20世紀の終りに
二十世紀の終りに、何をしていたかというと、私は恋をしていた。
まだインターネットはいまほど広まっていなかったので、周りにやっている人間はいなかったし私も知らなかった。当時はパソコン通信が先端だった。仕事で使い始めたけれど、まだパソコンは会社から支給されず、個人のものを持ち込んでいた。
仕事でも使っていたが、私は趣味のフォーラムに入ってテキストでのやり取りをしていた。プロ野球のフォーラムで、オールスターの模擬投票をするときに、投手を、先発・中継ぎ・抑えに分けたのは、私が始めたことだ。読書のフォーラムが非常に盛り上がり、深夜まで何人もの参加者が書き込みを続けていた。夜に書き込みが集中するのは、夜になると電話代が安くなるからだった。
中でも本当に夜遅くまでやっていたのが、私ともう一人で、いったん寝ても目が覚めたらパソコンに向かって打ち込み続けた。レスがついていたら返事をせずにおられなかった。ハンドルネームは二人とも漢字一字で、夜中のスレッドに二人のハンドルが次々と並んだ。私はそのもう一人に恋をしたのだ。会ったこともないし、素性も知らないのに。
私が彼女に初めて直接会ったのは、北海道でだった。私は仕事の出張で札幌に行く用事があり、彼女はそのとき青森にいたので、少し足を延ばさないかと誘ったのだった。私たちは宿泊先のロビーで落ち合い、食事に出かけた。
何か食べるということはご飯ものを食べるということだからと私は言って、海鮮丼ぶりの店に行った。そのあと、古書店を見付けて入ったら、値付前の文庫本が紐でくくられていたので見たら、サンリオ文庫だった。そのころすでにサンリオ文庫は消滅していたので、物珍しかった。そんな会話をしていると、店主が話しかけてきた。
どこから来たのか。
私たちはそれぞれ自分たちの地元を答え、店主は、そうだと思った、この辺の人でサンリオ文庫について語らうものなんていないから。
私は結局サンリオ文庫は買わずに、マンガについてのムック本を買った。
それからショットバーに行って呑んだ。私は紙袋に数冊の本を持って来ていて、それらの本について語り合ったのだが、どの本を持って行ったのか、どんな話をしたのか、もう覚えていない。