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19.簡単できれいな模様

今回も遅くなりました。

 緑の森を眺めていたけど、だんだん退屈が忍び寄ってくる。

 ゴロゴロしたところで、リュックの口から中身があふれ出し、起き上がって拾い上げた。

「あ!」

 そういえば、ニーノが木をくれたのだ。

 ニーノが入れた刻み目をしばらく眺めて、首をかしげる。

「ニーノー、これどうやるの?」

 持って行って聞いてみる。

 どこを削ってどこを残すのか、いまいち分からない。

「ナイフはあるか?」

「あるよ!」

 斜めがけベルトから引っ張り出す。手渡そうとすると、眉をひそめられた。

「刃を人に向けて渡すよう、ジュスタに教わったのか?」

「む!」

 慎重に刃の背を持ち直し、持ち手をニーノに向ける。

 今度は受け取ってもらえた。

「ここに座れ」

 膝を示されて、ニーノのあぐらの上に座る。

 なんだか、教えてもらえる感があって、わくわくしてきた。


 私が持っている木片を、後ろからニーノが示す。

「この……」

 木片を指さしたニーノは、なぜか黙ってしまった。

 すぐ斜め上のニーノを見る。

「どうしたの?」

「――いや。いいナイフだ。大切にするといい」

「ちゃんとといでるよ! ジュスタがくれたんだもん!」

 自慢の一品だ。当然、ニーノも知っている情報だけど。

「昔、私がやったナイフを思い出した。(かく)(せい)の感がある」

「お! ニーノもナイフ作った?」

「必要だったからな」

 必要だったかもしれないけど、ほいっとは作れないと思うんだよ。

「これなら細かい細工もよくできるだろう。焦らなければ、きれいに削れる」


 どこを削ってどこを残すか、どうやって削るかを説明してくれる。

 最初こそ、一緒に手を重ねてやってくれたけど、しばらくすると、手は膝の上から動かなくなった。

 失敗しないように固くなってたけど、ナイフの使い方が危なくなければ、ニーノは口出ししない。それが分かると、一気にリラックスした。

 印の線をはみ出ても、ニーノは怒ったりしない。

「この模様は何の模様ですか?」

「何でもない。簡単で、きれいな模様だ」

「かんたんできれい」

 木には木目があるから、そんなに簡単でもないけれど、指示の通りに削れたところは、幾何学のタイルみたいだ。


 むしれやがさがさが残らないように、少しずつ削っていく。

 機械で面が作れるのは分かってるけど、人間の手でも面が作れるなんて、当たり前のはずだけど、ちょっと感動だ。

「ニーノ、ここ、きれいになりません!」

 でも、逆目とか! どうしても刃が沈み込んでむしれてしまう。

「貸してみろ」

 ニーノがナイフを使うと、面が(なめ)らかになっていく。

「すごいねー。ニーノも上手だねー」

「そうか。貴様もやってみろ」

「はい!」

 焦らず、ゆっくり、ちょっとずつ。繰り返すと、きれいな面ができている。

 指でなでてもでこぼこしてない。

「ニーノ! ここ、きれい!」

「ああ――、よくできている」

 ニーノも指で触って、頷いた。

 よし、次の線だぞ。


 お昼が過ぎ、また、ダァルの鳴き声が聞こえて顔を上げた。

 ハの字で飛んでいたダァルが列を乱している。

「……あ、飛んでっちゃう」

 ダァルはV字を組んで、上へ離れていく。

「行く先が違うのだろう。――そろそろ、大きな崖が見えてくる」

 エレメントも一声鳴いて、すこし首を下に向けた。

 大きな崖と聞いて、壁に駆け寄った。

 なかなか見つからず、場所を聞こうとニーノを振り返ろうとした瞬間、それに気がついた。

 崖というより、大地の(さかい)()と言ったほうがいい。急に地面が遠くなった。

「邸のある場所はお泥さまの座と比べて、標高が高い。大地が持ち上がったように見えるが、これほど切り立っているのは岩の性質に関係があるのだろう」

 竜さまの洞の山だってテーブルマウンテンで、珍しい景色だと思っていたのに、ここは右から左まで、高低差のある(だん)(れつ)

 人も動物も、行き来するのは難しいと思う。

「すごい崖だね。ちょっと、怖い」

 崖の先には、崖から()がれた残りみたいに切り立った山や岩がたくさん立っている。てっぺんには木が生えてるけど、切り立っている面は地層がよく見えた。


 切り立った岩の乱立ゾーンを抜けてから、エレメントは徐々に高度を下げていく。

 遠のいても、はっきりと分かる崖の()(よう)。遠くに立ちはだかる壁みたいだ。

「あの崖を越えると、完全にお泥さまの領域に入る」

「おお!」

 何か違いが分からないかと床を通した大地の様子をうかがう。あいかわらず、熱帯雨林感が強い。

「――あ、川がある! 大きい川」

 水が多いところなんだ。

 邸の周りも川はあるけど、こんなに大きい川はない。

 やっぱりこれは泥の竜さまだぞ!

「わくわーく。エーヴェ、わくわーく」

 わくわくしたけれど、結局、またニーノと木彫りタイムになる。



 川に映える夕陽を眺め、空の星を数えだす。

 川にも星が映ってると思うけど、すりガラスであんまり分からない。

「ニーノ、エーヴェ、お腹空いてきた」

「そうか。では、これを食べておけ」

 干した木の実が渡される。不満で口が尖った。

 ニーノが冷ややかに見下ろしてくる。

「もうすぐ着く。それで十分だ」

「え――!」

 お腹がすいたのも忘れて、壁にくっつく。

「どれどれ? 見える!?」

「もう日が落ちた。おそらく、分からない」

 灯りがないかと探すけど、邸にも灯りはない。

 この世界では、人のいる場所がこうこうと明るいわけじゃないんだよなぁ。


 エレメントがゆっくりと旋回する。

 この円の中心が、きっと竜の座で――。

「あ――!」

 赤い光がちらりと、木々の影の向こうに揺れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよ感が高まってきました。木を彫る集中モードの静けさと崖の威容の圧倒感。ほんとにスケールの大きな世界だと感じます。 退屈という感情を律している風なニーノ、表だってそうは見えないけれどエ…
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