10.甘露を得る演奏
桟橋から離れ、お泥さまが潜れる水深になると、竜さまの水脈と呼ばれる場所らしい。
さっきはルピタと二人で呼んだけど、今度はおどろさまは水に浮かんで待っていてくれた。
「おどろさまー! 芽が出たよー!」
立ち上がって筒を頭上にかざすと、ニーノも立ち上がった。
「お泥さま、エーヴェに花をいただき、ありがとうございます」
ニーノが頭を下げたので、私も一緒に頭を下げる。
しばらくして頭を上げると、お泥さまはゆったり瞬きしている。
――花はエーヴェが運んだ。良いことだ。ニーノは、久しく見なかった。元気か?
「はい。つつがなく。ご挨拶がおそくなり、申し訳ありません」
お泥さまはゆらゆらと頭を揺すった。いろいろな水草が、頭や肩から落ちていく。
――死はいずれ仕方なくとも、痛みはつらい。
「はい……。お泥さまのお力添えをいただき、必要なことをいたします」
ほわっと青白い光が見えた。
おどろさま、喜んでるのかな? でも、さっきとは色が違う。
「――竜さま、失礼いたします」
プラシドが大きな声で挨拶し、縄の束を持って水に飛び込んだ。マノリトも水に飛び込む。お泥さまの左側からプラシドが縄の束を放り投げ、お泥さまが頭を傾けたので、縄はずるずるとマノリトの手元に届く。
縄がお泥さまの頭をカチューシャ的に横断したのを確認して、プラシドとマノリトが筏に戻ってくる。それぞれ桶を肩に担いで、片腕だけで泳いでいく。
桶は密閉式じゃない。中身をこぼさないように担いで泳いでるんだから、二人とも、泳ぐのがとても上手だ。
「みんなよく泳ぎますか?」
隣のルピタに耳打ちする。
「泳ぐよ! 大人はみんな、竜さまのお腹の下を潜って抜けられるんだ」
「すごいね! タタンはできますか?」
「私はまだ、頭の下だけー」
「おおお、エーヴェ泳いだことないよ。タタン、すごい!」
黒曜石の瞳がまん丸になる。
「泳いだことないの? 今度、練習しよう!」
目が真剣だ。泳げないのは、生きるか死ぬかの大問題って感じ。
「――はい、練習します!」
思うに、これはきっと、お泥さまと泳ぐチャンスだ。
左右の縄の先に桶が提げられて、プラシドとマノリトが筏に戻ってくる。
桶の皮の部分がお泥さまに当たる面なんだな。
桶が、とっても小さな耳みたい。その上、色とりどりの縄が頭にのって、ちょっとかわいい。
「頼む」
プラシドがカジョとカンデに合図すると、二人は頷いて、膝に倒していた弦楽器を抱える。
ハスミンが、私の背よりも長いドラムを脇に抱え込む。中央に張った膜と、それを引っ張っている紐を弾いて、音を見ているみたい。
ナシオは手にバチを四本も持って竹琴の前に座った。
ドラムが始まる。一定のリズムで繰り返される低い響きに、カジョとカンデが、同じ呼吸で弦の音を滑り込ませる。早い弦のリズムに、ドラムの音が複雑になり、そこに拍子抜けしそうなほど明るい、竹琴のリズムが重なってくる。
楽しい!
今まで聞いたどの音楽に似ているだろう。
弦の音は胡弓に近いけど、あまり響かず、女性の歌声と言われる繊細さはない。でも、二人分の音が重なるとふくらむ。弦楽器なのに、打楽器に似た響き。そこに竹琴が加わって、竹林を抜ける風を思わせる。竹と竹をぶつけながら吹く風――。曲がバラバラにならないのは、ずっとベースを作っているドラムのおかげだ。
隣でうずうずしていたルピタが、プラシドをちらっと見た。
プラシドが口の端を持ち上げて、軽く頷く。
その途端、ルピタがぽーんと筏の前方に飛び出した。
リズムに合わせて、身体を揺らして踊る。竹琴のリズムに手足の動きを合わせたり、弦に合わせてボックスステップしたり。プラシドとマノリトが、手で膝を打って拍子をつくるので、私もわくわく手拍子した。
お泥さまはゆったり瞬きしながら、ときどき、くるーっと筏の周りを泳ぐ。ふわっとピンク色の光が散った気がする。
竹琴のソロで終わった演奏に、一生懸命拍手した。
「すごーい! すごーい! みんなお上手!!」
しかし、みんな聞いてない。
「やはり、この弦では音が響かないです。今度、他の獣の……」
「ハスミン、お前、途中ちょっと力抜いてただろ?」
「カジョこそ、早引きは完全にカンデに負けてるぞ」
「なんだって?」
演奏の反省点で言い争いになってる。
「もー! みんな竜さまの前でケンカしちゃいけないんだよ!」
ルピタが叫んで、場がはっと静かになった。
――曲すると、みな、ケンカ……。
「竜さま、お待ちください!」
「み、みんな、ケ、ケンカしない」
プラシドとマノリトが慌てて水に飛び込む。
お泥さまが水に潜るのを、引き留めようとしてるみたい。
ぽんぽんぽん……
ナシオが、軽やかなリズムを竹琴で奏でる。ハスミンが合わせて、紐を弾いて音をつくる。カジョとカンデは、手で太腿を叩いてリズムを作った。
楽しいリズムができあがると、お泥さまがこっちを見てくれた。
――みな、思い詰める。修めよ。
「はーい!」
ルピタが返事をして、プラシドとマノリトがお泥さまから、桶を受け取った。
竜さまに聞かせる曲なので、みんな一生懸命です。
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