7.ドキドキな実験
ルピタに鱗で跳ねる遊びを見せてあげたけど、ルピタは手足が長いので少しサイズが合わない。それでも、鱗の強さにルピタは目を白黒させる。
「こんな鱗がたくさんあるなんて、大きな竜さまだね、お山さま」
ルピタが鱗を頭の上にかかげて、ふわーっと声を上げた。
うっふっふ。やっぱり、みんなそのポーズがしたくなります。
「大きいよ。首を持ち上げると、うーん……、あの倉庫くらいあります」
「ほおー! 背が高い!」
「身体の長さは、おどろさまとりゅーさま、同じくらいかも」
ひなたぼっこをしていたお泥さまを思い浮かべる。
頭の中で並べると、竜さまとお泥さまはあまり共通点がない。長い尻尾が、竜さまの共通点なのかな?
「みんなにも見せに行こう!」
ちょうど目に入った倉庫へ、ルピタが駆け出した。
近づくと倉庫は大きい。高さは邸とだいたい同じくらい。でも、滑らかな土壁で、雰囲気が全然違う。邸は石造りで角張ってるけど、倉庫は角が丸い。色は明るい白茶で、漆喰みたいに見える。
座の他の家はみんな竹でできているけど、ここは木材が使われている。太い梁が壁から突き出していて、飾りにも見える。
「遊びに来たよー!」
木の扉を押し開けて、ルピタが中に声をかける。
「おおー!」
一歩踏み込んで、思わず声を上げた。
天井が高い!
二階から三階建てだと思ったけど、扉から入った空間はぶち抜きのホールだった。
縦長の窓から光が射しこんで、たくさんの丸い水面をまだらに照らしている。そして、かすかな刺激臭。
「染料だよ。いらっしゃい、エーヴェ」
向かいから、声が響いた。
ホールの向こうの二階部分から、ハスミンが顔を出している。
「あれ、全部染料なの?」
「うん。実験もしてるんだ。穴掘ってるだけなのも、甕を埋めてるのもあるよ」
はしごを登って、二階に入る。
扉が閉まると、竹の匂いが室内に満ちた。
部屋には大きなテーブルがあって、マノリトとカンデもいる。
「はーい、みんな! これがお山さまの鱗だよ!」
ルピタが両手で竜さまの鱗をかかげる。私は隣で「どやあ」だ。
「すごい。魚やヘビの鱗なら見たことがあるけど、比べものにならない。強い」
鱗の厚さを手で確かめながら、カンデが呟く。
「きょ、曲ができそう」
指で表面のぼこぼこを触ったマノリトの感想。
それは大変な名案!
「へえ、これがお山さまの鱗かぁ。ジュスタに聞いてるよ。ちょっとあぶってもいい?」
しゃがみ込んで鱗をしげしげ検分して、ハスミンが言う。
あぶる?
「……いいよ!」
ジュスタの話では、普通の火では燃えないはずだ。
「え、よしなよ、ハスミン」
「エーヴェがいいって言ってるんだよ、だいじょーぶ」
カンデとマノリトが心配そうにしているけど、ハスミンとルピタは興味津々だ。
いいって言ったけど、とってもドキドキしてるよ!
隣の部屋に行ったハスミンが、火を持って戻ってくる。
竹の先にぼろを巻いたたいまつだ。
思ったより、本格的な火だぞ。
鱗を水を受ける形に支えて、ハスミンは鱗の下から火を当てる。
炎は鱗に当たって形を変えるけど、燃える匂いはしない。
しばらくして、ハスミンが炎の上に手をかざした。
「うわぁ……、すごい、熱が遮断されてる」
「しゃだん?」
「触ってみなよ」
鱗越しに炎の上に手を置く。
「温い」
「熱くないね!」
みんなで鱗を触って、きゃあきゃあ言う。
すごい、こんなこと初めて知った。
「燃える気配もないのに、これが燃料になるなんて信じられないなぁ」
たいまつを近くの壁に掛けて、ハスミンは感心しきりだ。
「ハスミンはりゅーさまの鱗、知ってましたか?」
「見たのは初めて。ジュスタから溶鋼と製鉄について教えてもらったとき、竜の鱗だと簡単かつ純度の高い金属ができるって聞いた」
「おお! ジュスタ!」
そういえば、技術の交換をしたって聞いた。
「私会ったことない!」
「そりゃ、ルピタがここに来るずっと前のことだもん。カンデは会ったっけ?」
「会ってないな」
「マノリトは一緒に猟も行ってたもんね」
マノリトはにこにこ頷く。
「ジュスタは何を勉強しましたか?」
「染めのこと。色作りの意見も参考になったから、今回も会いたかったよ」
はあーと、ハスミンが宙に息を逃がす。
うふふ。ジュスタの高評価、嬉しい。
「そ、それから、な、縄の話」
マノリトの指摘に、ああ、とハスミンは手をたたく。
「そうだね。編み縄」
「編み縄?」
「前、やってあげただろ? 竜さまのお花に」
「あ!」
縄を編んでお泥さまの花の竹筒を首から提げられるようにしてくれた。
ハスミンの赤茶色の目が、にぃと笑う。
「鱗もしてあげようか? これから、みんなに見せに行くなら、背負えたほうが便利だろう?」
「お?」
それはいつでも竜さまと一緒にいられる感じだ。
「あみなわ、エーヴェもできますか?」
カンデが、白い歯をこぼして笑う。
「なるほど、自分でしたいか。まあ、簡単なのはできるけど、大きくて平たい物はコツがいるから、任しとき」
「簡単なやり方は、私が教えよう」
ルピタから鱗を受け取って、ハスミンが椅子にかける。縄を作業台の下から引っ張り出した。
「タタンは編み縄、できますか?」
「る、ルピタも一緒に練習するといい」
ルピタは口がへの字になっている。
「なんか頭こんがらがっちゃうんだよー」
でも、ハスミンが鱗に縄を掛けてくれる間、ルピタも一緒に練習に参加してくれる。丸い物に縄を掛ける、基本の形を教えてくれるらしい。
「そうだ。明日から狩りに行く予定だが、エーヴェ、興味はある?」
縄の結び方を教えていた手を止めて、カンデが首を傾けた。
「え? 狩り? 誰が行くの?」
ぱっと答えたのは、ルピタだ。
「カジョとドミティラとマノリトと私だ」
「プ、プラシドはきっと、に、肉、喜ぶ」
マノリトがにこっとする。
おー、プラシドのお見舞いなんだ。
肉か! 何だろう、大きな動物を狩るのかな?
「行きたい!」
「私も!」
「ルピタは残って」
「なんでー!」
「子どもが二人もいたら、大人四人だと難しい」
「えー!!」
「エーヴェもタタンと一緒がいいです」
「エーヴェちゃん!」
ルピタが感動した目でこちらを見ている。カンデもマノリトも苦笑した。
「うーん。――ドミティラに相談してみるか」
「相談して!」
狩りと言うからには、きっと外だ。
ルピタと一緒に外に出られるといいな。
「ほら、今は編み縄に集中しなよ」
ハスミンがからりと笑って、みんな縄の結び方に頭を切り替えた。
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