9.エーヴェは泉へ水くみに
スローペースです。
準備は簡単だ。
カジョはそう言ったけど、楽器の準備に、きれいな水に、ひいた粉を取りに行って、お泥さまにつけてもらう桶を準備する。
たくさんある!
「あんたらは私とおいで! 桶を洗うから」
「はーい!」
ルピタと一緒にハスミンについて行く。いったん、建物がたくさんある場所に戻って、桶を取り、ハスミンが一個、ルピタと一個。
持とうとして、お泥さまの竹筒に気がついた。
「ああ、それ、持ってたいんだね。ちょっと貸して――」
ハスミンは麻縄やシュロ縄みたいな細い紐を手繰って、竹筒に当てる。交差させたり、結んだりして、筒に紐をカゴ状に絡め、首からさげられるようにした。
「わあ、ハスミン、ありがとう!」
すごい技術だ。
すべすべの竹に、縄がぴったりくっついてる。
「こけるのだけは注意して。行こう」
初めて来たときに通った門を出て、外に出る。
「おおー広ーい!」
「あ、エーヴェちゃん、初めて見るんだね」
竹林と湿原が混ざり合って広がっている。
カヤツリグサやガマ、イグサみたいな、彩りはないけどしゅっとした植物がたくさん生えている。
足下は、水と土の境目がはっきりしない。カンデが一緒に行こうと言ったわけが分かった。
「竜さまの水脈はいいんだけど、こっちは大人と一緒じゃないと来られないんだ! だから、今度誰かと来ようね!」
「うん! 来ようね、タタン!」
ハスミンが肩を揺らす。
「瞬く間に仲良くなったもんだね。でも、必ず大人と来るんだよ。あんたらじゃ頭まで埋まっちゃう沼や、ぱくーっと食べるワニがいるからね」
「なんと!」
それはとても危険。
「約束する!」
ルピタの言葉にハスミンはうっすら笑う。
「今行ってるのは、とってもいい水の泉なんだよ。特別なときにしか使わないの」
桶の片側を持ってルピタが教えてくれる。
桶は珍しい形。ヴァイオリンの弓みたい。竹で曲線の面と底、蓋が作られ、弦に当たる部分は皮が張られている。それと、縄を通す穴の開いた持ち手が二つ。
「特別なときはどんなときですか?」
「基本的には、竜さまに変質してもらう材料だよ」
ハスミンが答えて、ルピタはちょっと不満そうにしたけど、すぐに顔を輝かせる。
「あとね、お酒を造るの!」
「おお、お酒! ここにもお酒ありますか」
そういえば、みんなで作ったあのお酒はもうできたのかな。
「大人は、良いことがあったときに飲んでるよ! その後の踊りがみんな変になるから面白いのー!」
酔っ払い踊りになるんだな。
「エステルが元気になったら、みんなお酒飲みます!」
「もしかしたら、竜さまもちょっと飲むかもしれないよ!」
ルピタの言葉に、ビックリした。
「え! 竜さまはお酒を飲みますか?!」
「こらー、ルピタ!」
ハスミンが低い声でうなって、ルピタはびくっとする。
「だ、だって、エステルが言ってたよ! 前に竜さまがお酒飲んだって」
「その話は竜さまの前では言わないんだよ」
ぷうと膨れたルピタに詳しく聞こうとしたけど、その前に、目的地に着いた。
「うわー、きれいだねー!」
透明な水が底から湧き出て、常に水面が細かく揺れている。磨き上げたガラスが、少しだけ緑色をたたえている、そんな透明感。
静かできれいで、いつまでも、のぞき込んでいたくなる。
「ほら、持って行かれるから、あまりのぞかない」
目の前で親指と人差し指がくっつく。見上げるとハスミンが隣に立って、私の頭越しに伸ばした手だった。
確かにうっとりして時間を忘れてしまう。
みんなで桶をきれいに洗い、桶の半分より少し多いくらいに水を入れて、蓋をする。
帰り道は苦労した。
水を運ぶのって、とっても大変。重いのは当然として、揺れるのがきつい。
ルピタと呼吸を合わせて、えっさえっさと運ぶ。
「お疲れさま」
扉近くでナシオが迎えてくれたので、ルピタと持ってた桶を渡す。
「竜さまにはもう伝えたから。米の粉を溶いたら、すぐに水脈に向かうぞ」
「はーい!」
ルピタと声が重なって、ナシオが笑う。
大きな袋いっぱいの米の粉を、二つの桶に分けて入れ、柄の長いへらで何度も混ぜ、桟橋に持って行く。
桟橋の岸にはプラシドとマノリトの姿もあった。
カジョとカンデは、弦楽器を持っている。見たことない楽器だけど、胡弓を思い出すフォルムをしている。
プラシドの横にニーノを見つけて、駆け寄った。
「ニーノ! わくわくします」
ニーノは無言で頷く。
桟橋を見ると、ルピタと使ったのより三倍大きな筏が待っていた。
ハスミンとナシオが運んだ桶は、皮の面が合うように向き合って置かれる。筏にはすでに、木琴みたいな打楽器とドラムが置かれてあった。楽器はどれも、竹が材料。
でも、何より目立つのは、赤や青、黄色が編み込まれた長い縄だ。
プラシドとマノリトが筏の両端に立ち、みんなぞくぞくと乗り込む。ニーノの隣に座ったら、ルピタも隣に座った。
なんだか、お祭りみたい。
「い、行くぞ」
マノリトが言って、筏が桟橋を離れた。
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