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異世界症候群は死の夢さえも殺せない  作者: 凡人a
一日目 多才な人には、勝てないけど
33/48

??? 【どう足掻いても勝てない】

 一方で、ナミダは戦士の目覚める瞬間に背筋が伸びるほどの感動を覚えていた。

 むくろの騎士の胸に突き刺さる剣を最後まで引き抜くと、


「目覚めろ、【魂蘇生ネクロポーテンス……!】」


 骸は発条が巻かれたブリキのおもちゃのように、ゆっくりと動き始める。錆が多いのか、油を差さねば潤滑に動くことができないけど、注がれた魔力がそれの代わりとなって、


[…………お待たせいたしました、キング


 骸はゆっくりと膝を折り、主に深く礼をする。魂の再び宿った兜の奥は赤白く輝きはじめた。声は低く、狭すぎる密室で反響するようにこもっている。


「そ、そんなにかしこまらなくていいよ。……ってかすごいな、これが【魂蘇生】の心の力――」


 最初は仮死状態の見方を蘇生するためのスキルだとルルゥに入れ知恵されていたが、遠からず近からずであった。これは、死亡した生物の元に魂を戻し、完全に蘇らせることができる。


[ですが、我は一度腐り堕つまで腐敗した身。兜の下は変わらず死体のままです]

「魂を戻すことができても、肉体までは取り戻すことはできない、か。返すよ、この剣――いや、この剣ってそもそもキミの持ち物か? 刺さってたから敵のかな」


 騎士に、長剣を横向きに差し出す。それを受け取ると、じぃっと見つめながら思い出そうとしていた。


[この剣は――我のものではありません。が、我が生前最後に戦った敵の所有しているものでもないでしょう]


 それを構え、ナミダに向かって勢いよく振り下ろし――彼の真後ろで今にも新鮮な肉を食い尽くそうとしているゾンビの頭を刎ねた。

 血の雨が降るが、騎士は自身のアーマーを傘のようにしてナミダを守った。


「うぉっ!! ご、ごめん、ありがとう。ええっと、」

[マリア]

「へ?」

[我の生前の名前です。マリアとお呼びください]


 マリア。女性の名であるが、屈強な男が着用するようなアーマーであった。それも偏見か、と首を振った。


「マリア、よろしくね。さっきめちゃくちゃカッコよかったよ、頼りにしてる」

[はい、マスター。我がマスターを守ります]


 完全に息絶えたゾンビの身体が、ボウッと膨らんだ光を孕む。その光が浮かび、ナミダのを追尾し、そのまま取り込まれる。視界に、『EXP+100』と表示された。

 キャラクターシートを開き、次のレベルアップまでの経験値を確認すると、『900』となっている。


「とりあえず、レベルが上昇するまでゾンビを狩り続けてくれ、マリア」

[承知いたしました、マスター]



「もう何も考えるな、【“規則”の規壊 《ルールブレイカ―》】」

「な、にを、したの」

「懐疑。なぜ疑う? 私はこの世界の“ルール”である。ルールは破いたり壊したりすることはできない、護るものであるからだ。それを無理に破く人種が現れるのであれば、その行いを罰する『執行者』の役目だ。【背く者が自分の能力を使えず、ただそこに跪くのは当然である】」

 たった今、ひとつのルールが追加され常識のひとつが改変された。


――【【】は勇者候補が使用することはできない】――


「――!」


 足から力が抜けて膝を折る。それが原因で立つことがままならないが、立てなくはない。ただ、ハツミの脳裏に浮かんだ「このまま立ったら膝が壊れるかもしれない」という不安に屈服し、それに従っただけだ。

 直接膝を狙われたわけではない、なのになぜか――【屑宮髪実は立つことができない】――

 それに続いて、ひとつ気づいたことがある。勇に向けて落としたはずの砂が、いつまで経っても落ちてこない。軌道は――なぜか打ち上げ花火のように昇ってゆく。それに気づいた頃には、この男の言う“規則”自体こそが彼の能力なのだと理解したが……。


「理解もできなくていい。それでいい、ただの現象なのだ。懐疑するな」

「く、う……なん、で、何も、でき、ない」

「懐疑するな。懐疑するな。懐疑するな。懐疑するな」


 辛うじて動く左腕を自らの靴に伸ばし、隙間に入れて隠していたスプーン一杯分程度の砂を指ですくう。


「ぬぅっ!?」


 瞳孔が完全に開くほど大きく開けた勇の目に命中し、顔を手で覆いながら後ろによろける。足を狙って肘を落とすと、ハツミはようやく解放されて大きく咳き込み、もう一度義手を正面に向けて“塵”を発動させようとする。


「ぬ、う!? 【私は屑宮髪実の背後から心臓を貫いた】!!」


 瞬間、惑星ネクストはハツミと勇の二人を中心に分断され、勇の姿がパラレルの存在として【一時的に消滅する】が、【世界は再構築され、ハツミの後ろに出現することができる】。


「ふ……くくく、私が創り上げた“規則”は最強だ」


 目に染みる砂の存在に、片目を閉じながら。パラレル状態のネクストから姿を現した勇はハツミの真後ろを取り、仕込み杖の先のキャップを抜く。アイスピックと同じ鋭さの針が出現するが――

 一瞬だが、ハツミは自身のキャラクターシートを開き、何かを確認してからそうつぶやいた。



「【“塵”の帰結】」



 ハツミの義手の球体を強く握って、綱を引っ張るような動作をした。勇の目の中に残っている砂が眼球をえぐって、脳を貫通し球体へと帰ってゆく。


「な、ぐあああぁ!!? なぜだ!! なぜ動ける、それになぜ私の位置を把握している――!」


 背後に立つ勇の存在に気づいた理由。

 それはハツミの周囲を漂う“塵”にある。勇の服がこすれたことによって発生する繊維だ。砂などの硬い粒子とは違い、やわらかく一粒一粒が大きく、集まりやすい物質である。それらは攻撃には向かないが、周囲に漂うことで攻撃を感知できる。

 集めていた――ハツミが首を絞められている間。目の前の男から――!!

 

「そうかな。確かに“規則”は言葉通りに実行できれば最強ではあると思う。でも、そもそもその“規則”自体が“規則”に縛られていたら、できることに限りはあると思う」


「があああああぁ!! ぐ、うぉお、やめ、ろ、きさ、」


 ルルゥに聞いた『十六禁忌魔法』。

【生死】【時間】【精神】【複製】【創造】【規則】【言語】【年齢】【宇宙】【病気】【声音】【貧富】【欲望】【暗光】



 勇の持つ“規則”は【規則】と似ているが――紛い物だ。本物の【規則】は存在すらも否定することができるが、彼ができた否定は過去の自分のみだ。



「“規則”では直接人を殺せない。最初にゲームマスターが勇を排除したのは演出で、それらの事象はなかった。最初から200人から変わっていない。“規則”を変更しその結果として人が巻き込まれて死ぬだけ。あなたが私と相対したときからハツミは死ぬと言えばいいのに、それができないのが証拠」



 が、それには反論がある。勇は命を弄ぶから、サディスティックな一面を加味すれば一瞬で殺すことはあえてしないのかもしれない。

 絶体絶命の今、ハツミは死ぬと宣言できないのが論より証拠だが、これはハツミの賭けでもある。

 賭けに成功したハツミの動きは速い。男は後ろに跳ねるが、少し遅いのだ。ひび割れた傷から出血する顔面に向け、義手を伸ばした。


「なぜだ、なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだ勇者候補はスキルを使えないはず、なぜだああああああああぁああぁぁぁ!!!」

「あれだけ言ったのに。「懐疑するな」って。そっくりそのまま返してあげる」

 

 義手の中に浮かぶ球体に集った“塵”は、反対の手の平に集約し、それが一本のナイフのように変形する。ハツミはもう一度大きく踏み込んで、勇の懐を狙って走る。思い人のために駆け、【いまを生きる】――



「違う、違う、違う、私は、私は、私は、私は、懐疑、懐疑、懐疑、【オルタナティブスキル:“規則”の規壊】【屑宮髪実は声を失う】【屑宮髪実は視力を失う】【屑宮髪実は見た目を大きく変える】【屑宮髪実は日光に脆弱になる】」



「……! …………!!」


 ハツミは視力、声、見た目、皮膚の病を同時に患う。

 目の前にいた人物消え、一瞬で闇が広がるが、【ルールは負けたのだ。視力を失い、声を失い、長い銀髪の身長が低くなり、皮膚が日光でも腫れるほどに肌が弱くなったとしても。】それでも、ハツミの持つ義手の中に含まれる塵は貫いた、薄い膜を、その膜の裏に存在する、脈打つ心臓の鼓動を。

 ナイフを引き抜くと、ハツミの手のひらからすべての塵が失われた。

 勇が口から血を吐き、ゆっくりとした動作で膝から崩れ落ちる。自身の心臓を手で押さえながら、前のめりに倒れた。

 静寂がハツミを包む。これほどまでに恐ろしい静けさは久しぶりな気がして、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれた。


「……っ! ……! ……!!」


 深い河に落とされ、誰かに助けを求めるように彼女はもがいた。

 ハツミのキャラクターシートの内容が、たった今大幅に書き換えられた。

 


『屑宮髪実 NPC Lv6 HP49 MP87 ATK15 DEF15 DEX3 

状態異常:視力無効

状態異常:声帯無効

状態異常:日光ダメージ+3

状態異常:NPC化』



「……!! ……!!」


 名前を叫んだつもりだよ。でも、届かない――物理的にも精神的にも――なんで、なんで。私は、私だけがいない、この世界の片隅で、だれからも見つけられることなく――


 ハツミはそのまま気絶し、“規則”は変わることなく世界は時間を刻んでいる。


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