21.やりきったで賞
みんなが集まっているのは、最初に紹介してもらった丸い屋根の部屋だった。
部屋の隅に低い台が置いてあり、朝の平たいパンと煮込み肉と果物が雑然と置いてある。部屋の入口には水瓶と、竹製のコップも用意してあった。
「今日は誰も何もしないからね。お腹空いたら、好きにここから食べなー」
ハスミンが長いドラムを運びながら、教えてくれた。
それぞれが楽器を持ってる。弦楽器や竹琴や打楽器。その中に、大きな琴があってビックリした。アラセリが弾くらしい。
ロペの両親も楽器を用意しているけど、さすがにロペは大人に抱かれてる。親指をぶちゅぶちゅにしゃぶって、ばちっとした瞳が周りを眺めていた。
「おー、みんな集まってるねえ」
大きな太鼓を抱えてやって来たのはプラシドだ。あっちこっちで片手を上げたり、楽器を弾いたりで答えが返ってくる。ルピタも横笛をぴるぴると吹いた。
ルピタの隣に座ると、マノリトがにこにこしながらやって来て、長い筒をくれる。
「ひ、ひっくり返して」
ひっくり返すと、しゃらしゃらしゃらーんと音がする。
「おお!」
筒の中に細かい粒がたくさん入っているのかな。
動かす度、水の流れに似た音がする。
「ありがと、マノリト!」
マノリトはにこにこしながら、ナシオの方に歩いて行った。
二人とも立派な竹琴を用意している。
どー――ん
大きな音にビックリする。プラシドが太鼓を叩いた。
和太鼓みたいに強い音。
一定のリズムで叩く。
演奏って言うから、プラシドが指揮すると思った。でも、プラシドが打つのを聞いても、みんなリラックスしてる。何か相談もしている。
ハスミンが軽く太鼓を打ちはじめた。
どー――ん……とたたんとん、どー――ん……とたたんとん
ナシオとマノリトが竹琴を合わせる。どんどん、音の飾りが増えていく。アラセリが琴でメロディをつけて一気に、立派な曲に変わった。
これは、ダンスに似てる。
ときどきソロで踊る人が舞台に飛び出て、パフォーマンスをして、戻っていく。戻るタイミングで、他の人が入ってくるから、常に舞台では人が踊っている。別にうまくなくても、もう一度って目配せして、また踊る。
だから、曲調もすごく賑やかになったり、静かになったりする。
曲を聞きながら、私もときどき楽器を揺らした。
うまくいったなってときも、もうちょっとだなってときもある。でも、別に誰もとがめない。ちょっと外れるくらいなら、他の人の旋律で面白く変わる。
もしかしたら、失敗なんてないのかも。
即興ってすごいなぁ。
言葉で表せないことも、音にのせてしまえるとしたら、この座のみんなはすごい力を持っている。
演奏は別に特別なことじゃないのか、ときどきおしゃべりしたり、外に出たり、水を飲んだり、みんな好きにやってる。
プラシドの太鼓だけは、一定のリズムで打つ決まりみたい。ときどき人が入れ替わった。
「ねータタン、これ歌ってもいいのかな?」
お昼ご飯を食べながら、聞く。
「いいよー」
軽くオーケーされた。やった、とぴょんと立ち上がって、太鼓に合わせて「竜さまは偉大」エーヴェ作詞作曲を歌う。
「わー、いいね!」
「簡単なリズムだから、すぐに歌詞が浮かぶね」
みんな笑って、かっこいいリズムをつけてくれる。
「竜さまのも作りたい!」
ルピタが宣言したとき、急に静かになった。
静か?
変だな。みんなこんなに話してるのに。
「あ、太鼓止まったのです」
一定のリズムで繰り返されてた太鼓が止まったから、静かになった気がしたのだ。
みんな、プラシドを見ている。
太鼓が止まったことに、みんな瞬時に気がついたみたい。
「うん、……うん」
これは、テレパシーの会話。
ということは、ニーノだ!
「そうか、よかった……うん、分かってるよ」
プラシドが涙目になるのを見て、周りがほっと笑みをもらす。
「みんなー! エステルが、目が覚めたってー!」
バチを放り投げたプラシドに、わーっとみんなが群がる。
「なんかー、世話する道具とかそろえてってーうぅ」
「なんだそりゃ」
「全然分からねーよ」
泣きはじめたプラシドを小突き回しながら、みんなも笑ったり泣いたりしてる。
「誰か、ニーノに要るもの聞け!」
「会いに行っていーの?」
「ニーノさん、昨日から食べてませんよ。何か持っていったほうが」
ごちゃごちゃ言ってたけど、気がつくとみんなで会いに行くことになっていた。
「――全員で来るなといったはず……」
「ごめーんニーノちゃーん、俺うまく伝えられなかったー」
食いぎみのプラシドの言葉に、ニーノは眉間にしわを寄せたけど、すっと脇にずれて入口のすだれを押し上げる。
さすがに小さな家に全員入るのは無理なので、三グループに分かれることになった。順番は、小さい子優先。イコール最初のグループだ。
でも、なぜかプラシドは同じグループになる。
「えー俺小さくないよー」
「お前はさっさとエステルに会ってこい」
「外でぐずぐず泣かれたら、うっとうしいだろ!」
「みんなひでーよー」
笑われながら、ルピタに手を引かれて、はしごを登っていく。私は後ろから追いかけた。
一歩踏み込むと、アルコールの匂いがした。
エステルが使っている布は、エレメントで持ってきたものだ。病室にイメージする物はそれくらいで、竹の床や鳴り竹の音にほっとした。
「エステル」
ルピタがのぞき込むと、エステルが深い紫色の目を開く。
ロペとノエミとフィト、ルピタとプラシドと私。
微かに笑って、頷いた。
「身体の中に大けがをしてる状態だ。まだ、話せない。痛み止めも飲んでいるから、すぐに眠ってしまうかもしれない。他の者と替わってやれ」
ニーノが入口の脇で静かに言う。
話せない、とルピタは明らかにしょんぼりした。
「エステル、また来るね」
「がんばってね」
「俺もがんばるぞー」
みんなが口々に告げて、家を出る。
「おい、プラシド。今のことを皆に伝えろ」
出たところで、ニーノがプラシドを呼び止める。
「エステルの世話に交代で当たるようにしてくれ。まだ、食事ができる段階ではないが、明日の昼以降なら、少量ずつ甘露を与えていい。排泄の世話に関しては同性のほうが気兼ねあるまい」
「あ、ああ。分かった」
「貴様の手術は二日後だ。どこか適当な場所を用意しておけ。私は少し眠る」
一息に言うと、ニーノはすたすたと部屋の回廊に移動して仰向けになった。
軒下の縁側みたいなところに、きれいに収まっている。
「ニーノちゃん?」
「ニーノ?」
呼んでも、返事がない。
「――もう寝てるね」
「こんなところで寝なくても……」
きょとんとしたけど、だんだんおかしくなってくる。
プラシドに笑顔を向けた。
「あのね、プラシド。ニーノはここで寝たいのです。何かあっても、さっと動けます」
「うん?」
「それから、ニーノが次の手術の話したってことは、この手術はもう終わりなのです。だから、エステルさん、あとは元気になるだけ!」
「そーなの?」
「ホントに、エーヴェちゃん?」
うん、と頷く。
「ニーノは立派なので、できること全部やるまで終わりません。今、ニーノ寝ました。つまり、できることは全部やりました!」
うぉっほっほをしてから、家の中にもう一度入る。
「エステルさん、ちょっとこれ借ります」
許可を得て、鱗を持ち出し、ニーノのお腹にそっと置いた。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




