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第1話 片道キップ


※これは孫正義の史実に基づいて語られる物語……(ひろゆきの存在を除く)



 当時高校生だった孫正義そんまさよしは、高校を休学するべきか、それとも完全に辞めてしまうべきか悩んでいた。


「ていうか、孫さん、高校は休学じゃなくて完全に辞めちゃった方がいいと思うんですよね」

「そ、そうかな~」

 孫少年が自宅で相談していた相手は論破王ひろゆき。

 彼はお得意の論破で、孫に自分の意見を押し通そうとしていた。

「何もそこまでしなくてもって思っちゃうんだけど、やっぱり辞めなきゃダメ? 休学だったら何かの時にはまた高校生に戻れるし、色々と都合がいいと思うんだけどな~」

 聞いたひろゆきは、眉をハの字にして薄ら笑いを浮かべた。

「いやいや、なに言ってるんすか。休学じゃなくて完全に辞めちゃった方がいいに決まってるじゃないですか。だって孫さんは、坂本龍馬が故郷を飛び出して江戸に渡りそこで一旗あげたというエピソードに感動したから、自分もそれに習って高校を中退してアメリカに乗り込もうとしてるんですよね? ではその憧れの龍馬が、土佐藩を脱藩する時に『もし江戸で成功できなかったらまた逃げ帰ってくるので、その時は役人に再雇用してくださいね』なんて中途半端なこと言いましたか? ……言ってないですよね? じゃあ、ここは完コピしましょうよ。キッパリと高校を辞めてからアメリカに旅立つべきです!」

「あ、あうぅ……」

 返す言葉を失った孫少年は、家族や校長先生の猛反対を押し切り、高校を完全に辞めてからアメリカへと旅立つことを決めた。


 ――― さかのぼること数ヶ月……


 孫正義とひろゆきは、孫の部屋で読書にふけっていた。

「やっぱ『龍馬がゆく』は面白いな~。この小説、もう読むの3周目だよ。ひろゆき君、君もこの本読んでみれば? 貸してあげるよ?」

「あ、僕はいいっす。興味無いんで。ていうか、同じ本を3回も読んで面白いっすか? そろそろ新しい本買った方がいいと思うんすけど?」

 薄ら笑いを浮かべながらマクドナルドの紙袋に手を突っ込み、取り出したポテトを口に運ぶひろゆき。

「う、うん、まぁ、ひろゆき君の言うことももっともだね。じゃあ、どんな本を読んだらいいと思う? オススメはある?」

 ひろゆきは、マックのポテトをモシャりながら思い付きで提案した。

「『ユダヤの商法』とかどうっすか? 初代マクドナルドジャパンの社長が書いたビジネス書なんすけど、マック好きの孫さんにピッタリじゃないっすか?」

 手でつまんだポテトを孫少年の口元に持っていくひろゆき。

「マ、マックが好きなのはひろゆき君じゃないですか~。……まあでも、ひろゆき君がオススメだって言うんなら、次はその本を読んでみようかな……」


 数日後、再び孫の部屋……


「ひろゆき君! 君がオススメしてくれたこの本、めっちゃ面白かったよ!」

 本を掲げて立ち上がり、キラキラと目を輝かせる孫。

 ひろゆきは床に座ったまま彼を見上げて言った。

「へー。そうっすか。よかったっすね」

 孫は掲げた本をキリッっと見上げた。

「うん! ビジネスは国境を超える! 僕はこの本から、国を追われてもビジネスの世界でたくましく存在感を示し続ける、ユダヤ人たちの強さを学んだよ。僕自身も親が韓国人だから、ここ(日本)ではなんとなく負い目を感じた日もあったけど、そんなことビジネスの世界では関係ないんだ! ひろゆき君、僕はいつかビジネスで世界を変えてみせるよ!」

 こぶしを握る孫に、ハの字眉のひろゆきがたずねた。

「で、どうやって変えるんすか?」

 いきり立っていた孫の目から光が消え、彼は再び床にしゃがみ込んだ。

「ど、どうって……。どうしたらいいんだろう……。ねぇ、ひろゆき君。僕はどうしたらいいと思う?」

 ひろゆきは孫が手にしていた『ユダヤの商法』を受け取って眺めた。

「とりあえず、この本に感動したって言うんなら、作者に会いに行ってみたらどうっすか?  で、藤田社長に向かって、『僕はこの本に書いてあったみたいに世界を変えるような大きなビジネスがしたいんです。どうしたらいいですか?』って聞いてみるとか? その方が僕からいい加減なアドバイスを受けるより間違いないっすよ? なんせ本の作者は僕じゃなくて藤田さんなんすから」

 眉をしかめて渋った顔をする孫正義。

「あ、あと、電話でアポとるとか無駄なことはしない方がいいっすよ。そんなことしても断られるに決まってますから。自分から東京に出向いて直接藤田さんに声かけてくださいね。ワンチャン可能性があるとしたらそれしか無いっすから」

 しかめた顔のシワがより深くなる孫。

 その後、孫は何やらブツブツと文句を言いながらも、東京行き飛行機のチケットを予約するのであった。


 ――― 数日後、東京 日本マクドナルド本社


「あ、あのー。久留米大学附設高等学校に通っている孫正義と言いますけど、社長の藤田さんはいらっしゃいますか?」

 見上げる大きなビルの自動ドアを抜けた孫は、受付の女性に声をかけた。

「えと、お約束はありますか?」

 礼儀正しくマニュアルどおりの返答をする女性。

「あ、ありません……」

「では、お引き取りを」

 軽くあしらわれた孫は受付を後にした。

「ひろゆき君、やっぱりダメだ。相手にしてもらえない」

 ガックリと膝を落とす孫の肩に、ひろゆきは優しく手を乗せた。

「だから言ったじゃないですか。声を掛けるなら本人にしなさいって。孫さん、あなた一介いっかいの高校生ですよ。大企業の社長がそんな人にいちいち時間を割いてくれる訳が無いじゃないっすか」

 唇を噛みしめる孫正義。

「じ、じゃあ分かった。とりあえず受付の人が僕の顔に反応して警備を呼ぶようになるまで、毎日しつこくここに通ってやる! それでもダメなら本人を待ち伏せだ!」

 そこから、孫少年が受付にあしらわれる日々が数日間続いた。

 そんなある日、受付女性がマニュアルどおりに上長に孫の来訪を告げると、女性の顔に驚きの表情が浮かんだ。

「孫君、社長がお会いになるそうです! よかったですね!」

 驚いたのは、孫よりもむしろ受付の女性だったかもしれない。


 孫はその後社長室に通され、藤田田ふじたでんと対面した。

 個室の広いデスクに腰かけていた藤田は、ニコリと笑って立ち上がり彼をかたわらの来客用ソファに誘導した。

「君が孫君だね。話は聞いているよ。わざわざ福岡から来たんだって? 大変だっただろう」

「いいえ。大変ではありません。僕はあなたに会いたい一心でしたから、途中の色々なことはもう忘れました」

 椅子に浅く座った孫少年が身を乗り出して語る様子を、藤田は微笑ましく見つめながらゆったりとソファに腰かけた。

 そんな藤田に対し、孫はカバンの中から一冊の本を取り出した。

「『ユダヤの商法』読みました! 僕はこの本に書いてあったみたいに、世界を変えるような大きな仕事をしてみたいんです。そのためには福岡に籠ったままじゃダメだと思い、今度アメリカに行こうと考えているんです」

「ほう、アメリカに。悪くないね」

 付箋ふせんだらけの本を眺める藤田。

「僕が憧れる坂本龍馬は、航海術で日本を変えるために江戸に旅立ちました。僕はアメリカに渡って何を学んだらいいでしょうか!」

 藤田は孫の熱意に驚きの表情を浮かべたが、少しの間考えを巡らし、再び孫に視線を向けた。

「これからはコンピューターの時代だよ。航海術、機械産業、電機産業と、これまで様々な技術が世界を変えてきたのは知っているだろう? しかし、それらは君が生まれる以前の話。これから数年後、君が仕事をするようになる頃には、間違いなくコンピューターが世界を変える時代になっているだろう。だから孫君、未来を創りたいならコンピューターのことを学びたまえ!」


 まだコンピュータやそれを繋ぐ通信技術が実用に耐えない一部のマニアの趣向品しゅこうひんでしかなかった時代、孫は藤田から未来の地図を受け取ったのであった。



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