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異世界症候群は死の夢さえも殺せない  作者: 凡人a
一日目 狂おしいほど、血が欲しい
8/48

23:00 歪んだルール

 およそ200人の群れが、一瞬でこの場所に転移したのだ。

 いずれも昨日の段階で見たことのある勇者候補たちだ。


「か、カエナさん!?」


 ナミダは後ろを振り返る。「いるよっ!」と声を上げ、踵を上げて存在をアピールする。周囲は驚愕の声で溢れているが、昨日と違って焦燥感でいっぱいな人が多かった。


「静粛に!!!」


 広場中の勇者候補の頭をガン、と殴るくらいの壊れたスピーカーのごとし音量で、時計塔の頂上からゲームマスターが怒号を上げた。

 この男の見下したような態度にイラっとする。フライパンか何かで後頭部を思いっきりぶん殴りたかったが、この距離だと無力であることに変わりない。

 固唾を飲んで、ナミダとその他勇者候補たちは男の顔を見上げることしかできなかった。


「よくぞ集まってくれた。みなには告知した通りではあるが、23時にこの広場に再び集っていただいた。この196名の勇者候補たちと再び会話できること、私もうれしく思う」


「196名……?」


 ナミダは自分が勘違いしたのだと思ったが、カエナが「いま、296名って言ってなかった!?」って100人増殖していたので、おそらく聞き間違いではないだろう。 


 抑揚のない声で、男は言いたいことだけをしゃべっている。

「本日の死者、3名。そしてこれにより、きみたちの中で勇者候補に一歩近づいた人物がいる。殺した数が功績になるわけではないが、正当な順位を付けるのもきみたちにとってのモチベーションとなることだろう。そこで、そこの石板を見ていただこう」


 ゲームマスターは、ナミダたちの真後ろを指さした。


 そこには高さ3メートルほどの石碑が建っている。一枚の岩を切り崩し、文字をその場で掘り刻んだかのように日本語で名前が書かれていた。

 そこに全員が注目し、ナミダもまたその名前を覚えた。


『勇者候補 順位 討伐数

 屑宮 髪那 1位 3』


 それよりも下にも名前が刻印されてはいるが、いずれも順位2位、討伐数0と表示されている。逆に、誰が死亡したかのリストは存在せず、これは墓標ではなく活躍度の指標であることを確信する。

 屑宮髪実。名前はクズミヤカミミ? で合っているだろうか。討伐数3、とあるが――この中の3人を殺したのだろうか。「誰だよ、これって」「女? 3人も殺したのか?」「怖い――どこにいるの、その女って」


 周囲がざわつくが、当事者は現れなかった。それもそのはずだ、数名で挑んだ異世界転生ではないのだ。ざっと200人の中からその屑宮という人物と出会うのを避けるのは難しい。もっとも、カエナとナミダのように自己紹介を終えている仲であれば問題ないのだが。


「――さて、おしゃべりはここまでである。今回はこの石碑をみなに見ていただくことも目的のひとつではあるが。さて、本題に移ろう」


 ゲームマスターは一歩、前に出る。


「二人一組を組んできていただいたのは理由がある――」


 ナミダは、カエナの表情を一瞥した。今日、出会ったばかりだけど……カエナを一言で表すなら、いい人。一日中にこにこしていて、こんなときも余裕そうだ。ずっと何かしら喋ってるから、うるさいけど退屈はしなかった。元の世界でもこんなに話してくれる人が傍にいてくれたら――こんなにも話が弾んだのはいつぶりだっただろう。



「これより、選んだパートナーと共に別の闘技場に転送する。そこで、殺し合いを行っていただく」

 


 シン、と静まり返る。

 背中に這う嫌な感覚。

 まるで、アリが背中を歩くように、つーっと冷や汗が垂れているのだ。

 それが巨大な蜘蛛となり、不安の卵を産み付ける。

 産み付けた卵は頭の中で羽化し、そして――


 叫ぼうとした、喉がつぶれるくらいに――


 奴の名を――無力な群衆を見下す、ゲームマスターを名乗る者の名を!


 ナミダはカエナの手を取って逃げようとするが、硬直して動くことができない。いま叫んだのは僕なのか? 感覚が鈍る。目の前が少しずつ、滲んでゆく。涙? いや、それともゲームマスターの能力?

 そんなことはどうでもいい、もう一度、カエナの表情を見たい。

 ナミダはゆっくりと右を向こうとする。目の端でもいいから収めたかった。そして今すぐ逃げるんだ、動け、動け、うごけうごけうごけうごけうごけうごけうごけうごけうごけうごけ!!!!!


「きみ、大丈夫? すっごい顔色悪いよ。保健室でも行く?」「きみ、真っ先にさっきの男の人助けようとしたじゃん」「こういうのはさ、雰囲気なのだよタナトスくぅん」「このまままっすぐ進めば村がある!!」「この夜景を見せてくれたことに免じて許してあげよう」「あははは、タナトスくん顔まっかっかだね」「タナトスくん見てみて、この草世紀末のモヒカンみたいな形してるよ!!『キラー草』だって!!」


「ナミダくんって言うんだ。えへへ、なんだか初めましてな気がしないね」


 渦巻く、彼女との邂逅から一日の追憶。きっとこれから、カエナとの大冒険が始まるんだと。誰が決めたわけではない、けど、そうなるって信じていたのに。

 勝手に信じて勝手に裏切られるだけ。なら――もう仲間なんて作らないと、そう決めたのは誰だ?


「今回は196名と偶数で集っていただいた。ちょうど割り切ることができて大変喜ばしい。さて、まだ組めていない者は今からただちに――」


 鳥マスクの男は嗤う。月夜に吠える狼は、それに呼応するように嘲笑する。浮かぶ月と星さえも、小さくて無駄に感情を保持するニンゲンという生き物を、見下している。きっとこれは――


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