2.丸い屋根の下で
遅くなりがちで申し訳ありません。
「エーヴェ、起きろ」
身体が揺すられて目を開けた。目の前の顔はニーノだ。
「ニーノ! おはよー!」
飛び起きると、部屋にはもう一人いた。
短く刈り込んだ金髪。褐色の肌の女の人だった。
「おはよう、エーヴェ」
声で気がつく。
「モモくれた人!」
今日も朝ご飯を持ってきてくれたらしい。南方の島国の人のような、張りのある力強い腕が貫頭衣風の短い袖から見えている。
「私はハスミンだ。よろしくね」
「よろしく! ハスミン」
お粥にメンマに似たものが添えられた簡単な朝食を食べる間、ハスミンも部屋の入り口に座っていた。
「プラシドが一度、みんなを集めるって話だけど」
ニーノが頷いた。
「エステルのことについて、皆に話す」
「じゃあ、みんなのお名前分かりますか」
メンマに似たものは干したタケノコを味付けしているのか、ごりごりとしてなかなか噛み切れない。
「そうだな。貴様の紹介が必要だな」
「おおー!」
「元気な子だな」
両手を上げて叫ぶと、ハスミンが面白そうに笑った。
朝食の後、村の真ん中の丸い家に連れて行かれた。
何人かと話していたカジョが、こっちを見て手を振ってくれた。光の下で見ると、髪が濃い緑色でびっくりする。
きれいな模様が編み込まれたゴザの上に座ってしばらく、ぎしぎし竹をきしませながら、早足でやってきた男の人が、目の前にしゃがみ込む。
手を差し出されて、思わずにぎった。
褐色の肌に黒い髪、薄茶色の目。幾何学模様で染められた肩当てを着けて、筋骨隆々。無精ヒゲが生えていなければ、精悍な顔立ちだ。
「お前さんがエーヴェだな。俺はプラシド。ここのまとめ役の片割れだ」
「こんにちは、プラシド。片割れなのですか?」
「まとめ役はエステルだ。この座にいちばん長くいる。次が俺で、二人でまとめ役だったが、エステルが病になった。おかげで片割れってわけさ。――おおし、人がそろったな」
室内に人が増えていた。空いてるスペースに関係なく、好きなところにばらばらと座っている。ざっと見る限り、私より肌が黒い人が多い。日焼けしてる私が、色が黄色くらいに見えるから、ニーノは真っ白に見える。
あと、びっくりしたのが赤ちゃんを抱いた女の人がいたこと。隣に座った男の人に赤ちゃんを渡したから、あの三人は親子だろうか? 同じ年頃の子どもがいると聞いたけど、まさか赤ちゃんのこと? それは、さすがにお友達には早い。
そんなばかな――。
ショックで、赤ちゃんに注目していた視線を流し、そこでばちん、と目が合った。
きらっきらの黒曜石の瞳。
あの子だ! お友達(予定)だ!
柔らかい焦げ茶の髪が、褐色の額を縁取っている。髪が短い。そういえば、ここの座の人はみんな髪がとても短い。私もニーノも肩ぐらいの髪で、そんなに長くないけど、室内ではいちばん長い。
濃い睫毛とちょっと大きい鼻翼がかわいい。
「エーヴェ」
隣のニーノに名前を呼ばれて、はっとする。
プラシドが集まった人に向けて話し始めた。
「昨夜到着したお山さまの座のニーノとエーヴェだ。ニーノは知っている者が多いと思うが、エーヴェは初めてこの座に来た。だから、皆を紹介する。ここに暮らして長い順で行くか。――アラセリ」
褐色の肌で柿色の目の女性が、ひょいと片手を上げる。
「カジョ」
昨日、食事に連れて行ってくれた。筆で引いた線みたいなゆったりとした体格。浅黒い肌で灰色の目をしている。
「ドミティラ」
ひらひらと振った掌が白い。つやつやの黒い肌で、水色の髪が鮮やかだ。
「ハスミン」
朝ご飯を持ってきてくれた人。この中では目立つ明るい金髪。赤みがかった茶色の目がネコみたいに笑ってる。
「ナシオ」
小柄でがっちりした男の人。目が細い。
「マノリト」
あ、ヘビ捕るのが上手な人だ。日に透けた葉っぱみたいな色の瞳。
「カンデ」
昨日、集落の外まで迎えに来てくれた人。目が、深い森みたいな緑色。
「フィト」
珍しく、白い肌。
「ノエミ」
フィトに赤ちゃんを渡してた女の人。私と同じくらいの黄色い肌。
「ルピタ」
ルピタ!
黒曜石の瞳のエーヴェのお友達! 予定!
「ロペ」
フィトが赤ちゃんの小さな手をとって、ふるふると揺らした。
「それに、ここにいないがエステル。この座の竜さまの付き人全員だ」
ほわー、十三人!
うーむ。誰が誰だか覚えられそうにない。
「紹介されたニーノだ。これはエーヴェ。本来、座の外に出さない幼な子だが、お泥さまにぜひ会いたいというので連れてきた。好奇心が強い。皆を煩わせることもあると思うが、仲良くしてくれ」
「よろしくお願いします!」
ニーノにならって、ぴんと背筋を伸ばして言う。
「へぇ、竜さまに会いに来たの」
「それは立派だな」
わあわあ声をかけられて、誰の言葉かは分からなかったけど、おおむね好印象らしい。
「エステルのことを少し話したい」
ニーノのよく通る声で、室内が静まった。
「昨夜、エステルを診たが、複数の腫瘍に冒されている。準備が整い次第、腫瘍を取り除く。腫瘍のうち一つが、外見に少し影響がある場所だ。姿が変わることを、知っていてくれ」
突然の深刻な話に、硬直してしまった。
「腫瘍があるのは、どこなんです?」
柿色の目の女性――えっと、アラセリが聞いた。
「左の乳房だ」
なるほど、という雰囲気が流れた。
ちょっとびっくりだ。すごくプライベートな話なのに、十三人がみんな聞くの?
「しゅようを取れば、もう痛くない?」
ルピタが手を上げた。ニーノは少し黙る。
「今の激痛はなくなるが、違う痛みが生まれる可能性がある。だが、ずっとマシなはずだ。――他に質問はあるか」
「じゅ、準備は何をする?」
「基本的には私が行う。頼みたいのは熱湯の準備。それ以外は逐次依頼する」
「いつ腫瘍を取るんだ?」
「早ければ、今夜にでも」
「――エステル、元気になる?」
たぶん、その場の全員が聞きたかった質問。
「エステルの体力次第だ」
むー。ニーノは不確かなことは口にしない。
しんとしているみんなを見渡してから、ニーノはプラシドに視線を向けた。
「それから、貴様も治療が必要だ。プラシド」
「なに――?」
みんながざわりとする。
「何を言っているんだ。俺はおかしいところなどない」
プラシドはとても慌てて見える。
「いや。皆の前で言わねば貴様は逃げ隠れするだろう」
「ニーノさん、プラシドはどこが病気なんですか?」
かすれのあるこの声は、カンデ。
「右足――」
「いい加減なことを言うな!」
プラシドが立ち上がり、ニーノが冷ややかに見上げる。
「俺はこの通り、問題なく動いている。お前さんが診るのはエステルだけで十分だ」
眉間にしわを刻んだまま、室内のみんなに向き直る。
「忙しい中、集まってもらったな。そういうわけで、ニーノから用を頼まれたときには協力してくれ。エーヴェとも仲良くだ」
話は終わったとばかりに、両腕を振る。
「プラシド、貴様は――」
「聞かんぞ!」
言い募ろうとしたニーノをさえぎって、プラシドは出て行ってしまった。
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