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異世界症候群は死の夢さえも殺せない  作者: 凡人a
プロローグ
1/48

病は気からの前日譚

 午後4時半の踏切は、鮮血を浴びた強盗殺人犯のように真っ赤に憂いた夕日に染まっている。カン、カン、と淡々した音が乾いたアスファルトをよく揺らしていた。


 少年は、そんな黄昏の中にひとりぼっちだった。


 雨宮波打あまみやなみだは、天を仰ぐように両腕を広げている。


 紺色のブレザーを着ているだけあって、おそらく少年は高校生だった。


 ぼさぼさの黒髪は風に巻かれ、前髪の先がちくちくと目の中に入る。ぼーっとして黒ずんだ瞳は、どこかを見つめているがそれは重要ではない。網状の影が身体をむしばみ、そして悲鳴を上げている。


 ちゃんと指先を天に向け、クリオネのように阿呆みたいに大きく腕を真横に向けているのだ。カカシのように目がぐるぐるとした落書きのように描かれているならまだしも、――少年は正真正銘脳ミソぎっしり詰まった人間だったと思う。


 身体が言うことを聞かない。本当はこんなことしちゃダメだって解ってるのに。


 のに。なぜナミダは線路の中央に立っているのだろうか。


 最後の抵抗として、指先に力を籠める。金縛りにあったとき、全身系を指先に集中すること解けるというのを動画で見たからだ。


 ちょうど、そのタイミングで脇に置かれたカバンの中から音がなる。携帯電話に着信があった。

 その相手が誰であってももう遅い。遅すぎる。

 たとえ謝られたとしても、死ぬことを決意した人間の考えを改めさせるのは難しいのだ。


 カン、カン、カン、カン、


「死ぬのって、意外と簡単なんだなぁ」


 カン、カン、カ……、



 カチ、と目の前の景色が飛ぶ。意識とは線だったのだ。脳と身体は一本の線で繋がっており、それをハサミで切った瞬間に人間は二つの物体に切り裂かれる。それは肉体を持たぬ意識と、意識を持たぬ肉体である。

 

 どうやら死んで戻って許されるほど、ナミダへの罰は甘くはないようだ。


 しかしこれは、部屋中に鳴り響く目覚まし時計を止める時の音だったようだ。

 魂が脊髄から剥ぎ取られ、ゆっくりと別世界へと飛ぶ。


 時間はそれほど長くはなかった。だが、その刹那に考える猶予はあった。

 猶予の途中でもう一度肉体と結合する感覚があった。ラジコンの中にバッテリーを入れるような感覚だったから、しょせん人間なんてそのようなつくりなんだろうな、とか勝手に完結して。



 少年は、再び目を覚ます。

 目の前には――――『異世界』が広がっていた。

 

 黒と紫のらせんが、空に向かってゆく。

 らせんの向かう先には天を突くほど巨大な時計塔が立っている。突く、という表現はまさに適格で、そら色の塔の頂点は蜂の針のように尖っており、それと同じかそれ以上に細い秒針は11時30分を指している。


 11時とあるが、夜か白昼夢かの境界線があいまいな黄昏た世界であった。そして、周囲には同じく同時に目覚めたであろう人々が、驚きを隠せない声を上げている。……その数はかなりいる。全員が、アクションゲームやRPGの世界でいうところの『標準装備』のような恰好をしていた。レザーで出来た鎧に、籠手という姿。


 それがざっと……ざっと、何人いる? 10、20、50、――いや、100人以上……?


「こ、ここは――どこ?」


 ナミダも含めて、ほとんどの人が今の状況を理解していない。同じく、自分の手のひらに視線を落としてレザー装備を確認して、きょろきょろと周囲を見渡している者がほとんどだ。


「え……うそ、またなの?」


 真後ろにいた女の声を聴いて、少年は振り返った。時計塔の放つぎらぎらとした陰鬱な光を吸収するブルーブラックの髪色、襟足がやや長いシースルーウルフという珍しい髪型の少女であった。奥二重だがまつ毛が長く、たれ目が愛らしくまるで習字でさんずいを書く時のお手本のように、泣きぼくろがある。

 と、人間は数秒目を合わせると恋に落ちるという迷信は置いて、



「ようこそ、『ネクスト』へ」



 マイクの調整をミスしたんじゃないかというレベルで大きな声が、らせんの世界に響き渡る。

 一人が、時計塔の文字盤を指さした。文字盤の6の上のからくりがぱかっと開いて、鳩時計の鳩のように男が姿を現す。

 鳥のようなくちばしマスクに、暗幕のように足元までをマントで隠した男だった。文献でしか見たことがないが、ある病気が蔓延した際にその患者を治療する医師がそのマスクをしているらしい。


「な、なんだ……? 誰だ? あのおっさんは」「俺たちをここに連れてどうするんだよ!」「家に帰してよ!!」「なんなんだよ!! ここはどこだよ!!」


 疑問の声が膨れる。膨れた風船に針を刺すように、鳥マスクの男は手を叩き、乾いた音が響き渡る。

 次いで、静寂が訪れた。


「ようこそ、異世界と現世の狭間、『ネクスト』へ。私のことは……そうだな、ゲームマスターと呼んでいただこう」


 『ゲームマスター』はいくつもの性別、人種をミックスしたような声である。


「異世界転生に憧れ、きみたちは自ら現実世界での死を選択した。少しだけ思いだすことができたかね?」


「……現実世界での死を選択?」


 ……そう、だっただろうか? 数日前というか、数時間前――なんなら、数分前のことすら思い出せない。が、確かにあの男に言われると、そうだった気もする。

 まるで親を初めて見る雛鳥のようだ。誰一人、あの男の言葉を否定しない。嘘を吐くときは真実を交えて、とは言うが。あの堂々たる振る舞いを見せられて、誰一人として声を上げようとしない。


「今は思考をわたしに委ねたまえ。人の子よ。そして、今からきみたちのことを約束通り、異世界へと転生する。だが残念なことに、次の世界に向かう前に、ここにいる200名の人物から4人を選別することとなった」


 わずらわしい……と、ゲームマスターを名乗る男は頭を抱える。


「残ることができた4人で次の世界に向かってもらう、ということである。ネクストはその狭間に存在する次元である」

「現実と異世界の中間にある世界……? 僕たちは、その途中にいるってこと?」


 ナミダがそうつぶやくと、ゲームマスターは頷いた。



「きみたちは本日より7日間……ネクストにて戦い、生き残らねばならない」



「待て……! 4人以外はどうなる!? 元の世界に帰れるのか!?」

 そうだそうだ、と他の勇者候補たちは拳を上げて訴えかける。その熱量は凄まじく、地響きが起きそうなほどだ。

 宣教者の嘘がゆるやかに発覚したのだろうか。それとも『ハッタリだ』と大声を上げる筆頭者がいれば、それに賛同してしまう群衆の心理だろうか。


「静粛に、静粛に」


 うるさいクラスメイトの教師にでもなったかのように、手を叩いて生徒たちを落ち着かせようとする。が、静粛にはならない。

 それどころか、徐々に勇者候補たちはヒートアップしてゆく。足元に置かれている小石を上空に向かって投げたり、痰を叩きつけたり。中指を立て、「降りてこい、このクソやろう!!」最前列に出て、興奮気味である。


「ちょっといいか、ゲームマスターよ」


 その中で、身長の高い筋肉質の男性がナミダの前に出る。190センチを超える巨体で、以前は鍛えていたのかかなり屈強である。目つきがキリっとしており、もしこの物語に主人公がいるならば彼のようなタイプが抜擢されるだろう。


「なにかね、鬼灯瓦勇ほおずきがわら いさむくん」


 勇、というのが主人公の名前だろうか。ゲームマスターはここにいる人物の名前を全員しっているのだろうか? すべてを掌握しているような佇まいである。


「我々が勇者の候補であるならば――少し扱いが雑ではないかね。俺もみなも、この場所に着いて数分しか経過しておらず、混乱しているからだ」

 周囲のヤジが飛ぶ。全面的に勇の意見に賛同する声である。

「簡潔にまとめてほしい。これがゲームであれば、ゲームマスターであるきみこそが、勇者の一番最初に出会う王なのだ。ここから先、どうすればよいか。元の世界に戻れるのか」


 大きく息を吸い、拳を上げて宣言する。



「我々は主人公なのだ! この物語の主人公――!! ならば、それに対しての必要最低限の情報提供は不可欠である!!」



 なんとも堂々たる姿に、おおお、と歓声が沸く。この人と一緒にいれば、自分は救われるのではないかと思うほどに名前の通り勇ましすぎる姿が印象的であった。


「ふ、くくく……」

 しかし、それに対してゲームマスターは笑って返す。不気味で低い声がこの広場に響いて、怪しく生暖かい風が吹いた。壁に付けられた燭台の火が揺れる。


「……うるさい小蝿よ。貴様は死んだのだ。主人公としての人生はお前が生まれて来てから24年で終了しているだろう」


「なっ……」


「中学で勉学も恋もうまくいかず。調子にのって施設の備品を破壊した動画をインターネットにアップして、それが原因で退学した。どこもお前のような人材を雇う会社はなく、肉体労働で死ぬまで働かされた。数日間の連勤で疲弊したお前は足を滑らせ、地上14メートルから落下して死亡した。それがお前が主人公として歩んできた、クソみたいな人生なんだよ馬鹿が!」


 銃口を突き付けられたように、勇はよろめきながら一歩、後ずさる。そして思い出したかのように、顔を手で覆って「やめろ――」と呟いた。


「ゲームマスターに歯向かうクズのお前には……こんな最期がお似合いだ」

 ゲームマスターは懐から、一枚の紙きれを取り出す。それをゆっくりと目の前に広げた。

「今からネクストの『ルール』を変更する。内容は貴様ら勇者のうち、200名より199名がこの異世界転生に挑戦することができる」


 省かれた一名は……今、この世に存在できなくなる。


「『“規則”の規壊 《ルールブレイカー》』!!!」


 勇の巨体が、宙に浮く。否、浮いたのではない……彼の靴が、まず無くなった。地に足がつかなくなり、男は尻もちをついて、手のひらを地面につく――これも否。


「ヒィッ!? な、なん」


 つくための手がない。存在しない。手首まるごと、消失している。バランスが取れず、思いっきり身体を地面に叩きつけ――できない! 無理なのだ、まるで、靴の厚さほどの空間がもぎとられて、消滅してゆく。


「だすげて、たす、」


 ナミダは苦い顔をして、その光景を最期まで見届ける。

 血も出てない、痛みもきっとない。それに、この人のことを僕は全然知らない。


「――、――……」 


 だけど、それとこれとは別だ……! ナミダは勇に手を差し伸べる。


「つかまって!」


 まるで深い海底から救いを待つように、男は消えかかる指先を差し出した。


 勇は差し出された手をつかもうとするが、すり抜けてしまう。

 ナミダのバランスが崩れそうになって反対の手を地面につく。次いで、膝をついて消える勇の粒子をかき集めるようなそぶりをするが、すべてが緩やかな風に流されて、天に向かって昇華した。


 完全に勇が消えるころには、取り残されたのはナミダと複数人しか残っていない。恐怖の場面に出くわした人々は火の粉を散らしたかのように散り散りになって逃げた。


「呆然としているところ申し訳ない。……これは見せしめというやつだ」


 ナミダは目を見開き、男の姿を見上げる。時刻は11時59分である。


「4人以外がどうなるのか、という質問にお答えすると、だが……」


 次の言葉は分かっている。そうだ、これは言うなれば、次の世界に進むためのチケットを争う戦い。ノアの箱舟に乗ることができなかった種族がどうなるのかなんて、予想できたはずだ。


「死ぬ。それだけだ」


 だから、せいぜい無様な最期を迎えないよう気を付けてくれたまえ。


「本日の23時、一日を生き延びた者は再びこの時計台広場に再び集まっていただく。そして、『2人1組』のチームを組んできていただく。それだけだ。時間になったら自動的にきみたちをここに転送する手はずとなっている」


 そう言い残し、ゲームマスターは踵を返す。後のことは、すべてきみたち一人一人の持つキャラクターシートに載せられている。検討を祈っているよ。


 鳩時計のからくりがもう一度動き始める。巨大な時計塔が彼のことを守護するように、男の姿は完全に内部へと隠れてしまった。


 そうだった、気がする。なぜかは理解できないけど。しかし、少年と他の198人は戦わなきゃいけない。次の世界に進むために……。異世界と、現実世界の狭間『ネクスト』の中で。


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