20.曲に乗せて
遅くなりました……。
身体を優しく揺すられて目が開いた。
ハスミンがにい、と笑っている。
「おはよう。朝ご飯だよ」
身体を起こして、ぼんやり見回す。
「ニーノは?」
まさか、まだ手術が終わっていないのだろうか。
すだれから光がこぼれてるから、もう朝なのは間違いない。
「まぁ、ご飯食べな」
うながされて、お膳の前に座る。
昨日までと違って、薄くて平たいパンみたいなのと、しっかり煮込まれたお肉だ。何の肉かは分かんないけど、角煮に見える。
パンに角煮をのっけて食べる。
おぉ、ジューシー! 角煮より甘みが少なくて、ちょっぴり辛いけど、なんだか力がわいてくる味付け。
「ニーノはエステルの家にこもってるよ」
入口でごろりとくつろいで、ハスミンは笹の葉を折っている。
「手術は終わりましたか?」
「夜遅く――いや、朝早くかな? プラシドがふらふら広場にやって来て、手術が終わったって、ぶっ倒れたんだよ。昨夜はエステルの手術だったから、大人らはほとんど起きててね。だから、何人かはプラシドを介抱して、私はエステルの家に向かったんだよね。アラセリとマノリトとカンデが雑用で向こうに詰めててさ」
ハスミンはこっちを眺めながら、話し続ける。
「道具の片付けとか布の始末をやってるところだった。エステルの家はニーノが特別な術をかけてるらしくて、いまだに誰も入っちゃいけないのよ」
「手術はうまくいったのかな?」
「ニーノは何も言わなかったけどね。プラシドが爆睡してるんだから、やるべきことはやったんじゃないかな?」
「――はい、エーヴェもそう思います!」
ニーノはできることは全部しただろうから、あとはエステルの体力かな?
普通に考えれば、麻酔を使わなければ手術はできないから、まだ麻酔が覚めていないのかもしれない。
いや、さすがに昨日の夜から麻酔が効きっぱなしってことはないか……。
「むー、エーヴェ、やっぱり手術見たかったです」
全身麻酔なら呼吸ができないけど、たぶんニーノは魔法で呼吸させたのだ。プラシドを呼吸できないようにしていたから、逆もたぶんできる。
つまり、今のエステルは、集中治療室にいる状態。
「エーヴェは勇気があるなぁ。私は手術なんて見られないよ」
ハスミンが苦笑した。
何回か瞬きして、はっとする。
「ホントだ! こわい!」
手術は身体を切ったりするんだ。血も出る。手術というより、ニーノが何をするのか気になっていただけ。
「あぶない、あぶない」
「……なんだ? 面白い子だな」
ハスミンが呆れたように、笹で折った花を指ではじいた。
「ニーノには会えますか?」
応援しに行きたいけど、家に入れないんじゃ難しいだろうか。
「継続的な術らしいから、集中を乱さないほうがいいだろうね」
じゃあ、今日はどうするのがいいだろう。
匙をくわえて考え込んだところで、外から声が届いた。
「あー! プラシドだー!」
「おー俺だぞー! あいてっあいて、登るな、いたたっ」
ルピタとプラシドの声だ。ぎしぎし、はしごを登る音もする。
「なんでプラシド痛いのー?」
「筋肉痛っていうんだよ。あいてっ」
背中にルピタを張りつけたプラシドがすだれをよけて、ハスミンを踏みかけて慌てる。
「あっぶな!」
「人が通るところに寝転ぶんじゃないよ!」
「プラシドが『入るよー』って言わないからだよ!」
「えー俺が悪いの?」
ルピタの笑い声が部屋に満ちる。
プラシドは賑やかだ。
「エーヴェ、ニーノがいなくて心配かと思って……」
目の前にあぐらをかいたけど、プラシドは話しにくそう。ルピタはプラシドの腕に片足を引っかけて、寝転んでいる。
「プラシド、倒れたって聞きました。今は元気ですか?」
「おお――、元気だぞ! 神経を使う術をいっぱい使ったから、ちょっとくたびれただけだ」
「エステルさん、だいじょうぶ?」
「そうそう! エステルだいじょうぶ?」
ルピタがさっと身を起こし、背筋を伸ばす。
「まだ眠っているけど、ああ、きっと大丈夫だ。ニーノが手を尽くしてくれた」
思い出したのか、プラシドの目がうるむ。
「どうやったのか分かんないけど、輸血もしてたんだもん、すごいなぁ」
「ゆけつ?」
「足りなくなった血を補うんだ」
ふーん、とルピタは分かったような分からないような顔だ。
「ニーノは元気? エーヴェ、会いに行ってもいい?」
エステルは当然だけど、改めてニーノのことが気になってくる。聞く限り、かなり負担が大きそう。
「連絡してくれるはずだ。もう少し待ってな」
「――わかった。待つよ!」
しかし、そわそわしてしまう。
プラシドが眉を下げて笑った。
「みんなで演奏しようと思ってるが、エーヴェも来るかい?」
「――演奏?」
「そう来なくちゃ」
ハスミンが目を輝かせる。
「ルピタの行儀が悪くなるのは、落ち着かないからだもんな」
床を転がって、プラシドを蹴っていたルピタが、ぷうとふくれる。
「どうせ今日は何も手に付かないから、ゆったり曲に乗せるのがいいんだよ」
「おお!」
これは、新鮮な提案だ。
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