17.おどろ場遊び
竹の枝に上着を引っかけて、干潟の中に入る。
「わひゃ!」
いきなり膝までぬろっと入って、奇声が出た。
どろんこ遊びっていうけど、泥そのものに入るのは初めてだ。
表面は太陽の熱で温まっているけど、中は冷たい。そして、溶けたチョコレートみたいな感触だ。
中に石や枝なんかが混ざっているかと探ってみたけど、痛い物はなさそうだ。
「気持ちいーでしょー!」
ルピタはぴょーんとダイブして、前一面、泥色になっている。
なんだっけ、有明海の干潟で遊ぶ催し物のニュース映像を思い出すな。
あれよりは、泥の色が茶色っぽいから、やっぱりチョコレートフォンデュみたい。
「とお!」
思い切ってダイブする。全身、あったかい泥に受け止められた。
手でジタバタすると、ちょっと下の層の冷たい泥が手に当たる。足も手も取られるから、動くのは結構大変だけど、鼻いっぱいに広がる土の香りとドロドロになっている手足が面白い。
「エーヴェはどろにんげんなのじゃー!」
きゃらきゃら笑っているルピタと追いかけっこをしたり、泥玉投げたり、泥場で遊ぶ。
脳内では壮大に動き回ってる気持ちだけど、泥が強いので実際はけっこう狭いところでしか動いていない。
――お腹、ぽかぽか。
ときどきお泥さまがうっとりこっちを見て、また目をつむるのに手を振った。
二人して泥の塊に成り果てたとき、ルピタがお泥さまのほうへぴょこぴょこ進んだ。
「竜さまー! 竜さまに登ってもいいですか?」
お腹の赤が呼吸のリズムで明滅している。
――よいぞ。
ぞりぞりと背中を泥に埋めるように身体を揺すって、お泥さまは答える。
「登っていいの!」
えっこらえっこら、ルピタの側に近づく。
「いっぱい泥が付いたら、登っていいんだよ!」
「へえー!」
ひっくり返ったお泥さまの左の脇腹に取り付く。
柔らかいのかと思ったけど、表面はしっかりして安定している。鱗はないし、ヌルヌルもしていない。
これは、登れるぞ!
皮膚のゴツゴツを手がかりに登っていく。
竜さまのほうがお腹の角度が急だから、お泥さまのほうが優しいボルダリングコースだ。
すぐにお泥さまの赤いお腹の部分に立てた。
身体の中央線が緩やかに高くなってる。
「おどろさまのお顔が見たいです!」
「いこ、いこ!」
つたたたた、とルピタが走るので慌てて追いかけた。
泥のスピード感と比べると、とっても速く感じる。
竜さまの顎の先に来るのは、初めての経験だ。竜さまはひっくり返って寝ないから、顎にはぶら下がるしかない。
ルピタと並んで寝そべって、お泥さまの口の中を見る。
「竜さまー!」
「おどろさまー!」
おおお! お泥さまの口の内側に、ずらっと歯が並んでいる。
小さなギザギザした歯で、その内側にも次の歯が並んでいる。
「おどろさま、歯がいっぱい! 何食べますか?」
「竜さまは水の底の泥を食べるんだ!」
「おお!」
――ルピタ、エーヴェ、見えぬ。
顎からのぞき込んで見えるのは、口の中と鼻の先くらい。
たしかに、お泥さまからは私たちの姿は見えない。
「あ、エーヴェちゃん! 泥が乾いてきたから、一回戻ろう!」
ルピタが顎の先から身体を起こす。見ると、手に付いていた泥が乾いて、ひびが入っている。
「急いで! こっちこっち!」
ルピタがお腹のいちばん高いところ沿いに走って、手招きする。
「ここから滑るんだよ!」
「すべる?」
言葉の通り、ルピタはお泥さまのお腹に座り、滑り台の要領で両手を使って身体を押し出した。
すらすらすらーっと滑ったルピタは、最後にぴょんっと泥の中に飛び込んで歓声を上げる。
「おお! 楽しそう!」
私も滑り台スタート!
そんなに速くないけど、お泥さまのお腹の上を滑っているのが面白い。
きゃあきゃあ言ってるうちに、端に来た。
「うわぁぁ!」
飛ぶタイミングが分からず、お尻から泥に落ちる。落下に驚いた拍子に、視界に空がぱっと広がる。
「ゆかいー!」
ルピタに引っ張り出してもらって、泥遊びで泥をたっぷり補給。
お泥さまボルダリングで泥が乾くと、また滑り台で泥にダイブした。
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