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第4話 漢の約束

 

 ITという言葉が一般的になっていた2006年。

 NTTの幹部が私的会議の席で、近年台頭しつつあるソフトバンクについて言及した。

「ぽっと出の張りぼて企業のくせに、天下のNTTに盾突たてつくとはいい度胸をしている。ギャンブルのような企業方針がたまたま当たっている内はいいが、はたしてそれがいつまで続くものやら。綱渡りはサーカスの中だけにしておいてもらいたいものだ」

「まったくです。固定式であるブロードバンド通信ではうかつにも出し抜かれたが、小型携帯電話の小さな液晶画面でもホームページが見られるようになり始めた昨今、今後の通信の主流はモバイルに移るとの噂もある。ソフトバンクの勢いも、それまでのことでしょうな」

「クククッ。そのとおり、せいぜい今のうちにいきがっておけばいいさ」

 社員Aと社員Bは、赤ワインの入ったグラスを音を立てて重ね合わせた。


 その頃、孫正義はひろゆきと2人アメリカを訪れていた。

 広い敷地の中に建つ美しいビルの内部には、その会社が過去に発売した洗練されたデザインの製品が展示されていた。

 色とりどりの製品が壁を彩る展示室で、孫は男に核心に迫る言葉を投げかけた。

「今日ここを訪れたのは他でもない。あなたが起こそうとしている革命に、私たちも参加させてもらいたいからだ」

「何のことだ?」

 男は孫が言っている言葉の意味を理解していたが、あえて知らないフリをしてハニカミながらしらを切った。

「MacOS、革新的なUIユーザーインターフェース、圧縮データ式オーディオプレーヤー、あなたは今までマニアしか食いつかなかったような製品を、老若男女を問わずあらゆる人に受け入れられるよう進化させてきた。そして携帯電話事業への参入。ここまできたら、あなたが次にしようとしていることが、僕には手に取るように分かる」

 男から笑顔が消え、真剣な眼差しへと変化した。

「孫さん、あなたとは面白い話ができそうだ。よかったら、これから私の家に来ないか? シェフには人数分の食事を用意させる。僕の秘密を話すなら、君のプライベートまで知っておきたいからね」


 男の自宅に招かれた孫とひろゆきがダイニングルームの通されると、中は意外にもアンティークな雰囲気で装飾がされていた。

「さすがデザインで事を成してきた方だ。あなたは外からは見えない基盤にまで美しさを求めたという有名なエピソードをお持ちですからね」

 着席した孫とひろゆきが部屋に見とれていると、そこに食事が運ばれてきた。

 男は2人に食事をすすめた。

「まずは食事を楽しみましょう。私は何かに没頭すると寝食しんしょくを忘れてしまうタチなのでね。あなたと仕事の話をする前に必要なことは済ませてしまいたい」

 3人は何気なにげない日常会話を楽しみながら食事をすませた。


「では孫さん、本題に入りましょう。私が何を作ろうとしているのか当ててみてもらえますか?」

 孫は唇についたソースをナプキンで拭き取って答えた。

「あなたが次に製品化しようとしているのは、パソコンと通信機能を内蔵した携帯電話です。おそらくディスプレイは大型の物を採用し、入力はタッチパネルにするでしょう。そうすれば、ボタンの配列は無限大。あらゆるソフトを文字通り手の上で動かすことができる」

 男は満足げな表情を浮かべながら孫にワインをすすめた。

「さすがはソフトバンクの孫正義。噂どおりですね。全てお見通しのようだ。で、私の革命に参加したいとは?」

 孫は注がれたワインを一口飲んで答えた。

「僕はあなたがこれから発表する製品を、日本で独占販売したい」

 男は驚いて言葉を失った。

(私のiPhoneを独占したいだと!? この男、何を根拠にこれだけの自信を見せるのか)

「孫さん、気持ちは分かりますよ。しかしあなたは携帯電話のキャリアをお持ちではないじゃないですか。日本の通信事業はNTTとKDDIがほぼ2分していると聞きます。今回ばかりはさすがのあなたでも荷が重い」

 孫は答えた。

「ならば、第3のキャリアを作りましょう。もし仮にそれができたとしたら……」

 孫は隣に座るひろゆきのポケットから折り畳み式の携帯ガラケーを取り出し、真っ二つにへし折って引きちぎって見せた。

「日本の携帯電話を全てiPoneにする仕事、この僕に任せてもらえますね? Appleとソフトバンク、それぞれの創業社長同士、おとこの約束ですよ!」

 男は黙って首を縦に振り、立ち上がって握手を求めた。

 スティーブジョブズと孫正義は、書類を取り交わす必要のない、固く揺るがない約束をするのであった。


 それから数日後、孫は例によってひろゆきを自室に招き入れた。

「ひろゆき君、どうしよう……、あの時は雰囲気に飲まれてあんなこと言っちゃったけど、僕の会社が携帯キャリアを持つなんて、絶対無理に決まってる……」

「やっぱりね」と言いたいひろゆきであったが、とりあえず袋から取り出した2つのハンバーガーの内1つを孫に手渡しながら言った。

「孫さん、いつも勢いだけで事を進めようとするの、やめてもらってもいいっすか? 携帯のキャリアなんて一朝一夕に作れるものじゃないっすよ」

 首を垂れて反省する孫。

「漢の約束、守りたいな~。ひろゆき君、何か良い方法ない?」

 ひろゆきはハンバーガーを口に頬張りしばらく試案を巡らせていたが、やがて何かを思いついてボソリと呟いた。

「出来上がったものを食べちゃうっていう方法もあるにはあるんですけど……、でもな」

 2つのハンバーガーを両手に持って大きさを比べるひろゆき。

「えっ、なに?」

 顔を上げて聞き耳を立てる孫。

「いやね、日本の携帯キャリアって、docomoとauの他にボーダフォンっていうのもあるじゃないですか。そこを会社ごと買っちゃうっていう方法もあるにはあるんすけど……」

「あるんすけど、何!?」

 座布団から飛び出し、床をずってひろゆきに近づく孫。

「孫さんの会社って時価総額1兆8,000億円じゃないですか。でも、ボーダフォンて時価総額2兆円なんすよね。企業買収って大きい所が小さい所を取り込むのが普通であって、逆のパターンって、あんまり聞いたことないな~と思って。それに、2兆円規模の買収って日本では過去に前例がないっすよ?」

 孫は立ち上がってひろゆきからハンバーガを2つとも奪い取ると、包み紙ごとそこにかぶりついた。

「ひゃあ、前例へんれいふくろうよ! ホフトハンクはいつだって道が無い所を全力へんりょふで走って来たじゃない。はから、やってみる価値はひはあるよ!」

 目に輝きを取り戻した孫は、ハンバーガーをくわえたままどこかへと駆け出していってしまった。



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