22:45 明日何食べる?
ナトゥー村の道具屋に立ち寄った以外には何も進展はなく、ナミダとカエナはぶらぶらとその辺を散策した。最初の森みたいなところでスライムを倒し、経験値を上昇させるのが勇者の一番最初の仕事だと思っていたが、モンスターどころか店主に聞いた話のハンターさえもいなかった。
たまに珍しい草も生えていたが例のキラー草であると判明して、そのたびに捨てなさいとナミダは怒った。
例のすずらん畑の木の傍で、二人は肩を並べている。
「……もうすぐ、時間だね。緊張してきたなぁ~、何するんだろうねこれから。パン喰い競争かな?」
「結局なんの成果も得られなかったな。ってかそんな和気あいあいとした時間を過ごすに越したことないけどさ」
残り10分を切って、カエナは立ち上がった。
んーっと大きく伸びをして、軽くストレッチする。星空の中を自由に泳ぐように腕を回すと、
「そういえばアタシたち、今日ごはん食べてなくない?」
「あー、そういえば何にも胃袋に詰めてなかったね。川の水でおなかパンパンになってるかと思った」
「タナトスくん、アタシのこと鹿かなにかだと思ってる?」
「それ、鹿に失礼でしょ。おなかすいたの?」
うんっ! と大きく跳ねながらまるで犬がご主人様の用意してくれたごはんを待つかのように目を輝かせながらすり寄ってきた。もちろんだが何も用意していない。
「おすわり!! 待て!!」
「ワンっ!」
いや、これは水でもしばらくは騙せるタイプだな。これがウワサに名高い犬系女子という奴なのだろうか。ヨダレまで垂らして――いや、ちょっと違うかも。
「ねえ、タナトスくん。今更だけどさ、タナトスくんの本名ってなに?」
本当に今更である。犬っころみたいに草原を駆けまわっていた少女だったが、急におとなしくなるとギャップで面食らってしまう。
「……雨宮、ナミダです」
「ナミダくんって言うんだ。えへへ、なんだか初めましてな気がしないね」
それはナミダもまったく同じ感想を抱いていた。初めて出会ったはずなのにどうしてか幼い頃から友人関係だった気がする。もしカエナがユーチューバーだったなら、「あ、この前企画で渋谷にいた人だ!」って謎の親近感が湧いていたはずだが。
実際、カエナはユーチューバーになれるポテンシャルを秘めていると思う。他人を不快にさせないうるささ(?)が絶妙だ。
「その時は、僕は裏で編集することになるのかなぁ。取り分は4:6でいいよ、僕が6ね」
「ん? なんの話ー?」
「何でもないよ、涼風カエナさん」
と、その時である。
「!?」
「わぁっ!! 風!?」
二人を包む豪風である。少し強い程度の風であれば無視するのだが、そんなことも言ってられないほどであった。いきなり猛嵐の中に放り込まれるようだ。
取り巻く旋風はさらに勢いを増し、周囲に咲いているすずらんが勢いよく顔に張り付く。
慌ててそれを取り除くと、ナミダの目の前の風景が変わっていた。
「――!!」
時間は23時。天を突く時計塔に、それを取り巻くらせん状の光。一番最初の広場であった。