6.紫色の瞳
ある程度岸に近くなると筏は水面に降ろされて、そのまま勝手に流れた。
ルピタは座ったままなのに、筏はすいすい桟橋に進んで、ぴたりと止まる。
「魔法? 魔法?」
「竜さまが尾っぽで案内してくれたの」
ぴょんと桟橋に跳び上がって、ルピタが手を貸してくれた。
「エステルに会いに行くんだよね」
「はい」
ルピタの顔が曇る。
「私は呼ばれてないから、行っちゃダメかなぁ?」
「でも、エーヴェ、エステルさんどこか知りません。タタンは案内できます!」
黒曜石の瞳がきらきらした。
「そうか! じゃあ、案内するね!」
やった、と叫んで、ルピタは走り出す。
水辺を走り、大きな影が見えてきて目を見張った。
「あれ、何? 大きいね!」
二人で足を止めて、眺める。
葦が生える水辺から少し奥まって、大きな白茶色の建物がある。三階建てくらいの高さで、四方は尖っていて角みたい。所々骨組みの木が突き出している。壁はなめらかで、いくつもある窓は細い。角の丸い扉が、こっちに向いていた。
「あれは倉庫と、工房だよ」
「工房!」
やっぱりここにもあるんだ!
倉庫でもあるから、集落の他の建物と違って、閉ざされた建物なのかな。
「食べ物を蓄えてるんだよ! 工房はいろんな物をつくるよ」
「とっても見たいです」
「今度案内するね! 面白いけど、私はちょっと苦手なんだ」
ルピタの鼻の頭にしわが寄る。
「どうして?」
「くさいの! ちょっとだけだけど」
「へえー!」
どんな匂いなのかな。
工房を眺めて、川沿いに進んでいく。赤っぽい土の道が、青々した草の中で浮き立って見える。
ぎ、ぎ、と音が響いている。水車小屋が二軒、建っていた。
「お米の籾殻を取るんだ。あと、粉にしたりもできるって」
水車から常に落ちる水の、ざあざあした音と、小屋からは、ぎ、ぎと響く軋み。
「便利だね! 邸では臼でひくよ」
「水車も臼だよ! 水がやってくれるだけ」
この辺りから、少し坂になる。
空からはすごく平坦に見えたけど、どこまでも平らってわけじゃない。
坂の上から降りてきた風に、鳴り竹の音が混じっている。
高床式の小さな家。軒にそれぞれ鳴り竹を提げている。黒い竹で深みがある音。
要所要所に柵が見えるから、離れているけど集落の中には変わりないらしい。
「エステルさん、ここにいますか?」
ルピタは無言で頷く。
「私は呼ばれてないから、ここで待ってるね、エーヴェちゃん」
「え、タタンは来ないの?」
ルピタは足の指で、ごしごしと土をかき集めている。
「呼ばれてないけど、行ってもいいかなぁ?」
「最後まで案内するのは大事なことです」
「――そうだね!」
ルピタが、魚の骨みたいな階段はしごを、とととっと駆け上った。
すだれをそろーっと持ち上げて、中をのぞく。
「エーヴェ」
「わ!」
ニーノの冷たい目がこっちをバッチリ見ていた。
「何をやっている。入れ」
「はい!」
ぴょん、と飛び込む。
あぐらをかいているニーノの向かいに、褐色の肌で銀髪の人が座っていた。ゴザ風クッションを抱え込んで、支えにしている。
頰の線が尖ってて、身体の具合が悪いのは一目瞭然。
落ちくぼんだ深い紫色の瞳が語りかけてくるようで、瞬きできない。
「ルピタ。入っておいで」
しっかりした声がその人から発せられて、身体が震えた。
まだすだれの向こうにいたルピタが、そろーっと入ってくる。
「……エステル、元気?」
「元気じゃないよ。でも、ルピタが来ただけで、怒ったり、具合が悪くなったりしない」
エステルの顔に浮かんだ微笑に、ルピタも少し表情を緩めた。
「二人とも座れ」
ニーノの言葉に、金縛りがとける。慌ててあぐらをかいた。
「こんにちは。エーヴェです」
エステルはゆっくり頷く。他のみんなと同じく髪が短いけど、すこしだけ伸びたんだろうな。項が髪で覆われてる。
「エステルだ。遠いところ、よく来てくれた」
「エステルさんは今は痛くないですか?」
「ああ、ニーノが薬をくれたから」
痛み止めかな。
「寝てなくてもいいですか?」
「横になる方がつらいんだ。エーヴェは、竜さまに会ったんだね」
両手でしっかりにぎった筒に目を留めて、エステルが微笑む。
「はい! ルピタに、お花が咲くって聞いたよ! 楽しみ!」
「竜さまにはご心配をおかけしているから、キミが嬉しいことを運んでくれて感謝する」
おお、エステルはとっても優しい気がする。
「ニーノがエステルさん治したら、おどろさま、もっと喜ぶよ!」
「――エーヴェ」
ニーノの低い声が届く。
ニーノは不確定なこと言わない。でも、本当のことだ。
「私も、そうなることを期待している」
「エステル、貴様――」
エステルは、ニーノの冷たい視線を笑って受け流す。
すごい。
「ニーノは怒ってばかりだから、一緒にいるのは大変だろう?」
こんな冗談まで言える。すごい。
「ニーノは顔が変わらないけど、怒ってばかりじゃないのです。だから、大変じゃないよ」
「そうか。――よかった」
ちらっとニーノの表情をうかがったけど、無だ。
まぁ、ニーノは本当のことを言っても怒らないからきっと大丈夫。
「身体が動かしやすかったら、キミの頭をなでたい気持ちだ」
エステルが弱く笑う。
ちょっと考えて、ゴザから立ってエステルの側に行き、手を握った。
「プラシドとも握手しました!」
「――そうか」
ふふっと、軽くエステルが笑う。
「よく来てくれたな。エーヴェ」
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