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4話

「な、なにを言って……自分は、その……憧れてはいますけど、勇者さんとどうこうしようとか、全く考えたことなくて、それで……」

 

 なんだかしょっちゅう顔を赤らめている印象のヴェンデルがまたモゴモゴと口ごもっているが、リーネも好き嫌いで旅の方向性を変えようとは思ってはいない。ただ言いたかっただけである。

 

「まぁ、そういう訳だから私の力になってくれると嬉しい。深いことは考えずに、地道に進んで行こうじゃないか」

 

 リーネが笑いかけると、ヴェンデルは大きな声で返事をした。


「はい! もちろん、どこまでもお供致します!」


 

 ヴェンデルがリーネへ能力を放つと、彼女の長槍の命中率は100%になる。攻撃力はあまり高くはなかったが、モンスターの体力をじわじわと削り、荒野をゆっくりと進行していく。途中で体力がなくなればバックパックに詰め込んだ薬草を煎じて服薬した。同じ作業の繰り返しだったが、確実な命中率のおかげで無駄な攻撃はひとつとしてないのが利点であった。

 

「魔王のHP、意外と低かったらどうしよう! 自分たち、有名になっちゃいますね!」


「調子に乗らない方がいい。魔王は別格、1しか喰らわない可能性だってあるんだぞ」


 二人は魔王城を囲む城壁に鎮座する飛龍型のモンスターをも倒して、ついに魔王城の敷地内へ乗り込んだ。




「どういうことだ……」


 一方その頃、城の玉座で水晶玉から一部始終を眺めていた魔王は予想だにしなかった展開に混乱していた。

『魔王は妊婦好き』という噂が広まり、魔王城に近づこうとする者はいなかったのに、今日の冒険者たちは噂を気にも止めず接近してくるからだ。

 妊婦を連れて来ない限り重厚な扉が開かないとされているが、実際は冒険者が寄り付かなかっただけで、重い門扉も恐ろしい仕掛けも何もない。地上とは多少雰囲気の異なるただの城である。


「このままでは、わしの安寧の地が奪われてしまう……」


 魔王は両膝を抱えて頭を垂れた。


「ギャハハハハ!! 魔王様、ショック受けてるー!」


「黙れ」


 荘厳な雰囲気に似合わず、魔王城からは今日も幼子の声があちこちで聞こえてくる。


「ねーねー、まおうさま」


「なんじゃ」


 ふわふわのウェーブの髪をした幼女が、水晶玉を覗き込んで指差した。


「おんなのこもいるわ。かっこいい! わたしもぼうけんしゃになりたいわぁ!」


「なんじゃと!?」


 魔王は水晶玉に映し出される冒険者の姿を凝視した。二人の人間が仲良く城へと向かってくる。ぼやけてはっきりとは分からないが、片方はしなやかな銀髪が風に揺れ、真っ白な肌はほんのり赤みを持っている。


「女! 女じゃ!」


 魔王は玉座から立ち上がった。


「こうしちゃおれぬ! 手厚くもてなさなければ!」


 魔王の鉛色の瞳の奥が怪しく光った。


 魔王は瞬間移動し、城のスロープの前に佇むリーネたちの前に現れた。

 

「誰だ!? 魔王……か?」


「小さい……!」

 

 魔王は170センチ弱のリーネの肩の高さより低く、丸メガネの先から上目遣いでリーネを見上げていた。真っ黒なおかっぱの髪はサラツヤストレートで、魔王なのに天使の輪ができている。リーネとヴェンデルは思わず言葉が重なってしまった。


「「可愛い……!!」」


「黙れ人間共」

 

 耳の上に生えた赤い角がわずかに震え、異形の怖さが沸き上がる。

 

「ここまで来たことは褒めてやろう。だがな、わしの弱点は妊婦などではない」

 

「え?」

 

 魔王が右手で空を拭くようにスライドさせると、魔王城の内側と思われる映像が空に写し出された。玉座には小さい女の子が腰掛け、順番を待つ子供たちが数人彼女を取り囲んでいる。周りには、窓から外を眺めたり追いかけっこをする子供たちの姿が見える。

 リーネは嫌な予感がした。水晶に映る子供たちは恐らく、誘拐された子供たちに違いない。


「この先を通りたいなら、新たな子供を貢ぐんだな!!」


 魔王が指を慣らすと、室内では極小の微粒子が空気中に漂った。明かりのない魔王城の中では星屑のように煌めき、子供たちがわぁっと歓声を上げる。


「きれーい!」


「まおうさま、ありがとう!」


 子供たちの良い反応に、魔王は二人を見てニヤリと笑った。


「お前ら、もっと友達欲しいよな?」


「ほしい!」


 バーチャルな映像の中では、子供たちが無垢な笑顔を浮かべている。親と離されて寂しがっている子がいないのがグサリと刺さる。甘やかしているのかは知らないが、幸せそうに見えても同意なく連れ去っていいはずがない。


「……また誘拐する気か」


 これ以上の被害者は出したくない。

 リーネが眉間に皺を寄せ訊ねると、魔王は呆れて小さく吐息した。


「ははっ、あんな面倒なこともうせん。これからはこれで充分じゃ」


 彼は両の手の指をを大きく拡げ、魔法の呪文をポツリ呟く。


「え? 何を言……」


「わああああ!!」


 魔王の声を拾おうとリーネが聞き返すや否や、先ほどのような突風が吹き荒れ、竜巻のような嵐が二人に襲いかかってきた。渦を巻く風は淀んで視界が塞がれる。リーネは巻き上がる塵に目をつぶり、相方の姿を必死に探す。


「大丈夫か!? ヴェンデル! どこにいる!」


「こ……ここです……」


 すぐ近くで苦しそうな声がした。


「ヴェンデル!!」


 囚われたのはヴェンデルだった。魔王は彼よりも小柄なのに、強い力でヴェンデルの手首を掴んでいる。 彼も何度も剥がそうと試みているが、びくともしないようである。


「そいつに何をする気だ!」


 リーネが大声で叫ぶと、魔王は見せつけるようにヴェンデルに頬擦りした。


「ひっ」


 かすかに悲鳴のような漏れた気がしたが、誰も気に止めた者はいない。

 ヴェンデルは苦楽を共にした大切な仲間であり、今では心をときめかせてくれる稀有な存在でもある。何が目的か分からないが、会ったばかりの魔王に奪われるなどもってのほかだ。


「畜生……」


 リーネは思い悩んだ末に、バックパックから数匹のモンスターを取り出した。手のひらサイズのユニコーンや木苺くらいのスライムは、全て孵化したばかりの幼獣である。リーネは槍専門だが、魔術に才があるヴェンデルならもしかしたら使い魔として使えるかもと、念のためにと殺さずに袋に入れておいたものだ。


「これをお前にやる」


 リーネはモンスターの幼獣を魔王の眼前へ付き出した。


「子供が欲しいのだろう。ちょっと違うが、これで勘弁してくれないか」


 手のひらの上のモンスターは、どの個体も元気で目立った異常はない。人間とは異なるが、子供は子供である。犬や猫と同じように、世話をしてくれた大人に懐き役に立つこともあるかも知れない。

 育てるのが好きな魔王ならきっと気に入ってくれるとリーネは考えた。


 しかし、魔王は手のひらのモンスターを強風で勢いよく吹き飛ばし、プルプルと身体を震わせている。


「馬鹿にしおって! ワシがそんなもので満足するとでも思うか!」


「!!」


 生後間もないモンスターたちは、落下の衝撃でなす術なく息絶えてしまった。


「からかっているつもりは……!」


 リーネは咄嗟に弁明しようと進み出たが、魔王は聞く耳を持たない。

 掴んでいたヴェンデルの手首を捻り、自らの胸元へと引き込んだ。足首まである黒いマントが翻り、真っ赤な裏地が静かにはためく。


「そんなもの要らぬ。ワシが欲しいのはこの娘だけじゃ。子供を献上しないのなら、娘に産んでもらうまでよ!」


 腕の中にヴェンデルを抱き込んだ魔王は、最後に捨て台詞を吐くと彼を連れてあっという間に城内へ消え失せてしまった。






「は?」


「いや……は? あいつ、ついてたような……」


 リーネは訳が分からず立ち尽くした。

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