第2話 初めてのビジネス
「ごめんねひろゆき君、アメリカまで付いてきてもらっちゃって」
カリフォルニアに部屋を借りた孫正義。
ひろゆきはその部屋の一角に居候させてもらうことになった。
「別にいいっすよ。僕としては家賃も光熱費もタダだし、しかもお小遣いまでもらえるなんて、逆にありがたいっす」
頭だけで傾けて軽くお辞儀した。
アメリカに渡って新生活を送り始めた孫正義は、語学を学びながら高校にも通い、それら全てのカリキュラムを短期間で終わらせるため、ひろゆきと遊ぶ自由時間は1日10分までと決めるなど、自分を追い込んで知識を詰め込んだ。
その甲斐もあり、数週間という驚異的速さで高校卒業資格を取得した孫正義は、その後カリフォルニア大学に進学することになった。
大学生になってからも熱心に学業に励む孫であったが、ひろゆきはそれに対して物足りなさを感じているようであった。
「ところで、いつになったら世界を変えるビジネスを始めるんすか? もうアメリカに来て2年以上が経っちゃってますけど」
「そんなこと言ったって、英語が話せるようになるだけだって大変なんだよ? ビジネスで交渉するんなら微妙なニュアンスだって必要だろうし、それに大学の勉強だって大変なんだから」
ひろゆきは例によって眉をハの字にし、薄ら笑いを浮かべた。
「ていうか、今どき大学生なら会社を起業するくらい普通にやってますよ? スティーブジョブズなんて高校生の時には『無料で電話出来る機械』を闇で販売してお金を稼いでるし、あ、ちなみにその機械は違法のやつね。あと、イーロンマスクは12歳でパソコンソフトを開発して販売してますけど? 孫さんて、まだ何も開発してないっすよね? 遅くないっすか? 野望への道を進むの、明らかに遅いですよね? はい、遅いか遅くないかで答えてください」
まくし立てられた孫はモジモジしながら答えた。
「ぼ、僕、結構がんばってる方だと思ってたんだけどな……」
(でも、確かに親の仕送りで生活してるうちは一人前なんてほど遠いのかもしれない。何とかしてまとまったお金になるような物を作り出せないだろうか)
孫正義は、学業のかたわら翻訳機の試作に取り掛かった。
数ヶ月後……
孫は翻訳機の試作品を完成させた。
「ねぇひろゆき君。この試作品どう思う?」
自室の床に置かれた配線や電子部品が剥き出しの翻訳機を指差す孫正義。
ひろゆきはその前に座ってボタンをポチポチと押してみる。
接続されたモニターには、入力した日本語が英語になって表示された。
「なんとなくですけど、いいんじゃないっすか? 一応可能性は感じます。あ、ちなみに僕は英語そんなに詳しくないんで、翻訳が合ってるかどうかは分かりません」
それを聞いてガッツポーズをとる孫。
(何にでも辛口の評価をするひろゆき君が、僕の翻訳機を否定しない! これはきっと高評価、いや大絶賛しているのに違いない。イケる! この機械、イケるよ!)
孫は自家製翻訳機の特許を取得。
その販売先を探すため、様々な企業に電話をかけまくった。
やがて、20件目の会社に「お断りします」と電話をガチャ切りされた孫は、またしてもガックリと膝を落とした。
「ひろゆき君、やっぱりダメだ。アポイントを一件も取れない……」
孫をひっくり返ったカブト虫を見るような目で見ていたひろゆきは、次のようにアドバイスした。
「ていうか、20件電話しただけで諦めるんすか? そんなテレアポのアルバイトがいたら、そんな人すぐにクビになっちゃいますよ? 孫さんはバイト以下っすか? あ、あとコレ言い忘れてましたけど、日本語と英語を翻訳する機械って、アメリカ人に売れる訳ないっすよ? だって、英語が話せればそれだけで世界中どこに行ってもほとんど困らないんだから。要は、翻訳機を売りたいなら英語圏以外の国を相手にしないとダメなんすよ。例えば日本とか」
言いたい放題のひろゆきに対し、苦虫を嚙み潰したような表情を作る孫。
(無駄だって分かってたんなら、20件も電話する前に教えて欲しかったよ、まったく……)
孫はブツブツ言いながらも日本企業の連絡先リストを作成し始めた。
数ヶ月後、孫は日本の大手企業と商談する機会を得、作った翻訳機の権利を1億円で売却することに成功したのであった。
――― 数年後 日本国福岡県
大学を卒業した孫正義は日本に帰国。
地元福岡に、後のソフトバンクの前身となる会社を設立した。
「『ユニゾンワールド!』どうだい。いい名前だろう!」
孫は小さな雑居ビルの一室でみかん箱の上に乗り、大きく胸を張った。
そんな彼の前に居たのは、採用されたアルバイトが2名。
プラスひろゆき。
「志高く! 僕はこの会社を5年以内に売り上げ100億円の企業にするつもりだ。君たちはその創業メンバーだ。よろしく頼むよ!」
目を輝かせる孫。彼は起業の想いや未来の理想像を熱く職員に語り続けた。
翌日……。
アルバイトの2名は会社に出社してこなかった。
ガックリと膝を落とす孫。
「ひろゆき君、僕の何がいけなかったのだろう……」
首を垂れてしょぼくれる孫に、ひろゆきが例の薄ら笑いを浮かべた。
「ていうか、夢をぶち上げるのが早すぎだったんじゃないっすか? 僕、アルバイトを色々経験してるから分かるっすけど、彼らは基本自分の時給と業務内容のことしか気にしてないっすよ。『楽に稼ぎたい』それだけっす。企業理念とか、お金より社会貢献だ! みたいな面倒くさいこと言い過ぎると、『あ、このバイト先ブラックだ』って思っちゃうんじゃないっすか?」
孫は耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、上げた両手を耳の穴の手前数センチで止め、なんとか耐え抜くことに成功した。
後日、孫は新しく人材を採用し、今度は従業員に辞められないよう気配りをしながら業務を開始した。
初期の業務内容は、パソコンソフトの卸売り業とパソコン雑誌の刊行である。
市場規模がまだ小さく競合する他社が少なかったこともあって、売り上げは徐々に、しかし堅実に伸びていった。
さらに、アメリカで始まったばかりの検索サービスYahooの、日本版サイトを運営し始めたソフトバンクは、その売り上げを年を追うごとに増やしていき、それに伴って会社の社会的信用も上がっていった。
そんなある日、ひろゆきはニヤケ顔で帳簿を見ている孫に声を掛けた。
「あのー、お楽しみのところ申し訳ないんすけど、いつになったら僕たちの生活に革命を起こしてくれるんすか? 会社の売り上げは10臆か20億か増えたかもしれませんけど、僕たちの生活って、給料が上がった以外は何も変わってないんすよね……」
ニヤケ顔から一転、孫は見ていた帳簿を床に放り投げた。
「しまった!!」
立ち上がって大きく口を開ける孫。
「ひろゆき君、よくぞ言ってくれた。僕はいったい今まで何をしてたんだろう。目先の安泰を求める堅実な経営など、僕が描いていた志ではない! 僕は人々の生活を改善、いや、生活に革命を起こしたかったんだ!」
その様子を見ていたひろゆきは、カバンの中からとある企画書を取り出し孫に手渡した。