13.だだっ子の日もある
急に聞かれると、答えられない。
「がー! 息が苦しー!」
「貴様の症状なら、死はもっと苦しいぞ」
地面をバンバン叩いて、プラシドはギブアップ宣言をしている。
ニーノが深々とため息をついた。
「貴様とエステルは妙なところだけ似る」
「なーに、どういう意味だよ?」
「エステルの症状はずいぶん進行している。エステルの特性なら、自分の身体がどういう状態なのか分かっていたはずだ。だが、放置した」
「えー、つまり……」
プラシドは渋面になって、舌打ちした。
舌打ちまで聞こえるとは、地獄耳すごい。
「エステルが私を呼んだのは、貴様を診させるためだ。貴様自身は私を呼ばないからな」
「なんだよ、エステルは自分が治る気がないってことかー?」
「貴様に言えたことか」
一音一音が重い。
「貴様の特性は手術で役に立つ。手伝ってもらうぞ。その後、貴様自身に手術をする。臓器移植など考えるな。適合性を確認する方法なしに、他人の臓器を移植できるわけがない。だいたい、貴様らのうち一人が生き残るのが最善などと、腑抜けたことを。両者の生存が最善だ。貴様の体面や迷信など、考慮に値しない」
こんなに怒っているニーノは初めて見た。
「貴様が小心者だろうが、日和見だろうが、情けなかろうが、誰かと比べて命が安いなどと決して思うな。自分を犠牲にすることは犠牲を出すことに変わりない」
「うー、ニーノー」
げっ、プラシドが涙声になってる。
「だってー、エステルは偉大じゃーん! もしエステル死んじゃったらー俺に代わりとか無理だもーん! だったら、俺が死んだほーがマシじゃーん! 怖いけどー!!」
「貴様がエステルの代わりにならないことくらい、誰でも知っている」
「ひでーよー傷つくしー、俺だってさー、威厳あるまとめ役になろーとしてるもんー!」
「ないものを求めてどうする」
「なくてもがんばりたいことってあるでしょー!」
駄々っ子が……、駄々っ子がいる!
「貴様にないものはないが、あるものはある」
「あるって何がー」
「…………」
「ないじゃーん!」
「説明できないが、貴様はそのままでいい」
「……ほんとにー?」
うーん、これは本当にあの筋骨隆々のプラシドの言葉なのか?
だんだん自分の耳が信じられなくなっていく。
「貴様こそ、なぜ私の言葉を信じない」
「……確かに、ニーノちゃん嘘つかないなー」
はーと長い溜め息が落ちた。
「わかったーニーノちゃんを信じるー」
「では、治療を受けるな?」
しばらくして、プラシドが頷いた。
「とりあえず、痛み止めを渡しておく。骨から来る痛みならば、これで緩和できないかもしれない。まったく……そういう我慢強さは感心しない」
プラシドが薬を受け取りながら、へらりと笑う。
「手術の協力ってのを教えてくれよ」
「後で詳しく説明する。今日は休め。私はもう一人、頑固な人間の説得がある」
立ち上がろうとしたニーノの腕を、プラシドがつかむ。
「ごめんな。ほんと、ごめんな」
ニーノはとんとんとプラシドの腕を叩いた。
「怖さは生命の本質だ。怖いときは怖さを受け止めろ。何が怖いのか見定めもせずに、動けば足を取られるぞ」
「ニーノちゃんに頼っちゃって、ごめん」
「――早く寝ろ」
ニーノが立ち上がり、こっちに歩いてくる。
お? こっちに歩いてくる?
あ、そうか、エステルの家に行くんだもんな。
坂道に立ったニーノと、笹の影にしゃがんだ状態でばちっと目が合った。
「――貴様、なぜここにいる」
目が冷たい! 目が冷たい!!
「エステルさんにりゅーさまの鱗を貸します! すると、痛くない!」
竜さまの鱗をかかげて立ち上がると、ニーノは一瞬目を見張り、深々とため息をついた。
間近に近寄って、冷酷な目が見下ろしてくる。
「聞いたな、貴様――」
うわー、おばけみたいな台詞!
「――まぁ構わん、来い」
くるっと背を向けて歩き始めた。
おどかされたけど、結局、エステルの家へ一緒に行っていいのかな。
「こんな夜中に出歩いて、危ないと思わなかったのか?」
横に並ぶと、冷たい目が見下ろしてくる。
言われてみれば、夜の一人歩きは危ないかもしれない。
「お外は危ないですが、中ならきっと大丈夫」
「子どもをさらう大きな鳥もいる。覚えておけ」
「なんと!」
ばばっと空を確認したけど、星がいっぱい浮かんでいるだけだ。
ほう、と胸をなで下ろす。
ついでに筒の中の草に、つぼみが付いているのを発見した。
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