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山下泰文陸軍大将(マレーの虎)
皇道派ではなかったが、周囲の人物がそう誤解させていて、天皇からは嫌われていた。
昭和5年歩兵第3連隊長、昭和10年軍事調査部長、昭和15年7月航空総監を歴任し、太平洋戦争開始時には帝国陸軍第25軍司令官として、マレー半島上陸作戦の指揮を採っている。人は彼をマレーの虎と呼ぶ。英印連合軍降伏時の敵将パーシバルに対して、こう質問した。
「yes、or、no」
と恫喝したと言うエピソードは有名である。その逸話には創作の部分もあるが、少なくとも20万人はいる英印連合軍を4個師団8万人で、攻略しようと言う無茶ぶりに対して、昭和17年2月15日にシンガポールを陥落させたのは、凄い事である。
昭和19年9月には、フィリピンへ行き、関東軍第一方面軍司令となる。レイテで奮戦するも、巧致な作戦の不味さを補うには至らなかった。
その男の名は山下泰文である。身に覚えの無い罪により、連合国に裁かれたのが悔やまれた。最終階級は、陸軍大将であった。昭和20年9月3日に投降し、現地裁判で死刑になっている。




