表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/300

2.ふよふよの穴

 大人は田んぼの世話や狩猟、甘露の演奏、洗濯や調理とやることいっぱいで、班分けとローテーションが組まれた。だけど、子どもは別だ。

「こ、子どもは遊ぶ」

「わーい!」

 マノリトに言われて、ルピタと声をそろえた。

「エーヴェちゃん、これなら泳げるようになるよ!」

「お、おう……」

 黒曜石の瞳のきらきらに圧倒される。


 翌日から、お昼ご飯を持って、泳ぎに行くことになった。

 大人がいないので、柵の外には行かない。

「竜さまのいるところは、入り組んでるんだ。だから、いろいろな景色があるんだよ」

「水脈とは違いますか?」

 お泥さまがいる水場は全部、水脈と呼ぶのかと思ってたけど。

「水脈はね、深いんだ。水がきれいで、いろんな草や魚が見られるけど、練習は違うところがいいよ」

「ワニは内側にはいない?」

 ぱくーっとされるのは外だけなのかな。

「いるよ。でも、中のワニは小さいから平気」

「へいきー?!」

 あはははは、とルピタは明るく笑う。


「今日は貝を捕ろう!」

 泥場までやって来て、上着を前と同じ場所に引っかけると、ルピタは(あし)原をたどり始めた。お昼ご飯を受け取るときに、カゴを一つ奪って頭にかぶってたけど、その理由がやっと分かる。

「今日はおどろさまいないね」

 葦原はちょっとぬかるむくらいで、簡単に歩けた。

「あとで甘露の演奏をするから、きっと水脈にいらっしゃるんだよ」

「おお、甘露の演奏、見たいです」

「うん! 後で行こうね!」


 水面と泥場が接する辺りで、葦の根元をルピタがのぞき込んだ。

「ほら、この穴から水がふよふよしてるでしょ?」

 隣にしゃがんで見ると、薄い水が穴を中心にふわふわと動いていた。

「動いてます」

「この中に貝がいるんだ。――えい!」

 ルピタは無造作に穴の近くに腕を突っ込んで、掘り起こす。

「ほらー!」

「ほぉー!」

 細い竹の枝みたいな貝が、ルピタの手にのっかってる。

 六センチくらいあるかな。

「エーヴェもやりたい!」

「水がふよふよの穴を探すんだよ!」

 ルピタはカゴに貝を放り込んで、次の穴を探している。


 水に近い葦の根元辺りを注意して見ていると、ふわっと水面に揺れがあった。

「ふよふよです」

 しかも二つもあるぞ。

「タタン、ふよふよです!」

 向こうで泥に手を突っ込んでいたルピタがカゴに貝を放り込んで、こっちに来る。

「おお、これだ。まさしくだよ!」

 穴から少し水に近い辺りをルピタが指す。

「ぐいーって手を突っ込んでみて。泥だから簡単に入るよ」

「はい!」

 指をまっすぐそろえて、泥に沈める。

 砂を掘るよりも簡単に、手が奥に沈み込んでいく。

「それから、指で(さぐ)るんだ。固いのがさわったら、貝だよ!」

 指を動かしてみると、柔らかい中にカリッと尖った感触がある。それを逃がさないように、掌を丸めて引っ張り出した。

「どう? どう?」

 ルピタがわくわくしてる。慎重に手を開いて泥をのけると、八センチくらいの細長い貝がいた。

「おお!」

「おお! 大きい!」

「やった!」

 ルピタがすかさず出したカゴに、貝を入れる。

 二人で泥付きハイタッチだ。


 お昼ご飯のあと、ルピタはカゴを葦の一本にくくりつけ、軽く泥をかけた。

「これで死なないし、鳥に横取りされないんだ」

 そこから泳ぐ練習が始まった。

 小学校ではクロールから教わった気がするけど、ルピタ先生はきっぱり立ち泳ぎからだ。

「水を足で下に押すんだよ」

 今日はお泥さまの泡がないので、ルピタが隣で手をつないでくれる。

 一昨日より上達した気がするけど、長く泳ぐのは大変だ。

「エーヴェ、疲れちゃった」

「じゃあ、浮かぼ」

 ルピタはぷかぁと空を眺める。

 真似して、空を眺める。


 水に浮かんだことはあっても、側に草が生えてるところで浮かぶのは初めてだ。

 頭上をサギが飛んで、目で追う。

 低かった。ルピタや私に気がついてなかったのかも。

「気持ちいーね」

 海とは違う、自然との一体感って奴なのです。


「あ、そうだ、エーヴェちゃん!」

 ルピタが、立ち泳ぎに戻る。

「ちょっと背中に乗っかって!」

「乗っかる?」

 私がおんぶの体勢になると、ルピタがぐいぐい泳ぎ始める。

「お! タタンすごい! 二人分泳いでる」

「へっへっへー。あのね、良いモノがあるんだよー」

 きらっきらの笑顔に、わくわくする。


 水草がたくさん浮いている場所に入っていく。さっきの葦原からは大分遠くなった。

「あ、エーヴェちゃん、あれだよ」

 見回してみるけど、なぜかルピタは見通しの悪い草むらに近づく。

「タタン、どれー? 見えないよ」

「小さい声、小さい声」

 ルピタにささやかれて、口をつぐんだ。

「この草の向こうにちょっと盛り上がった水草の山があるでしょう?」

「あった――おっ!」

 見つけた瞬間、羽がぽわぽわのヒナが水草の山の上で首を上げた。

 頭が重いのか、ゆらゆらしてる。

「ヒナです!」

 黒と白の縦縞! でも、ほわほわだ。

「この近くに住んでるシギのヒナなんだ」

「ほお、ふわふわ」

 またぴょこんと頭が飛び出す。四羽はいるみたいだけど、あっちが出ればこっちが引っ込むのでよく分からない。


「――あ、親が来た!」

 赤い嘴と長い足をしたシギが草むらから出て来て、ヒナたちが一斉に頭を上げる。

 五羽いた! 餌をもらえたのは二羽だ。

 そして、親鳥がヒナの上に座った。

「あーたぶん、気づかれちゃった」

「いつもは親鳥いないですか?」

 黒と白のコントラストがきれいなシギは、首を伸ばしてぴくりともしない。

「すぐ近くにいるんだけど、あんな風に巣の上に来るのは警戒しているからだよ」

 ルピタは草むらを離れる。

「もう行くの?」

 親鳥ももっと見てみたい。

「うん、ヒナが小さいときは親はいっぱい警戒してるから、敵じゃないなら離れてあげたほうが親切なんだよ。エステルが言ってた」

「なるほど」

「それに、そろそろ甘露の演奏だよ!」

「おお!」

 最後は私も一緒に泳ぎ、葦原に戻った。貝のカゴを回収し、桟橋に走る。

 遠くから、微かに曲が届いている。

評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。

是非、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] エーヴェやルピタの遊びや自然満喫はなんだか夏休みのプチ冒険を思い出して童心にかえった気になります。ノスタルジーをくすぐられる。 大人たちの大事なお話できりっと引き締まった空気がほんわりとな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ