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最終話

 いつものことだが、居眠りしていた魔王の腹に突然何かが飛び乗った。

 

「うるさいな……わしは疲れてるんじゃ。もう少し寝せて……」

 

「だーめ。あたしに"こおりがし"つくってくれるってやくそくしてたよ!」


「えー!? ぼくがさきにおえかきしようっていったんだよ!」


「おぎゃあ、おぎゃあ」

 

「……」

 

 魔王が目を擦りながら渋々重い身体を起こすと、寝ぼけた顔面に誰かが投げたボールが飛んできた。


「……くそっ」


 リーネとヴェンデルも睦まじく暮らしており、賑やかに生きたいという魔王の願いはあっという間に魔王の希望は叶えられたが、少々うるさすぎる毎日である。


「命中率高すぎんじゃろ……」


 ぼやきながら赤子のミルクを測り、ガラス瓶に入れた。忙しく討伐に飛び回る両親に代わって、魔王が育児を担うのが日常茶飯事になっていた。


「あいつら、帰って来たらしこたま付き合ってもらうからな」


 二人と酒を呑むのが大好きな魔王であるが、変わらないように見えて、頭部に生えていた赤いツノが一本しかなくなっている。昔々、魔王の父が生きていたころと同じく、友情の証としてリーネたちに差し出してみたのだった。

 すると不思議なことに止まっていた魔王の体内時計が動きだし、魔王は数千年ぶりに歳を取るようになったのである。皆と同じ時間を生きられるようになった魔王の喜びっぷりは凄まじかったが、疲れやすく、すぐに風邪をひく有限な命にはすでにうんざりさせられているのも事実であった。

 青年になった魔王でも、睡眠不足が続くと身体に堪えるのだ。


「まおうさまー、こおりがし」


「はいよ、ちょいまち」


 魔王は自分の分も含め、大きな子供の分と合わせて三つの器をテーブルへ置いた。

 リーネとヴェンデルは魔王城で同居した後も、冒険者として頻繁に討伐依頼に赴いているから困ったものである。魔王はちょっとだけ苛立ったが、日が暮れれば毎日必ず笑顔で帰ってくる二人を想像すれば自然と笑みがこぼれた。


「よっこいしょっと」


 バケツいっぱいに入っているのは、地下の鍾乳洞に連なっている氷柱(つらら)である。氷点下に冷えている場所で、綺麗な氷がよく取れる。

 魔王はリーネに譲ってもらった小型の槍で、氷柱をザクザク突き刺した。


「わぁー!」


「危ないから離れてろって言ったじゃろ」


 歳を取るようになった魔王は、今や2メートルくらい身長がある立派な青年になった。砕けた氷にヴェンデルが貰ってきた牛の乳をかけ、魔王は腰を屈めて子供たちに分け与える。


「いただきまーす!」


 冷たい夏の贅沢に、子供たちが笑顔で飛び付いた。

 毎年変わらぬ光景だが、魔王はしっかりと脳裏に焼き付ける。ずっと焦がれていた和やかな食卓だ。

 もう二度と離さない、やっと手に入れた普通の幸せ。

 

 


「魔王さん! ただいまー! さっきリーネさんが羊捕まえてくれたからね、もう帰って来ちゃいました! 今日はお肉を焼きましょう!」


 遠くの方でヴェンデルが手を振っている。

 大きな袋を背負ったリーネは、珍しく少し後ろをついてきている。

 

「そうじゃな! おい、みんな! 今日は何でもないけどパーティーじゃ!」

 

「わーい!」

 

 辺境の荒野を越えた魔王城には、今日も笑い声が溢れている。

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