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異世界症候群は死の夢さえも殺せない  作者: 凡人a
一日目 狂おしいほど、血が欲しい
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 ナミダが目を覚ますと、そこは小汚い小屋であった。農夫が農具を管理する程度の小屋のである。

「カエナ……ッ」

 口を大きく開けて気絶していたのか、土埃が喉奥で痰とからまるような感覚に陥って、大きく咳き込んだ。ランタンの明かりがぼんやりと小屋の中を照らしているが、なんとも心許ない。

 まだ目が慣れていないので、ぼーっと周囲を見渡してみると、何日も外に放置したように腐食したテーブルがいくつも並んでおり、その上にはクワや鎌などが並んでいるように見えた。


「……これは」


 目を凝らすと、剣、盾、そして槍であることが分かった。

 剣を持ち上げるとぶわっと宙に埃が舞う。腐食も相当に進んでおり、ほぼ赤サビまみれのなまくらである。柄の部分もコーティングが剥げ、擦り傷が相当ついている。少し硬いものに接触するだけで折れそうであった。

 盾、槍も同様である。もはやこれは切る、刺すの概念はなく、殴りつけて傷つけるものと化している。

 今更ながら、しっかりとした武器を初めて見る気がする。……もっとも、これを使う相手は、

「……カエナ?」

 他は一枚の扉のみが存在しており、その奥にいるんじゃないかと希望を抱いて声を掛ける。しかし、返事はない。ランタンを手に扉に近づくと、一枚の紙が貼り付けられていることに気づく。

 おそるおそる、一文字も見間違えないようにゆっくりと読んだ。


『決闘のルール、および闘技場の解説

 本日はご参加いただき、ありがとうございます。

 決闘は二人で行われ、二人一組を作れなかった勇者候補は既に死亡しております。

 ルール① 対戦相手を絶命させた者が勝利する。

 ルール② 制限時間は1時間。経過した場合は両者とも死亡する。

 ルール③ それぞれ武器は使用可能。また、持ち込んだアイテムを使用することも可能。

 ルール④ 決闘はすでに開始されている


 闘技場について

 闘技場はお互いの能力がもっとも発揮されやすい地形を形成している。互いにとって最高の状態で挑むことができるように検討を祈る 』


 ナミダは、大きく息を吸い込んで扉と向き合う。

 ……まだ二人が助かる方法というのがあるのではないだろうか。この狂ったルールの記載されたメモ書きを剥ぎ取り、くしゃりと潰してもそう思っていた。諦めの悪いナミダはそれを床に捨てると、ゆっくりとドアを開く。

 複雑なルールなんて存在しない。ただ、今日一日一緒に過ごした女の子を殺す。それだけだ。


「武器がカエナの方にもあるとして……僕とカエナが殺し合いをしたときに、どちらが勝つのかな」


 扉の向こうはなにも見えない。が、冷たい風が小屋の中に侵入するのを感じて、身震いする。ランタンを左手に、右手は槍を。この三つの内、もっとも軽量であったからである。両手で握る場合は剣が強いだろう。盾は、もはや持つ必要を感じなかった。


 ドアを完全に開くと、ランタンの光で正面が照らされる。が、目の前にも壁が待ち構えていた。向かって右側と左側に通路があって、右は奥に、左はそのまま通路になっていてその先は闇である。

「……」

 ゆっくりと壁を背に、右側の奥を一瞥する。……と、そこからは何か、青白く浮かぶものが複数存在している。

 ランタンを地面に置き、額に浮かぶ玉のような汗をぬぐうと、両手で槍を持って一歩、前に出る。


「……ウ、ウ」


 低い声のようなものが聞こえる。青白い何かは、少しずつ大きくなってゆく――。ひた、ひた、と足音が近づいてくると同時に、その光は二つに分裂し……


(……大きくなってるんじゃなくて、近づいている)


 唾を呑みこんで、もう一歩前に出る――ところで、ナミダはランタンを蹴飛ばしてしまう。

 明かりは一瞬で消える。と、同時に……青白い光は複数点滅し、また少し近づいてきた。

 急いでランタンを拾い、もう一度点灯できないかを試してみる。『MPー1』という表示と火力調整用の小さなハンドルに浮かび上がっている。「使う……! MPを消費して、もう一度『ランタンを点灯させる』!」

「ア、グ、うぅう、」

 すするような音がする。みそ汁を飲むようなかわいらしいものではない。硬い肉を噛みちぎり、それによってあふれる肉汁と血すらも愛おしく、最後の一滴まで堪能したい。そんな音である。

 

 青白い光が目の前まで迫ると、ランタンに火が灯る。MPを消費することに成功したのだ!! 

「やった!」急いで取っ手を持ち、ゆっくりと立ち上がると――ナミダは光の正体を完全に理解した。

 ゾンビである。

 病的なまでに白く、ただれた肌。体毛は一切存在せず、頭皮は腐り落ちて頭蓋骨なのか、腐った脳なのかわからないが露出している。切り刻んで、ミキサーに放り込んだようにぼろぼろな布切れを身にまとっている。

 それがゆっくりと腕を前に突き出し、目が合ってしまう。

「う、」


 ナミダが声を思わず上げると、理性の糸がプツンと切れたように、ゾンビは千鳥足でゆらゆらと彼を追いかける!


「うわああああああぁ!!!」


 その声に呼応して、奥にいるゾンビたちは一斉に腰を上げる。

 ナミダ、そしてカエナのために用意された闘技場は、巨大な迷宮であった。そこにはいくつものゾンビ・クリーチャーが点在している。


「くそ! くそ! くそ!」


 壁の高い迷宮を、勢いよく駆ける。右、左、左、右――目の前にゾンビがいれば、迂回しなければ戦闘となる。あるいは、ゾンビのもつれる足の群れをかいくぐらなければならない。

 いつの間にか、槍も捨て、ランタンの火も消えかけている。

 立ち止まって、ランタンの光のためにもう一度MPを消費した。


「なんで消えるんだよ!! カエナ! カエナ、どこだよ!!」

 

 その声に反応して、真後ろに迫るゾンビの群れが鼻をつんざく異臭を放っていた。肉の腐った臭い。吐き気を催す、すっぱくてどこか甘いような。すぐに換気をしなければ、臭いだけで窒息してしまいそうだ!

 走る。走る。曲がる。走る。引き返す。曲がる。曲がる。走る――。

 息が切れる。唾が喉に絡まって、一気に飲み込むと肺にたまる。

 勢いよく咳き込むと、これが死ぬほどつらい。悪臭とも相まって吐き気がするから、いっそのこと吐いて楽になろうと思って自分の手を喉に突っ込む。

 脳に電流が走り、胃液が逆流して吐しゃ物となって、口にたまる。


「ご、おぇ、う、うぅ」


 パニックともあいまって、身体を痙攣させながらナミダはぶっ倒れた。

 ぴくん、ぴくんと釣られたばかりの魚のように――口、鼻、否、ナミダの身体のありとあらゆる穴がぱくぱくと開いたり閉じたりしているような、そんな感覚。


「だ、だめだ、ここで、た、おれ、たら」


 進むしか、ない。どこまで奥に来たかは分からないけど、カエナの元に会いに行かなきゃ。

 そして考えるんだ、ここから脱出する方法を。

「かえ、な……カエナ、」

 ナミダは正方形の部屋にいた。一方通行で、右に曲がる通路が見えている。

「……!」

 その通路から、光が差し込んでいる。ナミダのランタンと同じ光であることに気づくと、希望が湧いてゆっくりと立ち上がった。


 通路から、姿を現す――少女であった。

 朝5時の駅前に落ちてるゲロみたいに汚い金茶髪の女。今はその髪色の少女と再会できるのがうれしくて――口が思うように回らない。

 会えてよかった。

 はやくここから逃げなきゃ。

 脱出する方法を考えよう。

 いっぱい、いっぱい話したいことがまだあるんだ。

 

 少女は手にランタンのみを持っていた。それを地面の上に置いて、ナミダの瞳をじっと見つめている。

 だが、カエナの後ろから複数のゾンビたちが、足を引きずりながら、少女に近づいている。あれだけの量の攻撃的なゾンビに襲われれば絶対に歯が立たない。


「カエナ!! うしろ!!!」

 ナミダは叫ぶ。

 

 少女はゆっくりと目を伏せる――まるで、覚悟を決めたかのように。

 再会を喜ぶ時間はほんの束の間で――――


 少女は微笑む。

 少年は、腕を伸ばす。


 

「【狂決への“血晶”《クリスタリゼーション》】」



 口ずさむと、カエナの背中から漆黒の八翼が姿を現す。

 上段2枚、中段4枚、そして下段に2枚の双翼が大きく開花して、身を前にして迫りくるゾンビの首をギロチンのように切断する。


 切断された首からあふれる血は、一度地面に向かって流れるが、零れた血すべてが双翼に吸収されている。すべて、すべてのゾンビである。ナミダの後ろに迫っていたゾンビは、羽を弾丸のように飛ばして串刺しにする。体内にある血をすべて羽根の一枚一枚が吸って、再び戻ってゆく。


「あ、ああ……」

 ナミダは腰を抜かして、釘付けにされてしまった。


 血の嵐――。収まらぬ嵐が静まるころには少女の懺悔が聞こえているだろう。

 少女は血の涙を流す。「仕方がないんだ」と、そんな表情を浮かべていた。


「ごめんね、ナミダくん」

 目の前が涙で滲むが、正面から見てカエナの足元に『血の天使、カエナ』という名前と、白色のバーが表示される。HPを示しているのか。それを理解しようとする前に、少女は口を開く。



          【“血”の狂決《Broking/break/heart》】



 口ずさむと、少女の手には巨大な血の鎌が顕現する。

 無慈悲な一振りがナミダの首を撥ねると、最後の血の一滴が迷宮の一室を汚していた。


 雨宮波打は死亡した。


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