表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/300

14.エステルの理

「ニーノ、説得する人は、エステルさん?」

「そうだ」

 悠々と歩くニーノに並ぶには、やっぱり小走りになる。

「エステルさん、病気治す気ないのですか?」

 ニーノはしばらく答えない。

「エーヴェ、貴様はディーの足の痛みを思って、ディーを治療してくれと言ったな。エステルは、そういうことは考えない」

 どういうこと?

「エステルは自分の理が全てだ」

 ほう? 合理的ってことかな?


「エーヴェ、私はエステルに許可を得る。貴様は、外で待っていろ」

「はい」

 ニーノは家に上がっていく。後をついていって、入口の横の柱にもたれて座る。竜さまの鱗越しに、竹林を見回した。上に向ければ星がにじんで、きらきらしてる。

「竜さまの甘露をいただいて、ありがたいことだよ」

 エステルの声だ。

「私はできるだけのことをする。それには貴様の協力が必要だ。エステル」

「私は協力しているが?」

「生きようとする意思が足りない」

 あれ、ぜんぜん竜さまの鱗の話にならないぞ。

「生きようとする意思の有無で、術後の経過は大きく変わる。私が()る患者の多くは動物だが、生きることへの無垢な希求は、私の技術以上に彼らを救っている」

「意思か。――ニーノの実感はそこにあるかもしれないが、私の実感はそこにない。キミの術式を聞いて、無理だと判断している。腫瘍が全部摘出できたとしても、身体機能を維持できるだけ残らないだろう? 摘出に何時間かかる? 出血の量は? 輸血もままならないのに、現実的じゃない」

 ぽかんと口が開く。

 お昼に会ったエステルと、同じ人物とは思えない。淡々と揺るぎなく話すところは、ニーノと似ているけど、ずっと冷たい。

「プラシドの協力を取り付けた。毛細血管や細胞蘇生を意図しない臓器の切開は、傷口を焼くことで出血を抑える」

「なるほど? しかし、まずはこの手術の必要性からだ。これだけの量の腫瘍を取って、予後は何日だ?」

 なんだか、複雑な話になっていく。エステルもお医者さんなのかもしれない。具体的な手術の内容について議論していて、ちんぷんかんぷん。


「――何にせよ、プラシドの説得はうまくいったわけか。足一本失うかもしれないが、あいつは致命的じゃない」

「貴様は、なぜ致命的になるまで放置した」

 ニーノの声は冷静だけど、やっぱり少し怒ってる。自分がいちばん大事だと教えてくれたニーノだから、怒るのは当たり前だ。

 だけど、エステルは怒ってない。だから、とても声が冷たい。

「もともと不毛の地の影響が、身体に現れる過程を見たいと思っていた。キミを呼ぶつもりもなかった。だが、プラシドのことが起きたからな。あいつは自分の病気では助けを求められない。しかし、キミならプラシドは治せる」

「腫瘍の浸食過程を自分一人で確かめて、何の意味がある」

「研究者の全てが、自分の研究を共有したいわけじゃない。……まぁ、この世界じゃ当てはまらないね」

 何言ってるのか、よく分かんないよー。

 いろいろまとめると、エステルは腫瘍が見える特性を持っている。不毛な地の影響で自分が腫瘍に冒されているって気がついたけど、そのまま放置してどんな風になるか見ていた。その結果、死ぬことも分かってたけど、治すつもりはなかった。でも、プラシドが病気で、それを隠しているのが分かって、治療のためにニーノを呼んだ。自分の治療じゃなくて、プラシドの治療のために、ってこと?

 やっぱりよく分かんないな? エステルは生きたい気持ちがないのかな? そんなことある?

 むーと腕を組んだ。そこで見つけた物に、はっとする。


「あー――! ニーノ!」

 すだれをはねのけて、室内に駆け込み、竹筒を見せる。

 繊細な茎の上の大きなつぼみが、ゆっくりとほどけて花開く。

 白いきれいな花だった。たくさん()()がある梅の花みたい。

 微かに芳香が漂う。

「咲いたよー!」

 二人の大人に見せて、はっとした。

「……エーヴェ、お花が見せたかったのです!」

 ニーノに、入っていいって言われてない!

 ニーノはしばらく冷たい目をしていたけど、お花を見ると、諦めたみたいにエステルを見る。

「キミは……花をわざわざ持ってきてくれたのか?」

 エステルの質問にはっと飛び上がる。

 筒をその場に置いて、竜さまの鱗を持って戻った。

「エステルさんに貸します! りゅーさまの鱗はきっとご利益があるのです」

 エステルの肩に立て掛ける。

 円い蝉の羽みたいに、竜さまの鱗が輝く。

「お山さまの鱗か。美しいな」

 あせた口元に、笑みがほころぶ。

「ずいぶんお会いしていない。お変わりないか?」

「ああ」

「エステルさん、りゅーさまに会ったことありますか?」

 エステルは小さく頷く。

「竜さまと旅をしたとき、はじめに来た場所がここだ」

「おお!」

 確かに、いちばん近い座がここだもんね。

 でも、それじゃ、本当にずいぶん前のことだ。

「お山さまは美しい方だったな」

「今もたいへんお美しい」

「はい! きれいで大きくて偉大!」

 賛成すると、エステルが微笑う。

 そして、ふと真顔になった。

「そうか。ニーノもエーヴェもお山さまが好きなんだな」

「そーだよ!」

「私は――、唯一、竜さまが好きだ」

「お?」

 唯一?

「そうだな。ニーノ。――キミがここへ来たことへの敬意が足りなかった」

 ぞっとするような妖しさをたたえて、紫の瞳が笑みに歪む。

「キミが払った犠牲に見合うだけの努力を、私もしなければ不公平だな」

 訳が分からずに、ニーノを見上げる。

 ニーノは軽く息を吐いた。

「では、明日の夜に手術を行う」

「承知した」

 ぽかんと二人を見比べる。

 今、エステルの理が通ったのかな?

エステルは怖い人です。



評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。

是非、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] エステルさん、硬い硬い岩盤で大岩壁のようなひとだなと思いました。ひんやりしてて、どこにも取り付く島もない。 でも、竜さまだけは別。エステルの理にとって特別。 唯一。太陽みたいな存在なのかな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ