新釈グリム童話『灰かぶりのエラ』
ある金持ちの家の、お母さんが亡くなりました。まだ小さい、ひとりの娘をのこして。娘の名はエラ。お父さんとエラは、お母さんのお墓に毎日かよい、泣きつづけました。
それから年月がたってエラも大きくなったころ、お父さんはべつのおくさんと結婚しました。こんどのおくさんは、エラよりも少しうえの自分の娘をふたり連れてきました。
あたらしくきたお母さんと姉さんたちは、たいそうエラに優しくしてくれました。
エラがいつものように朝早くから台所でそうじをしていても、
「エラ。そんなのはお手伝いさんにやらせなさい。あなたはキレイなんだから、よごれてしまうわ」
「そうよ。あっちいって、わたしたちとおしゃべりしましょ」
といって、やめさせようとします。
しかしそんな姉さんたちにエラは、
「ううん。お手伝いさんたちも、きっと汚れるのはいやでしょう? だから、あたしがやるよ」
そういってみずから暖炉のわきの灰をそうじしだして、灰まみれになってニコニコとわらうのでした。
そのようすをみた姉さんたちも「エラがやるなら、じゃあわたしも」と灰のなかにとびこんで、三人で灰まみれになったすがたをみて、笑いあいます。
まま母はためいきをつきながら、いとおしい三人の娘たちをながめるのでした。
さて、話はかわり、この世界にはとてもわるい、魔王がいました。その魔王は、人々をいじめたり、くるしめたり、ころしたりしていました。でもその魔王は、勇気あるものの手によってほろぼされたのです。
でもこの国に、エラたちの住むまちの近くに、その魔王のむすこである王子がやってきました。そしてこまったことに、女のいけにえをようきゅうしてきたのです。
まちの人たちは話しあいました。みんながみんなおしつけあう中、こうへいにくじ引きで決めようという話になって、ふこうなことに、エラのかぞくの中からいけにえを出すことに決まってしまったのです。
お父さんは泣きながら、まま母にそのことを伝えました。そんなお父さんをまま母はやさしくだきしめ、連れてきた二人の娘をよびたてます。
よびたてられた二人の娘は話をきかされ、それはもうふるえあがりました。でも、そんな二人は手をにぎりあって、お父さんとお母さんにいいます。
「エラにはないしょにしといてね。あのこ、泣いちゃうわ」
「ええ。わたしたち二人でいけば、もう、うちからいけにえを出すこともないでしょう」
その娘のけっしんに、まま母は声をあげて泣きました。
でも、まま母にとっても、じぶんの娘とおなじくらい、エラもだいじな娘なのです。娘たちのきもちがいたいほどわかっているまま母は、娘をだきよせ三人で泣きつづけました。
ひとしきり泣いたあと、まま母はお父さんにいいました。
「あなた。みじかいあいだだったけど、しあわせだったわ。わたしも、この子たちについていきます」
「おまえたち……」
お父さんも引きとめたかったのですが、だれかがいかないといけません。
「エラを、しあわせにしてあげてくださいね。わたしたちのことは、忘れてください」
そういいのこして、夜中のうちにまま母と娘たちは、いけにえになるために家をでていってしまったのです。
お父さんは泣きました。おおごえで泣きました。その声にびっくりしたエラが、夜中なのにとびおきて、しんぱいしてみにくるほどでした。
「どうしたの、お父さん」
ふしぎそうにたずねるエラに、お父さんは泣きながら話をしました。ひととおり話をきいたエラは、お父さんのかたに手をおきます。
「だめだよ、お父さん。あたし、いってくる」
「やめてくれ。おまえまでいなくなってしまったら」
泣きながらおねがいするお父さんに、エラはわらってこたえます。
「あたし、お母さんの子だもの。しかたないよ。それに、あたらしいお母さんも姉さんたちも、あたし、だいすきだから。だから、あたしいってくるね」
エラのかたいけっしんに、お父さんは泣きながらうなずいて、へやのタンスから箱をもってきました。
「エラ。おまえのお母さんがのこしていってくれたものだ。さいごに、そのすがたをみせておくれ」
エラが箱をあけると、そこにはキレイな金色のドレスと金色の靴がはいっていました。
「わあ、キレイ」
「これはね、おまえのお母さんがわたしとけっこんするときにきていたものだ。エラがこれをきる日を、お父さんとお母さんは、とってもたのしみにしてたんだよ」
それをきいたエラは、なみだぐみます。そしてエラはそのドレスをきて、お父さんにみせてあげました。
「どうかな。にあうかな?」
「ああ……ああ……まるで、お母さんみたいだ……まるで、お姫さまみたいだよ」
お父さんはなみだで顔をあげられません。そんなお父さんにわかれをつげ、エラはだいすきな、あたらしいお母さんと姉さんたちのもとへ、かけだしていくのでした。
ところかわって、王子のいる城。そこでは、とてもひどいことがおこなわれていました。
「きゃあああ」
「いいぞ、もっとなきわめけ」
ふたりの姉妹の姉はつまさきを、妹はかかとをきりおとされていました。王子はこうして、いけにえの女のからだを少しずつけずりとり、そのすがたをみてたのしむのでした。
王子は、しばられて身うごきのとれない、まま母に話しかけます。
「どうだ。娘が目のまえで、くるしむすがたをみるのは」
まま母は、くちをしばられてへんじができません。でもそのひとみからは、おおつぶの涙がぽろぽろとこぼれおちています。
姉妹たちは、いたみと、きょうふと、ぜつぼうにうちふるえます。でも、そんな中でも、二人はおんなじおもいをだいていました。
(エラにこんなつらいおもい、させなくてよかった)
王子がわらいながら、ちかづいてきます。
「さあ、つぎはどこをきりおとしてやろうか」
ふたりの姉妹はかんねんし、ぎゅっと目をつむりました。そのようすをたのしそうに見た王子は、姉と妹のかた目にハリをさしこみます。
「きゃあああ」
のたうちまわる姉妹たち。まま母も、もうまっすぐに見ることができません。そんないけにえたちのようすをみた王子は、はらのそこからわらいます。
「あーはっは。たのしいぞ。もっとわめけ!」
ごうもんはつづきました。そして、いよいよころされるかもしれない。そのように娘たちがかんねんした、そのときです。
「お母さん! 姉さん!」
かけよってくるエラの声がきこえてきました。
その声がしんじられずに、のこったみぎ目をひらいてエラのすがたを見てしまった姉は、さけびます。
「エラ! だめ、こっちにきちゃ!」
その声がしんじられずに、のこったひだり目をひらいてエラのすがたを見てしまった妹は、さけびます。
「エラ! はやく、にげて!」
しかしエラは、おかまいなしにこっちにむかってかけてきます。
王子はおどろきました。この城には、たくさんの魔物がいるはずなのに。
その金色のドレスをまとって、灰をふりまきながらかけてくる少女にむかって、王子はさけびます。
「だれだ、おまえは」
少女は王子にちかづくと、だんだんとかけるはやさをおとし、ゆっくりとあるきながらこたえました。
「あたしはエラ。灰の魔女の娘、エラ。どうぞ、灰かぶりのエラって、よんでちょうだい」
王子はおもいあたります。王子のおやである魔王は、灰の魔女の手によってほろぼされたのです。
王子がぼうぜんとする中、エラは灰をふりまきながら王子にちかづいていきます。
まわりの魔物たちが、あわてふためいてエラにむかってかけていきますが、その白い灰にふれた魔物たちは、黒い灰になってとけていきました。
びっくりしてあとずさる王子でしたが、エラは王子にとびついて、そして、王子をつよくだきしめました。
「やめろ、はなせ!」
王子はエラをふりほどこうとしますが、ちからがはいりません。すでに王子のつまさきは、灰になってとけはじめていたからです。
「エラ!」
二人の姉さんが、くちぐちにエラのなまえをよびます。エラはふりむいて、姉さんたちとまま母に、わらいかけました。
「ありがとうね、あたしにやさしくしてくれて。お父さんのこと、よろしくね」
「エラ!」
姉さんたちはからだをひきずって、かた目で涙をながしながらエラのなまえをさけびつづけました。
なぜならば、その金色のドレスをまとったうつくしい少女は、王子とともに灰になってとけてしまっていたからです。
王子からは、とってもきたない黒い灰が、まいおちます。
エラからは、とってもキレイな白い灰が、へやじゅうにまっていきます。
その白い灰にふれた姉妹たちのきずは、みるみるうちにふさがっていきました。
「エラーーッ!」
「ふふ。またいつか、いっしょにあそんでね……」
エラはそういって、姉さんたちとまま母にえがおをのこして、王子とともに灰になって消えていったのでした。
この城の魔物たちも、すべて灰になって消えてしまいました。
あとにのこされた姉妹とまま母は、泣きながらエラのいたばしょへとむかいます。そこには灰をかぶった金色のドレスと、金色の靴だけがのこされていました。
姉妹たちとまま母は、涙をながしながら、白くてキレイな灰だけをかきあつめていきます。
灰まみれになって、わらいあった、あの日をおもいだしながら。
そしていえにかえり、ドレスと靴と白い灰を、エラのお母さんのお墓のとなりにうめました。
それからお父さんとまま母と姉妹たちは、まい日そのばしょにいって、泣きながら、泣きながら、おいのりをしました。
いつからかそのばしょには木がはえ、みるみるうちに大きくなり、金色にひかる、たいそう美しい木になりました。そしていつしか、まるで灰をかぶったような白い鳥が、その木の上にとんでくるようになったのです。
白い鳥はみまもります。だいすきだった、かぞくだった人たちのすがたを。
そしてその鳥のとなりには、その鳥よりも少しだけ大きい、おなじく灰をかぶったような白いお母さん鳥が、よりそうようにいつもいたのです。
じだいはながれ、なん百年もたったあと。
長いじかんがたっても忘れずにおとずれて、かんしゃをささげるまちの人々。その大きな木と小さなお墓のあいだには、りっぱなかんばんがたてられていました。
そのかんばんには、こうかかれていたのです。
『——この国を救った灰の魔女 シンデレラ そしてその家族 ここに眠る——』
白い鳥の群れは、そのかんばんをみおろす木からとびたちます。そして今日も美しく、まるであそぶように、空をはばたいていくのでした。