1.鳴る竹の座
たいへん遅くなりました。
ぼんやりした光について歩くうち、カエルの声以外にも音が聞こえ始めた。
カラカラカラ……カラカラ……
何かが打ち合わさる音だと思う。だんだん多く、近くなってる。
「あ、橋がかかってる!」
駆け寄ろうとしたら、カンデから止められた。
「この辺りは沼地で、地面と見分けがつかないこともあるんだ。だから、一緒に歩いて行こう」
「なんと」
おとなしくカンデの後をついていく。
竹林が切れたので、平坦な土地が見渡せる。行く先に、何軒かの家が集まっているのが分かった。
交差させた竹の柵で囲まれていて、集落の雰囲気。
声が届くくらいに近づくと、竹の扉が内側に開かれた。
「おかえり、カンデ」
「ただいま、カジョ」
扉を開けた人も、肌が黒っぽい。
ニーノを見て、扉が両方に大きく開かれる。
「よく来てくれた、ニーノ」
ニーノは軽く頷いて、扉の内側に踏み込む。柵の中には六から八は建物がある。高床式だけど、それにしても床がかなり高い。
赤い光がもれている建物から、何人かこちらを見下ろしていた。
「ほの白く光る竜が飛ぶのを見かけた。広場に降りてくればよかったのに」
後ろで扉を閉めた人が、ニーノに言う。
「エレメントは静かな環境を好む。集落は苦手だ。――カジョ、連れを頼む」
見下ろされて、背を伸ばした。
「こんばんは、エーヴェだよ……です!」
「――そうか。俺はカジョだ」
しゃがんで、カジョは右手を差し出す。
もしやこれは、初めての握手!
全然手のサイズが違うけど、しっかりした掌に安心感がある。
「私はエステルのところに」
エステル? 病気の人かな?
「では、私がこのままお連れします」
ニーノが一瞬、私を見て、カジョに視線を移した。
「夕飯がまだだ。食わせてくれ」
「そのつもりだ。エステルをよろしく」
頷いて、ニーノとカンデは集落の奥へ歩いて行った。
カジョは立つと、ひょろっと手足の長い印象がある。
「ごはんを食べに行こう。何か好きな食べ物はある?」
「エーヴェ、ラオーレが好きだよ」
「ラオーレか。あれはこの辺りにはないんだよ。かわりに美味しい果物を出そうな」
「エーヴェ、果物が好き!」
建物は竹でできている。一段一段が高い階段を上って、二階の高さの入口に着いた。竹を組んだ家の壁をぐるりとベランダが取り巻いている。それが渡り廊下みたいに、隣の建物につながっていた。屋根は何かの葉っぱで葺かれていて、ひさしの四方には、竹でできた風鈴が下がっている。
カラカラカラ……
「これの音でした」
ずっと聞こえていた音の出所だ。
「鳴り竹だよ。建物の軒先には必ずさげるんだ」
ベランダで寛いでた二人組の一人が言った。星明かりで微かに金髪が輝いている。
「ずいぶん小さい子が来たもんだ。キミも人を治せるの?」
もう一人が、からかう感じで笑う。
「エーヴェは何ができるわけでもないけど、おどろさまに会いに来たよ! 会える?」
おどろさまと言った途端、二人はニコッと笑った。
「今日はもう遅いから、明日会いに行くといいよ」
「もうすぐ夕食ができるから、たくさん食べてゆっくりおやすみ」
「ハスミン、エーヴェに何か果物を持ってきてくれ」
カジョの言葉に、おざなりな返事をして、金髪の人が手すりから下に飛び降りた。
壁の向こうはもわっとしていた。部屋の中心に、大きな四角いカゴが蒸されている。カゴの下から少しだけ光がもれていた。
「お山さまの付き人?」
誰かの声。
「うん、この子はエーヴェだ。今、ニーノがエステルの所へ行った」
部屋に灯りはなく、何人もいるみたいだけど、肌が黒い人が多くてよく見えない。
「エーヴェ、皆の紹介はニーノと一緒に明るいときにするよ。今は食べるだけ」
「はい!」
とりあえず、ゴザを指されてあぐらをかいた。
食卓は囲炉裏スタイルと似ていて、蒸籠の周りにみんなが座り、それぞれに足つきのお膳が配られている。
私の前にも、カジョがお膳を持ってきてくれた。
ご飯がある。お漬物に似た一品と、蒸した白身の上に刻んだ野菜や木の実がのった料理、それに、透明のスープだった。
「お魚!」
「あ、あのね……」
叫ぶと、隣の黄色い肌の人が恥ずかしそうに、声をかけてきた。
「それはね、ヘ、ヘビだよ」
「ヘビ!」
白身魚だとばかり思っていた。まじまじと眺める。食べたことないけど、ハモみたいに身に対して縦線が入ってる。ハモは料理人が包丁目を入れるけど、これは自然にそうなっているのかな。
「おいしいですか? エーヴェ、初めて食べるよ」
「お、おいしいよ。お、俺が捕ったんだよ」
匙ですくって、口に入れた。淡泊な味で、くせのない鯛みたいだ。
「おいしい! おいしいね!」
「う、うん。おいしい」
にこにこして嬉しそうで、私も嬉しい。
「マノリトは猟がうまいんだよ」
戻ってきたカジョの言葉で、やさしげな人の名前が分かった。
「マノリト! エーヴェはエーヴェだよ!」
マノリトはうんうん頷いて、にこにこしてる。
「エーヴェ、これ、使ってみるかい?」
「お! おはし!」
カジョから渡されたのは、竹製の箸だった。
この世界では、お箸を使ったことがない。邸もご飯だけど、スプーンで食べることが多かった。ニーノやジュスタたちは使ってたっけ?
初めてお箸を使ってご飯を食べたけど、やはり身体が違うので、四苦八苦だ。
よくこんな物使って食事しようと思ったな、人間ってば。
「はい、これもお食べ」
「お――おおお!」
お膳の上にモモが置かれて、感激の声が出た。
だいたい白くて、とんがった先の辺りだけピンク色。細かいうぶ毛が生えてる。甘い香りは間違いなく、あのモモだ。
「むきますか?」
「そのままかじっちゃえ」
モモを持ってあたふただったけど、誰かの声にそそのかされて、あむ、とかぶりついた。
皮が薄い。やわーい。甘ーい。
「おいしー!」
口からあふれる汁がもったいない!
周囲から笑い声が起こった。誰も怒る雰囲気じゃないので、モモの種のところまで、あむあむ食べた。
ご飯の後、渡り廊下を通って、小さな部屋に案内された。大きな窓兼出入り口には、すだれがかかっている。部屋の家具――寝台や小さい椅子や机は、みんな竹製だ。
隅に、邸から持ってきたカゴがいくつか置かれていた。用がないカゴはこっちに移動させたのかも。
「ここが客用の家だ。ここにいる間はエーヴェたちの家だよ。あとで、ニーノも戻ってくるだろう。一人で眠れるかい?」
「エーヴェ、いつも一人で寝てるよ!」
そうか、とカジョは頷く。
「おどろさま、まだ会えない?」
しつこく聞くと、カジョはしゃがんで目線を合わせる。
「足下が分からないからな。明日、ルピタと行くといい」
「ルピタ?」
首をかしげると、カジョはおどけた感じで手を上げた。
「ほらほら、エーヴェは長旅で疲れてるだろう? ちゃんと休んで、話はまた明日な!」
カジョは手をひらひらして、すだれの向こうに出て行ってしまった。
仕方なく、寝台の上にリュックを投げて、サンダルを脱ぐ。寝るとき用の布を出して転がった。
でも、知らないところは緊張する。
カエルの声も鳴り竹も途切れない。気のせいか、赤ちゃんの泣き声まで聞こえる。
前世の記憶によれば、赤子の泣き声で人を呼ぶ妖怪がいたはずだ。
いやいや、妖怪はきっとこの世界にはいないから……。
むくりと起き上がる。
「ニーノ、まだかなぁ」
言葉にしながら、部屋をうろうろする。
カゴに近づいて、はっとした。
さっきは気づかなかったけど、カゴの後ろに立て掛けられた物がある。
「りゅーさまの鱗!」
さっそく引っ張り出して、寝台に連れて行った。
これさえあれば、ぐっすり眠れるのだ。
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