6.竜の微笑み
「貴様」と字面が似るので、「竜さま」の「さま」をひらがなにしました。
これ以前の部分は順次訂正します。
「あーるーぷーすいちまんじゃーく」
歌いながら、竜さまのほっぺたにぺちぺち手を当てる。
金色の目がうっすら開いて、私を眺めている。
「さ、あ、お、ど、り、ま、しょ」
今日は朝から強い雨で、森での鍛錬はなし。竜さまのお側でまったりしている。
――この雨じゃ、竜さまのうんこ、流れちゃうかなぁ?
洞の外で、大粒の雨が岩や葉を叩いている。いつものスコールと違って、空全体に厚い雲が降りていた。
薄暗いおかげで、竜さまの瞳が上弦の月みたい。
――濡れておるぞ。
顔を上げると、洞の開口部から吹きこむ霧が、白く輝いて見えた。庇のように張り出した岩に生える植物も、露をまとってきらきらしている。
試しに髪に触れると、すっかり水を吸っていた。
――奥に参れ。
「っはーい!」
勢いこんで立ち上がり、竜さまの足下へ駆け寄る。
竜さまは背中側は硬い鱗があるけれど、お腹側には鱗の代わりに毛が生えている。竜さまの背中ボルダリングでは、毛皮ゾーン、毛皮と鱗混在ゾーン、鱗ゾーンを越えて、ふわふわたてがみゾーンがゴール。たてがみの中に入ると、ドラゴンのノミの気持ちが分かる。一生動きたくないでござる。
今は雨をよけて、前肢の下にもぐりこんだ。前肢の付け根に入りこむと、スエードレザーのソファのごとき座り心地。
次の瞬間、ぶごーっと鼻息を吹きかけられた。
目を閉じて、風圧に耐える。ほっぺたが少しひりひりする。
なんか、いつもよりあつーい!
しかも、長い。十秒くらい熱気に当てられ、気がつくと髪も服も乾いていた。
ひゃっはー! 竜の息ドライヤーだぜ!
「りゅーさま、ありがとーございますっ」
竜さまが首をかしげて、こちらを見つめた。
――乾いたか。
「はい!」
――久しぶりだが、うまいのぅ。
自画自賛する竜さま。
場合によっては、おそらく炭になってたのでしょうね。
「りゅーさま、前は誰を乾かしたの?」
竜さまが、ずいっとこちらをのぞき込む。どぎまぎ黙っていると、知らない映像が脳裏に浮かんだ。
場所は――、たぶんこの洞。だけど、外の森が今ほど育っていない。遠くの山も岩肌が目立つ。手前にやせっぽちの誰かがいる。濡れてぼそぼそのカラスみたいに頼りない。近づいて、少年だと分かった瞬間、後ろに飛んだ。
たぶん、鼻息で飛ばされたんだ。
竜さまが首を伸ばして少年をくわえ、後ろ肢の間にはさむ。そして、もう一度――。
鼻息で勢いよくなびき、乾いた髪が、銀色に輝いた。
まるでタンポポの綿毛だ。
ぼそぼそのカラスから、タンポポの綿毛への変化に、竜さまはたいへんご満悦。
なに、今の動画? もう一回見たいんですけど。
「いまの、りゅーさま?」
――見えたか?
こくこく頷く。
つまり、竜さまは他者の意識に介入することができるってことですか? さっすが!
そして、“動画”の少年がニーノだとすれば、付き人はみんなここで育つのか。というよりも、ニーノは竜さまに育てられたのか?
「りゅーさま、ニーノそだてた?」
――そうだな。人の子どもを今より知らなかったゆえ、ずいぶん試行錯誤したぞ。
哺乳類や鳥にも手を借りた映像が頭によぎる。人の姿も見えた気がした。
――さんざん痛い思いもさせたが、巣立ったのう。
火傷や骨折、たくさんの命の危機を乗り越えて、ニーノの今があるらしい。
メソッドが確立した時代に生まれて、幸運だった。
――二人は同じ種族であろう。ニーノは人間らしいのか?
頭に響いた質問に、目をまたたく。
不思議な質問だと思った。
竜さまは人間に対して、何か思い入れでもあるのだろうか?
「――わかんない」
まだ、エーヴェとしては物心ついたばかりで、ニーノの人物像が把握できていない。
しかも、人間らしいって、何ですか、その難易度高い質問?
「でも、エーヴェ、ニーノ好き。ジュスタも好き」
ふわりと優しい風が額に触れる。
竜さまの側にいると、ときどき感じるこの風は――。
人間でいうところの、微笑みかもしれない。
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