2.ふよふよの穴
大人は田んぼの世話や狩猟、甘露の演奏、洗濯や調理とやることいっぱいで、班分けとローテーションが組まれた。だけど、子どもは別だ。
「こ、子どもは遊ぶ」
「わーい!」
マノリトに言われて、ルピタと声をそろえた。
「エーヴェちゃん、これなら泳げるようになるよ!」
「お、おう……」
黒曜石の瞳のきらきらに圧倒される。
翌日から、お昼ご飯を持って、泳ぎに行くことになった。
大人がいないので、柵の外には行かない。
「竜さまのいるところは、入り組んでるんだ。だから、いろいろな景色があるんだよ」
「水脈とは違いますか?」
お泥さまがいる水場は全部、水脈と呼ぶのかと思ってたけど。
「水脈はね、深いんだ。水がきれいで、いろんな草や魚が見られるけど、練習は違うところがいいよ」
「ワニは内側にはいない?」
ぱくーっとされるのは外だけなのかな。
「いるよ。でも、中のワニは小さいから平気」
「へいきー?!」
あはははは、とルピタは明るく笑う。
「今日は貝を捕ろう!」
泥場までやって来て、上着を前と同じ場所に引っかけると、ルピタは葦原をたどり始めた。お昼ご飯を受け取るときに、カゴを一つ奪って頭にかぶってたけど、その理由がやっと分かる。
「今日はおどろさまいないね」
葦原はちょっとぬかるむくらいで、簡単に歩けた。
「あとで甘露の演奏をするから、きっと水脈にいらっしゃるんだよ」
「おお、甘露の演奏、見たいです」
「うん! 後で行こうね!」
水面と泥場が接する辺りで、葦の根元をルピタがのぞき込んだ。
「ほら、この穴から水がふよふよしてるでしょ?」
隣にしゃがんで見ると、薄い水が穴を中心にふわふわと動いていた。
「動いてます」
「この中に貝がいるんだ。――えい!」
ルピタは無造作に穴の近くに腕を突っ込んで、掘り起こす。
「ほらー!」
「ほぉー!」
細い竹の枝みたいな貝が、ルピタの手にのっかってる。
六センチくらいあるかな。
「エーヴェもやりたい!」
「水がふよふよの穴を探すんだよ!」
ルピタはカゴに貝を放り込んで、次の穴を探している。
水に近い葦の根元辺りを注意して見ていると、ふわっと水面に揺れがあった。
「ふよふよです」
しかも二つもあるぞ。
「タタン、ふよふよです!」
向こうで泥に手を突っ込んでいたルピタがカゴに貝を放り込んで、こっちに来る。
「おお、これだ。まさしくだよ!」
穴から少し水に近い辺りをルピタが指す。
「ぐいーって手を突っ込んでみて。泥だから簡単に入るよ」
「はい!」
指をまっすぐそろえて、泥に沈める。
砂を掘るよりも簡単に、手が奥に沈み込んでいく。
「それから、指で探るんだ。固いのがさわったら、貝だよ!」
指を動かしてみると、柔らかい中にカリッと尖った感触がある。それを逃がさないように、掌を丸めて引っ張り出した。
「どう? どう?」
ルピタがわくわくしてる。慎重に手を開いて泥をのけると、八センチくらいの細長い貝がいた。
「おお!」
「おお! 大きい!」
「やった!」
ルピタがすかさず出したカゴに、貝を入れる。
二人で泥付きハイタッチだ。
お昼ご飯のあと、ルピタはカゴを葦の一本にくくりつけ、軽く泥をかけた。
「これで死なないし、鳥に横取りされないんだ」
そこから泳ぐ練習が始まった。
小学校ではクロールから教わった気がするけど、ルピタ先生はきっぱり立ち泳ぎからだ。
「水を足で下に押すんだよ」
今日はお泥さまの泡がないので、ルピタが隣で手をつないでくれる。
一昨日より上達した気がするけど、長く泳ぐのは大変だ。
「エーヴェ、疲れちゃった」
「じゃあ、浮かぼ」
ルピタはぷかぁと空を眺める。
真似して、空を眺める。
水に浮かんだことはあっても、側に草が生えてるところで浮かぶのは初めてだ。
頭上をサギが飛んで、目で追う。
低かった。ルピタや私に気がついてなかったのかも。
「気持ちいーね」
海とは違う、自然との一体感って奴なのです。
「あ、そうだ、エーヴェちゃん!」
ルピタが、立ち泳ぎに戻る。
「ちょっと背中に乗っかって!」
「乗っかる?」
私がおんぶの体勢になると、ルピタがぐいぐい泳ぎ始める。
「お! タタンすごい! 二人分泳いでる」
「へっへっへー。あのね、良いモノがあるんだよー」
きらっきらの笑顔に、わくわくする。
水草がたくさん浮いている場所に入っていく。さっきの葦原からは大分遠くなった。
「あ、エーヴェちゃん、あれだよ」
見回してみるけど、なぜかルピタは見通しの悪い草むらに近づく。
「タタン、どれー? 見えないよ」
「小さい声、小さい声」
ルピタにささやかれて、口をつぐんだ。
「この草の向こうにちょっと盛り上がった水草の山があるでしょう?」
「あった――おっ!」
見つけた瞬間、羽がぽわぽわのヒナが水草の山の上で首を上げた。
頭が重いのか、ゆらゆらしてる。
「ヒナです!」
黒と白の縦縞! でも、ほわほわだ。
「この近くに住んでるシギのヒナなんだ」
「ほお、ふわふわ」
またぴょこんと頭が飛び出す。四羽はいるみたいだけど、あっちが出ればこっちが引っ込むのでよく分からない。
「――あ、親が来た!」
赤い嘴と長い足をしたシギが草むらから出て来て、ヒナたちが一斉に頭を上げる。
五羽いた! 餌をもらえたのは二羽だ。
そして、親鳥がヒナの上に座った。
「あーたぶん、気づかれちゃった」
「いつもは親鳥いないですか?」
黒と白のコントラストがきれいなシギは、首を伸ばしてぴくりともしない。
「すぐ近くにいるんだけど、あんな風に巣の上に来るのは警戒しているからだよ」
ルピタは草むらを離れる。
「もう行くの?」
親鳥ももっと見てみたい。
「うん、ヒナが小さいときは親はいっぱい警戒してるから、敵じゃないなら離れてあげたほうが親切なんだよ。エステルが言ってた」
「なるほど」
「それに、そろそろ甘露の演奏だよ!」
「おお!」
最後は私も一緒に泳ぎ、葦原に戻った。貝のカゴを回収し、桟橋に走る。
遠くから、微かに曲が届いている。
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