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第3話 革命への覚悟


 ひろゆきは、カバンの中からとある企画書を取り出し孫に手渡した。

「知り合いが作ってくれた企画書っす。孫さん、ブロードバンドって、もちろん知ってるっすよね? インターネットを快適にしかも安く提供できる通信技術として、先進国では既に普及が完了してるっす」

「も、もちろん知ってるとも」

 書類を受け取りながら孫は答えた。

「じゃあ、なんで日本だけブロードバンドが普及してないんすか? おかしくないっすか? 日本だけインターネットをするのに沢山のお金が掛かって、しかも通信速度が遅いって」

 ひろゆきの言葉に頭を抱えて悩み込む孫。

「まあ、どっちでもいいんすけど、もし孫さんが『ミカン箱の上で理想を語るだけのホラ吹き男だ』って思われたくないなら、とりあえず名乗りをあげてみてもいいんじゃないんすか? 日本の通信革命に」

 孫の脳裏に反骨心はんこつしんが湧き上がる。

「僕はホラ吹きなんかじゃない! お金儲けがしたかった訳でもない! 僕は僕の人生なんかより、もっとずっと大切な何かを見つけるために世界に飛び出したんだ! ひろゆき君、見させてもらうよ! その企画書」

 目に光を取り戻した孫は、その日の内に企画書の全てを完読した。


 数日後。

 ひろゆきはいつもどおり気ままに孫の執務室を訪れた。

「孫さん、通信革命の調子はどうっすか? NTTの協力は得られそうっすか?」

 出迎える孫の表情がどんよりと曇っていたのには訳があった。

 理由は、ひろゆきが提案したBBブロードバンド網を全国に広めるためには、当時NTTの電話回線を利用させてもらう必要があったのだが。

 しかし、当時のNTTは通信業界をほぼ独占しており、経営方針も守りの体質であったこともあって、BB網の普及に他社が乗り出すことを快く思っていなかった。

 NTTは何かと理由を付けて、ソフトバンクに電話回線の使用許可を出し渋っていたのである。

 またもや、ひろゆきの前でガックリと膝を落とす孫正義。

「ひろゆき君、いつもどおりダメだった……。NTTからしたら僕の会社など像の足元に居る蟻のようなものなのだろう。騒いだところで声は上まで届かない。僕はくやしいよ!」

 涙を溜める孫を、ひろゆきは『アスファルトの上で干からびそうになっているカエル』を見るようにさげすんだ。

「えと、ちょっといいっすか。孫さんやっぱり突撃する相手を間違えてるっす。NTTの人に言ってもムダっすよ。だってライバル会社じゃないっすか。しかも恐らく話した相手ってNTTのトップじゃないっすよね? BB回線の担当かなんかじゃないっすか? それじゃダメっすよ。古くからある大企業の渉外担当しょうがいたんとうなんて、基本保守的で事なかれ主義っすから。よっぽどうまい汁が吸えるか、自分に火の粉が掛かるような事態にならない限り、面倒な仕事を進んでやろうとか思わないっすよ」

 唇を噛みしめる孫。

「じ、じゃあどうしたらいいの?」

「総務省に掛け合ってみたらどうっすか? NTTは元々国が運営していた企業っすから、行政に対しては頭が上がらないはずっす。だから、役人から「ちゃんと企業同士競争してくださいね。独占はダメですよ」って言ってもらえば、慌てて対応するんじゃないっすか?」

 うつむいていた孫は顔を上げ、交渉に使用する書類の作成に取り掛かった。

「分かったよひろゆき君、君も一緒に来てくれるね!」


 ――― 数日後 総務省の会議室


「日本の通信インフラは、諸外国に比べて既にかなりの遅れをとってしまっているのです! このままではインターネットが普及しないばかりか、関連する企業も育ちません。近いうちに日本企業は米英べいえいの下請けになってしまうかもしれませんよ。それでもいいのですか!」

 会議室のテーブルを挟んで向かい合う孫正義と総務省の役付やくつき職員。

 職員は困惑した表情で孫の言葉を聞いている。

「そうは言ってもね、孫さん。認可を取ったり慣例を変えたりというのには時間が掛かるものなのですよ。NTT側もハッキリと『通信回線は使わせない』と言ってる訳ではないのでしょ? 会社にもそれぞれ事情があるでしょうから、民間企業のやり方に国が口を出すというのはいかがなものかと……」

 言葉をにごす役人にくやし涙を浮かべる孫。

(正しいことを言ってるのに、また暖簾のれんに腕押しだ。僕の力量は所詮この程度なのか?)

 諦めかけた孫が隣のひろゆきの表情を伺うと、彼は首を横に振りながら何かを言いたそうに口をパクパクとさせていた。

(そうか、ひろゆき君、そうだったね……)

 孫は会議室に入る前にひろゆきが言っていた言葉を思い出した。


「公務員と言っても基本は会社員と同じ。結局安定した環境に属する人間は、保守的な事なかれ主義に陥りやすいっす。だから、もし彼らを動かしたいなら、そこを上手く利用するといいと思います。彼らが本気でうごくとしたら、それは自分の立場や生活があやうくなった時。とりあえず、そのことは覚えておいた方がいいと思いまーす」


 ひろゆきのアドバイスを思い出し、ここで引く訳にはいかないと決意を決めた孫は、机をバンバンと叩きながら立ち上がり、職員を睨み付けながらこう言った。

「あなたがそうやって決断を先延ばしにしてる間にも、世界は物凄いスピードで進んでいるのです! 電話一本掛けられない人間が、どうやって日本を良くすると言うんですか! 僕は日本の通信やコンピューター技術の進歩に貢献しようと決めたのです! それを遅らせようというのなら、僕は記者会見を開いて真相を公表し、その後灯油をかぶって火を放ちます! (そうなれば、私は救国の英雄として、あなたは保身のために国民を犠牲にした売国奴として、それぞれ後世に名前を残すことになりますが、それでもいいですか?)」

 あまりに激しく抗議するので、役人はすっかり怯えてしまった。

「わ、分かりました。その件については善処しますので、今日の所はお引き取りください」

 その後、去り際にひろゆきは役人に念を押した。

「善処っていうのは、対応してくれるってことでいいっすよね? 2~3日中にはお願いしまーす」


 その後、孫正義が打ち出した通信サービスYahooBBは瞬く間に日本中を席巻せっけん、データ通信の業界に大きな変革をもたらした。

 圧倒的に低価格化された通信料と高速通信は、企業はもちろん多くの一般市民がインターネットに触れ、様々なサービスを受けることを当然な世の中に変えていったのである。



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