02:48 ナトゥー村
「着いちゃったよ、村」
紆余曲折あって3時近くである。二人は月と星の明るさに導かれて村へとたどり着いた。
村には橋が架けられており、なかなかに深い崖となっており川が流れている。その対岸に位置するナミダはあっけに取られていた。
「ほらね、言った通りじゃん。アタシっていい女でしょ」
「すごいね、今だけはいい女だと思うよ、カエナさんは!」
一番最初に出迎えてくれたのは「ようこそ ナトゥー村へ」という日本語だった。三本の木で作られたアーチが村と公道の境界線に位置する橋から見えているのだが、そのアーチのてっぺんに看板のように書かれていたのだ。
文字の雰囲気も少し独特であった。看板にもともとあった文章を添削者が消去し、そこに文字を挿入したような……いわゆる明朝体と呼ばれるフォントで書き記されていた。
アーチをくぐると、そこにはぐったりとした勇者候補たちがいた。こいつらが発している負のオーラが村の中心で焚火をしながら対応に追われる村長を中心に渦巻いており、帰宅難民の深刻な現状を改めて実感した。
「よぉし!! ホテルさがそー!!!」
バッカみてえにでっかい声を上げると、村に住む近隣の明かりがぽつぽつと点灯するのが見えた。うるさい、という声を上げるのもうるさそうなので、ナミダは音量ミス女の手を握って、村の一番奥まで歩いてゆく。
「強引だねぇ、カエナお姉さんは少し強気な男の子に沼りやすいよぉ」
「静かに! ミュート! ミュート機能ねえのかこの世界は!!」
⌛
結局のところ、寝静まったこの村で宿泊できる施設はなかった。すべての家屋にはしっかり戸締りがなされており、民宿と呼べるような場所も存在しない。あったとしても野に放たれた200人の中では競争率が激しいし、ついでにこの世界の貨幣を知らない。
野宿するわけだが、あと数時間で日が昇る――と、なぜ時間という概念が分かるのかであるが、ナミダの視界の右上に浮かんでいる数字に砂時計のアイコンが浮かんでおり、そこに03:12と表示されていた。1分ごとにその数字が変更されていることから、今現在の時間であると推測する。
ということは、あと約束の時間まで15時間程度である。勇者候補たちはそれまでに二人組のチームを組なければならない。
「まあ、ウチらは余裕で組むことができたけどねっタナトスくん」
二人は村とその境にある橋を逆戻りして、発光すずらんが多く繁殖している畑の付近に大きな木あったので、そこに背を預けていた。
「まあそうっすね……。けど、こんなあっさりと条件をクリアしていいんですかね?」
「いいんじゃん? 体育の時に一人余ってあたふたする人もいるんだし」
ぎく。まさにナミダはその余る人物だったので、その言葉の矢は心臓を貫いてきた。精神ダメージ1。
「んー、気持ちいね、夜風。都会とかにはない涼しい風だ」
「都内に住んでたんですか? カエナさんって」
「そーだよ。京王線だったんだよ、新宿まで26分でーす」
「田舎暮らしだったから距離感が分かんない」
カエナはにひひと笑いながら、ずっと空を見上げて星を数えるナミダに顔を覗かせる。まるで珍しい石でも見つけたかのように、目が輝いていた。
「タナトスくんはいずこに?」
その質問に、ナミダは少し考える。自分の過去をさらすには、少し勇気がいる。彼にとってその行為は、本当に信じていい人物にしかしちゃいけないと、過去のトラウマがそう訴えていた。
「そう、別に教えなくてもいいよ。この夜景を見せてくれたことに免じて許してあげよう」
「確かに、ここの星空は絶景だね」
子供の頃、近所に綺麗な川が流れていて、そこの岸がかなり広かった。駐車場として整地される前は、純粋無垢だったナミダにとっては誰の保有している土地でもなかったから、遊びの場として独り占めできていた。夜中の23時、ナミダは親の目を盗んで、車庫に放置されていたビニールシートを担いで、家を抜け出した。綺麗な川の岸にそれを敷いて、思いっきり大の字に寝そべって、巨大な空を掌握できた気がした。
目を閉じると、あのときの川の流れる音が聞こえてくるようだ。
実際に橋の下は川だったけど、でも、それに限りなく近い。
危険だからという理由で遊具が使用できなくなるみたいに、その綺麗な川にはフェンスが設置されて立ち入り禁止になってしまった。
「そういえば、まだ自己紹介してなかった。僕の名前は雨宮波打って言います――って」
ナミダが真横を向くころには、カエナは全身を丸めて寝入ってしまっていた。こんなごつごつとして、起きたら跡が付きそうなところでよく寝ていられるなぁ。
ナミダはもう一度星空を見上げた。
「……地球、どこだろ」
この場所は地球に似た何かなのか、それとも何億光年も離れた場所に位置する見知らぬ惑星なのかは知らない。ひとつだけ分かることは、たとえ200人の中から選ばれし4人でなかったとしても、ネクストは異世界に違いないということだ。