12.亀になりたい
中途半端な区切りになってしまいました。
まっすぐエステルの家に向かう道は分からないけど、桟橋から向かう道は覚えている。それで、いったん桟橋に向かって水辺沿いにエステルの家に歩く。
両手で竜さまの鱗をかかげ、星を眺めたり、首にさげた筒に目を落としたり。双葉は伸びて、繊細な水草みたいな葉っぱが出ている。
エステルに竜さまの鱗を渡したくらいで、お花が咲くかもしれない。
ふんふんと鼻歌を歌いながら道を進む。
倉庫を通り過ぎて少し。坂に入る前に、倉庫側の岸に人影がいて、瞬く。
一人はニーノだ。ここでは髪が長いので、すぐ分かる。
もう一人は、誰かな?
のほほんと歩いてたけど、二人の間の空気が緊張していることに気がついて、ペースが遅くなった。
プラシドだ。ニーノはいつも通りだけど、プラシドが険しい表情をしている。
ケンカかな?
そういえば、プラシドが怒鳴っていたのは今朝のこと。あれから仲直りしていないのかもしれない。
邪魔しないように、しゃがんで移動して笹の影に隠れる。
頭で竜さまの鱗を支えて、耳を澄ます。
「――だから、お前さんはエステルをしっかり見てやってくれ。俺はなんともない」
遠いから聞こえないと思ったけど、しっかり聞こえてびっくりした。
「何ともないなら、なぜ私が診るのを拒む。右足にときどき痛みが出ているだろう。それから、排尿は正常か?」
「は――? なんだと?」
ニーノの溜め息まで聞こえる。
夜目以外にも、私には地獄耳という特性があるのかな?
「エステルの特性を知っているだろう。隠したところで意味はない」
「隠していない。なんでお前さんは、俺の言葉は信じない?」
「うぉ!」
驚きでうっかり声が出る。
だって、プラシドの足下から、炎が巻き上がったんだよ。
「――プラシド、何の真似だ」
「お前さんは、呼ばれた用件だけ片付ければいいんだよ」
炎がニーノに襲いかかる。
急にマンガやゲームみたいな展開になってきたぞ?
ニーノのひゅんひゅんみたいに、プラシドは炎を操れるのかな? これぞ、魔法って感じ!
ニーノは炎に巻かれて、姿が見えない。
ん? プラシド、何やってるんだ?
ニーノが死んじゃったら、エステルを治す人がいなくなるのに??
「お前さんは俺と相性が悪いんだよ。風は火を強めるだけだ」
ニーノの姿が見えないのは、風で火が吹き上がっているからなのか。
どうしよう、これ、止めに入ったほうがいいかな?
竜さまの鱗は炎をさえぎってくれるかもしれない。
ぎゅっと鱗の端をにぎって、飛び出そうとしたところで、プラシドが首を押さえた。
口を大きく開けて、苦しそうだ。
「ニーノ! ……お前っ!」
ふっと炎が消えて、姿勢正しいニーノが見えた。
ほっとする。
「これはっ、お前も息が……っ」
「――ばかを言うな」
びりっと背中が震えた。
今まで聞いたこともないくらい、ニーノの声が冷たい。
「二人とも死ぬ状況にするわけがない。呼吸できないのは貴様だけだ」
プラシド、息ができないの?
「私は技術があるが、誰の道具でもない。何も考えるなとは、到底承服できん」
うわぁぁぁ……ニーノが怒ってるよ。
空気がびりびりしてる気がして、首をすくめる。
竜さまの鱗で亀になれたら、きっと手も足も全部引っ込めてた。
プラシドが首に当ててた腕の片方をニーノに差し伸べて、上下に動かした。
二拍して、ごほごほ咳き込む。
「死ぬかと……げほっ」
「――茶番に付き合ったぞ。もう良いだろう」
ニーノがその場にあぐらをかく。
プラシドも咳き込みながら、あぐらをかいた。
「力の衝突を経ないと本心を話せないという心理的障壁は、一刻も早く捨てろ。迷惑だ」
まだまだ声がとげとげしい。でも、死ぬような状況はなくなったらしい。
「あのさー、体面ってあるじゃん……」
「とてもばからしい」
「もー、ニーノちゃんはー」
両手を後ろに突いて、プラシドは空を仰いだ。
……なんか、口調が変わってるよな?
「だってさー、精神的支柱のエステルが病気で、俺まで病気とかなったら、みんな心配するだろー? みんなが心配したら、竜さまも気分沈んじゃうじゃーん? それはさーちょっとさー」
「貴様が急死する可能性を考えろ。さっさと症状を言え」
「もー、ニーノちゃんは冷たさしかないー」
プラシドは大げさに地面に倒れ伏す。
さっきまでのプラシドがどこに行ってしまったのか、ちょっと分からない。
「右足がときどきめっちゃ痛くなる。筋肉とかじゃなく、もう骨からみたいな……やっぱ、ダメなやつ?」
「エステルは、貴様の右足と生殖器付近に陰りを見たそうだ」
「まじかー」
はーと長い溜め息を夜空に吐いて、プラシドはニーノを見た。
「じゃあ、俺の使える臓器をエステルにあげてよ」
へらっとしたプラシドに、ニーノの周囲の気圧が下がった。気がした。
また、竜さまの鱗をにぎる手に力が籠もる。
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