋の駅があった。余裕で幌馬車十台が入る。
帰蝶の幌が大トリで、既に他のプリンセス達は幌から下り囀っている。そして、帰蝶の幌を見るなり、皆指さしている。
「たく白馬がそんなに珍しいのかしら。まさか弾正ハンサムなんて言ったら、どうやって叱りとばしてやろうかしら。」
帰蝶は先に下りた鶴のメイドに手をとって下りている。ハナは酔っており、ラストでやはり鶴のメイドに手を取って貰いやっと青白い顔で降り立った。
「ねずみいいいい。屋根にネズミがあああ。」
帰蝶は錫髪の頭を抱えるしかなかった。どうして、こんなに、この街に来てからネズミに縁があるのかしら。なんか私にネズミを惑わすフェロモンでてるの。
帰蝶がネズミイイイイと叫んでからプリンセス達に大爆笑の渦が巻いている。幌から灰色のネズミが顔を出している。
「待って、私をマットから救った子じゃないの。なんてこと、店から此処まで付いてきたの、その小さな体で。」
まさか自分が子ネズミに感情移入するなんて。帰蝶はネズミに手を差し出すと、その灰色の小動物は帰蝶の手に乗った。
その動きをプリンセス達皆が注目している。その愛情に感動さえしている。後光が差す太陽と十五度右に謎の接近する天体が迫っている。
松永久秀は、謎の接近する天体など、見えないかのように帰蝶を注視する。
ネズミを手にしただけで、これだけ注目を集める。空蝉じゃねえ、この時代の世界のプリンセス達だ。それどころか白馬もダチョウも。小ネズミも。錫髪が珍しいだけじゃねえ。色髪ってことになれば他の二十三人のプリンセスも同じだ。自然と衆目を集める。
扇の要だ斎藤帰蝶。不惑なのに、惑わすな。
「こんな殺風景なショバがゴールなわけねえだろうが、メロウ共。」
女輩の低音イガリ声がプリンセス達を現実に引き戻す。ここからが本格的なピクニックタイムである。ヘレンを先頭に二十四人のプリンセスが歩くこと約十分。その間囀りは続いたが、到着するや否や絶句の網が被せられた。
頂上の真ん中が抉られ大きなお釜のようになっていた。お釜は岩を取り除き整地され、その底に向かってレールが等角に二十四本。そのレールの端にはボブスレーのような薄い鉄製のソリが余すことなく着いていた。ソリを押すと、お釜の底に向かってまっさかさま、その角度45度。恐ろしいスピードで突っ込むことになるだろう。
「これ何よ。これが採掘場なの。」
帰蝶がスピークパーソンになってヘレンに問い質す。プリンセス達の視線が私に集まるから、言わざるを得ないのよ。皆スラングなヘレンと話すの嫌なのね。
「そう採掘場だよ。何処からどう見ても採掘場だろ、お姫さんよぉ。これが桃源郷に見えんのか。もし、見えたら、飛びっきりクールな瞳って褒めてやるぜ。」
ヘレンは濃いアイラインとマスカラに囲まれたギョロ目を造り、帰蝶を睨み下げる。
「一段と女輩言葉が冴えてるわねヘレン。私の錫目に映ってるのは、桃源郷でもなければ、採掘場でもないわよ。何かを掘ったんじゃなくて、これを造るのが目的だったんじゃないの。此処に来た時のトロッコから見えただけど、採掘場ってもっといびつよね。あっちこっちに穴が開いたり、土や砂を取り除き剥きだしの岩肌が削られたり。」
「なんてな、て言おうとしたんだよ。先に鼻突っこんで話パクるんじゃないよ。」
ヘレンの低音の凄みは相変わらず。
「ヘレン、話続けなよ。」
あばずれ口調に負けないスピークパーソンの帰蝶に答えヘレンが続ける。皆帰蝶に縋っている。聞きたい事を聞いてと。ハナがようやく正気を取り戻し日傘を帰蝶に差しかけている。帰蝶は日傘越しに謎の天体の光に目をやる。又大きくなったわね。近づいたって事。
「皆、察しの通り採掘場をテーマパークした。つまり採掘場で使うソリのアトラクション。これに乗ってスリルを味わった先はお楽しみだよ。」
とヘレンが手を広げ、満面の笑みを湛えて遊園地を案内した。
「うわああこれ乗ったら楽しそう。」
「早く乗りたあああい。」
とノリノリに話し始めたのは日傘持ちのメイド達である。メイドはヘレンがこの時代、このウエスタンから広域で集めた少女達。出身地から付いてきたのはハナだけだ。
メイド達が突然饒舌なりプリンセス達はなんなのと驚いている。
「早く乗りたいなら乗れば。何よ今迄黒子だったのに急に目立ち始めてさ。」
と妙なノリに業を煮やした帰蝶がメイド達に水を打った。なんか、違和感あるわね、セリフのような。行き詰った時の頼み綱と帰蝶が鶴を見た。鶴は少し震えている。顔は青ざめ、生きた心地じゃない。採掘場は底が見えない程深い、高所恐怖症にはたまらないだろう。
高い処が怖い、いや、幌馬車に乗っている途中から寡黙になったわよね。
帰蝶の間が空いた事によりカチューシャを付けたメイド勢が盛り返してきた。・
「乗りたいのはヤマヤマなんだけど。でえも。」
「この街ではレディファーストなの。」
「つまり身分順ってこと。私達はメイドつまり平民なの、まずはプリンセスたるあなた方からどうぞ。」
「わっちらは、プリンセス様方の後から参りますわ。」
と言ってどうぞ御乗り下さいと言わんばかりに日傘を畳みこんでハナ以外皆ザッと大きく一歩下がった。
メイド達、ヘレンの仕込み入ってるわよね。しかも私が来るかなり以前から。いや最初のプリンセスが来る前かもしれないわね。よく見れば三十代半ばの大姥桜のメイドもいるし。その証拠にハナが知らない。
急にメイド達は自分達の薬籠でなく、ヘレンだけの薬籠になり、プリンセス達は不安気に顔を見合わせている。帰蝶の右からハナ、鶴がしがみついてくる。鶴の震えは尋常じゃない。日焼け止めも含めた濃い化粧で分からないが、青ざめているだろう。眼も焦点を失っている。
「これが、このウエスタンのトラディショナルだよ。脳天届いただろ。二十四枚のプリンセスカードをしょっぱなにずらり並べようかね。さあ、楽しんできな。」
ヘレンが二十四人を急きたてる。ボブスレー型のソリ、足を入れる部分がなぜか開いている。松永、説明しなと言うヘレンの投げやりな言葉を胸に受け、弾正は二十四人の不安気な視線の的になった。緩んだ瞳じゃない、真剣な眼、これ程真剣な眼は帰蝶を教会遊郭に送って以来だ。
「一回しかしねえぞ、よく見ておけ。」
松永弾正、一番直近に設置されているボブスレーに足から滑りこんだ。そんな絵を誰もが思い浮かべていた。
!!
松永弾正は頭からうつ伏せに突っ込んで、足を出すと思っていた穴から頭を出した。
「私達は強制的アトラクションの餌食になろうとしてるんだよ。受け狙ってるつもりかもしれないけど、笑えないよ。」
だが、帰蝶の指摘に弾正の反応はない、至って真剣てことだ。穴から出した頭から目を光らせ、
「中にハンドルがあるから、それで体を固定しろ。それだけだ。」
とだけ言ってはい出てきた。穴から出すのは足ではなく頭。場が凍りついた。
「ストッパーが外れたら、そのレールに沿って底に向かって走っている。スリル満点だ。なあに行く時は皆一緒だ。二十四人一緒に出る。」
「頭から突っ込むのね。うわああ楽しそう。プリンセス様方、早く行っちゃって。」
とメイド達から煽る声、プリンセスの背中を押す。
「で、確かにスピードがでるから鬼並に怖いよ。だけど、その先にあるのはケーキだよ。黄色いチーズケーキを用意してやってるのさ。」
弾正を引継いで、ヘレンが低音を響かせた。こんな谷底にそぐわないケーキがある?
チーズケーキ、鶴が口走ったカメレオンはチーズケーキが好きのチーズケーキよね。
「チーズケーキ、早く食べた―い。わっちらの分もあるのよね。:」
とメイド達が又煽る。煽っているメイドの赤く広いデコに錫鞠が激突、リバンを帰蝶が受けた。真実を示す錫鞠だ。
「なにするのさ。いてえな。プリンセスならなんでもやっていいもんじゃないだろ。こっちは早くケーキ食べたいのを待ってやってんだ。身分って奴のために。」
どうやら嘘言ってないみたいだね。でもヘレンの書いた台本を忠実に喋っているって事だからね。にしても鶴の狼狽振りは計算外よね。参ったわね、私も鶴頼りにしてたのに。このアトラクの意味がわかんない。額面通りに取っていいのか。ヘレンの女輩口調が判断を鈍らせるわね。
それとも鶴、チーズケーキの意味を理解するに至ったの。
「いいよ。別に身分なんてひっくり返しちゃえば。遊びに来てるんだよ。今だけターンナップだ。最初はメイドカードよ。」
と帰蝶は言ってのけだ。エとメイド達は固まり視線の先はヘレン。ヘレンは厳しく冷たい顔でメイド達を睨みつけている。その睨みに反応して、
「その手には乗らないわよ。」
「無礼講って実際無礼講じゃないわよね。お後が恐ろしいわ。」
などとメイド達は尻ごみし始めた。
ここで青髪の波多野香が一歩前に出た。桃色ルージュが良くマッチしている。
「ケーキ頂くんはええの。底まで落ちてってケーキよばれて、その後どないなるんえ。」
と疑問を呈した。確かに底はどうなっているのやら。
「ちゃんと脱出できるようになってるさ。麓の駅に出れるようになってる。」
香は赤松、山名の姫と視線の杯を交しながら、それならええかなと小声で言い合い、帰蝶の顔色を見た。
なんか、三人のメイドがアイコンタクトして緑に助けを求めるって場面思い出したわ。そして、緑はハナに…。私は鶴に…。結果は一緒ね。ハナも鶴も正気じゃない。帰蝶に両側からしがみ付いたままだ。
ヘレンはちらちら鶴へ視線を流している。
ホワイトボックスを使いマットが魂魄のみの鶴を引き入れたのだ。その際に未来知識を塗ったと言う。
鶴を恐れているのかヘレンは、松永に顎で指示。
「鶴、幌酔いが治りきってないようだから、俺がソリに入れてやる。」
と鶴に一歩近づいた、鶴は体を引く。その二人の間に帰蝶が入った。
「普通幌酔いが治ってないなら、治るまで待つだろ。どうして急かす。あの第二のサンと関係あるのか。」
さらに大きくなった未確認接近天体を指さした。もう左側に輝く太陽の数倍巨大になって輝きさえ放っている。ヘレンの顔が一段と険しくなるが返答に窮した。と同時に帰蝶は自分の腕を掴む鶴の手の力が強く回復したのを感じ取った。
「ケ、ケーキはウランなのですよ。カメレオンはウランに敏感なのですよ。もっと早く分かっていればなのですよ。」
とプリンセス達に聞こえるよう声を響かせた。
「いや結果一緒だよ。」
すぐさま帰蝶がフォローする。
思いつめた鶴が遂に事実を吐露した。ケーキはウラン。鶴はゲルマン姫に召喚された際、未来の知識を塗された。だが、全てアクセスできたわけでない。特に重要な今日のピクニックの真意に関しては、歩みを進め、幌馬車でこの頂上に近づく事で条件クリアとなり、徐々に発動していったのだ。ヘレンのプロテクタをマットの仕込んだウイルスが浸食してようやくアトラクション乗車前に解凍できたのが真相だ。鶴はその内容の恐ろしさに驚愕して体を震えさせていたのだ。
「私達は特定の金属を体内に多く取りこめる事ができる“とりわけ人”のプリンセス、生ける金属なのですよ。因みにあたしが宿っているゲルマン姫さんの属性はゴールドなどですよ。」
「ちょっと…。(マットの奴め。)」
と止めかけたヘレンに帰蝶が睨みを利かせた。
「理由によっては喜んで協力するよ。アレが接近している事は皆知っているんだよ。」
ヘレンは帰蝶以下プリンセス達を眺めた。皆真剣な表情でヘレンを睨みつけている。
「真実を指し示す錫鞠をヘレンあなたの顔面にぶつけて吐かすやりかたもあんだよ。」
ヘレンは唾を飲み込み、鶴に目配せ、全部話せと言う意味だ。メイド達は雰囲気を怖がり日傘を閉じ後ろに下がり、二十四人のプリンセスだけが残り、鶴に注目した。
「あの未確認天体は中性子星なのですよ。今から数百年後ヘレンさん、マットさんの時代の太陽系に中性子星が突入したのですよ。摩擦で削られながらも、火星の衛星ダイモス位の質量を保ってアースに近づいてきたのですよ。それだけでもアースに激突すればアースの生命体は全て滅亡、危急存亡の危機なのですよ。アースの国家連合体は核兵器を使って中性子星粉砕を計画、それを実行させたのですよ。軌道計算は正確で確かに核兵器は月と火星の間の軌道上に当たったのですよ。しかし、中性子星は爆破したものの離散せずネットワークを保ったまま、時空を飛び越え、この一五八ニ年七月に移動して再び終結して中性子星となりアースに接近し始めたのですよ。追尾していた国家連合体は過去に遡って中性子星粉砕を再度計画したのですよ。」
ここまで話して眩暈がして帰蝶にしなだれかかった。ヘレンが意を決した。
「替って話すよ。“二十四色のクレパスを一度に使うと何色になるかな”作戦だ。その計画の使命を受けたチームのリーダーがミーだよ。このヘレン・ジョーンズだ。粉砕離散するためには二十四の人体含有金属を同時に一定加速してウランに激突させ核分裂さす必要がある。核分裂エネルギーは中性子星を粉砕し、アースも未来も救われるってわけだ。
人体含有金属。人より著しく多く、つまり効果発生量を持つ二十四人の収集はスタッフや同時代の松永らエージェンシーの力で二百年のスパンを設けた結果、計算上余裕と思ったんだけど、ぎりぎり集まったね。最後の錫が存外いなかった。松永には感謝している。赤いカメレオンはウラン発掘に必要だった。ミー達が怪しまれないために、この時代の技術で発掘しなければならない。ま、目星はあなた方から見て未来の資料で分かってたからね。このウエスタンのゴールドラッシュ金鉱山だよ。この山の谷底に中性子星まで飛んでいき粉砕離散するだけの核分裂を起こすウランがあった。イエローケーキだよ。本当に黄色いんだ。ハンドルを上げればストッパーが外れ、同時に出発し、加速し最高速度に達し同時刻に頭からウランに激突する。皆体重が微妙にバラバラ。重さはボブスレーの重さで調整している。体重がどうしてわかるかって、なぜ二階に部屋があるかだよ。床にかかる比重で体重は常に把握していたのさ。単なる床じゃないのさ、体重計付き床だ。」
ここで話は終わった。帰蝶は思わず前のめりになった。二十三人のプリンセス達は視線の杯を目まぐるしく交し始め、最後に帰蝶を見た。スピークパーソンの役割は果たすよ。
「そこで終わりはないだろ。“二十四のクレバスを一度に撫でるとどんな声色”作戦だっけ。それをやった後私達は生還できるの。」
「客取らねえのに、艶喩えだけは一人前になりやがって。それはいい。“二四クレ”作戦、
SUI(CIDE)…いや、この時代では聞くだけ野暮って言わないのかい。ヒロイン的行動と言えばいいのかな。それでこの先未来永劫の人類および多細胞生物は救われる。プリンセスはヒロインとなる。鶴にはその一部始終を報告してもらう。冷戦沈着を条件にマットに頼み人物探しをしてもらったが。その様子を見るとパートナー選びに失敗いやできるな鶴。」
鶴は頷いた。
弾正、十世紀だっけ、過去に逃げようなんて、なぜ過去か分かったよ。
「すまねえ。俺の行動は矛盾だらけだと思っているだろ。当初、帰蝶の上洛を阻止しようとしたのは俺の空薫術が利いてなかったからだ。錫には利かねえ。寄進金横領がばれちまうと思ってな。だが、ヘレンからは矢の催促でな。どうして二十四人の金属属性プリンセスに拘るのかって聞いたが返事は無かった。だが、リニアで教会地下駅に付き、下ろした後、メールが俺の脳に直電した。ここで初めて知ったんだ。すまねえ、俺がスカウトした姫達には謝罪する。
松永弾正は帰蝶、香、赤松、山名の姫に頭を下げた。鶴には下げない。鶴は一体二魂魄で借り手のほうなので、肉体を以って滅するのはゲルマン姫の魂魄ということになる。唯一の生還者となり数百年後の連合政府に報告する義務を負う。ヘレンだけだと法律上駄目なのらしい。実行者側の証人が必要とされる。その時に上手く説明できるようにするためマットは未来知識を塗した。だが、二十四人が犠牲となる計画は逃亡を恐れヘレンがプロテクタを掛けた。帰蝶を救いたいマットはウイルスを仕込んだ。だが、そのプロテクタの解凍に条件クリアを含めて此処までかかったって事だ。
プリンセスがざわめいた。
「私達の命を捧げろってことなのね。」
命を捧げる。我が命を捧げる。何処に。誰に。神に。人に。他人に。嫌よ。どうして私達なの。
プリンセス達は一気に負の雰囲気になった。ヒロイン的行動と言われても納得できるものではない。
鶴だけ救われる保証があるってずるいと言う声が聞こえる。
肉体が維持できるの、できるわけないよね。肉体が粉々になったら救われない。
最後の審判の事を言っている。天国へ行ける保証がない。
「さあ、さっさと乗りな。この日、この時の為に苦労して二十四人もあばずれ娘プリンセスって持ちあげて集めたんだから。乗らないと撃つよ。」
ヘレンが興奮して、この時代のエスピンガルタを持ち出しプリンセス達を脅迫した。プラス低音女輩声が、プリンセス達の恐怖心を増幅させる。遂に本音を露にしたな。松永久秀も狂乱してハンドガンを持ち出している。
「いっそ胸を撃ち抜いて。その方がまだ肉体が維持されて天国へ行けるわ。」
北欧系の金髪の上にきらきら星の輝きをみせるスターゴールドのプリンセスは自胸を左親指で指している。松永に此処を撃てと。
松永は銃口を下ろし天を仰いでいる。
「どうすんだ、ヘレンよ。」
辺りはパニックに陥った。ハナも眼の焦点を無くし帰蝶のドレスの袖を引っ張っている。
「わたくしが身代わりになります。わたくしが身代わりになって六姫様は生き残ってこの街で暮らして下さい。それがわたくしの遺言。」
侍女頭のハナがパニックになることで、帰蝶自身が落ち着きを取り戻す、何度か繰り返された気がする。今更記憶の書物を紐とく必要はないだろう。
「ずっと隠しとったんえ?」
「自分だけ生き残ってえええな。」
「どうせ、あの中性子星が落ちたら皆死ぬんやって笑いながら付きおうてたんか、呆れ果てるわ。」
三姫が責めているのはヘレンではなく一体二魂魄の鶴であった。
鶴は三色髪姫に責められ、動転して帰蝶の懐に飛び込んできた。冷静で、知識に於いて常に上階に君臨していた鶴は、居ない。
だが上背があるため、鶴が帰蝶を抱きしめているように見える。帰蝶は鶴を抱きとめ慰める。
「知らなかったのですよ。でも山登りし始めてから泉の如く、この作戦の全容が浮かび上がってきたのですよ。」
鶴が帰蝶にしがみ付いてきたため、三色髪姫は帰蝶に文句言っている絵になっている。座りこみ泣き叫ぶプリンセス、ヘレンを指さし鬼の形相で今迄の恨み、悪態を付いているプリンセスもいる。そのプリンセスは、茶色の肌に銅線のカーリーヘア、大きな銀の輪のピアスを付けている。
お金なら実家にいくらでもあるから、私を外してとヘレンの足元に縋ろうとするプリンセス。彼女は、抜けるような白い肌にピンクヘアを巻貝のように上げ、赤い花を付けている。ヘレンの足元に来た途端、左手のダイヤモンドリングを抜き、彼女に捧げている。勿論、命懸けの作戦遂行中故、ヘレンは見向きもしないが。プリンセスは、さらにパールのネックレスも外そうとしている。
「フィフス(補欠)はいねえ。全員レギュラーだ。」
と言ってヘレンはバンと一発空に向けてエスピンガルタを発射した。
それでも、怯んだのは一瞬だ。さらにヘレンへの怒りを増幅させ、罵声怒声を浴びせている。上品で気高いプリンセスは消えうせた。遠巻きに見ていたメイド達も
「はやく乗って、谷底に突っ込んで。」
「わっちらまだ死にたくないよ。」
「バージンで逝くなんて嫌。」
怒りから啼きに変っている。ニ四クレ作戦の事は今知った雰囲気である。メイドが煽ったのは台本を憶えていただけだったのだ。
「あなた方、私達を地獄に落とすために世話してたの。地獄よ。私は天国に昇りたいの。」
とプリンセス達がメイド達に対抗する。見てられない、中性子星はますます巨大化太陽の数百倍はある。かなり近い。
「シャラアアアプ。」
帰蝶のよく通る声、これで皆静かになった。御世話役“競り”の時のような薄幸な童の風はもうない。立派なリーダーである。
プリンセスもメイド達も目線は、左手鞠を持ち、右手を腰に当てる帰蝶に注がれた。中性子星のパルサーに当てられ錫髪が輝いている。結局、私が仕切りらなきゃどうにもならないのかい。スピークパーソンは最後、最期までやるわよ。
皆、聞きな、時間ないのはあなた方でもわかるわよね!と輝く中性子星を指さし、演説を放った。
「天国も地獄もない。我が身滅せれば全て終わる。」
プリンセス達の熱気が一気に醒めた。メイド達は口を覆い、蒼白している。
「人は死ぬ存在なんだよ。数百年後のヘレンが過去に飛んできてこれだけ真剣にやっているのは、数百年後のひ…生物を助けるため。つまり生まれる者は死ぬ存在ってのは変わらない。
ただ宇宙を発生させた何かと供に或るという注釈は付けくわえておく。なぜなら皆一旦宇宙外に出てこの地に降り立ったのだから。」
帰蝶が人ではなく生物と言ったのはダチョウ、そしてダチョウの上に乗るネズミ、さらに帰蝶が乗った幌馬車がここまでやってきて馬がまるで自分の言葉が分かるかのように見えていたからである。
「いかに死ぬかで人の評価は決まるんだよ。このソリに乗ってウランのケーキに突っ込めば私達は核分裂エネルギーになって、あの中性子星を破壊して、この世界を救う。そうなればヒロインになって未来永劫人々に語り継がれる。拒めば、世界と共に私達も普通に亡くなる。皆滅びるから誰も私達の事を後世に伝えることはできない。万が一生き残った者が居れば、あの時二十四人のプリンセスがヒロイン的行動を取っていれば、愛する者が助かったのに、自分もこんな厳しい環境で生きることはなかったのにと恨み節を垂れるだろう。どちらを選択する。あの中性子星の落下まで殆ど時間がない。どちらにしても私達は亡くなるの。亡くなる時は一瞬だよ。しかも寝食共に過ごした仲間達と一緒。」
静寂が支配する。三色髪姫は互いに視線の杯を交わし合う。
「弾正がいるからね。私事を言わせてもらう。将軍御世話役は私をポジティブにしてくれた。あの話が来る前、姉姫達への恨みと辛み、仕返し、ルサンチマンでネガティブに生きていた。
なんて厳しい家に産まれてきたのかと。たまに麓に行けば、空蝉達が親子で楽しそうにしている。私は、小見様と御館に会えるなんて、年に二度か三度。空蝉で産まれておれば…と思った事も。でも、今は違う、何処で生まれてもいいんだよ。この世の入り口は何処でもいい。鬼でも天狗でも魑魅魍魎でも。その先、どう生きどう他人に影響を与え、どう死ぬか。世話しない将軍御世話役だったけど、最後の最期で将軍を後の世に生かすという世話ができる。
(皓歯でビルドアップする公方が浮かぶなんて、湖畔の裸姿じゃなく、正装のあの姿が見れて良かった。)
その機会を与えてくれたヘレンに感謝するよ。勿論、私に生きる自尊心を与えてくれたことに感謝する。
私を湖畔の君って言ってくれた公方。私は言おう、公方、あなたは私の湖畔の君。
おい、弾正、私達の事、伝説にしろよ。そして将軍見つけたら伝えろ。何やってんだか知らないけど、あなたは当代唯一無比の将軍なんだから安寧秩序の天下扶桑を造れと…そして天下に送り返せ。」
「ああ俺が保証してやる。俺はどうせ、キャバリアーズだ。」
松永久秀が拳を見せた。ハンドガンは既に仕舞われている。
「弾正、あなた、公方体内にインクルードしてない。してたら出…。」
「してねえ、俺は一体一魂魄だ。だが公方は俺が探す。探して天下に送り届ける。兵部が捕縛するなら、捕縛してみろ。」
他のプリンセス達は一斉に遺言を鶴に託し始めた。鶴も錬成沈着な物知りゲルマン姫に戻っている。
「今、メモリが解凍して恐ろしく脳CPUが強化されているのですよ。一斉に言ってくれて大丈夫なのですよ。」
聖徳太子を越えたじゃない鶴。いや脳はゲルマン姫どうでもいいや。
「さあ、わかっただろ皆早くソリいやシャーシに乗りな。ボブスレー用語でシャーシって呼ぶんだよ。死ぬまでに知れて良かったなヒロイン共。」
とぶっきらぼうにヘレンが言っても誰も動かない。死ぬってダイレクトに言われると…。
仕方ないわよ、はいはい私は最期までスピークパーソンでいます。
「エスピンガルタを仕舞いこんだ分しおらしくなったと思ってやりなよ。女輩口調が変わらないのは照れ隠しだよ。さ、皆、プリンセスは神輿として担がれ御世話されるだけの存在に非ず。世界中の人や生物の命脈を御世話するヒロインに成りに行くとするか。」
この子、ミーにまでフォローするなんて。
帰蝶が声をかけると、ヒロイン達は覚悟を決め、皆凛とした面もちに替り、シャーシに向かう。シャーシの薄い鉄の風防には名前が書いている。組成により位置が決められているのだろう。帰蝶はメイド姿の可愛いハナを久秀に託した。
マットの言った事が正しければ、私は斎藤帰蝶じゃなくJinとして伝えられるの?
「ちゃんと御所迄送り届けるんだよ。公方や、そうマツや緑共々。」
「分かってるって。正直、二四プラ作戦が上手く行きそうなのも帰蝶の御蔭だ。感謝する。
帰蝶、プラアアアウド。」
「当たり前だろ。」
その微笑み、俺は冥土まで持っていく。
帰蝶は錫髪を翻し、自分のシャーシを探した。数歩歩いた所、鶴の右隣だった。寄り添うハナに錫鞠を託した。
「世話になったな。」
「知者不惑、一点の振れもない判断力、立派な“巣立ち”だと思います。わたしくも誇りに思います。」
「アレが切迫してる、迷ってる時間ないのよ。結果的に私は“死に札化”するけど、念は残留し、亡き後の世に影響すると考えてるわ。明智家の野望“山城守は真の山城守になる”OR“山城守は山城守のまま明智光安が天下を盗る“は失敗する。誰彼なしに天下を奪える世の中を創ってはいけないの。忠孝を以て諫言するわ。
私がその野望を砕く事を願って逝くからよ。どう砕こうか、イエローケーキ食べる迄に思案しよう。御館が無視して、美濃を動かず、光安と明智千の兵は、三好や六角に袋叩きになるもよし。御館と小見様が上洛戦起こして明智光安と千の兵を謀反人として討伐するもよし。」
「今のわたくしは、小見様の野望などどうでもいいこと。ただ結果的に錫を体内に溜めた事が(わたくしの母上の死さらに)ニ四クレ作戦に繋がり、六姫様の死期を早めてしまったのです。わたくしは侍女頭失格です。」
「錫髪を生やす錫鞠姫は、数十億年で私だけだったかもしれぬ。いやそうに違いない。この世界を救った事になるじゃない。二十四人しかいない、ワンノブザ・ヒロインプリンセスを育てたのよハナ。誇りなさい。あなたの姫様たる私が言うのよ、胸を張りなさい。(報仇雪恨は悲劇しか生まない、言わなくても分かるわよね。)」
ハナは涙ぐんだ。
「そうですね。(と答えるしかありません。)」
「錫鞠は仏舎利なんかしなくていいから、単に鞠として扱って。では達者で。善き持ち手を選べ。」
と言って愛着ある錫鞠から目線を切り帰蝶は乗り込んだ。
ここに首を乗せるの。本当に頭が飛び出すのね。ギロチンに似てるって声が聞こえる。もっと乙女らしい造りにしなよヘレン。
当のヘレンは、とんがった顎だけ見せている。上空を凝視したまま武者震いしている。
落下が近いのだろう。
「マッツン(松永)。プリンセスセットの確認次第レバーを引け。その為に選んだんだからさ。マッツンの赤銅髪“とりわけ”力でしか、その銅レバーは動かないのさ。」
線路の切り替えのようなレバーがあり、それを下ろせば一斉にストッパーが外れ突っ込むことになる。しかも赤銅髪の者しか動かせない、ヘレンが松永久秀を選んだ理由が明らかになった。選んだ相手がたまたま空薫術の“とりわけ人”を兼ねていたって事だ。
レバーオペレーターに赤銅のパスワードを付けたのは、法や約束では完全に縛れないからであろう。マイナーが誤って触る。盗賊、発狂したプリンセス、メイドが作動させる可能性をオーパーツで排除したのである。
ウランケーキへの激突は、二十四人全く同着でないといけない。それで、やっと核分裂の発生要件が整う。
時折眩しい光が射す、それは中性子星が出すパルサー。まだ無害だが、やがて有害化して生命や岩盤に影響を与えるレベルに達するだろう。時間はもうない。
帰蝶はうつぶせになって流線形の穴あきボブスレー型シャーシに乗り、頭をギロチン台に置いた。
「皆、一瞬だからね。さあ、今から“アース救助”という最大の切札をプレイするよ。トランプした一瞬後、私達全員ヒロインだよ。」
と鼓舞し、恐怖心を払拭することを忘れない。一人、パニックに陥り、シャーシから逃げてしまうと作戦は失敗し、プリンセス達だけでなくこの世は消滅する。
公方、私亡き世をお願い。御所で会えて話せて良かったわ、赤襦袢姿だったのが恥ずかしいけど、私も湖畔であなたの裸見たしね、お互い様よね。うわ、赤襦袢の前に、裸に錫鞠だけっていう格好見られたわよね、忘れてた。恥ずかし、もう、でも私の体、覚えていてね。
オンユアマークからセットに入った時、
「てえめ、この馬鹿馬、ストッパーが。こんな所に糞するな。」
皆、覚悟を決めた時、思い切り世俗に塗れた無粋な罵声、ストッパーオペレーターの松永弾正のワイルドな怒声が帰蝶始めプリンセス達の耳に届いた。
どうやら、白馬が肝心要のストッパー上に排便したらしい。
ったくあの白馬って外見とは裏腹に飛んでもない駄馬ね。所で馬は一回の排泄量ハンパないし。
「なにしやがんるんだい、この駄馬あ。」
ビョンという電子音がして馬が倒れる音。さらにヘレンの悲鳴と松永の叫びが続く。ダチョウとネズミが怒ってヘレンに襲い掛かったらしい。だがビインという電子音。チチと言うネズミの今際の叫び、とキョロオオというダチョウの断末魔の啼きと地面に倒れる音。
最後の最期のまで、この世は殺生。でもこの世を続けないと、いい世は生まれない、公方天下に戻って安寧秩序な世を造って。
「マッツン、パルサー飛んできてるじゃん、早くストッパーしばきあげろ。」
「馬糞が。」
「言ってる場合じゃないだろ。馬糞ごと外せ。アースの五億の民の命がかかってんだよ。」
この世の民はどうでもいいのヘレン。あなた達の数百年後の民だけ助かればいいの。この世の民を助けないとあなた達も生まれないの分かってるわよね。
「腐ってるんだよ。銅が馬糞で腐ってる、何食ってたんだこの白馬。っていねえ。てめ何処向かってんだ。」
帰蝶は獣臭が近付いていることに気付いた。お別れ済ました後、声掛けるって間が悪いわね。
「ハナぁ今の状況知らせて。…落ち着いて知らせて。」
「あの、瀕死になった白馬とダチョウとネズミが六姫様に向かっています。」
三匹は地面に這いつくばり、血を流しがらも懸命に帰蝶のボブスレーに向かっている。
「鞠の輝きはどう。」
「輝いていますが、少しくすんできています。」
「最期の頼み聞いて。三匹に錫鞠当てて。」
「…。」
「真実を明かしなさい。」
帰蝶の前説が聞こえたので、ハナは錫鞠を白馬に当て、リバンドを受け取りダチョウに当て、さらにリバンド、しゃがみこみネズミに触れさせた。
すると、3匹の体が膨張し始め、ネズミ、ダチョウ、白馬の順で体が破壊した。その後ろではレバーが壊れ、困惑し青ざめる久秀とヘレンがいる。
「未来のテクノロジーでなんとかしろよヘレン。」
「オーパーツ的なことは不審がられるからできないのさ。通信機器に金属性パスワード、護衛銃と瞬間移動だけなんだよ。法に触れるんだよ。」
「柄にもないこと言うな法言ってる場合じゃないだろ。」
「だめ。ねえもんはねえんだよ。折れても力で外せ。」
「こんな短いレバー動かせる筈ないだろ。ワ。ワワ。なんだと。」
松永が最後に驚いたのは瀕死の動物達に変化があったからだ。
「ハナ、何があったの説明して。」
「それが恥ずかしくて直視できません。:」
白馬から筋肉隆々、全裸の公方足利義輝、ダチョウから鎖帷子、陣羽織姿のマツ、ネズミから侍女小袖姿の緑が現れたのだ。真実を示す錫鞠が図らずもDNA結合し一体二魂魄遺伝子獣優生を見事二体に分離した。獣達が銃撃を受け弱体したことによるが、あのままだと、公方、マツ、緑も獣と運命を共にしただろう。帰蝶は自分に纏わりつき自分に近づいてきた獣達をもしやと思ったのだ。あの三人が私を放って、この街で闊歩なんてありえない。でも、あと一人、自暴自棄だった私を支えてくれた、下尻丸だし、帷子一枚オカッパ頭のあの娘。
「ネネは何処よ。」
「一緒じゃありんせん。」
「トロッコに同舟してなかったってことは、この世界にすら来てないじゃないか。」
「銭で動く女輩は、銭貰わないと危ない橋は渡らんせ。心配ありんせん、ネネがまた姫さんを浚って売りとばすってことはありんせん。」
二人から見るとネネの印象ってその程度なのね。緑も反論しないとこみると同意かしら。
「じゃあどうして御所まで来たのよ。本物ネネが現れたとなれば自分が磔になるかもしれないのに。」
三人とも、それが何、どうしたって顔だ。
「うわああ、それより姫さん気付きんせ。わざとその話題から焦らしてるでありんすか。公方様、瞬きするのが惜しい位の眩しい体でありんすな。」
獣越しにウエスタンを見ていたせいか、危機感があまりない三人、話題は中性子星の降り注ぐパルサーの下、惜しげもなくさらした公方の肉体に移った。
「どうして鎖帷子備えているんだ。」
「最低限身に纏うのは女の嗜みでありんしょ。でもダチョウとか呼んでたでありんすな。ダサい鳥にくるめられるとは思わなかったでありんす、なぜか鳥なのに飛べないし。」
「俺は白馬だ。敢えて衣は捨てた。さあて、たまたま裸だし、プリンセスが皆後背位。どの姫に襲い掛かかろかな。」
まさか、今の言葉が私の耳が聞くラストな言葉になるんじゃないだろうね。
「この馬鹿公方が。錫鞠で助けたんだから自覚もちな。狩衣と一緒に十三代棄てたなんて言わないでよね。こっちは命張って世話しようとしてるんだから。」
帰蝶の背中に何かが乗っかって来た。懐かしい香、湖畔の君、公方足利義輝。背中に固くて長い得物がソソと這った。
「暗闇の中、衣は全部失っても、短刀だけは持ってきた所だけは褒めてあげるわ。将軍の心失ってないってことね。」
何の事は無い、義輝は地面の石につまずいてシャーシにうつ伏せで寝る帰蝶に覆いかぶさってしまったのだ。
「え、短刀…?持ってないよ。」
「私の背中に当たってるわよ。何、私と心中したいの。でもダンデムになって、体重が変わるのはまずいんじゃないの。このままだと皆犬死になっちゃう。あなたも、緑、マツも含めてね。」
「ここを出ろ。」
義輝は一旦シャーシの外にでて、腕を引っ張った。その時、義輝の背後の山影に光線が走った。地面が揺らぎ轟音が響く。パルサーが振って来たのだ。
「キャアアアア。」
メイド達が悲鳴を上げた、女の歴史が獲得した女の武器である。
「なぜ帰蝶が、昨日今日来たばかりの、この世界を救う為命を投げ出さなければならぬ。一緒に天下に帰ろう。勿論、マツ、緑、三人いや四人の御世話役、ハナ、松永も連れて帰るぞ。確かにほっとけない気持ちは分かるが、はっきりいって縁もなければユカリもないだろ。」
この馬鹿将軍!でもこの鉱山に来てから馬だったから仕方ないか。
「あのね、このウエスタンも天下も同じアースって言う球体で繋がった同じ世界なの。あの中性子星が落ちれば世界が、その世界の中にある天下も消滅するの。さっき落ちた稲妻って、中性子星から噴射したパルサーなの。大見え切って放ったトランプ剥がそうとしないで。…もう。」
帰蝶は仕方なく立ちあがった。そこには、筋骨隆隆の胸を晒し、きょとんとした顔の義輝がいた。
さらに後ろではヘレンが半狂乱の声を上げていた。松永が手で馬糞を取り除いて、レバー自体が短くなっていたが、馬借達の力を借りてなんとか引き下ろそうとしたが、レバー自体が壊れてしまった。なんて馬糞力。
「水銀一杯飲んだ御蔭だ。これが有無を言わさず野望を貫徹する天下の将軍力だ。なんて余は立派なのだ。余は姫を守ったぞ。」
と右手を後ろ手でビルドアップしてヘレン達を馬鹿にして返す刀でニっと皓歯を帰蝶に煌めかせた。ナルシストか。喉が渇いて頂上で呑んだ水がたまたま製錬用の水銀だっただけで狙ったわけではない。
「もう間に合わねえだろうが。」
ヘレンは腕時計を操作し始めた。
「それがポータブルブラックボックスか。やっぱり存在したのか。ミートゥー。」
カウボーイ姿の久秀がヘレンに縋りつこうとした。だが、股間に蹴りを食らい、その場で股間を抑え蹲ってしまった。
「セクシャルハラスメントだろ。」
「どうして、肝心な時にバグんだ。このやろ。」
何度か腕時計を早押しした後、ヘレンの廻りを暗幕が囲った。かと思うと暗幕は地面にパラと落ち、ヘレンは消えていた。恐らく過去に飛んだのだろう。失敗し文明が滅亡した未来に飛ぶ選択肢はない。怒りの電磁波が帰蝶の脳を駆け抜けた。
「トランプ行使不能って何よそれ。この馬鹿公方、あなた何したか分かっているの。」
マツが公方様は姫さんのことを思ってありんすと見当違いの取りなしをしている。マツもウエスタンに来てからダチョウだったから理解できないか。
緑がソと忖度して手を差し出す、帰蝶は体格の良い緑にしっかり支えられシャーシを下りた。皆後生大事に入っちゃって。私が仕切るしかないわね。
他の姫は未だ生真面目にシャーシに収まったままだ。
「皆、シャーシから脱出して。レバーが壊れヘレンは逃げ、ニ四クレ作戦は失敗したの。皆降りて。もう切れるのは、“御祈り”カードだけになったわ。」
二十三人のプリンセスはシャーシから出て、帰蝶の周りに集まって来た。街方面にパルサーが落ちた。プリンセスやメイド達から悲鳴が上がった。
自分達の生活空間だった街に火の手が上がった。新参者の帰蝶が一番冷静である。
ヘレンという主に裏切られ穴が有れば入りたいだろうメイド達二十三人を手招きして呼び寄せた。メイド達が来安いよう帰蝶はショールを義輝に差し出した。いや要らぬ裸で十分と言う公方に、
「伝家の宝刀は隠すものよ。」
「いやだから宝刀もってきてないのだよ。覆いかぶさった時のいい香りで体の一部が宝刀化したのだよはっはっは。」
と腰に手をやり、場違い感半端ない豪傑笑いを女達の間に響かせている。当然の如くプリンセス達もメイド達は頬に手をやり変態を見る面持ちで思い切り引いている。
「天下の恥や。変わってへんえ。」
「阿呆やで。」
「呆れ果てるわ。」
なんか、三家の姫が、公方馬鹿にしてるの嫌と言う程分かるわ。なんか、ニ四クレ作戦がなくても失踪したくなるわよね。で、又私の出番?
「わあああってるわよ。伝家の宝刀って揶揄してんだから、場ぁ読みなさいよ。」
義輝は茶色のショールを胸に巻き、腰に巻け!と帰蝶に叱られ改めて腰に巻いた。
「公方、あなた自分が何やったか理解できた?」
「帰蝶、余の世話をほったらかしにして、自分だけ黄色いケーキを食べにいくなど赦されるわけがなかろう。余も食したいケーキ!」
三家の姫達は一斉に頭を抱えている。
なんて天衣無縫なのかしら。生まれながらの公方ってこんなのかしら、現実が分からず、分からないまま死んでいく。ああ、でも私も鶴の知識があったから理解できてんのよね。
「なんか本気で言ってるのか冗談言ってるかわからないわね。あなたがレバー壊した事でもうすぐ世界も天下も私も公方も終わるのよ。」
「何言ってるんだ湖畔の君よ。終わるんじゃない、今から将軍たる余と将軍御世話役たる帰蝶との甘い生活が始まるんじゃないか。」
「あ、もう、だめだわこれは。」
ケーキが甘いって知ってるのかしら公方、でもイエローケーキは…味なんかどうでもいいわ。見ることもないでしょ。
「さっきのは冗談だ。我が“湖畔の君”帰蝶の居ない、この世など生きていても仕方がない。故に助けたのだよ。」
「とか恰好付けて言ってるけど、その為にこの世の全生命巻きこんで死に絶えさせてどうするのよ。私とあなただけの世界で、残りは魂魄すらないモブキャラじゃないのよ。」
「いや帰蝶と余だけの世界なのだよ。」
「それも悪くないわね。短い間だけだけど、湖畔の君と呼び合うだけのゾーンに入れそうだわ。」
プリンセス達もメイド達も合掌し祈っている、落ちてこないことを。だが、もう中性子星は太陽の何万倍もの大きさになり空を占領している。
マースの衛星フォボスの大きさって言われても全くイメージできない。数百年後の未来人が必死になったって事は、アースを滅亡させる程の大きさ破壊力を持っているのだろう。
「あたしは、あの時点でヘレンさんの腕時計が誤作動していたのが気になっているのですよ。未だ。電離圏には入ってないのですよ。電離圏に入れば、原子レベルで球体をひも状に変えてしまうのですよ。原子をひも状って事は、物質、生命体はおろか、アースそのものも、ひも状になってしまうのですよ。」
悲しげな表情の鶴である。鶴も、メイドと体を支えあっている。
「察するに、一時間は、ないわよね。何分ってレベルね。皆、恋慕する人とか居るわよね、私だけ…それは…。」
帰蝶の口角が上がった。
「おう湖畔の君よ。」
と義輝が帰蝶に呼び掛けている。抱きしめる為の両手と胸は用意万端である。
「湖畔の君ぃとか錫歯が浮いて零れるようなセリフ吐いてしがみ付くと思った公方。」
そんな乙女じゃないのよ私は。帰蝶の足元に錫鞠が転がって来た。死を意識したハナが覚悟しきれず錫鞠を落としたのだ。緑がハナを抱き寄せている。
この場にいるこの子達を余命全て使って私は救わなければならない。
今、この世に居る全生命を救えなくても私はこの子達を救う使命がある。この日、この時の為に私は錫髪を生やし錫歯を創り、時折錫眼を輝かせ錫鞠をもって生きてきたような気がする。
救うと言うのは命をもってこの先も生きていけるように導くことではない。心安らかに死地に旅立てるようにすること。他の皆は突然死だけど、この子達は絶望的な近未来を知ってしまったから私は救わなければならない。天国へ行けると思って逝かさなければならないのよ。
「真実を示す鞠、雨乞いの鞠、一見繋がってないようで実は通じている所があるのよ。皆を生かす鞠なのよ。雨が降らないと人も獣も草木も死にそうだから、助けて生かす。屍だらけ、腐ってカビだらけの屋敷に居たら人は病で死んじゃうから真実を見せて助ける。そして、今、あの中性子星が落ちてきたら、世界は滅する。だから滅せないよう私は鞠を蹴るのよ。」
鶴が近寄って来た。覚悟ができたのか、顔色は白いが薄笑いすら浮かべている。
「近いようでも相当遠いのですよ。プロフットボールの選手でも無理なのですよ。」
「雨も天から降ってくるのよ、中性子星も同じじゃない。」
雨を降らせる位なら、帰蝶ならできるかもしれない、みな勇気が湧いてきた。
「帰蝶さんならできるかもしれないと思ってしまうから不思議でありんす。」
「そんなものやってみないと分からないでしょうが。」
帰蝶は宝刀出してと義輝に掌を出した。
「え、出しちゃっていいの。」
「え、出さなくていい。あなた本当に太刀、ブラックボックスに置いてきちゃったの。武士の棟梁って自覚は…ま、今更いいわ。あれが最後の記憶になるなんて嫌。」
帰蝶、短刀取り出し、延びていた錫髪をバッサリ切った。耳が露になるショートヘアに変貌した。その評価、賞賛を授かる栄誉すらかなぐり捨て、素早く錫鞠に巻き付けた。
「少しでも新鮮な方が効果あるのよ。気持ちだけだけどね。自信なんてあるわけないじゃない。でも皆の最期絶望じゃなく希望を信じて送れたら。生きてきて良かったって表情があの中性子星とやらに刻印されるんじゃないかと思ってさ。それが彼女らの信じ仰ぐ天国に逝けるってことじゃないかと思うのよ。」
緑だけに本音の部分を囁きほほ笑みかけた。帰蝶の眼は錫眼化して輝いていた。
なぜあたしだけに言うのですか覚悟の錫眼を煌めかせて。一番六姫様を理解できるのがあたしと言う事ですか。
「今の六姫様、今までで一番綺麗。私は六姫様の侍女で幸せでし…。」
「過去形ななし。これからも自家薬篭でお願いするわ。」
緑、あなたは私の習性分かってるでしょ。それがあの雨戸飛ばしの鬼瓦、マット弾きの自爆鬼瓦にもなった。
皆肩を組んだり手を握りあったり、腰に手を廻しあったりしている。そうしながらも帰蝶に注目している。
「帰蝶はん頼むえ。」
両脇に取り乱す赤松と山名の姫を抱えた香はやっとの思いで言葉を絞りだした。
「任せな。」
帰蝶は腹から言葉を響かせた。と同時に街とは反対側にパルサーが落ち、地面が響き帰蝶はよろけた。
六尺越えのマツが帰蝶の肩を支えた。
「背中はマツに任すでありんす。肝心な時に何時も居ない護衛女官で申し訳ありんせん。」
「何言ってるのこれからも頼んだわよ。」
帰蝶は、全責任は私が持つと、自ら鞠を浮かした。
「ホールカードは疑いもなくエースよ。(ワイルドカード頼む、エースであって。)」
帰蝶の裾が上がり、ほぼ160度に足が蹴り上がった。
乾いた快い音が皆の耳に届いた。希望を繫ぐ音と皆確信した。これだけでも、帰蝶は皆を救うという使命を果たしたと言えるだろう。
見事にフィットした錫鞠は一直線に上空に錫色の荘厳な軌跡を残し舞い上がった。皆発射された鞠を目で追っかける。先程の絶望ムードは何処へやら瞬きすら忘れ希望に満ち溢れた瞳になっている。、
鞠を追っかけ、追っかけて見えなくなった。マツは感涙さえしていた。マツだけではない、プリンセス達の中には合掌し十字を斬る者多数、号泣している者もいる。
綺麗な音、これ程まで真っ芯を捉え力強い一蹴りはあったかしら、生涯一のキック、だから御願いと緑だけは眼を閉じ合掌し、祈った。
「皆が注目する中、よく正確に蹴れるものでありんすな。(師匠からの又聞きでありんすが稲葉山での蠱毒、美濃を出てからも、売られ、辱められ…それがメンタルを強くし、この一蹴りに結びついたでありんすな。この一蹴りの為の鍛錬だったでありんすよ、姫様。過去のしがらみから”巣立ち“を表す一蹴りでありんす。)」
帰蝶は大役を終え息吐きだした。錫眼は黒眼に戻っている。あと何回息を吐けるのかしら。
帰蝶の吐息を合図に緑は眼をゆっくりと開けた。観音様…。緑には中性子星は後光であり、後光を配した観音様に見えていた。その瞳は悟りに入っていた、緑にはそう思えた。六姫様は浄土に逝けます。あたしも連れてって下さいませ。
「とりあえず雨乞いの時と同じ成功よ。雨乞いでは振りはじめの雨とともに落ちて来るんだけど、どうだろうね。落ちるなの祈りをこめた蹴りだからね。」
義輝が帰蝶の肩をスッと抱いた。マツが義輝の心の動きを察知して譲ったのだ。最期は湖畔の君に抱かれて逝きんせ。
ナイスなタイミングで私の肩を抱くなんて、まったくこの粋将軍、これが血筋って言うのかしら。プリンセスとメイド達を私が救い、私を救うのは公方、私が世話する筈だったんだけどね。
災いの元である中性子星、太陽の何万倍もの大きさになってから動かなくなった。ニ発街方面にパルサーが落ち火柱が上がった。だが、ニ発目の方の火柱が短い、弱いってことだ。弱いのは遠いってことなのか。
さらに中性子星の位置が真上から若干西にそれているのを見て取れた。
「あたしたち、アースの生命は、アースから産まれたのですよ。あたしたちが危機だと思っているということは、同じ組成であるアースも危機だと思っているのですよ。最前線の電離層で抵抗しているのですよ。電離層、過ぎれば一瞬で、アース毎、ひも化するのですよ。」
と鶴が皆に訴えた。気になるのは、ヘレンさんの腕時計が何度かフリーズしていたらしいことなんだけど。
「何処にいても滅するなら、姫様の遊郭クレパスプリンセスにもう一度入りたいでありんす。ダチョウじゃなく人の眼で見てみたいでありんす。ダチョウって視力が弱くて…、」
「いや、マツちょっと待って、小さくなっている。」
「眩しくて見られへんえ。」
帰蝶は錫髪を前に垂らして錫髪越しに中性子星を見ている。
「小さくなっていくえ。これどういうことなのお鶴。」
「なあ、蒸発ってことないん?」
「結局嬲り殺めれってるってことやないの。それが分からんて呆れ果てるわ。」
「いい線なのですが、もう少し様子を見ないとわからないのですよ。」
中性子星の輝きは小さくなっていき、さらに西の地平線へ向かって行く。
「鶴、まるで月かお日様じゃない。」
「確信が取れるまで待ったのですが、どうやら危機が去ったのですよ。仮説に過ぎませんが。十六世紀の暦と数百年後の暦は微妙に違うのですよ。シャーレに入ってから、今日が新暦の何日か計算していたのですよ。」
「意外と冷静だったのね鶴って。」
「諦めないのが今川流なのです。先進めます。そうしたら、今日が太陽フレアの大量発生日ってわかったのですよ。太陽フレアは、大量の電磁波、粒子、ガスがお日様から放出され、惑星に襲いかかってくるのですよ。当然アース迄も。アースも電離層で応戦し、太陽との間で綱引き、電磁波の、あたしが言うのもなんですが、弦が出来上がったのですよ。その弦が中性子星を弾き飛ばしたのですよ。」
「弦が手柄じゃない。」
「鶴じゃなく、そう弦ですね。」
「どうしてお鶴さんの手柄。違う。あたしは絶対六姫様の蹴りで中性子星毎危機を跳ねのけたと思うの。」
鶴の説明をかき消す逆おっとり緑の大音響。
帰蝶と鶴は顔を見合わせて笑い合っている。
プリンセス達はそれでも半信半疑で帰蝶に視線を集める。スピーカーの役はラストまでだったね。分かったわよ。帰蝶は義輝の懐から離れプリンセス達やメイド達の前に立った。
「皆、危機は去ったよ。」
助かったと確信したプリンセスやメイド達からワアア歓声が上がった。
帰蝶は掛け寄せるプリンセス達とハイタッチやハグしてよろこんだ。ピングヘアが
「リングあげる。なんならネックレスも。」
と言って謝意を込めてプレゼントしようとするが、
「あなたが持ってこそ輝くリングやネックレスなんだから。」
と笑顔で丁寧に断っている。
「戦勝したのか。」
義輝が帰蝶を抱きしめるべき大きく手を広げていた。だが、掴んだのは空だった。帰蝶はいち早くヒズメの音を車輪が土を踏みしめる音を耳で捉えていた。
山頂の停車場から一台の馬車が下山して行ったのだ。松永久秀がいない、さっきまで緑に抱かれていたハナも消えていた。パニックが去り平時なると侮れない所か強かよねハナって。儒教だか身分だか家だか知らないけど私より明智家なのね。明智の当主は蟹。
「あの二人、“亡命強要(に残れ)”カード密かに行使って。私達を都へ帰さないつもりよ。“プリンセスロンダリング(遊女抜)Ⅲ(け)”は許さないって。十四代擁立を狙う三好の家臣、松永と私“死に札化”と言う利害が一致したって仲よ。危機が去った途端いきなり天下の政局って。しかも海と時を隔てたウエスタンで。」
私をウエスタンに封じ込めてしまえば、弾正は、空薫術使い放題、管領にも公方にも化けれるってことじゃない。御所を天下を擬物にしてはいけないわ。でもその前によ。
マツは、空を見たが、中性子星通過もあり鳥が批難して飛来していないことをを悔しがった。
「直ぐに追うでありんす。」
帰蝶も急いで追いかけたいところだが、自分以外のプリンセス二十三人とメイド二十三人を無事下山させクレパスプリンセスに戻さなければならない。義理はないのだが、責任感が芽生えていたのだ。スピーカーはラスト迄。
「身の気がよだち、死を覚悟するほど恐ろしいアトラクだったね。皆ヘレンに感謝しな。
さあ、無事クレパスプリンセスに帰りつく迄がピクニックよ。乗って来た馬車に乗って。一台少ないから、席は譲り合ってね。」
帰蝶のヘレンへの強烈な皮肉にプリンセス達から失笑が漏れ場が和む。帰蝶は、馬借に麓ではなくクレパスプリンセスまで運ぶよう依頼した。街はパルサーの破壊により混乱しており、犯罪に巻き込まれるかもしれないからだ。口の廻りにもじゃ髭を巻き付けよれよれのハットを被った馬借のリーダーは契約外と口臭を吹きかけて難色を示した。当初から一方通行契約だったのだ。ヘレンってせこい、つうか馬借風情って馬鹿にしてるし。
「(私の肌には合わなかったわ。)これで行って。」
帰蝶は顔をそむけながらもポケットからヘレンに貰った金のネックレスを出し妥協させた。
ったく足元見て、下の口みたいな上の口してる最低のオヤジなんだから。
踵を返すと帰蝶は気持ちを切り替え、笑顔で三色髪姫と鶴の元へ走った。
「私は将軍御世話役、公方を天下に返す使命がある。松永の勝手も阻止しなければならないのよ。このままクレパスプリンセスを横目に見ながらブラックボックスへ向かうわ。(鍵は松永が持っている。鍵を開けてどの程度の時間で閉まるか不明、急がなければならないわね。)あなた達はどうする。」
三姫は少し考えたが、
「うち残るえ、ヘレンはんおらんけど、うちらでなんとかする。店って自分でもやりたいなあって思ってたんえ。しかも器は立派な教会え勿体ないわ。プリンセスはんらも何人か残るえ多分。」
「香はん残るんやったら、わても残るわ。将軍御世話役なんて性におうてへん。かといってお国帰ってもええことあらへん。親の顔なんか見たないし、ジジババの世話なんて死んでも嫌やし。第一、田舎でメシも不味いし、男は阿呆面ばっかやし、何もあらへん。ウエスタンの方がおもろい。あ、わて、名前さゆりや。」
「あても当然残るわ。あの殺伐とした天下扶桑で将軍の世話って呆れ…誰がやるか自分の世話位自分でせい。いや、まあ堪忍やで。でも身分や伝統やしきたりって五月蠅い天下扶桑より、自由で女子が輝ける街ウエスタンがええ。あ、あて、楓や。」
と赤松、山名の姫は名乗りが遅れて済まなさそうだ。
「クレパスプリンセスが上手く行っていたのはヘレンが未来のテクノロジー持ちこんでいたからって分かってる?あ、一番妹分が偉そうなこといっているけど、私は長幼の序は無用の長物だと思っているから敢えて言わせてもらう。ヘレンが居なくなったら客なんて品や礼儀なんてカードさっさと捨てて店に乱入しちゃうよ。美人が巣食っているのは周知なんだから。中には高価な装飾品見せびらかせているプリンセスもいるし。」
ゴールドラッシュで世界中から一攫千金だけを夢見て集まったマイナーは本来荒くれ集団で、ヘレンで保たれていたドレスコードを維持するのは容易ではないと言っているのだ。
「覚悟の上え。」
「わてら舐めたらいかんで。」
「そんなことすら分からんて思てたんか呆れ果てるで帰蝶はん。」
思わず四人とも吹き出している。大丈夫だね。
ホナと三人はメイドを連れ幌馬車に向かった。他のプリンセス達も続々馬車に乗り込んでいく。皆、帰蝶に謝意の言葉を投げながら。投げキッスをするプリンセスも居て、帰蝶も投げキッスで返礼している。
エージェンシー在不在にもよるけど、肌感覚ながら、弾正が一番優秀な気がするわ。ヘレンと言う管理者が居ない今、ブラックボックスに入るのを躊躇するプリンセスも出てくるはず。入って、出た先は故郷である保証が取れるのか。ヘレンがホームシックを避ける為、不自由ない貴族な生活をさせたのは確かだし、私は皆残るんじゃないかと思うわ。
帰蝶は鶴に視線を移した。
「何時までもこのお体をお借りしておくわけにはいかないのですよ。できるかどうかわからないのですが、ホワイトボックスがマットさん以外触れられないとなるとブラックボックス内に入って分離しようと思うのですよ。分離すればあたしの肉体に帰れるかもしれないのですよ。あたしの魂魄と肉体ドットの雲はファンデルワールス力で時空越しに繋がっているような感覚がずっとあるのですよ。よって分離すれ肉体ドットの雲に戻り、ドットは再度鶴化すると思うのですよ。」
「中盤以降分かんないけど、とりあえず乗ろうか鶴。(御免ね。急ぐのよ。)」
と言うことで帰蝶の幌馬車に鶴、マツ、緑が乗り込むことになった。
「帰りも余が姫達の車を引っ張る。なあに下りは楽だろ。まず余が御世話して、後で御世話してもらう。それが筋ってもんだろ。」
と義輝が得意気に語っている。人が車を引っ張るのがどれほど大変か知ってるのかしら。他のプリンセスの幌馬車が出立してから最後尾で帰蝶、緑、マツ、鶴が乗り込み義輝が車夫となって出立した。
鶴のメイドは香達の幌に同居してもらい、帰蝶の幌は四人にしてブラックボックス直行組とした。
皆、クレパスプリンセスに戻った事を確認してブラックボックスに急ぐか。それまで公方頼むわよ。
「みろ、これが天下の将軍力だ。」
なんと五百キロはあろうかという馬車が動きだした。車輪が一旦動きだすと後は楽だ、いや動き出したら、その動きに乗っていかなければブレーキがかかって止まってしまう。それを避けるために義輝は兎に角一気に進むことを優先した。
山を廻り、S字カーブを下りながら、将軍力車は進んでいく。だが、馬車群との差は歴然としている。生来の負けん気が出て義輝は顔を真っ赤にしてさらに加速する。馬車を操る馬借は鞭で操作しており、スローインファストアウトでカーブを抜けていく。
その時、向かいの山から花火がパパンと上がった。その山は帰蝶や義輝が都からトロッコでやってきたあの山だ。都と繋がっているブラックボックスがある山である。花火は文字を描いていた。
“姫様公方様、この街で御幸せに”
と和語で書かれていた。久しぶりの和語、忘れるわけがない。帰蝶がどういうことよと思った瞬間、その山から火柱が上がり、遅れて爆音がした。花火ではない。御所へのブラックボックスが破壊された音、帰蝶には分かった。
「ブラックボックスは破壊されたわ。これで瞬時に御所に戻る手段はなくなった。あと他のプリンセスに聞いて別のブラックボックスを探すしか。少しでも天下扶桑に近い時空に戻れる所で。でも松永弾正のようなエージェンシーはこの街に残ってるのかしら。他人事感覚で考えていたけど真剣に聞いてみるしかないわね。エージェンシーの習熟度と、ブラックボックスの精度、繋がっている時空軸の誤差。弾正抜きで入るのはリスキーよね。公方達がアースの動物で済んだのは、私達に近かったからよ。だって前で弾正が不純ドットを払ってたんだから。
いや、此処ってウエスタンつまり西部よね。海近いんじゃない、海さえ渡れば」
「まだ間に合うかもしれない。」
公方義輝は、帰蝶のB案やC案など聞いていない、幌馬車の速度が増した。
「この公方身分の世間知らず、この街は海を隔てて天下と繋がっているの、ガレオン船さえ調達できればなんとかなるの。C案よ。」
「帰蝶さんの言った通りニューフロンティアの西部。ここは結構海に近いのですよ。桑港まで出れば船でなんとかなるのですよ。多分。」
「で、船でどれだけかかるんだ。お鶴さんよお。」
「お金を用意しないとレンタルすらできないのですよ。金があったとして…。」
「ガレオン船一隻どれくらい鶴。」
「五万から八万ダラーてとこなのですが、ヘレンさんに隠し金塊とかあればいいのですが。」
「あのクレパスプリンセス漁れって。プリンセス達に幻滅されそうだし、皆真似して修羅場化しそうだね。あっと言う間に教会が廃屋になるんじゃない。」
「金位、余がなんとかすらああ。海を越すのにどれくらいかかる、」
「金はなんとかするって、どうなんとかするのよ。なんとかしたことない癖に(松永なら簡単に用意しそうだけど。だって斎藤家からの寄進金全部横領してるんだから。)」:
「出世払いとか到着払いにして大名に臨時徴収とかできんだ将軍は。」
「なぜか頼もしく思えてきたわね。そうよ天下扶桑の将軍様だもんね。できるわけないだろ。将軍家の威光なんて、届いてるわけないわよ。ジパングゼネラルとか言っても誰も船なんか貸してくれないわよ。」
「それより渡航期間を教えろ、お鶴さんよぉ。」
車の制御に必死な義輝は聞いてやしない。
「一ヶ月は見た方がいいのですよ。」
「一ヶ月なら、藤孝達がなんとか持ちこたえ…、」:
「何か忘れませんか。」
「今気付いたのよ。ウエスタンの今って一五八ニ年七月よね。三十四年経ってるのよね。」
「御意なのですよ。船で戻れば三十四年後の都なのですよ。」
「デートライン越えたら三十四年前に遡るとかならないの。」
「逆に一日後なのですよ。そもそもデートラインは時空を越えるラインじゃないのですよ。」
「駄目だ。三十四年後って、うらし…まん太郎になっちまう。」
「変な所で切って、妙な所をアクセントにしない。」
「三十四年って一世代半か。余裕で死んだことになってるじゃないか。三好が阿波に囲っている童が十四代として君臨しまくってる。またはそ奴の息子が十五代とか。」
「私は御館と小見様が明智の炊きつけを撥ねつけている事を願ってるわよ。でも国盗りした先代のDNA引継いでるからね、私の”死に札“を”生き札“にするためなんて大義を掲げ、天下盗りなんて野心を…。斎藤軍は天下扶桑一と言っていいわ。まさか斎藤将軍家なんてことに。それとも、明智将軍家とか。蟹将軍!?
私はあなたの御世話役として天下奪回に、拾った命懸けていいと思っているのよ。公方は、YES OR NO。」
「余はあああ。」
さらにスピードが増した。
「カーブの入りはゆっくりと言ってたではありませんか。」
鶴が指示していたのだが、ブラックボックス破壊ショックで渡航の事などを考えているうちに指示を出すのが遅れたのだ。
でも何度かカーブを通ったので、スローインファストアウトを覚えたであろうと一瞬、自分を慰めたのだが、甘かった。義輝も帰蝶の問いを考えている間にスローインのタイミングが遅れた。
「早すぎるでありんす。」
義輝は猛スピードでカーブに突っ込んだ。マツの叫びも後の祭りとなった。
「馬鹿公方、ガレオン船で都帰るのに、何、此処から急いでんの。」
「当たり前だろ、突っ込んで入って突っ込んだまま船に乗って突っこんだまま都に帰る。」
帰蝶は頭を抱えてしまった。三十四年経ってしまってるんだから、ここで少し急いだ位で意味ないって分からないの。天衣無縫の馬鹿公方なんだから。
「私は街の被害を確認して、被害があれば復興させて。それからプリンセス達やメイド達の身の振りかたを決めて。さらに香達三色髪姫とクレプレに残るプリンセス達が軌道に乗るまで一ケ月、二ケ月シナジー(共同経営)して、それから帰ればいいって考えているの。ガレオン船は、シナジーする間に稼いで私が買ってあげるから。」
「余はその二ケ月遅れが命取りになるような気がするのだよ。二ケ月後余が生きている確証はない。だからできるだけ…って、どういう攻め手だ、実体がない?」
義輝は今迄経験したことのない遠心力を味わった。目に見えない外へ飛び出す恐ろしい力、つまり幌人力車を制御できなくなった。そうなればどうなるか。柵すらない崖から空中へ飛び出すことになる。折角中性子星からは救われた命が再度危機となった。
帰蝶達は無重力状態を味わった。屋根が、布でよかった。板やまして鉄なら単瘤の一つや二つ造っていただろう。義輝は、解放感を味わっていた。地に足が付いていない。幌馬車は山道を外れ宙に舞った。
義輝は馬借席に腰を打ちつけていた。イテと言ってるが余裕はある。
「これはヘレンさんが用意した幌馬車、未来からのテクノロジー、頭を抱えて蹲っていれば崖を転がり落ちても大丈夫…かもしれないのですよ。」
「だめよ。ヘレンが用意したレバーなんて公方の…によって簡単に壊れたじゃない。オーパーツになるからとか言って。この幌馬車も当代のものよ。」
「どうするでありんすか。」
「私の錫鞠が戻って来たの。」
帰蝶の視線の先、黒い点が空から落ちてきている。
「錫鞠じゃなく煤鞠でありんす。」
「姫さんの錫鞠はパルサーを浴びてブラックホール化しているのですよ。ブラックホールは光すら脱出できない天体なのですよ。引き込まれたら最後、粉砕されドット化されどこへ出るか誰も分からないのですよ。」
煤鞠ブラックホールの方が自分達より落下速度が速い。鞠の大きさの為吸引力は弱いが、やがて隣を通り、その時には飲みこまれるだろう。
「丁度いいじゃない。遮光にドット化ってまんまブラックボックス。つまり宇宙外に出るってことよ。宇宙は意志の力で生まれたの。どんな意志かって、形状を以ってつまり生物になって食べて動いて世話して世話されて、悲しんで、喜んで、怒って笑って愉しみたい。その願いが宇宙を生みだし、時間と物質を創って今になったってわけ。宇宙ができて何億年か何兆年か其処までは知らないわよ。だから、ドット化する前にあの時間、あの場所に入って再構築して私になりたいって願えば成就するの。皆私が願った時間と場所に再構築したいって願いなさい。」
「よおし、じゃあ、余は、湖畔に帰蝶を連れていって再構築って願おうか。」
「だめよ。個人的な願望を意思にこめないで。皆、聞いて。公方も含めて私が願った時間と場所でリストラクションするの。そう願って。私が皆を連れて行くから。」
「ブラックホールが徐々に小さくなってきてるのですよ。果たして此処まで持つかどうか。(帰蝶さん御免なさい。私は肉体だけ、帰蝶さんの意思に託して、魂魄は私の体に戻ります、御世話になりました。)」
極小ホールの為空気の摩擦に弱い、重力がアースの引力と空気の摩擦力によって削がれている。
「幌馬車は打ち捨てい、みな余にしがみ付け。飛ぶそ。」
落ちて行く幌馬車の馬借席で義輝は立ち上がった。体幹が強く揚力にも全く揺るがない。
「ショール外れないようきちんと締めといてね。皆がしがみ付けなくなるから。」
義輝は殊勝にも言われた通りする、受けを狙う間はない。
緑が腰へ、マツが右脇、鶴が左脇、帰蝶が背中に、順々に義輝の均整のとれた肉体にしがみ付いた。
「いい処に取っ手がありんすな。」
「それは余の…、」
「いいから、私の合図で飛ぶよ。合わせるのよ。あと、錫鞠に最初に飛び込むのは、公方だからね。他の女子達はチェイサー分かったわね。」
帰蝶のイッセイノの掛け声で、チェイサーカードを切った。
馬借席を足場に煤鞠ブラックホールへ五人が飛んだ。もう、庭球位の大きさ。そんな小さなブラックホールに義輝はジャンプ一番右手を差し込んだ。その瞬間、義輝に引き攣られるように全員アッと言う間に吸い込まれた。
錫鞠有りがとう。あなたは私の永遠の宝物。それから先は一瞬。