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小沢治三郎~最後の連合艦隊司令長官~  作者: 佐久間五十六


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日々の過ごし方~戦後治三郎余生~

 東京都世田谷区に治三郎の終の住みかはあった。閑静な住宅街の中にある一軒屋は、自分の屋敷を人に貸し、奥の二間を区切って老夫婦(小沢夫妻)の住居としていた。

 治三郎はいつもラジオを聞いており、取り訳英語講座を楽しみに聞いていたと言う。治三郎はこう語る。

 「英語と言うものが、こんなに難しいものかと今更ながら思う。」

 と、語っていた。

 小沢治三郎は戦時中に敵性言語として、学ぶ事を禁じられた英語を熱心に勉強していた。決して海外旅行に行きたいとか、外国語を使ってビジネスをしたいなどとは思っていなかった。

 日本海軍の指揮官として、自分が命をかけて闘った相手はどの様な言語を使っていたのかと言う興味でもわいたのだろう。詳しい事はさだかではないが、きっと自分達を負かした米国に対して一種の憧れがあったのかも分からない。

 戦後の日本は大きく変わっていた。しかし、そこに暮らす人々の心は大きく変わっていたとは言えない。それだけは確かである。

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