⑤プリンセス・ロンダリングⅡ
5.プリンセスロンダリングⅡ
「これなんでありんしょ。」
とマツが言うのも無理はない、それは鉄製の長方形トロッコ。茶色い山肌を滑走していた。
「公方様はどこでありんす。緑は。ネネは来てるでありんすか。」
少し先を行くトロッコには三つの人影が。帰蝶、ハナ、あれ誰でありんすか。頭が燃えているでありんす。あの者が空薫“とりわけ”術の使い手松永久秀でありんな。いや、それ以前に隣と足元でありんすよ。
「マツは何処で戦っている。緑は。なんだ、この輿は車輪が付いているのか。」
義輝もトロッコに乗っていた。少し先を走るトロッコには三つの人影が見てとれる。
「湖畔の君に侍女頭、そしてあの赤毛は…一度見かけたことがある三好家中の松永弾正ではないか。なんて甲冑だ、見た事無いのだよ。あの焔が兜か、流石妖術系“とりわけ人”、余も付けてみたい。」
所で、隣と足元に控える者はなんだ。
帰蝶達のトロッコに話は移る。
松永久秀はジーパンジーシャツ姿に変化している。赤銅色の短髪に炎が上がり、それを皮手袋をはめた手で叩き懸命に消し止めた。
「御主らリストラクションするのに気を遣い自分の頭髪のリストラクションが遅れた。」
二人の反応はない。なぜ地謡座に体が流れたら、いきなり疾走するトロッコに乗ってるのか、状況を理解できていない。帰蝶は、只漠然と三色髪姫もこうして失踪した、自分も跡を辿っていると確信していた。
ハナは入洛用のフォーマル侍女小袖ではなく、黒と白のメイド服に白いカチューシャを付け白手袋を付けガッシリトロッコの縁を掴んでいる。そして白いソックスに茶色い革靴を履かされている。
「何、ハナ、可愛い。」
帰蝶は思わず両手を合掌させ感動していた。
「なんですか、大人に向かって。それより、六姫様、いつ早変わりなされたのですか。」
帰蝶は青色のシルクの西洋カクテルドレスを纏い荘厳に錫髪を靡かせている。右手と括れた腰の間に錫鞠を挟んでいる。錫鞠を持っていた事にまず安堵、それからである。
何、この着物、見た事無い、弾正の趣味なの。網タイツににパンプス。
自分のドレスを首を振り眺めている帰蝶を見て、ちゃんと縁持っとけよと注意しながら、弾正は声をかけた。
「それは本物だ。見えてるだろ。何故か、ユーには俺の“とりわけ”術が利かねえ。」
「そ、良かったわ。もし、術なら裸になっても、この布引き裂いたわ。あなたの空薫術、汗の幻術よね。あなたの汚い汗よね。汗に幻を映し、皆を騙した。」
「汚いは敢えて口にするな。(その通りだが。)あばら家はあばら家にも拘わらず、騙せば身も心も豪華絢爛たる屋敷として振る舞う。さすれば人は、本当にあばら家が豪邸に見えてしまう。それを擬態という。」
「御所がまるで生き物みたいに言うんじゃないわよ。全てあなたの“とりわけ”術じゃない。とりわけ術を策略に使い、ものの見事に斎藤家の寄進金横領、どこまで主君三好家に流して、どれだけ私物化したのかしら。調べれば直ぐ分かるわよ。」
「調べるのは勝手だが、誰をどう使うつもりだ。このトロッコはワンウエイだと知っているか。…帰さないって言う意味だ。“プリンセスロンダリング”御札を俺は切った。ハハ。」
と松永弾正は短髪赤銅色のウエイブヘアを揺らし、精悍な顔つきで破顔一笑した。その笑いを刮目し、少々軽蔑気味に見つめた。
「又、私売られたってこと。」“プリンセスロンダリングⅡ”
人を売り買いって十兵衛含めて下衆の類よね。
「そうです。しかし、此度は侍女としてわたくしが付き従い御世話させて頂きます。」
帰蝶を報仇雪恨の対象とする仇討侍から一転して、忠実で自家薬籠な侍女頭を宣言している。メイド姿が可愛い過ぎて、なんか憎めない。
久秀の泳いでいた目が、この時はしっかり帰蝶を見下ろし。ハナも訴えるような目で帰蝶を見上げた。
この二人ってグルよね。気持ちの流れが噛みあっている、鏡部屋で利害一致、意気投合したのかしら。蟹将は乗っていない。私は御所では失踪したことになっている。殺害されたと言いがかりを付けることもできよう。“山城守は真の山城守になる。”OR”山城守は山城守のままで明智幕府になる“御館の決断は別にして光安が、切札を切れるお膳立ては整った。ハナ側の言い分だと小見様になるんだけど、母娘分断策に乗らないわよ。深芳野が一枚噛んでる感じもあるけど、いや、それはない。“山城守は真の山城守になる。”をマツを通して警告してくれたの深芳野だし。だめ、この辺にしないと、大人社会の複雑さに長考して沼るわ。
それより、喫緊に重要な事は、三色髪姫失踪案件の対峙し退治すべき鬼に私は…確実に近づいている。トロッコは、轟音響かせ、高速で滑走していく。
「私で四人目ってことよね。」
心の高揚とは対照的に努めて冷静に語りかけた。
「正確には四体と五魂魄だ。詳しいことはヘレンに聞いてくれ。俺は知らん。」
「ヘレンって誰よ。聞くだけ無粋よね、あなたの息浴びたくないし、此処の十兵衛よね。あなたの上、つまり元締めね。(鬼の名よね。遂に私辿り着いたのね。)」
ブウンと言う風音を切って、トロッコがカーブを高速で抜けて行った。遠心力で崖側に大きく触れた。帰蝶も弾正もトロッコの金属の縁を持って懸命に耐えた。
カーブを抜けても、帰蝶の袖を掴みメイド姿のハナがぶるぶる震えていた。危機に弱いハナ、逆に肝が据わる帰蝶、いや都からの経験からくる肝なのか、ローティーンは分刻みで進化する。
帰蝶は刑場脱出以来初めて顔を撫でた、つるつるしている。豚姫からの瞬間ダイエット、“脂肪脱衣”つまり玉葱の皮剥きを行い帰蝶は平時の帰蝶に戻った。
“脂肪脱衣”で嫌だった蛭の噛み跡が消えたわ。
これはラッキーであり、帰蝶の精神を安定させた。
「息浴びたくないとは言ったけど、私に息さえ浴びせなければいいのよ。あなたの息とか唾とか汗とか信用できないのよ。どんな“とりわけ術”仕込まれるか分かったもんじゃない。(欺瞞を破るとそれだけ錫を消化するのよ。また鱈腹食わなければならない。豚化するのは御免だわ。)」
「息、唾、汗だけじゃねえ。白い…いて。」
ここは、蹴りを入れる所でしょう。
「此処は何処だか説明しなさい。なぜ旧斯波邸、現室町御所の地下がこうなっているか。」
「なに勘違いしてんだ。白い息もあるぜって言おうとしたんじゃねえか。」
「いや違うね。そんな事どうでもいいから、あの草一本ない超禿げ山はなんつう山なのよ。」
帰蝶は、左手で体を固定させながら指さした。
「あの山は俺の物(mine)だ。」
「鉱山(mine)ね。」
驚いたぜ、この街に巻かれている、ヘレンの言語チップがもう浸透してきているじゃねえか。
トロッコは速い、線路わきの木々が一瞬で遠ざかっていく、故に線路向うの景色がよく見える。田園を挟んで、左手に禿げ山つまり鉱山があり、右手に街が見える。その街の一種異様さ。稲葉山城下でもまして都でもない。石造り二階建ての家屋が立ち並び、一言で言うと洋風建築。異国な街の中に一際大きな十字架を掲げた塔が見える。あの教会がカラープリンセスと言うこの街最大の遊郭で、ヘレンが元締めらしい。客は主に鉱山夫なのだろう。此処は明らかに天下扶桑ではない。異国である。
「手短に言うぜ。数百年年後の未来人ヘレンが、この世界の窓口をいくつか創った。その内の一つがたまたま旧斯波邸。そこを俺が身分を隠してつまり関白に化けて新御所に推挙した。管領はあっさり受け入れた。なんの窓口って。ヘレンお気に入りのhetaeraを探すためだ。俺が鍵を持って開ければ一定時間開き、自然と閉じられる。(今回、閉まる前に誰か入ったな。後ろのトロッコに乗ってるやつらだ。当然初心者だからリストラクションが上手くできなかったらしい。それがラッキーで察しは付くが、誰とまでは特定できねえ。)」
鉄車輪とレールの摩擦音と風の音で肝心な部分が聞き取れない。帰蝶の眉を寄せた表情から覚った久秀は改めて日訳して大声で語った。
茶色い山肌、道、横穴が見える傾斜や谷からは岩を砕く乾いた音が車輪の軋音を斬り裂き響いてくる。トロッコは、山を何周も廻り、更に隣の小山を走り、平地に向かって走っていく。
「ここは鉱山街だ。だが、鉱山に巣食う遊び女じゃねえ。姫属性の高級遊女だ。カラープリンセスと呼ばれることになる。故にヘレンは色髪姫身分に拘った。」
「話すっとばさないで。御所の地下がいきなり鉱山っておかしいでしょ。しかも曇っているけど御空があって地下じゃない。それとも理解不能で説明できないとか。それとなぜカラープリンセスなのよ。」
この手の人間は特に年少者に馬鹿にされると沸点が下がると帰蝶はしっていた。稲葉山で年長者相手に連日連夜戦やってたせいだろう。
「わあああった。説明してやるよ。わかんなああいって吠え面吐くなよ。量子テレポーテーションと呼んでいる。この宇宙は光速で前のみ進む光で成り立っている。その光を完全に遮ると、そこは宇宙でなくなる。宇宙でなくなると、人含めて物体は量子化する。つまりは細かい粒に分解されるってわけだ。量子は、宇宙原則を逸脱し本来あり得ない過去未来への時間移動、又は瞬間空間移動を行う。ヘレンが最初その方法で天下の俺達が生きている時代に現れた。この時代にヘレンの好みの娘がいる反応を感じたらしい。たまたま出くわした俺がその仕事を請け負い、ヘレンは旧斯波邸の地下に完全遮光を実現したブラックボックスつまり量子テレポーテンションワームホールを造った。地謡座が入口だ。そこからこのブラックボックスに入れば、量子化され、ウエスタンに出るや否や人体に再構築され、このトロッコに乗れるってわけだ。再構築するには少し技術がいる。主ら(帰蝶とハナ)の再構築を優先したため、俺のが遅れた。だから、さっき頭に火ぃ点いてたってわけだ。
後、肝心の時間だ。御所とこの鉱山街、ニューフロンティア、ウエスタンの時間はブラックボックスが開通時間を起点として等速度で未来へ向かう。ウエスタンが一刻進むと、御所も一刻進む。だが、ウエスタンの方が御所より何十年か先だ。」
「たまたまなわけないないじゃない。天下のこの時代のの“とりわけ人”探してたのよ。いくらで請け負ったのよ。」
「大人の世界では、それを野暮っつうんだ。」
「大人で逃げるな。まあ、いいわ、優先順位低いし。未来の妖しヘレン、目的は何、ヘレン好みの娘だって。波多野、赤松、山名いずれも色髪姫。天下扶桑以外、海の向こうにも世界は広がっている。御所地下以外にもブラックボックスは他にもあるのよね。異国でも色髪姫を集めているの。」
最近の餓鬼は成長早いの、ガタイもでけいし。おっと、質問に答えなきゃ。
「世界の色髪姫を集める。それだけでもワンダフォなことじゃないのか。鉱山労働は過酷だ。疲れ切った体を癒してくれるのが、世界中から集めたレアな色髪姫となったら、どうだ。重労働の低賃金は彼方に吹っ飛んじまって、此処に集まるんじゃねえのかな。特に錫髪は希少なんだぞ。偽御所を暴かれ、寄進金横領がばれると思ってヘレンに辞退を申し出たら無茶苦茶怒られてな。だが、インセンティブが上がった。それでも寄進金横領がばれたら、一族郎党が打ち首になる。流石に三好のオヤジも庇わねえだろ。割に合わねえと思ったが、上手くいった。一番やばかったのが、そのムラメカス帰蝶を錫髪姫としてヘレンに差し出したパターンだった。ぞっとするぜ。よくぞ御所にやってきてくれたぜ。十兵衛は偶然だが、ハナには感謝するぜ。(明智家の事は知らねえ。光安が帰蝶刺したことは不問だ。接して分かる、光安如きに刺される玉じゃねえ。)」
ハナはトロッコの縁と帰蝶に捕まり揺れに耐えている。話に入る所じゃない。今更、ハナの言い訳がましい話聞いても詮無い、済んだ事は今更どうでもいいわ。第一、明らかに異界。異界に入ったら、異界を知らない者同士、手を組まなければならない。でも、ハナのメイド姿ガチで可愛いんだけど、ずるいわよ大人なのに狸なのに。
「それを現代に生まれ育った人間がすれば素晴らしいことかもしれない。それを未来人がやるって何。数百年先のヘレンが何故、この時代、この土地に色髪姫を集めなければならないの。」
ニューフロンティアつまり新大陸の鉱山。何を掘っているか、帰蝶の興味はまだ其処には及んでいない。重要度が低いからだ。
量子テレポでこの街にやってきて、ワームホールを造り、一五四十年代の都に現れたヘレンがたまたま目を付けたのが、空薫術を使う“とりわけ人”松永久秀。既に久秀はヘレンの走狗と化している。それ以上久秀は語らず進行方向を向いている。なぜ自分なのかは彼自身も分からないと言う。姫じゃねえが、天下扶桑には珍しい赤銅色だったからじぇねえかと笑い飛ばしている。松永弾正の空薫術に関して、ヘレンは興味を示す所か、妖術使って偽姫掴ませるんじゃないよと凄んだと言う。それがぞっとするに繋がって来る。
どれだけ高飛車なのよ。
御所下の完全遮光空間と、赤茶けた鉱山がある空間繋がっている。しかも、それが、帰蝶が生きている現代の近未来という事実とトロッコに揺られるジェットコースター環境に慣れてきた。ハナも同じで、手の震えが止まり、帰蝶の袖を掴む力が別の意味を帯びた。
帰蝶の侍女頭でありながら、生母の仇として、最も価値ある刹那を狙っていたハナである。
「六姫様、此処で暮らしていきましょう。わたくしは六姫様をこの先も命を掛けてお世話致します。此処なら小見様の手は及びません。小見様の手が及ばない世界なら、わたくしは身命を賭して六姫様にお尽くしいたします。(恐ろしい小見様閻魔の命令が及ばない範囲なら、六姫様の自家薬篭に成る事がわたくしの優先順位最上位になるのです。)」
あくまで、小見様首謀説を取り、母娘の分断を謀る諮りに変更点はないのね。
何、目を潤ませて懇願してるのよ。このままこの煙たい鉱山街ウエスタンへの安住を選べば、命を長らえさせてやる、って懇願じゃない脅しじゃない。可愛い狸に騙されちゃいけないわ。
「ここに残るか否かは私が決める。」
と言う帰蝶がトロッコの縁からハと手をのけた。手にぬるっとした感覚があったからだ。その主は吸盤で必死に褐色の縁にしがみついている。眼があっちこっち向いている。きょどっているわけではない。こんな生き物なのだろう。二人の妙な動きに気付いた久秀が肩越に視線を向けた。
「カメレオンというらしいぜ。何食ってるか知らんが、この鉱山では不思議とみる。そう言えばヘレンも肩に乗せていたなぁ。」
轟音を塗って渋い声が届いた。
「ところで後ろの、そうトロッコ何。」
「ここは鉱山で普通に使われているトロッコだ。たまたま俺いやヘレンが便乗して御所との繋ぎに使っている。」
数珠繋ぎのように、トロッコが一台追っかけてくる。明らかに帰蝶のトロッコを追っかけている気配がありありだったからだ。だが、帰蝶の方が下ってる側にいるので、目線が上の背後のトロッコに誰が乗っているか迄は視認できない。
「追ってきてるわよ。」
「(いい加減気付くわな。)速度は変えられねえ。たまたま、一般のトロッコの前に飛び出しちまったのかも知れねえ。このトロッコは特別でな、イメージとしては、その素がブラックボックスの下にぶら下がっている。俺が到着すれば、トロッコ化してレールウエイに入線する仕組みだ。そして、ここからはアナログ的にレバー引けば、ストッパーが外れて出発する。後ろの奴らがトロッコで出ようとしたら、突然前方に別のトロッコが出現して動きだしたってとこだろう。なんの変異か、そらあ驚くだろ、注目するだろ。ま、俺は既に此処で顔が聞く、面見える位置になったら、巻いてやる。まあ、何か言ってくればの話だが。」
坂の角度は徐々に緩やかになってきた。駅が近いのだろう。
「頭巾から洩れる荘厳な髪、憂いの中に生命力に満ち溢れた眼。あんなに見つめられたら、漢として、漢として産まれてきて良かった…。将軍の務めを立派に果たす、あの髪と目を曇らさないためにと、あの時誓った。その湖畔の君が余の手の届く範囲に、届きそうで届かない。届くまでどこまでも追う、そして捕まえたら放さない、守り抜く。…おい聞いているか。皆は何処だ、マツ、緑。」
トロッコは駅に到着。そこで天狗、天狗さんだああ。と帰蝶が大喜び。駅で出迎えたのは、北欧系のゲルマン人で二メートル近い巨人だった。エスピンガルタを肩に持っていたが、ジーニアスと久秀に呼ばれた彼らは久秀が手を上げると殺気を納めた。久秀は彼らに彼らの言葉で何か言った。後ろのトロッコを指さしている。巨人達は笑顔でビルドアップした。その瞬間、前方の線路が扉化して、開いた。そして、トロッコの枠から透明の風防が出現。出現したかと思うと又出発して、開いた扉に吸い込まれていった。そして、地下の闇に到達した頃には車輪さえ、格納されていた。ハナの悲鳴が響いた時には、トロッコリニアが地下を猛スピードで突っ走り、あの教会の地下駅に無事到着していた。その間一分位。
風防は扉に吸い込まれ、左手の扉がスライドして開いた。久秀が最初に下りて、帰蝶、次にハナをエスコートした後、再度、トロッコリニアに乗った。
「俺は此処までだ。ハナと共にカラープリンセスとして生きたら、生母から命狙われる事もねえだろ。怖いのは他人じゃなく身内だと分かっただろ。俺に感謝しな。グッドラック。」
上手くハナに取り込まれてんだから、もう。他人が母娘分断策に乗らない。
「遊郭に売り飛ばして感謝しろはないっしょ。だけど、三好家で出世して一族郎党引き上げたいのも分かるわよ。でも無理するなよ。」
「な。(一度命狙ったものは許さないは冗句か。しかし餓鬼に励まされるなんてな。待て“とりわけ人”としての優劣は生まれで決まっているのか。俺は、どうあがいても、帰蝶を越えられないのか。不惑にして天敵を知ったのか。)」
と松永が帰蝶!と言いかけた時、既に二人はドットの光に覆われていた。
次にドットが消えた時、帰蝶とハナは一階に上がっていた。未来のEVだ。
帰蝶の眼の前には身廊Naveが遥か奥まで繋がっている。側廊との間にはアーケードがある。
「バロック建築なんて吐かれてんのさ。あなた方の時代に近い生き様よ。でも国違いだから、馬鹿に物言う見たいなもんか。」
なんとも低音であばずれな女人の声が聞こえた。何処からと二人が身廻そうとした時、ドットが空中から湧いて現れ、一八十センチくらいの青白い顔した女人を造りあげた。金の長髪、ティアラを付け、白いドレスを着流している。眼は群青で鼻が高く堀の深い顔立ちで、表情は冷たい。胸にマンゴーを二つ付け、ウエストが括れた上に、異様な程腰が大きく膨らんでいる。
「あああ女天狗さんだ。」
と帰蝶は錫鞠を挟んだ手を胸に持ってきて感動している。少し笑っただけで左手親指で前方を差し背を向けた。付いて来いと言う事だろう。教会の長椅子の間を通っているつもりが、いつの間にか左側に部屋がいくつも並ぶ廊下を歩いていた。窓の景色から二階に上っている事が明らかだった。廊下には紫紺の絨毯が何処までも敷き詰められている、こちらは本物のペルシャ絨毯である。弾正、ここから御所の絨毯イメージした?中程のドアの前で止まった。
「ここがユーの巣よ。ユーの国のプリンセスがガン飛ばしってくっからよ。それから、ここから公用語はEnglishだ。国言葉出したら、しばき上げるから覚悟しな。」
「プリンセスとその女天狗言葉ってさ、全然次元違いだし。」
「天狗はTenguしかないか…」
最初の勢いが失せている。実は、ヘレンはドアのぶ開けに悪戦苦闘していたのだ。客が出入りする場所は未来ではなく現代仕様なのだ。
ハナが察してそそとヘレンに恐る恐る近づいた。ヘレンの豊満な胸にハナの視線がある、それほど身長差がある。
だが体格差の畏怖に加え予期せぬことファーストコンタクトに弱いハナは震える手でドアのぶをおそるおそる廻した。帰蝶はドア程度で大の大人二人がと吹き出している。
ドアが少し内側に開いた所で、中から引っ張られた。濃い金髪を巻きあげた一八十センチ超の鼻が上向いたドイツ系ゲルマン美少女が顔を出した。目が碧い。ファンデを塗りたくってるせいか顔は異様に白い。面長で顎骨が突き出し、堀が深く口が大きいのを気にしているのか、紅は控えめである。
「ようこそ。斎藤家の六姫様ですね。歓迎するのですよ。と言って此処はあなたの部屋であたし達が御邪魔しているのですよ。どうぞ。」
ゲルマン美少女の手招きで帰蝶とハナが入り、ヘレンが後から入っていく。ゲルマン美女は夜会巻をするように髪をねじり巻き、巻いた挙句、クリスタルな簪で留めている。肩幅があるゲルマン美少女と比べるとヘレンは肩幅狭く、怒り肩である。御蔭で顔が大きく見えてしまう。ゲルマン美少女の方が実際の顔は大きいにも関わらず、肩幅が広いので小顔に見えている。なんとも滑稽なと思う帰蝶、余裕が出てきた。
十兵衛の店での部屋からすれば十倍以上の大きさ、天蓋付きのベットが二つにクローゼットに姿見。木製の白い化粧台まである。白い天井にはシャンデリア、蝋燭ではなく電灯が灯っている。バーカウンターもある。床は真紅のペルシャ絨毯が敷き詰められている。虎や麒麟、像と言った、獣の絵が刺繍されている。
テラス付きの窓は広い、晴れていれば日光が入ってくるだろうが、鉱山からの煙で曇っている。
ヘレンから同じジャパニーズと紹介されたのが波多野、山名、赤松の姫。
それぞれ蒼、黄色、緑のチューリップドレス、色髪に合わせたシルクを着こんでいる。波多野の姫はセミロングの髪をフィッシュボーンに巻いている。睫毛が長く反り返りキラキラ瞳で帰蝶に向け興味津津な視線を送っている。山名の姫はセミロングのソバージュ。細目で、緊張した面落ち。帰蝶が視線を向けると戸惑い目を逸らしている、初対面が苦手なのだろう。
赤松の姫はショートボブだ。眉毛が切れあがり、睫毛がピンと前に飛び出し、瞳孔が大きく気の強そうな目をしている。皆ドレスと銀色のティアラを付けている。
三人は、ドレスの裾を摘まみ膝を曲げ、ヘレンに礼節を示している。ヒールを履いても身長は皆帰蝶より低い。因みに、帰蝶はパンプスを履かされている。弾正によれば餓鬼にヒールは早いってことかしら。
三人に比べ一八十センチ越えヘレンより少し高い位の背丈がゲルマン姫。堂々したものである。金色のドレスの裾を摘まみヘレンに礼を示した後、帰蝶に小首を傾げほほ笑みかけた。
ここでどうして、深芳野の向日葵顔が…。深芳野も、母娘離間をそれとなく謀っていたわね、そんな大人世界って。私は、又大人世界に好むと好まざるに拘らず入っていく。
ヘレンは、少し屈み、帰蝶の横顔のサイズを測っている。ほう、と驚いたのは、耳から後頭部にかけての長さだった。三姫達の平顔とは違うと顔が綻んでいた。こっち系美人の象徴なのだろう。
「わけわかんねえけど、この子ジャパニーズプリンセスとハートがビンゴしちゃってね。仲良く(まぶく)しけこんでやんな。」
と白粉顔に青白いアイシャドウの奥から冷たい目を輝かせ、ヘレンは出て行った。
部屋の真ん中に天蓋付きワインレッドのカーテンに囲まれたベッドがあり、窓側の空間に丸いテーブルと椅子四席が設えてある。いずれも真っ白。お茶の最中だったのか。紅茶カップと真っ白いケーキスタンドが置かれている。ケーキスタンドの皿は上に行くほど小さくなっていき、真ん中を柱が貫いている。高さ三十センチ、一番下の皿の直径は四十センチ程。
そんなインテリアが二セットある。
邪魔な天狗ヘレンが退散したところで帰蝶は本題に入ろうとした。
「都では三人の姫君が失踪したって大騒ぎになってるの。私は美濃からあなた方を…その…なんつうか、さ。助けに来たんだけど…。」
とトーンが下がっていく。
思い切り含哺鼓腹してない。三色髪姫失踪案件、意思に反して異国に連れ去られ、寂しく辛い思いをしているなんて漠然と考えてたけど、メイク越しとはいえ、血色よく、肉付き良く健康的で、何より。
「香って言うえ。旅の疲れもあるし、ゆっくりお茶でもどうえ。」
波多野香がピンクの唇でニコニコと帰蝶をティータイムに品よく御誘い。
「助けに来たって言うたけど、何処へ連れてってくれんの。」
と言いながら赤松の姫が笑顔を輝かせて右側のテーブルに向かう。情熱的な赤い紅で語勢が強い。
「ここより良い処ってあんのかしら。あれば紹介して欲しいわ。京なんて言うたら、呆れ果てるでぇ。」
世捨て人感がある山名の姫がツンと窓際の席に座る。外縁は濃い赤で、真ん中は黒く紅を仕上げている。スウっとする香水が帰蝶の鼻を心地良くした。天下に存在しない、舶来品である。
右側に三人、大きく生育した腰を下ろす結果になってしまった。三人は互いのネールカラーを見せ合って、自慢したり、キャッキャ言っている。
何この味わったことない隔世感って。数十年で、世の中変わるのかしら。いや、天下扶桑と違う異国だから。
ハナが恥ずかしそうに、下を向きもじもじしている。私でも大概なのに、メイド姿で小柄なハナは田舎者丸出しで場違い感半端ないのだろう。稲葉山の姉姫蠱毒なんて些細。ハナも明智の天下盗りなんて、ちっちゃい話って思ってくれたら幸いなんだけど。ゲルマン姫がさりげなく、左側にエスコートする。
ハナは、ありがとうございます、と小声で礼を言い会釈している。帰蝶も会釈して、ハナを連れ左側に向かう。ゲルマン姫が後に続き、窓際に座り、香から自分のカップを廻してもらっている。ゲルマン姫から小麦の薫りがする、主食なのだろう。
帰蝶は窓を左に見える席に座る。ハナがゲルマン姫からポットの使い方を習い、帰蝶のカップに紅茶を注いでいる。
「まだ。お客様扱いで良いわよ。私が許すから。(此処に長居なんて有り得ないのよ。)」
その後、帰蝶に促されハナも帰蝶の右の席にチョコンと前方に腰を乗せる。椅子に座ることはあまりなく余所行きの趣、初めてのチャーチ故、危機に弱いハナにとっては尤もな態度、首を動かしたり、眼を動かしたり、時折驚いた表情を見せている。それに比べて帰蝶は落ち付いた物で、床几の経験があるとはいえ西洋風の椅子にどっかと腰を落ち着かせ背持たれに全力で体を預け、膝に錫鞠を置いている。
「さっきの話え、うちらを助けにきたんやて。」
「まさか又御所に連れ戻すなんて言わんといてや。」
「第一どうやって京に戻んの。此処どこや思てんの。トロッコで一方通行って言われたやろ。呆れ果てるわ。」
結論から言うと三姫はこの遊郭が居心地よく帰りたくないということである。身の回りの世話は彼女達の背後に控えるメイドがやってくれ、夜にはマイナーと言う客の相手。ここはプリンセス属性の店で客側にもそれなりのドレスコードがありマナーが求められる。その為上品に振る舞う客しか訪れずチップの気前もいいとか。収入はチップだけでなく出来高払いのサラリーもあり、マイナーの三倍~五倍、トップクラスは十倍あるという話である。
「六姫様、此処でやって行こうと決めたではありませんか。メイドとやらは要りません。わたくしが六姫様の世話を一生涯かけて滞りなくやり遂げます。」
と小声でハナが帰蝶に囁いている。ハナの声はあまり通らないため、ニ、三歩しか離れてない筈の隣のテーブルにすら届いていない。
「じゃあ、弾正のオヤジはどうやって行き来してんのよ。」
「ヘレンはんのサイエンスとか言う魔法つこて行き来しとんえ。」
「あんたはん。あてら連れて帰るつもりなん。」
「御所はんがだだこねとんの。わて、あん御所ガタイが大人やけど、呆れ果てる程、餓鬼過ぎて面倒やったわ。マイナーの方がよっぽどゼントルマンやで。」
「悪いこと言わんえ、斎藤はんも、ここでプリンセスになるえ。それとも父上様が恋しいんえ。」
と香が言うと山名と赤松は笑った。
「なわけないっしょ。(弾正が鍵持っているとか言ってたっけ。轟音で良く聞き取れなかったよぉ。)」
と帰蝶が凄むと山名と赤松の姫は口に手を当てたままフリーズした。
「堪忍な。でも御所で騒ぎになってたなんて、とうに忘れられてる思ってたえ。此処は食べ物が美味しいし。豊富や。お酒も美味いし、ワインとか、ウィスキーとか。」
「ドレスや、指輪にネックレス、ブローチ、香水にコスメチック。宝物が一杯や。店で働いたら働いただけマニーもらえるから、自分の力で手に入れる事ができるんや。これ凄いで。見ず知らずの仲やのに、同じ御世話役の姫と言うだけで気にかけてくれておおきにな。」
「でも二度と山名には帰る気ない。田舎やし。田舎は、しきたりやら常識やらうるさい、此処はマナー言うても守るんはマイナー(鉱山夫)の方やさかいな。でも未だ御世話役って続いてたんやな。呆れ果てるわ。十三代将軍はんはちいとは大人になったのかしら。」
山名の姫に五年振りに驚かされた。聞けば香が来たのは七年前、赤松の姫は六年半前らしい。そう言えば皆、大人でハナと年齢は変らない位、ゲルマン姫と同じ位かと帰蝶は眼をくりくり動かし顔年齢を診断しながら思った。
轟音とクリークを掻きわけて、確か、時間は出発点が違うだけで、都と連動してるってワイルド声が言ってなかったっけ。なんか弾正の話違うんだけど。だが、ゲルマン姫によるとヘレンから見れば誤差の範囲ということだ。スコープとだけ呟いたと言う。因みにゲルマン姫は三年前だ。
「あたし体はゲルマン姫なれど、魂魄は今川の姫なのですよ。尤も正確に言えば養女で家臣の娘なのですよ。ヘルプと言う声が聞こえて、はいなのですお助け申し上げますと気を靡かせた途端この世界のゲルマン姫の体内に召喚されたのですよ。御蔭でゲルマン姫様に申し訳ないのですか、眠ってもらってるのですよ。でないとあたしが代りに眠ってしまうことになるのですよ。あ、鶴と呼んでくださいなのですよ。」
帰蝶と同じだ、助けを呼ぶ声に導かれたのだ。帰蝶は拒否したが、鶴はあっさり受け入れた、その結果だ。鶴も三色髪姫失踪の話は聞いていた。と言うより籠の外から聞こえてしまったのだが。籠、今川は姫を籠に乗せていたのだ。ゲルマン娘はこの遊郭で働いており、ヘルプは波多野、赤松、山名の魂魄の声と思い、その意思を確かめるため、三姫と接触、しかり彼女達に帰る意思など全くないことが分かり現在に至るらしい。
「籠にはあたしの体が不可視領域までドット化しているのですよ。魂魄が他の肉体に移植されてしまうと維持できないらしいのですよ。」
「ってお鶴、それ誰から聞いたのよ。ヘルプ求めてきた主?」
鶴は小首傾げ顎に左インデックスフィンガーを当て考えた。
「ゲルマン娘の知識にあったのですよ。」
うちら、あてら、わてらは助けてを求めた憶えないとか言っている。
ヘルプ生霊は別に居る。あれはメンズよ。ここも都とは別に、賤しい欲望の糸が複雑に絡み合っているってことなの。
あと鶴によれば、この遊郭には二十三人のプリンセス属性の遊女が居ると言った。そしてヘレンは、二十四人に成れば、
「カップリングになり、その時点でハードフォークするって言ったのですよ。」
「意味わかんないんだけど。」
波多野姫は、ネックレスを直しながら、困った笑いを浮かべるだけ。赤松の姫は怒った顔で額に手をやった。山名の姫は眉をハの字に下ろし呆れ顔で両手を広げた。三姫三様の表現。
帰蝶は外のベランダにある一メートル半ある鉢植えの観葉植物にカメレオンが居るのを見つけた。
「あれって此処特有なの。」
「ヘレンさんの趣味でわざわざ商人から大量に買ったのですよ。」
「でも暫くして飽きて全部離した言う話え。」
「最後まで責任もって飼えつううの。」
「マナーが聞いて呆れるわ。」
「でもさ、緑の体で頭が赤、いや、今迄のカメレオンもそうなんだけど、体の一部が赤いだけど、同じ方向に赤なのよ。太陽の方向or暑いからって思ったんだけど違うみたいなの。」
「あ、カメレオンさんは保護色と言って周囲の色に同化するのですよ。」
「どこに赤色あるのよ。花なんて咲いてないでしょ。」
姫達は一斉に立ち上がってカメレオンを見た。僅かながら頭が赤い、だが、窓越しながら姫達の一斉の気配に恐れをなしサササと手すりから壁の方へ逃げてしまった。
観察力あるわね、今迄気付かなかった。何か力があると後輩は受け入れられる。こうして帰蝶は受け入れられた。メイド達がカートにチョコ飲料やケーキの御代りを持ってきて歓迎会は盛り上がって来た。宴竹縄になった頃、皆は帰蝶の膝の鞠に興味を持った。錫髪で巻いた鞠に驚いたが。目敏い鶴は、ゲルマンの碧眼で鞠が電灯の反射とは違う自家製で輝いている部分を見つけた。
「気になってたんだけどね。ま赤心を晒してこその長い付き合いだからね。どうやら、私が手を離している間に公方と侍女の緑が触ったみたいなのよ。」
「触れば必ず汗や脂が付いて、そこにはその人独特のDNAが含まれているのですよ。」
「その部分が光っている。近くにいるっていう証拠なの。公方来てるの。緑も。」
帰蝶同様、三姫もハナも驚いている。公方来てるって聞いて、山名などはチョコを吹いてテーブルを焦げ茶に染めている。メイドの仕事を増やしてしまっている。
「まさか、公方はんもプリンスジゴロとして売られて、この遊郭え。」
「ああ、気色悪いわ。マイナーて皆男やし。」
「まさか弾正はんの背中にくっついてわてら追っかけてきたとか呆れ果てるわ。けど、なんや都では数カ月しか経ってへんねんてね。」
帰蝶は光具合を見定める。理由は無いが、何となくわかる。
「この遊郭じゃないわ。この鈍さだと同じ街っていう程度ね。公方は公方なりに責任感じてるのよ。大名達の上に立つ者として、自分の御世話役で上洛した姫の失踪、糸口があれば、それに猪突するのが十三代公方足利義輝じゃない。ほんの短い間しか接触してないけど、公方はそんな漢よ。」
「世間体え、特に京雀達の。」
「香に同じや。都人の信頼回復する為に助けに来ました、御所に帰ろって願い下げや。今更文化的に低い都や天下には戻れんて。」
「わても…。公方はん、再構築できたんやろか。そんな危険冒してまで呆れ果てるわ。」
「皆乗り悪いわね、がっかりだわ。」
好みは皆様々なのだろう。皓歯を煌かせてビルドアップする義輝の顔が浮かんだ。
ちょっと待って、なぜ私ががっかりするのよ、周囲に乗せられただけじゃない。湖畔の君なんて言ってるのは公方の方だし。ま、私が一番生公方の記憶が真新しいってことよね、タイムラグのある彼女達にとって遠い過去なのよ。
暫くして御開きとなり、四色髪姫は片付けが終わったメイドと共に各々の部屋に帰って行った。
ハードフォークと言う意味はよくわからない、鶴によると元々二十四人集めるつもりで、全員揃ったのを記念して本オープンってことじゃないかという予測をたてた、
鶴の予測が当たったのか、その翌日、一階の御祈りフロアで街人やマイナーとそのマダムや家族集めてのパーティーが挙行された、鳥肉や果物やシチューが山盛りにそろえられ、さらにアコーディオンやバイオリンを手にした楽団が華を添えた。
帰蝶は赤紫のカクテルドレスを錫色で結んだ。ひまわりの造花を髪の右側に付けアクセントにしている。皆色髪姫なので頭巾で目立たぬようする事もない。
「逆にハナの黒髪が目立つんじゃない。」
と言って可愛いメイド姿のハナを動揺させている。
それでも嬉しかったのか、薄いピンクのアイシャドウを付ける時のハナは顔がにやけるのを隠しきれない様子だった。
既に乳母の仇討など忘れたかのようである。仇討の対象は実行犯たる、キュウリ顔の侍女頭であって欲しいのよ。
帰蝶とハナがEVを使いフロアに姿を現すと、既に皆集まっていて、帰蝶達が最後だった。コルセット付けに手間取った為だろう、ハナも知らない上に思った以上に時間がかかってしまった。帰蝶は、ハナが居ることから現地メイドを断っている。
「おせええぞ。もうやっちゃってるよ。皆、レアだから赦してやんなあ。」
ヘレンが低音イガリ声の女輩口調で出迎える。
ヘレンは、金髪ロングを背中に流し、ルビー入りの銀のティアラを付けていた。緑色のスカーフを巻いた首から下はと言うと、御銀色の青のストライブが所何処ろ入ったボディスーツで全身をくまなく包み、銀のラメがちりばめれたハイヒールを履いている。細身の体だが、怒り肩、膝下が長く凹凸が際立つ典型的なアングロサクソン人体型である。細身なのに尻の高さが半端ない。巨大な桃と合体してる。都の狭い路地なのは、挟まって通れないのではと帰蝶は思った。前日のドレスより、行動的なスーツの方が彼女らしいと帰蝶は思った。
ハナは深く何度もお辞儀をしてヘレンや皆に謝意を示しているが、帰蝶は、胸を張り何とも堂々とした振る舞いを見せている。流石プリンセスである。
他の四色髪姫は昨日とほぼ同色だが、少し濃い、カクテルドレスで参加していた。皆網タイツにハイヒールだったが、足が痛いと帰蝶は網タイツにパンプスにした。元々上背があるので、それでもゲルマン姫以外の姫より少し頭が突き出ている。
「これからもヨロシク頼むぜ、輩共ぉ。クレパスプリンセス開店。」
とヘレンが中締めで乾杯の音頭を取った。なんと店名も改めてしまった。キャンペーンとかで客に二割引券とか配り、二十四姫に、
「牛馬のようにギンギンに荒ぶってもらうよ。」
なんて独特の女輩形容でハッパをかけた。黒いアイシャドウが凄みを感じさせ、プリンセスの中にはきょどっている姫も多数いる。日の本の三色髪姫はと言うと、香は忙しん嫌えと困惑していたが、赤松はウエイとか言って拳を振り上げ大盛り上がり。山名は、お貴い姫、安売りしてどうすんねんとデフレ商法に呆れ果てていた。
帰蝶が注目したのは髪、街人やマイナー達は黒髪か濃茶色だったが、二十四姫は二十四色入りのクレパスな程鮮やかな色、青やオレンジ、濃い赤、黄緑、紫までいる。肌の色も白から褐色まで様々なのだが、髪の毛のバラエティには驚かされた。
「二十四に何の意味があるのか知らないけど、二十四色揃えたかったのね。クレパスプリエンセスとは良く名付けたわね。言葉遣いとは裏腹に御洒落なネーミングしちゃって。」
「この街ウエスタンを含めた西洋の街では一日二十四時間なのですよ。」
と鶴がそっと近寄り帰蝶に呟いた。
「ヘレン達の世界ではキリのいい値なのかもね。」
「錫髪姫発見の報を聞き狂喜し、辞退を申し入れられ激怒し。“他のエージェンシーからは御伽話レベルの片りんすらないのよ”って。ようやく姫様を獲得し安堵し。念願だったのですよ、クレパスプリンセスの看板を掲げるのが。」
松永弾正とヘレンとの葛藤の話だ。
錫髪姫帰蝶を見つけたものの、自分の横領がばれると恐れて帰蝶を放棄しようとした。しかし、ヘレンは首に縄付けてでもと激怒して、弾正に任務を遂行させたのだ。粘った御蔭でインセンティブは上がったようだが。ヘレンはハラスメントしながらも、財布は以外と緩いことで、エージェンシーをつなぎ止めているのだろう。エージェンシーのハードルは高く、獲得に苦労したのかも知れない。
「そう誤差。ヘレンは“スコープ”カードであっさり切り捨てたって言ったわよね。そのカード、裏返でば計算違いどうしようって書いてあるのよ。未来の天狗さんなぜクレパスプリンセス、この時代のこの時、このウエスタンだったのかしらね。私というレアカードは何にギリギリ間にあったのかしら。」
「中期目標達成否かは、シェアホルダの心証に大きく影響するのですよ。これで、“プライスフォール”が回避されたってことだと思うのですよ。“プライスフォール”が天を覆う程切られると、店も土地も失うことになるのですよ。」
天狗世界は理解できないと両手でチュリップカードを切る帰蝶。無理矢理理解するなら、掲げた目標を達成できたか否かで自身の信用が乱高下するってことかしら。
ヘレンは宴が始まってからもレアカードゲットを歓喜するが如く、帰蝶に視線を送っている。そして、その歓喜が弾けて、
「松永によると、斎藤六姫のメタディスクリプションは、自身の錫髪で造った錫鞠で干ばつを救ったって話なんだよ。メタディスクリプションになったエピソードにミーは感謝、感激ってとこだよ、なあ野郎共、そこの女郎共。Yeah!」
ヘレンの感情が振り切っている。かわき色で地味な格好のマイナーやマダム達は意味分からずとも、ヘレンの勢いに共鳴して派手な姫に負けじ目立てとワアアアと歓声を上げ拍手をしている。
「ここはサンクチュアリ。サンジュチュアリでクレパスプリンセスとパラダイスしな。」
こうして二度目のプリンセスロンダリング、クレパスプリンセス属性遊女錫髪帰蝶がスタートした。
来客の中に公方の姿はない。だが、錫鞠は公方がこの街で生きていることを示している。私の後ろのトロッコに乗っていたのだわ。湖畔の君とかのたまって“愛”に来てくれるのかしら。移木の信、失踪事件も解決した、“巣立ち”した斎藤家に帰るつもりもない。御館や小見様から、いい加減離れる頃合よ。魑魅魍魎蠢く十兵衛の店なんて問題外よ、女の肌何だと思っているのよ。元々退路絶って出てきたんだから。御世話役の相手はこの街にいる。公方が店に来てくれれば、役目も果たせるし、それで私の人生ようやく彩られるんじゃない。この宴のように。
緑、あなたも来てるんでしょ、多分公方と一緒なんじゃない。だったら、早く私の所に公方を連れてきて。って私何妄想してるのよ。公方が勝手に想っているだけなんだから。
宴は益々盛り上がる。大皿に山のように乗ったステーキが何皿もでてきた。マイナー、マダム達は頭上で拍手し大喜び、待ってました、なんて歓声が天井に響く。だが、眼の前にその肉が近付いてきた時に息を飲んだ。鳥肉じゃない、何の肉?ごつごつさがなく、マイルドなステーキ?ナイフで切る必要がない大きさに切られているが、絵具で塗ったような焦げ茶色が、フォークを通すのを躊躇させた。
「カルチャードミールだよ。ミーがわざわざ大枚払ってこの日、この宴の為に宛がったんだよ、血涙して食らい付くのが僕の意地ってもんだろ。」
ヘレンが冷たい眼球から血管の放射線を飛ばし、口を歪ませ、マイナー、マダムに…
「あれが天狗のおもてなしなのね。私又教えられたわ。」
との帰蝶の皮肉が一瞬シンとなった宴会場に失笑を誘発し、和んだ。マイナーマダムそれにドウター達次々カルチャードミールを取りはじめた。帰蝶もハナに取ってくるよう指示している。
「培養肉と言って組織培養して食肉化しているのですよ。つまり牛さんを屠殺する必要がないのですよ。」
「ほう、天狗さんって慈悲の心もあるとは、これはイメージ換えないとね。…美味!」
早速取って来たカルチャードミールを舌で転がしたところ、甘垂い肉が舌に溶けるようにしみ込んできた。
カルチャードミールは数種類の味があり、胡椒、ソースなど調味料も数多く、辛さ苦み、様々な味を楽しめた。只、醤油はない。醤油の味は、コーカサスロイド系は分からないらしい。
皆、大歓声を上げ、食肉が始まると再開した三人の楽団の演奏すら脳漿に届く前にかき消される位だった。
遂に波多野香がクレームを付けた。料理じゃない、楽団にだ。
「うちの方がもっと上手いえ。」
香は蒼い髪でマイナー達の視線を束ねながらハイヒールでツカツカ歩いていき、教会のグランドピアノを開けた。深呼吸一つした後、両指を鍵盤に叩きつけた。はんなりした香とは思えぬ、激しく時には妖艶な熱き演奏を披露、だが帰蝶が注目したのは赤松が姫の顔のこわばりと肩の震えだった。
「わても負けていないで。」
と赤松の姫が、緑色の残像を暗い背景に渦を巻いて残し、楽団からヴィオリンを奪い取ると、香の即興ピアノに合わせて奏ではじめた。
「赤まっちゃん、楽団はんの面目潰してどおすんのや。どんだけ厚かま姫や。香ンもたまたまチューンしてあったからよかったものの、下手すれば大恥やで。呆れ果てるわ、プリンセスなるもの、さりげなく用意しとくもんや。」
黄色髪の山名の姫はメイドからフルートを受け取ると二人の即興演奏に合わせ吹き始めた。皆、肉を食らいながらも、プリンセス達の演奏に拍手を送るやブラボーの声援。芸達者な三色髪姫達である。各家は、芸能姫を選りすぐって御世話役に送りこんだのだろう、故に喪った落胆振りが伺い知れる。
「私も負けてららないわね。プリンセスロンダリング、ロンダリングされてもプリンセスは消えてないって証明しないとね。」
帰蝶の闘争本能に火が着いた。芸事に秀でる姉姫達に突っかかった美濃を思い起こしていた。と同時に結果的に恥をかくことになった記憶もハナの脳裏に蘇っていた。
「六姫様、プリンセス様達の中で芸を披露しているのは、あの御三方だけ。他の方は会談、会食に勤しんでおられます。楽芸に通じていない六姫様が何をなさると言うのです。」
「芸は管弦だけじゃないでしょ。“蹴鞠”カードを自ら切ってやろうかしらね。」
帰蝶は椅子の下に隠していた錫鞠を踵の上に乗せるや指先で膝上まで走らせた。帰蝶は隣のハナに視線を送り、さらに顎と視線を振り、振った先は椅子の背もたれ。ハナは仕方なく帰蝶の椅子を少し下げた。何をなさるおつもりなのですか。
帰蝶は鞠を持ち立ちあがった。何か探すような眼の動き、だが、直ぐに見つかった。オードブルを皿に取り込もうとしているゲルマン娘憑依鶴だった。
「いくわよ。鶴、あなた今川よね。今川つったら蹴鞠しかないわよね。」
既に帰蝶は鞠を浮かせている。
「え、え、あたしは、体は大人!心と頭は九歳の童なのです。蹴鞠など嗜んだことないのですよ。」
皿を長テーブルの白いクロスに置き手を振り慌てている。だが、遅い!既に鞠は帰蝶によりキックオフされていた。
「六姫様、こんなに大勢客人がいらっしゃる宴席で蹴鞠などなされては…。」
「なされては…なんなのよ、。」
ハナの脳裏に嫌な思い出が。そう、帰蝶が七つになった元旦、利政は鞠を与えた。帰蝶は最初惟色どり鮮やかな鞠を珍し気に見つめているだけだった。上座の右に利政、隣に正室小見の方が雛壇に座し、一段さがった利政から見て右手に帰蝶、その後ろに十九歳の侍女頭ハナ。帰蝶の隣から一姫、その生母、二姫、その生母後ろには各々の侍女頭が座する。帰蝶の正面には上座から三姫、その生母、四姫、その生母、五姫、その生母、後ろには襖を背にその侍女頭が座していたとハナは記憶している。利政と正室、姫と生母が雑煮を味わった後、娘たちの芸事の発表会となった。
一姫(胡蝶)は歌を披露した。三姫は笛を吹き四姫(春蝶)が琴を奏で二姫(仁蝶)が舞った五姫(華蝶)はささっと筆で父道三の恐ろしい位そっくりな似顔絵。
「御館様は娘子相手にはこんなに優しそうな顔をなさるのね。」
と小見の方は驚いていた。私の帰蝶にもされているんでしょうねと利政の耳元への囁きをハナは聞き逃さなかった。
五姫迄が芸事を披露し、六姫は小さいからとお菓子や土産を与え御開きとなった。正室は芸事などはしたない。下々の姫がなさること、わが帰蝶は正室の娘だから、御館に与えるのではなく賜る側に廻るのと満悦するのが正月の恒例だった。
だが、手足短めの小熊体型の五姫画伯が
「やいお六。この厚かま姫の取りえなし。」
とからかったのだ。その一言が帰蝶の闘争本能に火を付けた。帰蝶も幼いながらも、扱い方の差に疑問を抱いていたのだ。さらに自分が何も披露するものが無いコンプレックス。
正室小見の方の方針でこの年で既に読み書きは八年上の一姫と同じレベル、論語、儒学、孫子、平家物語に太平記、武芸では弓矢にも通じていた。だが、堅苦しい古典を語る場でもなくまして、屋内弓矢など撃てる場はない。それどころか唯一人菓子や物を貰う。今年は鞠を貰った。まるで私は物乞いか。芸術に才能なし、その上物乞い、コンプレックスをずばり一年上の五姫に指摘されたのだ。
「私だって芸に通じているわよ。」
と啖呵を斬り、帰蝶は鞠持ち立ちあがった。帰蝶は利政が稲葉山城に上がって来た時、光安ら重臣と余興する蹴鞠を見ていたのだろう。大広間で思い切り見よう見まねの蹴鞠を披露した。帰蝶の蹴りは思いの他強く、姉姫や生母や侍女頭は逃げ惑い、当てられ、ぶつけられ、障子やふすまは穴だらけになった。
戦場を駆ける利政は、
「元気の良さはオノコを含めたわが子息一ぞ。あっぱれ。」
と扇を振り上機嫌。小見の方も扇を口に上機嫌だった。三人の侍女の噂話では、その後小見の方にハナは散々搾られたらしい。乳母の一件もあり、流石にキュウリ侍女頭の“御折檻”迄には至らなかったが。
ハナも、そのエピソードを思い出したのか、口に手を添え不安そうである。
兎に角正室を立てつつ帰蝶を教育しなければならないと誓ったが、帰蝶はどうだったか。あの恐ろしい日を思い出してしまった。
帰蝶が蹴り上げた鞠は、ゲストの頭上を舞った。
「なんてステイトリイなボール。教会にジャストフィット。」
なんてマイナーの声がかかる。帰蝶の錫髪で覆った鞠、荘厳に輝いている。鞠は滞空時間をしっかりかけてシャンデリアの隙間を縫い鶴に向かって行く。
「ドレスでどうやって蹴ったのですか。」
鶴は蹴鞠のケの字も知らないようだ。
「頭でやんなよ。」
帰蝶が的確なアドバイス、言われるがまま、鶴はゲルマン姫の広いブロウでヘディング。
ナイスなんてマイナーやマダム、ドウター達が拍手を送る。
「六姫様。上手くいったのでこの辺で…。」
「この辺で何よハナ。困った狸顔。」
帰蝶もシルクのドレスを捲くって蹴るのが面倒になりヘディング。右よ、右。ごめんなさいなのですと言いがら鶴が鞠を追っかける。マイナーマダムは大盛り上がり、三姫達もその様子を即興で音楽にしていく。楽団で唯一残ったアコーディオンも彼女達の音を必死に追っかける。鶴がようやく追いつきヘディング。反動で、金髪が頬にかかり、たまらず、手で払いのける。鶴、決死のヘディングだったが、反対方向後ろに行ってしまった。
「予想覆してくれるわね。ゲルマンのミスプリンセスは。」
帰蝶は、パンプスを脱ぎ、なんとテーブルにのっかり、隣のテーブルにジャンプ。鶴とニアミスしながら、さらに隣のテーブルにジャンプ。見事に皿を避けて追い付きヘディングを決めた。
ブラボーの大歓声がドっと湧き上がる。一段落するまで、帰蝶と鶴は一枚の皿も割ることなく料理も無駄にすることなく、ましてワインの注がれた客人達にぶつかる事も触れることも皆無であった。
成長されたのですね。わたくしは小見の方様にいかに従順しながら六姫様を教育するかを誓いましたが、六姫様はいかに障子や襖を破らずに蹴鞠をするかを極めたのですね。思えば暫く緑に蹴鞠の当番は任せきりでしたね。
干ばつをお救いしたのは、その秋でしたっけ。次の秋でしたっけ。
さらに、その後も残りの姫達が負けじとマジックや変顔など芸を披露し、ハードフォーク後の自分を売り込んだ。ヘレンがそこまで見込んで客人を招いての宴を開いたかは分からない。
だが、御開きが近付いた頃、ヘレン満足気な冷笑を浮かべ余韻は自室でと、盛り上がったヒップでモンローウォークしながら、去っていった。
残され目立つのは、酔いが回ってきたマイナー達、意味のない罵り合い、一張羅なのに床に寝ころんだり、隅で気分を悪くしてマダムに介抱されドゥターに呆れられているマイナーもいる。プリンセスに背後から抱き着いて、背負い投げ食らって泡吹いているマイナーもいる。プリンセスもツワモノである。起き上がった所を首にラリアットだから、マイナーやるのも大変である。
いつまでもくだを巻いているマイナー達を退散させたのは、突如乱入したダチョウだった。どんなセキュリティか帰蝶始め姫達は知らない。
プリンセス達が利用しない表玄関のガードを突破したらしい。ダチョウは一蹴りで人の腹を破壊すると言う。その伝説に恐れをなしたらしい。伝説はマイナー、マダムの酔いを覚まし、夢の世界から現実に引き戻し帰宅へと向かわせた。ハナは何あれ怪物とか言って慌てるだけだったが、鶴と帰蝶がハナを両脇から抱え、逸早く宴会場から退散した。EVのよう(エ)な(リ)もの(ア)と言う直径3メートルのサークルに立つと一瞬の内に二階に移動した。登録者、ヘレンが認めた者しか移動しないので、マイナー、マダムも無理、ダチョウが駆けてきたが通過しただけだった。
帰蝶は部屋に飛び込んだ、飛びこむ際、直ぐ隣の自室に行こうとする鶴のゲルマン腕を強引に引き込んだ。
壁際の白ソファになだれ込むと隣に鶴を座らせた。
「あの妖怪なによ。鳥の化けもの、しかも飛ぶわけでもなく走るっだけってさ。遂に妖怪に逢えたって喜びたいところだけど、何か宴の最後穢されたみたいで。しかもハードフォークでこれからって時に。幸先悪いって言うのよ。あんま縁起担ぐほうじゃないけど、なんか心地よくないわね。バードホークなんてジョークで逃げないで。」
あたしは下手な洒落言わないのですよと口にしない代わりに、頬にまとわりつく長い金髪を払い笑い飛ばした。
「Ostrichって言うのですよ。」
「よく聞き取れない。肥えて飛べないダメな鳥でダチョウでいいじゃない。ガードは何やってたのよ。突破されるなんてさ。」
「乱入する確率の低いOs…いえダチョウ対策に警備費使うより、その分浮かして料理に廻す、“経済的”カード切ったって事なのですよ。でもそのまず来ることのないダチョウが奇跡的にきた。これは幸先良いのですよ。あのままほっとけば、悪酔いリバースの海が出来ていたかもしれないのですよ、ダチョウさんが上手く締めてくれたのですよ。」
「ものは言いようね。ハナも鶴くらい気の利いた事言いなさい。」
帰蝶は鶴の両手を取って謝意を伝えていた。ハナは初ダチョウの恐怖で床に膝を崩し動悸が止まらなくなり胸を抑えていた。ま、鶴はゲルマン知識に支えられている所は差し引かないとだめだけどねとハナへのフォローも忘れなかった。
翌晩から新装開店された遊郭クレパスプリンセスがスタートした。客はヘレンの視覚領域の記憶から写真化されたメニューブックより選んでいく。鶴の話によるとサファイヤ姫、エメラルド姫、ブロンズ姫等の名前が付けられている。髪が多彩だったのは、皆帰蝶と同じ特定の金属が体内に多く蓄積される金属属性がある姫だったからである。帰蝶はジンと付けられていた。香がサファイヤで、赤松がエメラルド、山名がアンバー(amber)プリンセス、で鶴がミスゴールド、私がジンって、私だけピンとこないわね。
帰蝶は、錫色のドレスに青のリボンを頭に付けている。鶴は、黄金のドレスに、赤い薔薇の華飾りを頭に挿している。
「でもさ、私みたいな色髪姫が全世界さらに年代を広げれば二十四人もいたってことよね。」
「え、大体時空枠は、生活習慣の違いにより約百年前後なのですよ。でないと、この十六世紀中葉の街に適応できないのですよ。酸素濃度の違い、又は食物の違い、野菜や動物も進化していて、数百年替ると酵素が変異前で胃が消化しきれないのですよ。数千年替ると野菜食べたら暫くして毒死、数億年遡ると、空気吸った瞬間、濃度の高い酸素がセルを破壊して、瞬殺するのですよ。」
「怖いわね。ゲルマン知識の深さって、数億年前って何時よ。」
「怖いって、あたしの頭が怖いのですか。言われて見れば…。」
と言って二人手を叩いて大笑いしている。
帰蝶と鶴は気が合い、さあ初日という宵の口、ベランダでコーヒーを嗜んでいた。たまたま風向きが逆でスモッグが去り煙いことはなかった。しかし、星は殆ど見えない、それはスモッグが成層圏で滞空し、星光を妨げているということだった。
「あなたのその知識ってさ、どっちゲルマン姫かお鶴自身か。」
「あのあたしは九歳なので、そこまでの知識はないのですよ。」
「改めて思うけど、今川って九歳の童女、御世話役によこしてたのよね。(昨夜のパーティでは蹴鞠に夢中で聞き流したけどさ。)今川の御館が鬼畜だったとは知らなかったわ。妖しは東戎にも居たのね。いやそれはいいのよ。じゃ、その知識ってさ、。」
「ゲルマンさんなのですよ。」
「そんなにゲルマンって賢いの。この時代を真ん中に百年のスパンって言ったわよね。このランプって明らかに数百年後のヘレンの時代の物。火がないのに明るいってさ。私にはエンザなどオキシなどこの先数十年の知識と思えない。ヘレン時代の知識…じゃないの。」
「え、ちょっとオーパーツ過ぎる気はするのですが、分からないのですよ。」
まあいいわ、帰蝶はコーヒーを流し込んだ。ハナが一気に喉を鳴らして飲まなくてもと帰蝶の椅子の傍に立ち、振る舞いを注意している。
もう誰意識してんだか。ハナ側の言う“死に札”を切った手はこの世界まで届かないってハナも確信してんでしょ。帰蝶はコーヒーカップをそっと置いた。カップを置く時には、稲葉山の姉蠱毒を思い出した苛々を別の疑問が凌駕していたのだ。
「この世界ってさ、本当に天下扶桑と繋がっているの。つまり都や美濃と地続きなの。」
「地続きってことはないのですよ。天下扶桑は海に囲まれているのですよ。」
「あ、そうだったわね、海って琵琶湖のもっと広いヤツよね。」
鶴は左耳の後ろの金髪を払いながら首をかしげている、ちょっと所か大分違うようなと。そう美濃産まれの帰蝶は海を見たことがないのだ。この辺当たり前のように海が生活に根差している駿府産まれの鶴とは違う。
「同じアースに天下扶桑もニューフロンティアにあるこのウエスタンもあるのですよ。」
「此処ってウエスタンなのね。アースなどわからないわ。私が言いたいのは見える空は同じかってこと。美濃も都も同じだった。星が見えないのはスモッグ、鉱山から流れる煙のせい、でもあの月は見える。此処から見える月も都から見える月も美濃から見える月も同じだった。地続き、世界が同じだと言って良いの。それとも駄目なの。ウエスタンのあの月は、別の月なの。」
「そうです同じ世界なのですよ。」
あの月にひっかかったが、鶴は桃色唇ですらりと答えた。
「具体的にあの御世話役で都に入った年からなん年経っているの。それとも遡っているの。今私が居るこの場所は天文十七年(一五四八年)なの。」
「今日はJuly 18, 1582なのですが、天下扶桑と暦が若干違うので、修正しなければならないのですよ。でも、鶴は九歳で太陰暦と太陽暦の差が分からないので正確性は欠きますが約三十四年経過してると言っておきたいのですよ。」
三十四年なの。それだけ分かれば充分である。
「その三十四年の間に月一個できたって言うの。そんなに簡単に月ってできるの。たまたまその三十四年の間に月一個できたの。(三十四年か、御館と小見様って生きてるのかしら。姉達は。病弱な一の姉は生きてるかしら。生きていてくれたら良いのに。皆よ。いくら悪戯な姉達でも、生きていて欲しいわよ。血肉を分けた身内だもの。)」
「見え方が変わるのは緯度の違いなのですよ。こちらの方が都より赤道に近いのですよ。」
「井戸の違いや水道が整ってるとかの話を聞いてるんじゃないの。」
帰蝶は自分から見て正面、鶴の後ろをインデックスフィンガーで差した。鶴は振り返った。
鶴の正面にはほぼ満月に近い月があり、帰蝶の正面にもその四分の一程度の“あの月”がある。一五八二年のウエスタンには月が二つある。
鶴が立ちあがった。ベランダから大きく上体が出てしまう、よろけて向うへ落ちてしまいそうになる所を帰蝶が引っ張って留めている。四メートルの高さから落ちたら、下手すれば命はない。しかも下はコブルストーンである。
ハナはハとするだけで動けない。帰蝶の侍女頭だから知らないのではない、変時に弱いのだ。
鶴は欄干を掴み、落ち付く。
「慣れていた筈のこの体を久しぶりに忘れたのですよ。あたしの本体はこの欄干程度なのですから。それより、あの天体の存在は少し前より気付いていたのですよ。以前より大きくなっているのですよ。」
「何それ大きくなってるって何よ。成長するの月って。」
「ゲルマンさんの知識を探っても、あの天体の正体は分からないのですよ。」
その時、鶴の視線が宙を浮いた。ヘレンから連絡が入ったのだ。客が入ると脳に直接連絡が入る。意識上は眼の十五度上位にアルファベットが流れる。鶴はドレスの裾を引っ張り、イエッサーと答え、膝を曲げ礼を示し、去っていった。早速初日から客が入ったのである。
「夜風はまだまだ冷えます。六姫様にもお客さんが入る頃じゃないですか。」
とハナに言われ、席を立ち、扉を開け中に入った。肩越に第二の月に眼をやった。
「ここって本当に都と繋がっているの。繋がっていたとして、本当に三十四年しか経ってないの。」
壁の上部にかかる長方形の調度品に目をやった。上にある故、今まで気がつかなかったが、液晶画面に数字が刻まれ動いている。23:59の次、00:00に成る。クロックと呼ばれる時を知らせる品らしい。未来人ヘレンはなぜ、この時代、この土地なの。あと、生霊の主って誰よ、此処に居る筈よね。
そのクロックが20:00になった。午後8時になると店は大盛況になっていた。廊下はドレスコードをクリアしたマイナー達が目当てのプリンセスルームへメッセンジャー娘所謂カムロにより案内されていく。手には花束、またはウクレレ、笛等場を盛り上げるプレゼントや小道具を携えている。
“リップサービス(姫様御機嫌麗しゅう)”カードを持った客達、帰蝶の部屋は見事に素通りされた。
「私は此処にいていいのかしらね。アースって何よ。世界とは違うの。」
「だた一つだけ言えることは、ここにいれば、わたくしは夜叉にならずともよいということです。この街なら小見様の影響力は皆無、わたくしはわたくしのままいられるのです。」「ハナ、(ハナ説を採るなら)あなたは消極的に小見様を恨みつつ小見様から逃れようとしている、私は、小見様に感謝しつつ積極的に巣立ちしようとしているの。(ま、身内の死があるかないかの差があるんだけど。私にとってもま、乳母は身内なんだけど、恨みは他人で、実行犯のキュウリ侍女頭だけにしなさいよ。)」
ハナは手巾をだして、唇を拭きつつ横を向いた。
夜明け近く待ったが、結局来客はなくクローズ、帰蝶は就寝した。
夕方までフリーであるが、昼頃起きてきた帰蝶、それに合わせてハナがカーテンを開けた。鉱山からのスモッグはひどい。雲の向こうに太陽が輝いている。その西にもう一つ小さな光があるのを見逃さなかった。
「この街ってさ、お日様二つあるの。」
ハナは首を傾げるしかなかった。昼間四色髪姫がやってきて、ルームサービスのパスタでランチと洒落こんだ。四人それに帰蝶も髪と同じドレスを着込んでいる。
「素は双方とも小麦なんですよ。天下の民は、小麦を潰して延ばし、切って蕎麦にしたのですよ。他方、ローマ人は、パスタにしたのですよ。」
とゲルマン姫が薀蓄を披露している。
「汁付けにしたか、ケチャップ付けにしたかの違いってこと。その説結構ざっくりしてない鶴。」
「小麦の種類に違いがあるのですよ。」
「人種の違いも一緒え。」
「肌の色も地域によって違うって、ウエスタン来て初めて知ったわ。小麦も地域が変わるとって奴やな。」
「美味かったらええの。此処で蕎麦なんて、田舎臭い味思い出させんといて、呆れ果てるわ。」
ハナは、香のメイドが持ってきた盆から、フォークとスプーンを取って帰蝶のランチョンマットの上に置いた。一番先輩の香を見るとフォークでパスタを巻いて口に持っていて散る。帰蝶も見様見真似でやってみる。
余程帰蝶の舌が嫌だったのか、ミートソースの多くが帰蝶の口周りに留まっている。それをハナが手巾で拭きつつの初パスタとなった。三色髪は、それ見て大笑いしている。
「予想覆さんってこのことえ。落とし穴に上手く嵌って大受けえ帰蝶さん。」
「パスタって美味だけど、口の周りにミートソース付くのなんとかならないの。」
と帰蝶は、ハナの顔に、そのミートを飛ばしながら文句を言っている。
「あたしは、ゲルマンさんの知識があるから余裕でしたが、初パスタは、仲間内の登竜門になっているのですよ。わたしは、スプーンとフォークを上手く使いこなして、皆様に引かれたのです。帰蝶さんのように、下手に食べればよかったのですよ。」
「上手いも下手も逢坂の関や。気にせんといてや。」
「香さんからしたら、三人目やろ。何時までやんね、呆れ果てるわ。でもおもろいわ。」
落とし穴に嵌って生まれる縁なの。
続いてケーキとコーヒーの御茶会となった。帰蝶がその“太陽と月がウエスタンには二つある”話を振ったが、鶴も首を傾げるしかなく、三姫も話堅いえと直ぐに話題を換え、その話はそれで終わりになってしまった。
二日目、三日目、ランチタイムとその流れのティータイムは急に増えた客の話でもちきりになった。ドレスコードの引き上げで小綺麗な客ばかりになった、芸達者な人ばかり、容姿も上々、客自慢の会話に華が咲いた、惟一人帰蝶を除いては。
「ジャックってさあ。…・」
「ロッドって言うのよ。足長くて、肩幅も広くて…。」
「馬鹿面ばかりの播磨と違って…。」
ここに来ても結局はみ子、同じになるのですね、だけど、“御戯れ”の名の元に、批難や悪戯されないだけ、稲葉山に居る時よりましかしら。ハナは思い出していた。元旦、彼岸、盆の宴、体の弱い一姫は直ぐに上がるので何時も四対一となり、帰蝶チームが他姫から揚げ足を取られ、言われもない捏造悪口、それに怒る小見の方、取りなす利政、遂には利政の雷が落ちて、小見の方を引き連れ下山が何時もの倣い。
「ま、仲が悪いのも良いのうちと言うのじゃ。」
「喧嘩するほど仲が言いと言うしの。いや姉妹仲良し、良き家よのお。」
美濃の権力者二人の声がフェイドアウトしていった。
二人がいなくなると、大広間はさらに無法地帯、罵詈雑言、言葉だけでない槍の穂先や矢が本当に飛んでくるので、受けて立とうとする帰蝶を力ずくで引っ張って六姫部屋まで逃げるように退散した。
話に入れないだけで済むだけましですよね。所が、
「帰蝶はんどないえ、話入ってけえへんけど。」
四日目、香が天体の話になると演説振るけど客話になると、黙りこむ帰蝶に遂に話を振った。ハナは客が取ってないなんて恥ずかしくて言えないから茶を濁そうとした。
「ん、私だって客惟の一人も取ってないもの。話しようがないのよ。」
膝に置いた錫鞠をポンと目線の上まで投げかけ受け取ると言った軽いジャグリングをしながら、堂々と真実をばらしてしまった。ハナは赤面し自分を恥じた。これが六姫様、世間体など全く考えず、さらりと真を話す。嘘偽り、方便すら語らない。まさに真実を示す錫髪を持つ斎藤六姫帰蝶。だが、場は凍りついた。席を立って二度と訪れない、この店で一人浮いてしまう事態も考えられたが。鶴がフォロー、ウエスタンでの一姫様とハナは思った。
「あたしもひょっとしてって薄薄感じていて、ヘレンさんに確認したのですよ。知っている人なら分かるけどまず分からないレアカードとヘレンさんは評していますが、指名段階では結構人気あるそうなのですよ。でも、メッセンジャー娘に部屋の前まで行くと止めたチェンジってなるそうなのですよ。」
一瞬冷たい空気が流れた。赤松の娘がカチと音を立ててカップを置いた。カップには赤い唇紋が付いている。お付きの小柄なメイドがそれをハンカチで空かさず拭き取っている。
薄い紺色のドレスに白いカチューシャとエプロンを付け、茶色の革靴を履いている。天下扶桑の人達と比べて浅黒く黒髪のショートである。プリンセスは四人共、それぞれメイドが連れているが、小柄で控えめなためかさばらない。年齢は帰蝶と同じ位だろう、香と山名のメイドは赤松のメイドと同じく浅黒いが、鶴のメイドはクリクリした蒼い目のコーカサスロイドで薄い金髪を後ろで束ねている。ヘレンは近い人種のメイドを選んでいるのかもしれない。
赤松の姫はメイドなど一瞥もせず、強い地声で喋り出す。
「でも無理ないわ。わて、WCに立った時見たんやけど。わての部屋からWC行く時って帰蝶はんの部屋の前通るやろ。って鶴ちゃんも通るやんか。知ってるやろ。」
「第一、私が知らないわよ。なにまたあのダチョウが来てるとでもいいたいの。ダチョウが客に駄目出ししてるとかなの。」
帰蝶の部屋の前を通らない香と山名の姫は口を覆ったり、手を叩いたりして受けているが、赤松の姫は真剣な眼、鶴はゲルマン姫の顔を伏せている。
「いやダチョウはいてへんけどな。ネズミがおんのやうろちょろと。そんな部屋誰が入るかいな。」
はあ、次はネズミ、何よ。ダチョウは襲ってくるわ。ネズミが邪魔してるって。
「ああ、獣祟りって奴?美濃で私、獣相手に悪さしてないわよ。」
赤松の姫以上にカップをギャンと置いた。メイド姿のハナが驚いている。
「ハナ、音じゃなく、驚くのは私の部屋の前にネズミがケチ付けているってことでしょ。ったく“経済的”カード切ってもいいけど、“ハイジーンコントロール(ねずみ駆除)”カードもきっちり切りなさいよヘレン。」
とオーナーヘレンへの不満を茶会のテーブルにぶちまけた。
「でも、姫さんの部屋の前だけなのですよ。他の姫様方の前はそんなことはないのですよ。」
「掃除のメイドが帰蝶さんの前だけ清掃してないとかえ。」
「いや綺麗やで。誰か恨み持つモンがねずみの餌捲いてるとか。」
「これだけ立派な教会風の遊郭、けどねずみがおったら、台無しや、呆れ果てるわ。」
ハナは三色髪姫の気量、マインドの高さに舌を巻いた。おそらく姉姫達なら、六姫が汚くしてるせいとか言っただろう。実際ネズミがでた。虫が出たなんて事があると、いやでっち上げてでも、六姫の部屋は何時も汚れ散らかって汚いという噂を麓や町にまで流されたのである。その度に小見の方が山城まで上がってきてハナや侍女達に怒鳴りこんできた、六姫の居ない所で。だが、来てみると片付いており桟に塵一つない。噂を流していることは知っていたので、ハナが侍女達と毎日念入り雑巾かけしていたのだ。これで疑いは晴れただろうとハナが安堵していると、小見の方は決まって。
「妾が上がってくると言う噂を聞き、慌てて掃除したわね。桟すら埃がないって、今拭きましたって言ってるようなものじゃないのよ。我が明智家は“花弁摘み”も飼っているから。兄上が誰か廻しているのかしら。怖いわねハナあなた、明智の家臣風情の出が。」
小見の方の隣には、乳母殺害の実行犯キュウリ侍女頭が殺気を滾らせている。キュウリ侍女頭は体術を心得ており、ハナにとって力で敵う相手ではない。
ハナは反発せず御台の小言嵐が通り過ぎるのを待ったのである。小言嵐は、帰蝶が緑と蹴鞠から帰宅したことにより終焉した。
帰蝶の席の側で立っているハナはようやく鶴や他の姫が声かけているのに気が付いた。首を廻したが帰蝶が居ない。
「席を立ってドアに向かったのですよ。」
ハナはおっかけようとしたが、開いたドアから帰蝶が再度入って来た。廊下に行って確かめたのだ。帰蝶の引き攣った顔が物語っていた。昼間はいないのだ。無駄足分かっていたけど、自分で確かめずにはいられなかったのだ。
勘弁してよ。確かに客とらなければ私は楽よ。でも頭が当たってプリンセス属性ロード歩けないじゃない。月給保証はあると言う話だが、額は明かされていない。
帰蝶の月給からハナに払うメイド料は定額である。ヘレンによるとメイドの仕事量はプリンセスの客数に比例しないと言うのである。ハナに払える分貰えるだろうか、初ペイデイが心配になった。
「あたしがヘレンさんにネズミの件具申してみるのですよ。」
とまめな鶴がフォローしてくれたのが救いだ。
その後も客無が続いたが、遂に六日目の晩。帰蝶の開かない扉が開いた。
身長百五十センチ程度のメッセンジャー娘が部屋に入ると、光量を抑えられていたシャンデリアの光が輝きを増し、後ろの人物がキラキラ輝き出した。この演出も客の希望だろう。スパンコール付きのキラキラしたタキシードに黒いズボンを穿いた一九十センチ超ある細身のアングロサクソン系青年だった。金髪で鼻が尖がっていて長い顎に苔のように髭がくっついている。うわ、男の天狗と帰蝶は思った。
片手を上げ、ハアアイと陽気に挨拶している。帰蝶は立ちあがり、ドレスの裾を摘まみ、左足を下げ、挨拶した。
ワインレッドで胸元は白いレース網になっている。右膝にはオレンジの蝶が八匹列を成して飛んでいる。胸の膨らみ部分を埋める大量の綿が不満だった。フェイクに盛らなくてもいいつうのに。
青年は帰蝶に歩み寄り、膝を曲げ、両腕に手を添えた。そして、切なそうな顔をして。
「マイプリンセス、逢いたかった。」
と呟いた。
青年は帰蝶の眼をまっすぐ見つめた、瞬きするのも惜しい位。
こんなに私の眼に視線を合わし真っすぐ水平に見た殿方っていたかしら。私を湖畔の君と呼ぶ公方も高い位置から見下げていた。天狗さんは真っ直ぐ情熱的に私を見ている、その上、その上よ。大きく分厚い手、この感覚、何処かで味わったことがある、何処。そう管領邸よ。あの地下。
「あなた、私と逢ったわよね。あの時は姿なかったけど…」
「at that time アトモスフィア!」
「そう感覚と言葉だけ。でも、あの時私は斎藤六姫を語らず、帰蝶を棄てていた。そんな私をあなたは感覚を言葉だけで救い前を向かせてくれた。」
帰蝶の口角が上がり、目がきらきら輝いた。帰蝶は彼の首に手を廻した。
「ミス帰蝶。」
「天狗さん、あなたはなんて名なの。」
「マット・ジョーンズ。マットでいい。」
マットは自分の首に巻き付く帰蝶を抱え、その場でスピンした。ハナはあっけに取られ、後ずさり、ソファに倒れ込んでいた。メッセンジャー娘の姿はもうない。だが、そんなことは関係ない。二人は再開を、肉体を以って初めてハグできた歓びを味わっていた。
気を取り直したメイド姿のハナはササと動き、来客の連絡があった時から用意していた紅茶を二つ用意した。レモンティだ。
二人は自然な流れでテーブルを囲み、深夜のティータイムとしけ込んだ。
「ところでマット。あなた何ができるの。」
「What!」
と興味津津な目で帰蝶に問われ、マットは、思わずレモンティを吹きかけている。
「マイナー達は色んな芸をしてくれるって姫達言っているの。この店のドレスコードになってるんじゃないの。その眩しい位の装いからすると、陰陽道、つまりこの街でいうマジックかしら。」
マットは苦笑いを浮かべている。
「(ヘレンの奴、経歴のドレスコードかけてたなんて知らなかったよ。これじゃ食う事だけに四苦八苦してきた一般マイナーは入店できない。でも敷居を高くした分、待ち時間がない為以外と繁盛してるってわけか。)ミーの得意はレクチャだよ。パラレルワールド、4ディメンション。DNA。進化論…。」
「わけわかんない。私に寝ろって言うの。色っぽい意味じゃなく眠りに付いちゃうわよ。お鶴なら喜びそうだけど。」
鶴で帰蝶は思い出した。そう、私より先にお鶴連れ込んだのよね。この時には帰蝶も幾分冷静になっており、万を持して鶴の話を切り込んだ。
「鶴を召喚した際、ミーの知識を幾分か塗した。ゲルマン姫はメタル属性と言う面でヘレンの方針に合致していたが、内向的で何事にも興味がなく会話の種がない。詳細に言うと、いくら、知識の養分をやっても、会話の芽をだそうとしない、種のまま押し黙ったままってことだよ。
だから、好奇心旺盛で社交的な鶴を捕まえた。ヘレンのブラックボックスから10キロ内が検索領域、十六世紀が検索時間、そこに好奇指数の高い鶴が舞いこんできたから魂魄だけ引きこんだ。」
「あなたヘレンの何なのよ。」
「ヘレンのパートナーだ。」
「マット様、あなたはオーナー様の旦那様なのですか。妻がありながら、六姫様に求愛など。」
と怒ったのはメイド姿のハナだった。だが帰蝶は至って冷静。
「ハナ、さっきの求愛シーン見て感化された。此処って、そもそもそう言う場所じゃない。一夜妻と逢瀬を楽しむ廓。」
言われて見れば、ハナは十年下の帰蝶の方が遊郭の意味を理解していることに恥ずかしくなった。十兵衛さんの店で色々教えられたのかしら、と自分を納得させるも、何をされたのかと不安度が高まった。
「パートナーと言っても婚姻関係じゃない。ビジネス上パートナー契約をしているんだ。お互いウインウイン関係になるためには契約を結んで一緒にビジネスをやった方がいいと思ってね。ちゃんとサイン入りで電子書面交わしているよ。」
「ウインウイン関係って互いに杯交わし合っているけど、どちらかどれだけ相手を利用できるかテーブルの下で足蹴り合ってるんじゃないの。」
わっははは、とマットはそんなに受ける所と言うくらい大袈裟に手を叩き足を鳴らし笑った。
「流石ジャイアントフィギュアだ。ジャイアントフィギュアは言う事が違う。確かにその通りだ。ミーの趣味はアース…、」
「だからそのアースって何よ。鶴も言ってたけど、吹き込んだのマットあなたよね。」
「この世界、帰蝶が生まれて育った星、つまりこの世界そのものだ。」
「私がジャイアントフィギュアだって。何処が大きな人形よ。あなた好みの体位で寄りかかったり、まして誘ったり下賤の遊女がするような事はあり得ないわよ。いくらヘレンのパートナーとだから言ってね。」
ヘレンめジャイアントフィギュアって語彙は与えてなかったのか。
お菓子や飲み物に語彙辞典が詰まっており、食べたり飲んだりするたびに英語が上手くなっていく。基礎英語はトロッコ空域にドットとして浮かんでおり、自然に鼻を通して帰蝶の脳に吹き込まれている。
「偉人だ。斎藤帰蝶は歴史に名を残す。数百年経っても斎藤帰蝶は皆の記憶に残っている。どういう経緯で残ったかって。まず国主や貴族の日記に残り、他方では庶民の口から口へと伝承され、やがて政権の正史に残る。さらに時代を経ると教科書に載る、学術書に乗る。物語の題材にされる。動画媒体の中でアクトレスが演じるようになる。そして、ゲームの登場人物になる。それは画面上から、やがてバーチャルなホログラム化される。斎藤帰蝶はミーが開発して自らも嵌ったバーチャルシュミレーションゲームのキャラクターでミーの最高のパートナーだ。」
とマックは得意気に話した。ハナは歴史に名を残すと聞いたところで感激し、後の話は聞いてなかった。帰蝶は最後まで聞いていたが、きょとんとしていた。
「だから何、話ホッパーし過ぎてない?そう、その数百年の間、小指の先程の伝承から粉飾され、いつの間にか実体の遥かにかけ離れた私にマットは恋し、遂にゲームキャラに仕立て上げたってことね。」
「そう、尤も帰蝶をゲームキャラ化したのは初めてじゃない。すでに百年以上の歴史を持つ。ミーは外国人の立場で改めて史料を読み込みキャラ化した。バーチャルシュミレーションゲームさ、本当に生きているかのように動いてくれる、触れば感触がある。ホログラムなのに。そうホログラムなのにAIを持っていて自分で考え動く。ミーと帰蝶は幾度となく戦をして天下を取った。天下だあ。」
マットは大きな両手を広げ、満面の笑みを浮かべた。何がそんなに嬉しいんだか。
「天下って。」
引き気味の帰蝶の脳裏に浮かんだのはマットではなく天下人足利義輝である。
「天下取るって元々公方は天下人じゃない。でも平定できてないけどね。まして扶桑に数多と居る大名ときたらさ、上洛さす位の力はあるけど影響力、支配力は無いに等しいわね。」
「ああ、この時代の天下は畿内だけだったね。ミーと帰蝶は戦に次ぐ戦を勝ち抜き全国を一統した。ジパング一統だ。」
帰蝶の胸が震えた。公方と全国一統。マットとではない。
「それは歴史的事実なの。」
「いやゲームの世界だ。シュミレーションって語彙も食べてないのか。そもそも用意したのかヘレン。」
「史実はどうなのよ。私と公方は天下扶桑を統べることができるの。」
ハナは驚いた。これが明智宗家の血なのかと。ハナが言う所、小見の方の“山城守は真の山城守になる”は、小見の方が斎藤利政の力を使って天下を盗る野望だ。中央を盗って扶桑に向かって号令を出す考え。帰蝶は帰蝶で、公方を使って、扶桑を全て呑みこむ考え。地方分権と中央集権と全国統治の考えは違うが、伴侶を使っての一統と言う面では考えは同じである。
「六姫様。それは聞いてはいけないことでは。」
「聞いてもいいじゃないの。私は聞きたいの。」
「危険過ぎます。この先の人生を聞いてしまうことになるのですよ。」
「私は聞きたいの。」
マットは一瞬レモンティーで間を置いた。
「ミーの次の欲求は現実の斎藤帰蝶に逢いたいだった。ミーはブラックボックスを開発したチームのヘレンとパートナーになった。ロミオトラップだ。しかも仕掛人と首謀者が同じという実に経済的だ。量子テレポーテーションは高いんだよ。だが、量子テレポーテーションを管理するチームの一員とパートナーになれば無償だ。こうしてこの街にやってきて、ミーはヘレンの仕事、鶴の召喚などをしながら、、チャンスを待った。」
マットは自分の話に酔いしれ帰蝶の問いなど聞いていない。この街ウエスタンのブラックボックスは全世界にあるブラックボックスとネットワークを繫いでいる。いわばメインボックスなのだ。
さらにウエスタンズブラックボックスは、この教会遊郭の地下にあるホワイトボックスと繋がっていて、ホワイトボックスからは魂魄召喚ができるらしい。ゲルマン姫をホワイトボックスに入れ、ブラックボックス経由で御所のブラックボックスに繫ぎ、稼働領域稼働時間内に入って来た鶴の魂魄を召喚したらしい。指示したのはヘレンでつまりヘレンの仕事だ。ゲルマン娘は色髪姫であったが、性格が思い切り遊郭向きではなかったのだ。内向的で何事にも興味を示さない為、客であるマイナーの芸にも感動しないばかりか、会話すら成り立たない可能性があったからだ。
「ミーはゲームキャラの斎藤帰蝶のAIに本物の斎藤帰蝶の魂魄を召喚したかった。失敗した。どれだけ落ち込んだか。でもヘレンの眼中に入ってたなんてね。その錫髪を見て、ホワイトボックスという徒労しなくてすんだんだ。ここ数日の落ち込みが報われたと思ったよ。エ何かまずいこと言った。」
真実だとすると、三色髪姫が助けを求めていると言うのは事実と違い単に誘い文句だった言う事に成る。現に三色髪姫はウエスタンに馴染み、都や故郷に帰りたがっていない。
帰蝶は錫鞠を持って立ちあがった。背中から怒りの火焔が発ちあがっている。
「ゲームなど、AIなどホワイトボックス等々、そんな突拍子もない話信じろって方が無理じゃない。こっちは裏なんて取れっこないんだから。唯一できるとしたら、この錫鞠をぶつけて嘘か真か確かめることだけ。」
錫鞠をぶつけられる危機にも拘わらず、マットは、笑みさえ浮かべ、つつ込むような瞳で帰蝶の目をまっすぐみた。父性のような蒼い瞳と帰蝶は思った。
帰蝶はてっきり動揺してストップとか言って騒ぐと思っていたのだ。或いはヘレンに遊女が暴力を振るおうとしていると訴えるかと思ったのだ。
帰蝶は錫鞠を下ろし、視線を逸らし、ソファに座りなおした。蒼い瞳効果かしら、天下扶桑の黒い瞳と違い縋りつきたくなってしまう。旋律、狂うわね。
「私も無粋だったわ。此処はマイナーが貴族や騎士、学者になってプリンセスと一夜の逢瀬を愉しむ部屋だものね。錫鞠の出番はないわ。(百歩譲って真実だとして、私が錫髪で、錫鞠の使い手って数百年後に伝わってないってこと。それが怪しいのよね。)」
自分程目立っている姫は天下扶桑に居ないと信じ、将軍御世話役に指名されるのも当然と思っている節がある。
「マット様、ブランデーになさいますか。」
とメイド姿のハナがアルコールを薦めた。帰蝶から見て、ソファの右手がバーカウンタになっている。奥にガラス戸付きサイドボードがあり、洋酒の瓶が所せましと並んでいる。帰蝶は興味はないが、マツだったら…と一瞬思った。マツも来てるわよね。
「いや、アルコールはブラックボックス内で量子化された時、誤作用させてしまう。つまり、テレポした先で怪人化させてしまうってことだよ。」
「え、ええ、あなた今からひょっとして六姫様を連れて別の時代へ飛ぶってことですか。(“デジタルテレポレーション(追跡ほぼ不能)”カードを切るって…)」
帰蝶は瞬時に現実に戻ってきた。
「あのね、いくらヘレンのパートナーだからと言ってルール違反が許されるとでも思っているの。“アナログテレポレーション(お持ち帰り)”カード行使は厳禁って言われなかった。そもそもヘレン通したぁ。それも怪しいわね。私は未だ指名された事ないのよ。」
どちらが現実を見つめ、的を捉えた回答をしているのだろうか。
マットはスパンコールタキシードの内ポケットから何やら取り出した。それは粉のようだが、手にくっついている。まるで手が磁石になって、砂鉄が一杯くっついているようだ。
「今迄の話はそのマジックするための前説だったってサゲいやオチは勘弁ね。」
マットがエイと気合を入れ右手を振ると、砂鉄は右手から離れ宙に浮いた。砂鉄は一瞬にして立体化した。女人体である。
「砂鉄一粉一粉にAIが内臓されてるんだ凄いだろ。AIの集合網。」
「AIのムラメカス私?」
十兵衛の“とりわけ”術が数百年で此処まで進化した。しかし女人体の顔はコーカサスロイド系で面長過ぎ、似てないだけでなく生気がない。所詮はプログラムの集合網。
衣服もフリフリが一杯ついたスカート型の紫を基調とした未来衣装、簪も山のように付いている。それに手には鞠を抱えている。帰蝶が注目したのは髪。
「なんてこと。」
それは長い錫髪だった。茶色を濃くし、荘厳さと上品さを兼ね備えた錫髪。伝わっていた。私の死後もずっと。いや今創ったのでは。でもそれなら顔が全然私じゃない。涙袋もなければほくろもない。眼もこんなにぱっちりしてないし、瞳孔が★なんてありえない。でも鞠は鞠でも錫鞠って、髪は髪でも錫髪って。
帰蝶はパチパチパチと少し間隔を開けて拍手した。
「見事じゃない。都の陰陽師に推挙してあげようかしら。おそらく歴史開闢以来って公家や御所から賞賛されるわ。」
努めて冷静さを保った。舟に乗っかっちゃいけない。この店に来るのはドレスコードを突破した猛者ばかり。芸術の猛者も居れば話術の猛者もいる。
「帰蝶、これは歴史的事実なんだ。あなたはミーに付いていかなければならない。なぜなら、あなたはこの時代、この街で死なない。あなたの伝承には、あなたは偉人にも拘わらず生年天文六年(一五三七年)だけで没年が書かれていない。何時の間にか歴史の表舞台から消えている。あなたはミーの時代にも生きていることになっている。つまりは、御所からこの街に来てミーと行動を共にすることになっているって事だよウハ。ミーと一緒に夢と希望に満ち溢れたあの星に行かないか。」
とマットは夜空を指さした。その先は例の不可解な星を指していたとハナには見えた。当の帰蝶は再度立ちあがった。オオとマットは跪き両手を広げた。まるでプロポースである。来てくれるよね、ミーってあのヘレンすら傅かせた色気と言う武器を持ってるものね。
だが眼の前には大きな星が。そう錫鞠だった。
「一夜の夢を追う部屋でなかったら錫鞠の餌食にしてる所だけど百歩譲っておくわ。」
ヘと首を傾げマットは百九十を超える高上背を惜しげもなく伸ばした。それだけで、ハナは見上げさらにマットのフェレモンを浴びクラクラめまいがしている。
「殺気の話、いや先程の話、復唱させてもらうわ。私が偉人で、生年だけで没年が書かれていない。いつの間にか歴史の表舞台から消えたと言ったわよね。間違いないわよね。」
「まちがいない。詳細はルール上述べられない。史実を知り別行動を取られるとパラレルワールドができあがってしまうんだ。」
とマットは未だ余裕の笑顔で説明している。しかし帰蝶の額の血管が浮きあがってきた事に気付き始め、眉をハの字に身構える。鞠の餌食になるのミー。
史実を知り…パラレルって、もう言ったようなものじゃん。都合良いわよね。
「包子に包んで綺麗に言ったつもりかもしれないけど、それってさ。私が偉人じゃなくって斎藤利政と小見様が偉人って言ってるのと同じじゃない。」
「知ってるよ。帰蝶の御両親じゃないか、立派な方だ。(極東は儒教国、孝の教えがあるから、当然ミーも儒教にのっとって褒める。でもなんか沸点高騰しまくってんだけど。)」
「それはつまり私が偉人じゃなくて、偉人の親に生まれたってことよね。だから生年は分かってて両親の没後に亡くなる私の没年は伝わっていないってことじゃない。その上何時の間にか歴史の表舞台から消えたって何。私今迄何もやってないよ。将軍御世話役として何もやっていないよ。このまま、両親あまつさえ姉達を越えられず亡くなるってことじゃないのよ。」
「だから、今からミーと共にあの星に行くから歴史上消えるってことだよ。」
「嫌よ。天の羽衣は要らない。そして、姉達はああ偉そうで思い通りにいかない不束妹が消えてせいせいしたと肩の荷を下ろし、それどころか狂喜乱舞し…、」
帰蝶は歯を食いしばって、発言を喰い留め、ハナを見たが、ハナはマットの反応を見ていて、帰蝶の視線に気付き不思議そうに小首を傾げて見せた。
私の“死に札”を大義に父上を炊きつけ担ぎ出し、将軍家転覆を狙うの。将軍家転覆って、公方ウエスタンに来ちゃってるじゃない。将軍家断絶を名目に父上が御所入りし、名実ともに山城守になってるの、今(一五八ニ年)ひょっとして。いや、違うわよ。私の予見通り、明智光安が蟹将軍。今、思い出したわ、私の乳母って光安の継室じゃない。しかも何故か、乳母兄の光安の子は夭折してるし。ハナと光安って、その恨みで私?
でもこんな事マットの前で言えない。聞けない。そ、明智将軍家なんて、肯定されたら、姉達に対する敗北感で失禁しそう。
「小見様は、私が上洛して後、私の妹を数ヶ月後産み落としているはず。私を鎮魂しつつ前進するために、七姫を自身の長女にする。
そう、私はいなかった事になるのよ。でも将軍御世話役で一度は上洛した記録があるから、公家や御所の記録に残るってそれ、私じゃなくムラメカス帰蝶じゃない。姉達に負けたまま、突然現れたあの星に行って見ず知らずのあなたと幸せなんかなれない。悔いが頭に渦巻いてどうにかなってしまうわよ。語り部が特技なら、もっと私が喜ぶような話を持ってきなさい。」
マットは帰蝶の怒りが理解できずオーマイガットと言って顔を覆っている。ここでハナ。
「量子テレなんとか使えばあの星にでも行けるのでしょう。少なくともこの街は海さえ越えれば小見の方様と繋がってしまいます。舟さえ用意すれば時間は恐ろしくかかりますが行けてしまうのです。でもあの恐ろしく遠い星なら鳥でも行けないでしょう。わたくしは完全に小見の方様の掌から離れ六姫様だけの侍女御札になれるのです。わたくし、寸分の躊躇もなく六姫様を御世話できましょう。」
まさかの狸のガチノリ?帰蝶は切なそうなハナの顔をまじまじと見つめてしまった。
「ハナ、あなたは消極的に小見様から逃げようとしている。私は積極的に小見様から巣立とうとしているの。あなたがその考えでいる以上私とは平行線、交わることはない。ここが美濃と海でつながっているとしたら、長い時間かかってでも私の花弁(情報)は伝わるかもしれない。異国で立身出世した話が。小見様にとって誉れ高い話がきっと伝わる筈よ。でもJINとしか伝わらないのかしら。でも臍の契、卵の契で分かる筈よ。小見様が生まれた時、私は卵として、既に小見様のお腹に居たのだから。
でも、あんな星いっちゃったら、まず無理でしょ。ほらふきマットの話なんで美濃の誰も本気にしないわよ。」
「いやホラじゃない。」
と言ってマットが帰蝶ににじりより肩を触った。この触れかた、なんか背中から抱きつき引きづり込もうとした、あの時と同じ。帰蝶は手を払いのけた。
「六姫様、ゲストリジェクト(御客様に何てこと)”(なさるの)カード(ですか)を切るのですか。」
とハナが、声の通らないハナが精一杯の大声を上げた。マットは帰蝶の腕を掴んだ。顔色はと言うと、邪見にされた怒りではない、思いつめている。
「ミーは斎藤帰蝶を助けたい。」
「だから、“アナログテレポーテーション”カードも禁止、“エターナルサービス(永久御世話役)”カード(身受け)も禁則ってヘレンから聞いていないの。助けたいってスレイブとして“プリンセスロンダリング(売られ)Ⅱ(た)”わけじゃないんだから。あ!」
腕を掴まれた時に錫鞠が転がってしまった。手の届かない所へ…。又肝心な時に逃すの。ハナは気にも留めていない。蹴鞠が出来ないハナは、私と錫鞠の相性を程度理解してないのね。
「ミーが斎藤帰蝶を幸せにする。フォーリンラブウイズアトファーストサイト。」
大柄なマットが帰蝶の肩を掴む。ハナは、マット側に立って手を合わせている。
「(大人は肝心な時に素が出るってホントだわね。)愛を囁けばどんな場面でもどんな女でも靡くって勘違いしてない。」
払いのけようとするが、マットも大きな手で渾身の力を込め掴んでいるため、びくともしない。プリンセスロンダリングⅢで空を渡り“かぐや姫”の世界へってありなの。
その時シャンデリアの上部から灰色の影が飛び降りた。鬼瓦?
アアアアと突然マットが叫んだ。帰蝶の手をようやく離し、返す刀で自分の胸を労わっている。胸に鬼瓦が激突した。鬼瓦は床に落ち、チチチ啼き声がした。
帰蝶を慰めるハナを抑え、啼き声を擦る方に目をやった。灰色のネズミが蠢いていた。
緑の賊撃退エピソードが劇場的に帰蝶の脳に超高速で駆け抜けた。まさかね。帰蝶はシャンデリアを見上げたが、緑が居る様子は無い。緑が乗ってたら流石にデリアちゃん、耐え切れないわよ。
ネズミはなおもマットに噛みつき攻撃を仕掛ける。
「ネズミって、ヘレン衛生(hygienic)管理(control)してないのか。」
「衛生(hygienic)管理(control)位しばいているわよ。ホラ捕まえた。」
女輩の低音イガリ声が広い部屋に響き渡った。ヘレンが出現した。強制介入コードを使って量子移動したのだ。ヘレンはマットの右腕を背中に捻じ曲げ、床に跪かせた。
「なんか揉めてるってのか分かったけどね。でもあの程度の可愛い揉め方なら介入しない。マット、あなたのDNA鑑定がやっとでたのよ。現代(数百年後ヘレンのリアル時間軸)との通信が、急にバグし始めたのよ。あなたマーチアンよね。吐きな。」
「吐けって言われなくても吐くよ。ミーはマーチアン、帰蝶さんを火星に連れて帰るつもりだったんだから。」
「つまりアースパージってことよね。」
「それは違う。DNA調べたんなら背後も調べたろ。第一、ミーのDNAは…。」
数百年後には火星にドームを築き移住しているようだ。マットのあの星とは火星の事だったのだ。太陽光が火星まで届くと、その届く距離と時間で独特の物質が発生し、それがドームの風防を通してDNAに直に害はないが影響を及ぼすらしい。それをマットの脂からヘレンは発見したのだ。どうも前からパートナー契約はトラップじゃないかと疑っていたらしい。
地球人と火星移住者で権力闘争が起こっているらしい。
「分かった吐く。マース移住権当選者マットジョーンズを殺め戸籍上パラサイトした。」
火星移住権は人気があり抽選らしい、その当選者マットジョーンズを殺め成済ますとはこの男は何者、少なくともマットジョーンズじゃない。話が本当ならゲームクリエータだが。
「マース移住者が激増しているのは知っているだろう。普通に応募して選抜試験受けたらスポーツの達人か科学の天才でもない限り、いいとこ折り重なっての冬眠状態での新ドーム完成待ちだ。いつになるのか百年後二百年後、冬眠状態でそんなに生きられるの。
人種も体格も年齢もほぼ同じ、ペニスとテスティスを持ち、ウテルスを備えていない体徴も同じ。性的指向は、今は調査禁止だからノーチェック。加えて親族もいない、友人もいない変人物理学者のマットに目を付けパラサイトした。法違反だが、見つからない限り犯罪者じゃない。こうしてミーは、堂々とマーチアンになって火星を闊歩できるようになった。」
「下衆。二重に下衆。(ミーの前でペ…とか、テ…とか言いやがって。普通に女か男でいいんだって。)」
ヘレンが文字通り唾棄した。マットは尚も自己正当性を主張する。・
「マースに移住しても、アース同様ゲームクリエイターになった。歴史マニアのゲームクリエイターなら、自分で創ったバーチャルキャラに本物の魂魄召喚できるなんて、夢のような話なんだ。心配無用だヘレン、体は置いておく。そうすれば二十四人は保たれるだろ。」
結局なに、自分が創ったくぐつだか樞に命吹き込みたいだけじゃない。自己愛キツ。私はこの錫髪が生え涙袋をまほろばとする体と魂魄で錫鞠持って私よ。
「六姫様、血のつながりとは良く言ったものです。わたくしもこの街に来てから勉強いたしました。DNAを知らなくても昔の人もDNAを理解していたのですね。六姫様のその体はお館様と小見様によって創られたもの。マイクリエイションとは流石西洋の方はよく言ったものですよね。肉体の半分は小見の方様、されど魂魄は六姫様独自のモノ。肉体を捨て去れば小見の方様から完全に“巣立ち”できるのです。もう小見の方様の娘ではDNA上もなくなるのです。」
「ハナ、何度目かしらね。あなたは消極的に小見様から逃げようとしている。私は積極的に巣立とうとしている。気付かなかった、”巣立ち“は産まれた時から始まってるって。
小見様のお腹の卵から、臍の契を結んで十月十日で外の世界に出る。それから幾年幾月、娘は徐々に生母からの“御育み”を受け、乳母からの傅を受けながらの巣立ちの準備を整えていく。準備ってなによ。人によって違う。ハナにとっては侍女力。マツなら、鳥を下僕化する“とりわけ力”。私は、私独特だと思ったけど、二十四人いたなんてね。世界から時代を超えて集めて感謝しているわヘレン。皆苦労したんでしょ。私も姉蠱毒だったし。特定の金属を溜め込んだのよ。私は錫。巣立ちし、世間を勝ち抜いていく武器とするために。世間に勝ち抜いて、その先は、恩返しよ。忠孝梯よ。姉姫への見返しじゃないわよ。忠孝梯よ。かぐや姫になったら、忠孝梯はできないの。皆知らないでしょ。かぐや姫は月に帰った後、どんな一生を送ったか。」
ハナは絶句した。錫が浮き出るのは、自力で溜めこんだのですか。姉姫達の“お戯れ”“可愛がり”による傷痕じゃなかったのですか。
「どうして、それを早く言ってくださらなかったのですか。六姫様の体の変化で、わたくし達親子は小見様に折檻され、母上は命奪われたのですよ。」
ハナは、白いメイドグローブで顔を覆った。
「知らないわよ、小見様と侍女達との確執なんて。“君子危うきに近寄らず”“能ある鷹は爪を隠す”って教えたの、乳母、つまりハナの生母だよ。」
なんてこと、わたくしは、六姫様の何をみていたのかしら。“姫様が言わず語らずとも理解するのが、侍女頭”と母上は生前仰られていた。わたくしは、侍女頭失格じゃないですか。
一方ヘレンとマット。マットの帰蝶魂魄離脱案に対しヘレンの回答は。
「自然死じゃなくて、人工的に魂魄抜いて、殻だけになったらドット化するんだよ。それはもう輩じゃない。骸の粉だよ、ケツから出た後の始末考えなよ。」
え、なら鶴、体は死んでるの。ゲルマン姫と一蓮托生で生きてくしかないの、これマットのせいよね。実験ってヤツ。
「適当に誰の魂魄でもいいからホワイトボックス使って引き込んでおけよヘレン。」
「どの輩でも突っ込んどけばいいってわけいかねえだろ。この鬼。」
天狗に鬼って言われてる天狗ってもう悪魔の類よね。
「恋は盲目。他人を犠牲にしてでも自分の恋を成就させるのが人間だろ。」
「それはマーチアンだけにしときなよ。アーシアンにはその考えはない。アースパージとして連邦検察に訴追する。」
「ちょっと待て。連邦検察ってアースだろ。今送ったら…大体存在してるのか。せめてマースの連合検察に。第一ミーはマー輩とか言う誘拐組織とは違う。」
「連邦検察に送るさ。マースに無罪放免ってわけいかないだろ。やってることアースパージ以上のアースパージだろ。昨日今日できたマーシアンが太陽系支配しようなんて十億年はええよ。」
アースパージとは、数百年後のニューフロンティア火星に移住する者が急増したヘレンの時代の事である。火星連合政府とアース連邦政府は移住に際し、実技試験と筆記試験のみを課すことにし、履歴とDNA検査を含む健康診断を否定することで合意した。
合意したものの火星政府は、犯罪を起こす可能性が高い者、疫病持ちが火星の狭いドーム居住区に入ってきて、犯罪の巣、伝染病の蔓延を恐れていた。
その為、火星居住者の中で特殊工作員アースパージを組織し、極秘裏にアースに潜入させ、移住希望者のDNAを密かに採取し、検査し、犯罪、病持ちは消すよう密命を出したのである。
「だから、誰かメッセンジャーの誰でもいいから魂魄ひきこんで…。:」
「この場で消してもいいんだよ。」
「現代人アーシアンの失政のケツ拭いを過去の人間にさすな。ミーみたいに移住すればいいだけの話。新ドームができるまで冬眠しとけばいいだろ。それとも犯罪願望が強いのか。実は疫病の潜伏期間とか。」
「ケツ(しり)破壊してんじゃねえよ。ミー達の計画は百億の命運がかかってんだよ。」
「すまん、本音吐いちまった。理屈ではわかってんだよ。だからパートナーになって協力してきたじゃないか。各国の歴史の教授、鶴召喚とか。ミーの願い叶えてくれてもいいだろ。ファーストフォーリンラブなんだ、斎藤帰蝶。」
「ミーのツラ拝みながらメロウに告るんじゃないよ。」
湖畔の君の次は、ゲームキャラの君なんて言わないでよねえ。
ヘレンは口から光線をマットの背中に向かってだした。するとマットはドット化して球体化して、きらめくスパンコール鞠になった。
「大丈夫、魂魄の周囲に体をドット化して周回してっから。ブラックボックス使って、まあ連邦じゃなく連合の方へ送っとくか。私も鬼じゃないし。天狗でもないからね。視線に答えとくね。連合に着いたら人体化するから。災難だったね。あなたもパートナー選びには慎重になりな。トリニティビューティ(①鼻先から顎骨、②顎骨から耳、③耳から後頭部の長さが同じなのが、ヘレンの世界では美人とされている。天下扶桑の民は①と③が短い女人が多く貧相とされている。)だし、これから付く虫も多いぜ。」
「ねえヘレン、あれってマース。段々明るくなってきてる星。」
マットの熟れの果てなど見てないし、ヘレンの話など聞いていない帰蝶は月と三十度西にある例の謎の天体を指さした。
「そっちじゃないよ。夜明け前東の地平線に現れる赤い小さなドットが火星だよ。」
「茶色いわよ。私の錫鞠そのものよ。」
「それは、木星だよ。あんな小さな星見えんのかい。恐ろしい視力だね。その斜め下からガン付けてんのが火星だよ。」
「じゃ、あれ何よ。」
帰蝶は再び謎の天体を指さした。右人差し指が綺麗に反り返っている。
「夜空に星いくつあるって思ってんだよ。10のパワー(乗数)どれだけ重ねたらいいか。兆や京どころじゃないんだよ。全部覚えてられっか。それより、帰(JI)蝶(N)、今宵は“完売(Closed)御免”カード架けとくからよ、ゆっくり休みな。三人タイマン張ったことにしてやっからよ。勿論銭っ子、マット払いだ。」
と言うなりヘレンはドット化して消えた。あばずれなノリと裏腹にいいとこあるじゃないと帰蝶は思った。でもジンって呼び名慣れないわね。悪いのはあの鬼偽マット。でも鬼公方って結局鬼じゃなかったわよね。でも鬼偽マットは偽まで付いてるものね、偽名名乗ったってことよね、やっぱ本物の鬼だわ。
でも、そのマットもこの時、この土地に居る私に拘った。ファーストフォーリンラブなんだと言ったマットの切なそうな碧眼と高く赤い鼻が瞼に残って離れない。
何があるのよ、このウエスタンに。
次の日の昼前、バルコニーでお茶会。ティラミスケーキが振る舞われ遅い朝食だ。四姫は髪と同じシルクのドレスに銀のティアラ。帰蝶は水色シルクドレスを付け昨晩の話をした。香は、金貨付きの黄金ネックレスを時折、手に流している。
「この店って未来からお客さんが参るのですね。」
と鶴が驚いた。
「あなたをゲルマン姫に召喚した人よ。」
「え。」
鶴は、頬に手をやり口を丸めて天井を眺めている。記憶でも操作したのか、未来ならなんでもありだからマットならやりかねないわね。波多野香が頬紅潮させ何か言いたそうにしている。
「もう話終わったえ、換えてええね。昨晩の出来事え。」
「多分、帰蝶はんのてんやわんやの後や。」
「ほんまに呆れ果ててもぅたで。よりによって不夜城の色街に暴れ馬って。」
この遊郭以外にもリーズナブルな色街やクラブ、バーがあり、通りはマイナー、ドウタはいないがマダムやヤングアダルトでにぎわっている。そんな通りに暴れ馬が出没したというのだ。マット騒ぎの後らしい。この店の入り口で激しく嘶き、上を下への大騒ぎになったとの話である。入り口が無理と馬の分際で知ると、帰蝶の部屋の下に来て嘶いたとの事である。
保安官が十人ばかし駆け付け、ようやく鎮めたというオチである。射殺も考えライフルで狙いを定める所までいったと言うから尋常ではない。
「ヘレンはんが出て言って夢を売る店の前で殺生はあかんえって止めたらしいえ。」
「あかんえなんてはんなり言わんと思うでぇ。」
赤松の姫はそう言って手を叩き一人で受けている。でぇと言う語尾がやたらと強く帰蝶の胸に響いた。御国言葉丸だしでも望郷の念はないのね。ま、私もだけど。
「なんかダチョウにネズミに寄宿魔に馬ってさ。ろくな客こないよね私の部屋ってさ。」
「人以外解禁したら、ズーになるとちがうえ。」
「未来だけでなく過去の原人や猿人とかきたりしてな。その上妖しもって。保証ないけどな。」
「御世話役御選びの時、魑魅魍魎楽しみぃとか言ったせいかな。」
赤松の姫は又自ら笑いのツボに嵌っている。山名の姫が呆れた眉を創って紅茶カップに口を付けた。山名のメイドが、エプロンポケットのハンカチを確かめる微かな音が帰蝶の耳に入ってきた。気に成らない程度の僅かな動きである。その隙に鶴が会話に割って入った。
「帰蝶さん、公方様待ってられるのですか。」
帰蝶は一瞬ゲルマン顔に視線を移した後、外に視線を外した。
「やん、図星え。」
波多野香が公方を皮肉り、赤松の姫が思い切り悪口を並べ、山名の姫は、あの公方と、心底呆れ果てていた。
「あのね。そんな話聞かされて、そう私は公方様をずっと待っています。公方様の湖畔の君ですって言える。」
「言ってるえ。」
赤松の姫が香の間に笑い、山名の姫が何処がええの見る目ないでと帰蝶に呆れ果てている。
「来てる筈なのよ。当然追っかけて来てる筈なのよ。後ろからトロッコが来てたんだから…。弾正は一般のトロッコって言うんだけどさ。」
とトーンダウンしていく帰蝶、背後からトロッコは来ていた、勿論リニア化して教会の地下まで来たわけではない。しかし駅には着いた。尤も公方の姿を確認したわけではない。マツも緑も。香が皮肉を込めた大きな瞳で帰蝶をマジマジと見つめ、赤松は喜び山名は溜息とともに両手を広げ呆れ果てている。
「松永様はブラックボックスを何度も使い操る術を修練されているのですよ。姫さんを追い掛けてきたけど追い返す術も心得、追い返した可能性もあるのですよ。続いて来たのなら、一般のトロッコって事は考え憎いのですよ。つまりウエスタンに来訪した公方様に対して“拒否権”カードを切ったってことなのですよ。」
そ、いえば天狗になんか指示してたわね弾正。あの天狗が、弾正の使い魔だとしたら。いや、それはないわ。
「気持ちだけ受け止めておけって事、なんか慰めなってないよ鶴。私は何の役もこなしていない、役にも立っていない。産まれてこの方、何も為し得ていないのよ。平気でいられないわよ。」
鶴は、
「あたし今日絶不調なのです。」
と落ち込んだが、
「鶴、あなたのその私を想う気持ちだけ受け取っとくわ。ありがとう。」
と鶴は帰蝶の気配りでなんとか立ち直りの笑みを戻した。
「六姫様、姫様方、御主人様がおいでになりました。」
黒のスカートに白衣、メイド姿のハナの声がして、ヘレンが扉を開け姿を現した。今日は扉を開けて自足でやってきた。
金髪を煌かせ纏った赤いショールから、黒いパンツにハイヒールが飛び出している。バンツから盛り上がる尻の桃さ加減と言ったら、天下扶桑の民にはない特徴である。
「明日は店休みにしてよお、破廉恥にピクニックとしけこむぜプリンセス共。」
と目剥き、口を尖がらせて言われても皆きょとんとしていた。
「やぁだ、ピクニックって言葉、思い切り悪い事に聞こえるえ。プリンセスが賊と同義語としか思えへんえ。」
「ねえ、ヘレン、私がこの街トロッコで来た時直ぐ後から誰かこなかった。後ろにトロッコが走ってたようなだけど。」
帰蝶はピクニックなどには興味がない。御所にいてこその公方、ウエスタンに居たら何、丘に上がったカッパ、川に落ちた山賊になってないか、帰蝶は案じていたのだ。
「今有難いピクニックの話…。(目力あんな。すげ涙袋、どれほど泣きを耐えてきたんやら。)いやトロッコはマイナーやファーマー(百姓)も使うからな。たまたま、山頂の駅をブラックボックスにしただけだ。いきなりウエスタンに引き込まれたらジェットコースターって、さらにリニアって、ラリッてんのかこの街っ、おもしれえ、てなるだろ。そのノリで明日ピクニックわかったな。」
「ヘレン。公方ってマン、マツ、それに緑っていうガール来てない。いや来てるのよ、何処に居るか知らない。」
錫鞠の輝いているのが何よりの証拠であるが、ヘレンの顔のさらなる顰め面など見たくないので、此処では言わない。
「松永ン胸倉掴みなよ。ミヤコはあ奴のシマだ。それにジンを連れてきた張本人さ。第一、ミーは店着いた時からしか、ジンを知らねえ。ジェッコやリニアでラリッてるトコ見てねえんだ。」
マッツンって愛称、言いえて妙よね。グッドラックと言った時のワイルドな面に物惜しそうな表情が帰蝶の脳裏に蘇った。商品に愛着でも湧いたのかしら、あの時。
「ゲロ吐かせって言われてもさ、連絡できるの、一応吐瀉袋の三つは用意しとくけどさ。」
帰蝶、数日の付き合いでヘレンの女輩話と合わせられるようになっている。場の空気を読まない帰蝶が。身分上同じである香や赤松、山名の姫と付き合っているのもハナから見れば奇跡に近い進化なのだ。
香がヤンとか言って受け、赤松姫が、ハワとか笑い声を上げている。山名姫だけは、ヘレンに迎合して、なんか特典あるのと呆れ果てている。常ヘレンの険しく冷たい表情が若干だが緩んでいる。
「実はよ、松永さぁ。そのピクニックに顔貸せって唾付けてあんだよ。山でマッツンとタイマン張れるぜ、ジンさんよぉ。」
黒黒としたアイラインからガン飛ばし、帰蝶を取りあえず黙らせてから、サクッとヘレンは明日のピクニックの説明をした。鉱山見学で宝石の原石を見せると言うのだ。普段客として来るマイナーの仕事を知るいい機会と言い切った。宝石を掘っていた。
普段客として全く来てないマイナーなんだけどね私から言わせればと帰蝶は淡々と聞いていた。言いたい事を言い終わるとヘレンは集合時間と馬車で山登りとだけ伝えてスタスタと自足で歩いてハナに扉を開けてもらいアナログに出て行った。