11.甘露と痛み止め
遅くなりました。思った内容まで進まなかった……。
筏の上で桶のフタを開ける。
ふわっと甘い匂いが舞い上がった。
「お?」
「どうかした、エーヴェちゃん?」
ルピタにふるふる首を振る。
記憶にある匂いだけど……。
プラシドが長い匙みたいな道具で、くるくるとかき混ぜる。
さっきまでは混ぜないと、だんだん粉と水の層に分かれてしまったのに、今は温かみのある白のとろっとした液体に変わっている。
一滴、手の甲にのせて、プラシドがなめた。
「うん、できてる」
わっとみんなの表情が明るくなり、プラシドはニーノの手の甲にも一滴垂らす。
ニーノは口に含んで、無言。
「どうだ?」
身を乗り出すプラシドに、ああ、と素っ気ない。
「よさそうだ。少し分析してみたい」
安心したように眉を下げたプラシドと目が合った。
じーっと見てたら、笑って私とルピタの掌にも垂らしてくれる。
やったー!
ルピタと目を合わせて、にっこりする。
口に含むと、ふわっと甘さと香りが広がる。えーっと、杏仁豆腐みたい。でも、ずっとさらっとしていて、後に残らない。
そして、思い出した。
鼻が馴染んでしまったけど、初めてカンデに会ったときに嗅いだ匂い――それを、何倍にも強くした匂いだ。
みんな、お泥さまのお乳を飲んで大きくなったから、この匂いがするのかもしれない。
「一度、部屋に戻りたい」
ニーノの言葉に、プラシドとマノリトは頷くが、カジョが楽器の弓を振る。
「俺は、もう少し演奏していくよ」
「私もー! 竜さまにもっと演奏したい!」
ハスミンが手を上げる。お泥さまも、すうっとこちらに寄ってくる。まだ演奏するなら聞く、と思ってるのかな。
「まったくお前たちは……。だいたい、カジョは今日、ご飯当番だろう」
「ドミティラが代わってくれたよ」
はあ、と溜め息をついて、プラシドが筏の端の縄を解く。
なるほど、筏が三倍の広さだと思ったけど、本当に三艘の筏をつないでいたんだ。
マノリトがナシオに竿を投げた。
思わず、あっちとこっちを見比べる。ニーノについていって、分析を見てみたい。でも、ここでカジョたちがお泥さまに演奏するのを見たい。
ルピタは残るみたいで、ニーノの冷たい目もいつも通り。
……判断と行動。
やっぱり、演奏と踊りに参加することにした。
お泥さまがぐるうっと筏の周りを泳いでくれるのが、とっても嬉しい。
結局、日が暮れるまで演奏は続いた。ルピタに踊りを教えてもらい、ナシオに竹琴を叩かせてもらって大満足だ。
でも急に、カジョが耳を押さえて、集落に帰ると宣言する。
たぶん、テレパシーで夕ご飯だよって怒られたんだな。
お腹をぐーぐー鳴らして、食堂に向かう。
「今日のご飯は何かなー?」
「何だろうねー?」
ルピタと首をかしげ合う。何でもない会話が、一つ一つ楽しい。
「そういえば、ジュスタは元気か?」
楽器を片付けて戻ったハスミンに聞かれて、瞬いた。
「元気だよ! でも、ハスミンはジュスタ知ってますか?」
明るい金髪が際立つくらい、空が暗くなっている。
「知ってるよ。今回も来るかと思ったけど、お山さまの側に誰もいなくなるのはまずいか」
「もしかして、ハスミンのドラムはジュスタが作った?」
「いや。あれは私が作ったけど……前に来たときに作り方を教えたから、ジュスタが作ったのもあるよ」
「おお!」
遺跡に行ったとき聞いた“楽器作り”は、お泥さまの座だったのか。
「――何か私のことを聞いたのか?」
「ドラム作ったことあるって言ってたよ」
「ああ、そういうこと」
赤茶色の目がうっすら笑う。
「ジュスタって誰?」
ルピタの声に振り返った。
「ジュスタはエーヴェの一つ前の付き人だよ! 髪が黒くて長くてくるくるしてて、物を作るのがとっても上手なのです」
もっと存分にチートぶりを説明したいが、難しい。
それでも、黒曜石の瞳はきらきらする。
「じゃあ、ハスミンと似てるね! ハスミンは染めるのが上手!」
「おお!」
尊敬の眼差しで見上げる。
もしかして、ジュスタと物作り友達なのかな?
「今日は盛りだくさんでお腹空いたろ? たくさん食べておいで」
ハスミンは軽く手をひらめかせて、ドミティラのほうへ行ってしまった。
むむ、もっとお話ししたかったのに。
夕飯の後、部屋に戻ると、やっぱりニーノはいなかった。
うーん、いろいろあったから、ニーノに話すと頭がすっきりすると思うけど。ニーノは忙しい。あきらめて、竜さまの鱗と一緒に寝よう。
竜さまの鱗を頭の上にかかげ、はたと気がついた。
なんてことだ! 竜さまの鱗は、お友達に見せるために持ってきたというのに、すっかり忘れていた。
自己紹介のときに持っていれば、みんなに見せられたのに。
明日から、持って回らなければ!
寝台の上で後悔にコロンコロンする。
そこで、良い考えが降ってきた。
「エステルさんに貸します!」
偉大な竜さまの鱗だし、きっと痛みにだって何らかのご利益があるにちがいない。
すだれをよけて外を見る。もう暗いけど、やっぱり夜目が利くので、移動くらいならできそうだ。
竜さまの鱗と一緒に、エステルの家に向かった。
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