表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/300

1.鳴る竹の座

たいへん遅くなりました。

 ぼんやりした光について歩くうち、カエルの声以外にも音が聞こえ始めた。


 カラカラカラ……カラカラ……


 何かが打ち合わさる音だと思う。だんだん多く、近くなってる。

「あ、橋がかかってる!」

 駆け寄ろうとしたら、カンデから止められた。

「この辺りは沼地で、地面と見分けがつかないこともあるんだ。だから、一緒に歩いて行こう」

「なんと」

 おとなしくカンデの後をついていく。

 竹林が切れたので、平坦な土地が見渡せる。行く先に、何軒かの家が集まっているのが分かった。

 交差させた竹の柵で囲まれていて、集落の雰囲気。

 声が届くくらいに近づくと、竹の扉が内側に開かれた。

「おかえり、カンデ」

「ただいま、カジョ」

 扉を開けた人も、肌が黒っぽい。

 ニーノを見て、扉が両方に大きく開かれる。

「よく来てくれた、ニーノ」

 ニーノは軽く頷いて、扉の内側に踏み込む。柵の中には六から八は建物がある。高床式だけど、それにしても床がかなり高い。

 赤い光がもれている建物から、何人かこちらを見下ろしていた。


「ほの白く光る竜が飛ぶのを見かけた。広場に降りてくればよかったのに」

 後ろで扉を閉めた人が、ニーノに言う。

「エレメントは静かな環境を好む。集落は苦手だ。――カジョ、連れを頼む」

 見下ろされて、背を伸ばした。

「こんばんは、エーヴェだよ……です!」

「――そうか。俺はカジョだ」

 しゃがんで、カジョは右手を差し出す。

 もしやこれは、初めての握手!

 全然手のサイズが違うけど、しっかりした掌に安心感がある。

「私はエステルのところに」

 エステル? 病気の人かな?

「では、私がこのままお連れします」

 ニーノが一瞬、私を見て、カジョに視線を移した。

「夕飯がまだだ。食わせてくれ」

「そのつもりだ。エステルをよろしく」

 頷いて、ニーノとカンデは集落の奥へ歩いて行った。


 カジョは立つと、ひょろっと手足の長い印象がある。

「ごはんを食べに行こう。何か好きな食べ物はある?」

「エーヴェ、ラオーレが好きだよ」

「ラオーレか。あれはこの辺りにはないんだよ。かわりに美味しい果物を出そうな」

「エーヴェ、果物が好き!」

 建物は竹でできている。一段一段が高い階段を上って、二階の高さの入口に着いた。竹を組んだ家の壁をぐるりとベランダが取り巻いている。それが渡り廊下みたいに、隣の建物につながっていた。屋根は何かの葉っぱで()かれていて、ひさしの四方には、竹でできた風鈴が下がっている。


 カラカラカラ……


「これの音でした」

 ずっと聞こえていた音の出所だ。

()(たけ)だよ。建物の軒先には必ずさげるんだ」

 ベランダで寛いでた二人組の一人が言った。星明かりで微かに金髪が輝いている。

「ずいぶん小さい子が来たもんだ。キミも人を治せるの?」

 もう一人が、からかう感じで笑う。

「エーヴェは何ができるわけでもないけど、おどろさまに会いに来たよ! 会える?」

 おどろさまと言った途端、二人はニコッと笑った。

「今日はもう遅いから、明日会いに行くといいよ」

「もうすぐ夕食ができるから、たくさん食べてゆっくりおやすみ」

「ハスミン、エーヴェに何か果物を持ってきてくれ」

 カジョの言葉に、おざなりな返事をして、金髪の人が手すりから下に飛び降りた。


 壁の向こうはもわっとしていた。部屋の中心に、大きな四角いカゴが蒸されている。カゴの下から少しだけ光がもれていた。

「お山さまの付き人?」

 誰かの声。

「うん、この子はエーヴェだ。今、ニーノがエステルの所へ行った」

 部屋に灯りはなく、何人もいるみたいだけど、肌が黒い人が多くてよく見えない。

「エーヴェ、皆の紹介はニーノと一緒に明るいときにするよ。今は食べるだけ」

「はい!」

 とりあえず、ゴザを指されてあぐらをかいた。

 食卓は()()()スタイルと似ていて、(せい)(ろう)の周りにみんなが座り、それぞれに足つきのお膳が配られている。

 私の前にも、カジョがお膳を持ってきてくれた。

 ご飯がある。お漬物に似た一品と、蒸した白身の上に刻んだ野菜や木の実がのった料理、それに、透明のスープだった。

「お魚!」

「あ、あのね……」

 叫ぶと、隣の黄色い肌の人が恥ずかしそうに、声をかけてきた。

「それはね、ヘ、ヘビだよ」

「ヘビ!」

 白身魚だとばかり思っていた。まじまじと眺める。食べたことないけど、ハモみたいに身に対して縦線が入ってる。ハモは料理人が包丁目を入れるけど、これは自然にそうなっているのかな。

「おいしいですか? エーヴェ、初めて食べるよ」

「お、おいしいよ。お、俺が捕ったんだよ」

 匙ですくって、口に入れた。淡泊な味で、くせのない(タイ)みたいだ。

「おいしい! おいしいね!」

「う、うん。おいしい」

 にこにこして嬉しそうで、私も嬉しい。

「マノリトは猟がうまいんだよ」

 戻ってきたカジョの言葉で、やさしげな人の名前が分かった。

「マノリト! エーヴェはエーヴェだよ!」

 マノリトはうんうん頷いて、にこにこしてる。

「エーヴェ、これ、使ってみるかい?」

「お! おはし!」

 カジョから渡されたのは、竹製の箸だった。

 この世界では、お箸を使ったことがない。邸もご飯だけど、スプーンで食べることが多かった。ニーノやジュスタたちは使ってたっけ?

 初めてお箸を使ってご飯を食べたけど、やはり身体が違うので、四苦八苦だ。

 よくこんな物使って食事しようと思ったな、人間ってば。


「はい、これもお食べ」

「お――おおお!」

 お膳の上にモモが置かれて、感激の声が出た。

 だいたい白くて、とんがった先の辺りだけピンク色。細かいうぶ毛が生えてる。甘い香りは間違いなく、あのモモだ。

「むきますか?」

「そのままかじっちゃえ」

 モモを持ってあたふただったけど、誰かの声にそそのかされて、あむ、とかぶりついた。

 皮が薄い。やわーい。甘ーい。

「おいしー!」

 口からあふれる汁がもったいない!

 周囲から笑い声が起こった。誰も怒る雰囲気じゃないので、モモの種のところまで、あむあむ食べた。


 ご飯の後、渡り廊下を通って、小さな部屋に案内された。大きな窓兼出入り口には、すだれがかかっている。部屋の家具――寝台や小さい椅子や机は、みんな竹製だ。

 隅に、邸から持ってきたカゴがいくつか置かれていた。用がないカゴはこっちに移動させたのかも。

「ここが客用の家だ。ここにいる間はエーヴェたちの家だよ。あとで、ニーノも戻ってくるだろう。一人で眠れるかい?」

「エーヴェ、いつも一人で寝てるよ!」

 そうか、とカジョは頷く。

「おどろさま、まだ会えない?」

 しつこく聞くと、カジョはしゃがんで目線を合わせる。

「足下が分からないからな。明日、ルピタと行くといい」

「ルピタ?」

 首をかしげると、カジョはおどけた感じで手を上げた。

「ほらほら、エーヴェは長旅で疲れてるだろう? ちゃんと休んで、話はまた明日な!」

 カジョは手をひらひらして、すだれの向こうに出て行ってしまった。

 仕方なく、寝台の上にリュックを投げて、サンダルを脱ぐ。寝るとき用の布を出して転がった。

 でも、知らないところは緊張する。

 カエルの声も鳴り竹も途切れない。気のせいか、赤ちゃんの泣き声まで聞こえる。

 前世の記憶によれば、赤子の泣き声で人を呼ぶ妖怪がいたはずだ。

 いやいや、妖怪はきっとこの世界にはいないから……。

 むくりと起き上がる。

「ニーノ、まだかなぁ」

 言葉にしながら、部屋をうろうろする。

 カゴに近づいて、はっとした。

 さっきは気づかなかったけど、カゴの後ろに立て掛けられた物がある。

「りゅーさまの鱗!」

 さっそく引っ張り出して、寝台に連れて行った。

 これさえあれば、ぐっすり眠れるのだ。

評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。

是非、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] エーヴェの竜さまの座やお骨さまの砂座とはがらりと変わった雰囲気で新鮮ですね。チラ見せ登場だったけど、おどろさまの付き人の人たちもどんな性格、個体差があるのか知りたくなってきました。 竹製の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ