3.ありがたいお薬
今回も四人での演奏で、最後には口論になってた。
まさか、ケンカまでが甘露の演奏なのかな?
――曲すると、皆、いつもケンカ……。
お泥さまはやっぱり不満そう。
「ケンカは止めたほうがいいのです」
「竜さまー、ごめーん」
プラシドが飛び込んで謝りに行く。
「せっかく竜さまに聞いてもらえるのに、練習が足りないと思う」
「ちょっと落ち着いてから、特訓するからね!」
カンデとハスミン、目が本気だ。
うーん、やっぱりみんなのこだわりが強いみたい。
「ニーノ、何作った?」
小さな桶を改めているニーノの傍に寄ったけど、さっと蓋が閉じられてしまう。
「あ、隠した!」
「隠していない。衛生の問題だ」
衛生が関わること?
「手術に使いますか」
「当然だ」
「おおー!」
じゃあ、ますます何なのか気になる。
「まだ使うか分からない。首尾よく行ったら話す」
「……はい!」
ちょっと不満だけど、また今度だ。
夕方ということもあって、今回の演奏はそこで終わり。集落に戻る。
ルピタと乗ってきた筏は、後ろに引いてもらった。
「エーヴェちゃんと、ホソダケを捕ったんだよ!」
ホソダケ……貝の名前かな?
確かに、細い竹みたいに円筒形だ。
ハスミンがひょいっとカゴをのぞき込んだ。
「へー、こんなに。がんばったね」
「ホソダケは、う、うまい」
ハスミンとマノリトがにっと笑う。
その晩は、エステルの家にいる人以外みんな、食堂でご飯を食べた。
ルピタと一緒に取った貝が、中央でジュウジュウ焼かれて、みんなにふるまわれる。
醤油みたいな香ばしい匂い!
細長い貝から、つるりと身が取れて、口の中でじゅわーっと広がる。
「おいしー!」
ご飯がすすむぞー!
貝柱が残っているのがもったいなくて、箸で一生懸命こそぎ落とす。
身と比較すると貝柱はちょっとだけだけど、残すにはおしいおいしさなのだ。
カゴにたくさん捕ったけど、みんなで分けると一人三本。あまった二本を、ドミティラがルピタと私にくれた。
「私、ノエミにあげる! お乳で大変だから!」
「なんと!」
ルピタは増えた一本をノエミに渡す。
立派だ。
でも、ホソダケはおいしい……。
「エーヴェは……、食べるのです……」
「あっはははは、食べて、食べて。エーヴェちゃんは珍しいでしょう?」
ノエミがからんからん笑ってくれたので、ほっとして口に入れる。
「――おいしー!!」
調味料は何だろう。本当に醤油みたいだ。
今度誰かに聞いてみなくては。
翌日の朝も、ニーノは忙しそうだ。
台に向かって何か作業をしている。
「今日の手術も夜ですか?」
ニーノの手許をのぞき込んだ。
薬の調合だろうか。
「ああ、そのつもりだ」
「プラシド、逃げないといいね」
はあ、とニーノがため息をついた。
「逃げないだろうが、小心者だから眠るまでが必ずうるさい」
眠るのは、麻酔のことかな?
怯えるプラシドが簡単に思い浮かんで、笑ってしまう。
「――お? この間の血がありません」
フラスコの中に入っていた血がなくなっている。
「あれは実験だ」
「もう終わった?」
ニーノが冷たい目で見下ろしてくる。
忙しいのか、言いたくないのか、どっちだろう。
「お泥さまの甘露と血を混ぜた。体液として甘露を循環させられるかと考えた」
ぱちぱちする。
なんだろう、点滴ってことかな?
「できたの?」
ニーノは頷く。
「理由は分からないが、輸血と同等の効果があるようだ」
「――あ、エステルさんの手術で使いました!」
それで、甘露が欲しいと言っていたのか。
「竜さまの唾液には治癒効果がある。竜さまがたは体内に、何らかの治療物質をお持ちなのだろう。お泥さまの唾液については知らないが、甘露は乳の代替というより、対象物に吸収されやすい性質を持つようだ」
むー。また、ややこしいこと言ってる。
「竜さまのよだれはケガを治すってこと?」
「ああ。幼いとき、ひどいケガをすると、竜さまが口にくわえてくださった」
「えええええ!」
なんだそれ、とってもうらやましい!
「ひどいケガでも、一日も経てば治ってしまう」
「すごーい!」
竜さまの口の中、どんな感じなのかな? 暑いのかな?
「もしかして、よだれ、持ってきましたか?」
「ああ。外傷には最上の薬だ」
おおおお。発酵したらスライムになるけど、普通のよだれはお薬。おもしろーい。
「プラシドの手術にも、使う?」
「状況次第だ」
ニーノは手を止めて、こちらを見下ろした。
「貴様はルピタと遊べ。好奇心もいいが、貴様に手術はずいぶん早い」
「ずいぶん早い!」
言い方が面白くて笑ったけど、ルピタとの約束がある。ニーノにわいわい手を振って、桟橋へ走った。
今日も一日分、泳ぎが上手になるのです!
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