9.湿原の朝
遅くなりました。
日は昇る前からどこにいるのか分かる。
空の黒がだんだん薄くなって、「わーい、お待たせー」とテンション高い真っ赤な太陽が地平線の上に現れる。
平らな地平線から現れる太陽に、目をパチパチした。
太陽の光って、本当に強い。西の空に残っている月の存在感が薄くなっている。
お骨さまの砂漠やエレメントからの眺めとは、また違う。
座からだいぶ南下し、周りは広々とした湿原で、竹林は振り返らないと見えない。
太陽を迎える鳥たちの鳴き声が賑やかで、土と水の匂いが濃厚だ。
草ばかりかと思ったけど、湿原の島みたいに木も生えている。邸近くの高木と違って、ゆったり周囲に枝を広げた木が多いみたい。
早朝で、何にでも露が降りていた。葦やカヤツリの葉や花穂は、光る露でふんわり縁取られてるみたい。笠の葉っぱやドミティラが背負った槍の穂先も、きらきらしていた。
「きれいねー」
カンデの背中の上でうっとりする。
「あ、しっかり起きたか」
カンデの声は落ち着く響きだ。
「起きたよー」
結局、半分眠っていた子ども二人は、大人の背中で運ばれていた。
大人はほぼ走っていたから、どのみち追いつけなかったと思う。
地面に降りると葦の背が高くて、周囲の様子は全然見えなくなってしまった。
「私の後ろを歩いてきて」
「はい」
前にはカンデ、後ろにはマノリトとルピタがいる。
「ル、ルピタも、し、しっかり起きて」
マノリトが心配そうに後ろを振り返っている。ルピタがむにゃむにゃ返事するのが聞こえた。
周囲から少し高くなった場所に、平らに枝を広げた木があった。先頭だったドミティラが、木の根元をざっと確かめてから、みんなで休憩する。
狩りの日、まずは朝ご飯だ。
みんな座の中とは格好が違う。カンデに初めて会ったときの格好だ。上着の代わりに草を編んだ簑を肩に掛けて、足はサンダル履き。簑と同じ材料で足回りをぐるっと覆っている。今は背中に掛けているけど、頭にかぶる草付きの笠もある。
原住民感あって、エキゾチックだ。
民族衣装をあこがれの気持ちで見ることはあっても、実際着ることはあんまり考えたことがない。見た目のかさばりに比べると、ずっと軽くて涼しい。
手にした武器もそれぞれ。ドミティラとカジョが槍(銛?)、マノリトとカンデが弓。でも、大きなナイフや杖もあるから、一人一つの武器というわけでもないのかな。
噛みしめた雑穀混じりのおにぎりは、冷めていてもおいしい。
ちゃんとあったかいご飯をにぎったからか、もちもちした感触が口に広がる。
誰がにぎってくれたのかな。
「カンデの杖、何か生えてます」
カンデの傍らに置かれた杖を指さした。
「これはヒカリゴケを植え付けているんだ」
手渡されて、しげしげ眺める。
杖は、地面からカンデの目線くらいの高さがある。先が魔女の杖みたいに太くなっていて、灰色のコケがふさふさしていた。
「暗いとき便利?」
「灯りというよりは、目印だよ」
「カンデはケガを治せるんだ!」
ルピタはおにぎりを食べ終わって、すっかり元気になったみたい。
「おお、ニーノみたい!」
「いや、ニーノさんほどでは……」
「比べなくていいよ」
苦笑したカンデの背中を、ドミティラがたたく。
「ロペはカンデが取り上げたんだよ。熱が出たり、ケガしたりで、座の中に治療ができる奴がいるのは心強い」
「エステルも治療の知識はあるんだけど、この辺りの草や木から薬を作ろうと頑張ってるのはカンデだな」
カジョにも言われて、カンデは照れくさそうだ。
「もう少し余裕ができたら、ニーノさんにいろいろ聞いてみたい」
「おお、とてもいいです! ニーノは質問はちゃんと答えるよ」
「ああ、そういう感じはする」
思い返すと、カンデはエステルのときもプラシドのときも手術を手伝っていた。
二人がどんな話をしたのかと考えると、ちょっと気分が良い。
「ねー、今日の獲物はスベンザ?」
ルピタの問いにマノリトが頷いた。
「ここからまだ南西に行った辺りに、スベンザの好きな水草が生えている。今は子どもが生まれる時期で、みんな集まるはずだ」
「スベンザは群れで行動する。泳ぎも得意。できれば、地上にいるところを襲いたい」
「子どもを狙いますか?」
ドミティラの笑みは深い。
「かわいそうだけど、おいしいからね。群れから離れているスベンザがいたら、大人でもいいよ」
「ス、スベンザはおとなしいけど、か、狩りは怒る。エ、エーヴェは遠くから見る」
若葉色の目は取っても真剣だ。
「はい、マノリト」
うー、ちょっと緊張してきた。特に何もしないけど、ドキドキするぞ。
「それにしても――、持ってきたんだね」
出発しようという段になって、ドミティラが呆れたように竜さまの鱗を持ち上げた。
そのまま、カンデやカジョと景色を眺める。
うっふっふー、竜さまの鱗はきれいです。
「ハスミンが背負えるようにしてくれました!」
だから、いつでも持って行くもんね。
ジュスタのナイフと竜さまの鱗が、エーヴェ固有装備なのです。
「歩いたり走ったりで、自分の身体より幅が広くなるんだから、気をつけなよ」
「はい!」
竜さまの鱗を背負って、出発する。
先頭がカジョに替わり、カンデ、私、マノリト、ルピタ、ドミティラの順。
湿原に踏み込むと、鋭い声を上げて、オレンジの冠毛のある水鳥が葦の向こうから飛び立った。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




