5話
夜が更け、リーネは桟橋でひとり川面を眺めた。人気のない荒野を流れる川は凪いでいて、輝く夜空が写り混んでいる。
「ヴェンデル……」
魔王は彼が女の子だと思っている。
子供を産ませるという目的のため、女の子と勘違いしているうちはすぐには殺さないだろうが、バレてしまったらどうだろう。不要となり殺められるかも知れない。ヴェンデルは弱く、リーネや他の冒険者がいなければ戦うことなど不可能だ。
「大丈夫だろうか……」
リーネは心配で寝られなかった。
テントを張って仮眠を取ろうしたものの、ヴェンデルのことが頭をよぎり平常心でいられなかった。
起きていると、遠くの方でどんちゃん騒ぎの音がした。下流の河原で、焚き火の炎が赤く光っている。
「?」
リーネは少しだけ近寄って、様子を伺った。
「っかー! うめぇ! 人の金で飲む酒は最高だな!」
五、六人の若い男たちが猪や鴨を焼きながら酒を酌み交わしている。
「お前、こんな大金どこで手に入れたんだ?」
「あぁ? んなの決まってるだろう! オレくらいになると女が死ぬほど貢いでくんだよ! ガハハハハ!」
衣服を脱ぎ、ゆったりしたズボンとバンダナだけを身につけた男が豪快に肉を喰らった。彼のベルトには見覚えのある麻袋が引っかけられている。
間違いなく、少し前までヴェンデルが持っていたものだ。
「お前──」
リーネは咄嗟に拳を振り上げた。
しかし、元メンバーの男の周りには彼よりも屈強な男たちが何人も彼を取り囲んでいる。対してこちらはリーネただ一人だ。
「……」
勝つ見込みは薄く、リーネは力なく腕を下ろした。
「あいつが飢え死にしなければ、良しとするか……」
見なかったことにして、無理矢理自分を納得させる。返して欲しいと願い出たところで武力では勝てないし、パーティーでのモンスター討伐はあの男も参加して達成したものだ。全額寄越せというのも気が引けて、リーネは思い止まった。
男たちの集団に背を向けると、彼女は再び夜の山脈を眺めた。
「……腹減ったなぁ……」
つい先日までは賑やかな旅をしていたのに、一人減り二人減り、ついには唯一の仲間だったヴェンデルも拐われ一人きりになってしまった。
パーティーを組んだ当時は分裂するときが来るなんて想像していなかった。ひとつひとつ着実に討伐依頼に応えていれば、お金も稼げ絆も深まるのだと信じていた。
「阿保らしい」
リーネは幼獣の死骸を掴み、川の中に投げ捨てた。モンスターはかすかに水面を揺らし、小石のように沈んでいく。
「生まれ変わるならもっと丈夫な、強者として生まれるんだよ」
目を伏せ、心の中で合掌した。
「私は何をやっているんだろう……」
誰もパーティーを離脱しなければ、本当なら今頃魔王を倒せていたかも知れない。倒せなくとも他の依頼をバリバリこなし、私も肉にありつけていたのかも知れない。他のメンバーが例え怠惰に参加していたのだとしても、私はいつだって本気だった。心から両親や妹たちに喜んで欲しいと思っていたのに。
「……」
リーネはだんだん腹が立ってきた。
皆のことを考え、脱走しても横領しても見逃してきたが、自分だけ損をし続けている事実に怒りが込み上げてきた。
誰のために戦うのかと問われたら、間違いなく家族や大切な人のためなのに、自分は家族に何も渡すことが叶わない。逃げた奴らはモンスターを換金し、金で肉を買い、多くのものを得ているのに。
リーネは桟橋の床板をグッと握りしめた。
「二度とあいつらを仲間と呼ぶものか。私は、もう誰かのために尽くしたりしない。自分が手に入れたものは全て私の手中に収める!」
月に向かって槍を掲げた。
「待ってろよヴェンデル。私が助けてやる」