16.赤いお腹
朝ご飯の途中でルピタがやって来て、ハスミンと三人連れになる。
「おお、軽い!」
上着の見た目は厚いけど、着ると軽くて風を通す。下に来てるのはノースリーブ、短パンだから、今までよりずっと快適だ。肩の幾何学模様が、ちょっとドングリみたいで気に入った。
「エーヴェちゃん、似合ってる!」
得意になって、くるりと一回転する。
「それなら泳げるし、泥場にも行けるよ!」
「どろば?」
砂場の泥バージョンかな?
「今日は竜さま、ひなたぼっこすると思うんだ!」
「じゃあ、カジョにお昼を作ってもらうといい。お腹空くだろうから」
「もう頼んだんだよ! ドミティラに代わってもらったから、今日もカジョの番だね」
ルピタが明るく笑う。
「エーヴェ、台所見たことないです。どこ?」
「私も用があるから、一緒行くよ」
ハスミンが歩き出した。
「お、うちの座の小さい人と、お客人。いらっしゃい」
「カジョー! お昼ご飯、用意してくれた?」
「はいはい、もうちょっとお待ち」
遠くの器にひょーいと手を伸ばす。カジョはゆったりしてるように見えるのに、どんどん作業が進んでいくから、手が何本もあるような気がしてくる。
ハスミンは台所の端の瓶から、ひしゃくを使って水筒に移してる。
三つの廊下が突き当たったところに台所があった。かまどがあるから、調理場は地上だと思ったから、高床式なことにびっくりだ。
「竹と縄と泥をよく使うんだよ、私たちは」
私の視線を追ったのか、ハスミンが教えてくれる。
たしかに、かまどは泥を塗り固めて作られていた。
「すごいねぇ。邸は石を使ってるよ」
「石のほうが頑丈でいいじゃないか」
「頑丈だけど、修理が大変です」
「なるほど、そだね」
水瓶の横には、屋根みたいな棚があって、食器が干されてる。のぞき込んだら、竹の先に止まっていた小鳥が、一声鳴いて飛んでしまった。
「料理は全部ここでしますか?」
「大きな獲物の解体は別の場所だけど、魚料理くらいなら作っちゃうね」
廊下の交差点だから、風通しが良いし、気分が良い台所だ。
「竹は気持ちいいね」
床は丸いままや二つに割った竹を使っているところと、曲線が目立たないくらいに細く割って、平らに並べたところがある。日影では、冷やっとする。
「いろんな竹があるから、使い分けてる」
細い竹、太い竹、しなりやすい竹、節と節の間が長い竹。用途に応じて使い分けるらしい。
「時間があったら、林においで。工房でもいい。竹と縄の使い方を教えてやるよ」
「行くー!」
ハスミンはジュスタと共通点があって、なんだか親近感がわく。
「ハスミンー! カンデが楽器のこと、相談したがってたぞ」
ルピタを腕にぶら下げて料理をしているカジョが、こっちを向いた。
「あー、知ってる知ってる。マノリトに声かけて、こっちから相談に行くわー」
「ならいいんだけど――ほら、ルピタさま、お昼ご飯でございます」
「わーい、ありがとー! エーヴェちゃん、行こう!」
「はい!」
ルピタを追いかける。桟橋の方向に向かってるから、水脈に行くのかな?
「泥場まではちょっと遠いんだよ。途中で食べようね!」
はい、と笹の包みの一つを渡された。
桟橋から筏に乗って、水路を進み、左の沼地に進んでいく。ガマの間に小さな桟橋が見えた。竹林についた道も見える。
桟橋に筏を結わえ、竹林の中に入っていく。
「この近くは木は生えない?」
二人で竹の根っこを踏まないゲームをしながら歩く。
道は、竹の地下茎がいっぱいで、ただの地面を探すのは難しい。狭い地面につま先立ちして、ゆらゆらしながら歩くのは面白かった。
「お外には木もあるよ! 高い木がたくさんある場所までは、普通に歩くと二日かかるんだって」
ぴょん、と狭い地面にルピタが飛ぶ。
「あ、タタン、そこ! エーヴェが行くつもりでした!」
「えへへー!」
「むー!」
次に地面があるところは、だいぶ遠い。
えいやっと飛んで、地下茎をちょっと踏んだけど、地面に降り立つ。
「エーヴェちゃん、踏んだ!」
「まばたきの間なら大丈夫!」
まずい状況になれば、子どもは新しいルールを追加していいのです。
いわゆる、三秒ルールだね!
「じゃあ、私もまばたきの間ー!」
ルピタが軽い足取りで走り出す。
「タタン、まばたき長いー!」
二人とも、もうルールそっちのけで、わーわー言いながら走った。
「お!」
竹林の先が見えて、目を見張った。
黒い泥が干潟みたいに広がっている。
「これが泥場ー?」
竹林を走り出て、足を止めた。
鮮やかな色が目に飛び込んでくる。鳥居の朱に似ている。でも、薪の火みたいに、強くなったり弱くなったりしている。
「竜さまー!!」
ルピタがぴょんと飛んで、叫ぶ。
赤いのはお腹だ。
干潟でお泥さまがひっくり返っている。
ちょっと心配したけど、お泥さまは口を薄く開け、とってもリラックスしていた。
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